魔術師と騎士団長の結婚びより

鈴花 里

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新妻逃げ旅 編

12話 魔術師は昔からうかつ

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 ボタニルドラゴンたちに別れを告げ、洞窟を後にした私たちは、村長へ事の次第を伝えるため村へ戻ることに。
 その間、もちろん私は……ユリウスさんに背負われたままだ。でも、だんだんと恥じらいがなくなっていくのだから、慣れとは恐ろしいものである。

(それにしても、すっごい経験だったな)

 ドラゴンを見たのは初めてではなかった。でも、小さいドラゴンを見たのは今日が初めて。厳つい成竜とは違う、表情豊かなあの可愛らしさ。私はすっかりあの子たちの虜だ。

(大きくなる前にもう一度会いたいなぁ)

 この望みが叶うかどうかは、正直わからない。この先、彼らに問題が起こらなければ、今回のように魔術師団に仕事が来ることもないだろう。
 気軽に会えないのは残念に思うけど、彼らの安全を願うのであれば、仕方のないことだ。




「エルレイン、聞いてもいいか」
「え? なんですか?」
「あのドラゴンたちが…………怖くはなかったか?」


 いつも通りの静かな声色でそう尋ねてきたユリウスさん。言葉の内容に私は瞬きを繰り返す。

(……そっか。たとえ小さいドラゴンだとしても、普通は皆、怖がるもんね)

 その言葉の意味に気が付いた。




 この国では、人間側から不用意に近付いてはいけない種族が存在する。

 一つ目に【精霊】。
 豊かな自然を育て、護ることを意義としている種族である。彼らを傷付けることは、この国の自然を破壊するも同義。
 そしてその昔、精霊に手を出した者が暮らしていたという村の跡地は、未だ荒れ地となっている。生き物には猛毒とされる【不浄の霧】すら出ているため、誰も近付くことができない。
 ちなみに、彼らの子供に近い存在である妖精への手出しも厳禁である。

 二つ目は【聖獣】。
 【神の加護】を持つとされる種族。彼らの役割は、与えられた土地と精霊を、魔物や人から守ること。
 姿形は様々な動物を模しているけど、白い体に黒色の瞳という特徴がある。更に、人の言葉を話せて、人の姿にもなれる特殊性。そして、物理的にも、魔法的にも、桁外れの強さを誇っているので要注意だ。

 そして最後に【加護持ちのドラゴン】。
 一般的なドラゴンが精霊や聖獣から加護をもらい、知能をつけた進化型。主に、個体として強くなり、寿命も延びて、稀少性が増す。
 そして当然、こうなってしまっては手出し厳禁だけど、時折り道を踏み外す個体もいるため、そういう場合に限り討伐される。

 ここまで聞いてもわかる通り、触らぬ神には祟りなし的なこの三種族。人は彼らを、【神の三遣みつかい】と呼ぶ。
 その恐ろしさは、親から子へと語り継げるよう絵本にもされていて。この三種族に悪いことをすると、最後は灰になってこの世から消えてなくなる、という内容だ。その子供の性格にもよるけど、だいたいが怯え泣くらしい。
 中には大人になると、「所詮、お伽噺だろ」と馬鹿にする人もそれなりにいるものの。実際、数年に一度の単位で灰になって消えた人が確認されているので、【完全なお伽噺】とは言えないだろう。




 だから普通は、見た目がいくら小さくて可愛いドラゴンであったとしても、怖がるのが当たり前で。それは私も充分わかっているのだけど。


「ユリウスさんがドラゴンと意志疎通できるとかいう規格外が発覚した瞬間に、怖さはどこかへ吹き飛びました」
「……そうか。その件に関しては、うっかりしていた。すまない……」
「他にはもううっかりありませんよね?」
「あぁ…………たぶん」


 と、自信なさげに後半の声が小さくなったユリウスさん。つまりこれは、本人に自覚のない規格外が他にもあるかもしれないと、そういうことだろう。

(……心しておこう。いろいろと)

 とはいえ、私がドラゴンを怖がらなかったのは、それだけが理由ではなく。


「私、実は昔、加護持ちのドラゴンに助けてもらったことがあるんです」


 養父母に預けられるもっと前。まだ、師匠と共に暮らしていた幼い頃のこと。


「その頃は、【竜の渓谷】と呼ばれる場所の近くで暮らしていたんです」
「竜の、渓谷……」


 驚かれるだろうなと思っていたら案の定、ユリウスさんの声が少しだけ上擦った。
 でも、それは当然のこと。

 【竜の渓谷】とは、簡単に言ってしまえば、ドラゴンたちの棲み家であり。ほぼすべてのドラゴン種が集まっているとされる、未開の地。
 冒険者ギルドにおいて最強とされる特級冒険者であれ、絶対の理由がない限り、近寄らない――近寄れない場所である。

 ちなみに、私は十歳の時までその近くにあった家で暮らしていたけど。そこそこ常識人になった今にして思えば、ドン引きな幼少期であったと、声を大にして言える。


「赤ちゃんから十歳頃まで育ててくれた人が、親代わり兼師匠になるんですけど。その当時は、師匠の家が竜の渓谷の近くにあったんです。すっごい危ない場所ではありましたけど、師匠が化け物並みに強かったので、全然大丈夫でした」


 ……とはいえ、正直なところ、襲われたことがないかと言われれば、嘘になる。
 あの辺りは未開の地と呼ばれるだけあって、強い魔物も多かった。そのため、空からドラゴン、陸から魔物が攻めて来るのは日常茶飯事。けれど、師匠の家とその敷地は【とある加護】を受けていたため、直接的な被害はなかったのである。

(それでも、一人で留守番してる時はさすがに怖かったけどね……。今思い出しても笑えないレベルで……)

 一応、加護の範囲内にさえいれば、被害を受けることはない。
 でも、ドラゴンや魔物は思っている以上にしつこいのだ。攻撃が通らないと理解しているはずなのに、その手を止めようとしない。目の前に獲物がいるなら、それを仕留めるまで諦めない。
 こちらが思わず呆れてしまうほど、執念深いのである。
 そのせいで、当時の私が留守番のたびに泣いた回数は、最早覚えていない。


「オルフォート伯爵に話は聞いていたが……なるほど。しかし、それだけ強固に護られていたのなら、加護持ちのドラゴンに助けてもらう機会などどこにも――」
「留守番が嫌になった私が、出掛ける師匠のあとをつけて竜の渓谷に行った時にちょっと」
「……エルレイン」
「あ、あれ?」


 昔話だからいいかと思って話したのに、なぜかユリウスさんの声色がまた地を這うような低いものに変わってしまった。

(確かに自分でもこの話は説教案件だと思ってたけど……。十年以上前のことだし、てっきり笑い話にできるかと……)

 けれど、どうやらその考えが浅はかだったらしい。私の周りは厳しい人たちばかりだ。

 とはいえ、ここまで話したのにこの先を聞いてもらえないのは少し切ない。語る準備が万端なのに。
 どのみち説教をされるなら、この話は最後まで聞いてもらいたい。


「お説教は受けます! でも、この話は最後まで聞いてほしいです……」
「……わかった」
「ありがとうございます!」


 仕方なく、という感じではあったけれど、最後まで話は聞いてくれるらしい。よかったよかった。


「師匠のあとを追って竜の渓谷には入ったんですけど、その時私、身隠しの魔道具を持っていて。師匠にもドラゴンにも、全然気付かれなかったんですよ。……でも、途中で足を滑らせて谷底に落ちました」
「落ちたのか……」
「はい。頭からいきました」


 未開の地と呼ばれるだけあって、竜の渓谷には一切、人の手がはいっていなかった。
 しかも、そこにいるのは気性の激しいドラゴンたち。
 彼らが暴れた跡なのか。ひび割れや穴のあいた地面に、砕けた岩壁。なぎ倒された木に、不自然としか言いようのない消し飛ばされた一部。
 そこに、道と呼べるような道はどこにもなかった。

 それでも当時の私は、師匠のあとを懸命に追いかけ続けた。
 今にして思えば、『アホだな』の一言である。
 そうして気が付けば、岩壁の細い道を歩いていて。足早に進む師匠を無理に追いかけようとした結果――足を滑らせ、落ちたのだった。


「谷底に向かって真っ逆さまですからね。さすがに死を覚悟したんですけど……。地面に叩きつけられる寸前、風魔法で助けられたんです」
「それが……加護持ちのドラゴン、か」
「はい」


 強運だったとしか言いようがない。
 加護持ちのドラゴンなどそうそういるはずもなく。しかも、竜の渓谷と呼ばれる区域はかなり広い。
 そんな中で、偶然にも自分が落下したすぐ傍に、加護持ちのドラゴンがいたなんて。


「その時のドラゴンさん、目をまん丸くして驚いてました」
「特級冒険者でさえ近寄らない場所に、子供が落ちてきたらそれは驚くだろうな」
「ですよねー。でもその後、私に向かって何か言ってたんですよ。内容はわからなかったけど。……もしかして、お説教でもしていたんでしょうか?」


 唸り声にも聞こえる低い鳴き声で、私に何かを語りかけていた恩人ドラゴン
 あの当時、今よりもドラゴンを怖い存在だと思っていた私だけど。助けてくれたドラゴンを、不思議と怖く感じなかったことを思い出した。
 今日出会ったボタニルドラゴンの何倍も大きくて、体は真っ黒。つり上がった好戦的な目は、まるで血のように真っ赤だった。
 それなのに、怖くなかったのはきっと――。

(子供だった私に、優しい言葉をかけてくれていたから……とか?)

 あの恩人ドラゴンはまだ、あの場所にいるのだろうか。




「そのドラゴンさん、最終的には家まで送り届けてくれたんです。だから、怪我とかは一切なくて」
「そうか」
「でも、私はそのことが師匠にバレて、大変な目に遭いましたけど……。丸一日、お説教とくすぐり地獄で死にかけました」
「優しい罰でよかったな」
「エッ」


 あれを優しいと言うのかこの人は……。
 当時、師匠にも『こんなに優しい罰はねぇ』とは言われたけど。
 もしかしたら、ユリウスさんは師匠と少し性質が似ているのでは?

(……気を付けよう。あの頃の二の舞は御免だ)

 やっぱり私の周りには、厳しい人しかいないらしい。


「それにしても、今回のことでよくわかったが、俺たちはお互いのことをほとんど知らないな」
「……確かに。その日の出来事は話しますけど、自分たちのことってあんまり話しませんから」
「お互いの話もできるように、もう少し時間を作るか」
「え……」
「嫌か?」
「い、嫌ではないんですけど……その……」
「ん?」
「負担に、なりませんか? 今だって、わざわざ仕事を中断して帰ってきてくれるのに……」
「問題ない。癒しの時間が増えるだけだ」
「癒し?」


 言葉の意味がわからず、首を傾げる。
 私も暮らしているあの屋敷には数人の使用人以外、ペットと呼べる動物や契約獣はいない。
 立派な庭園はあるけど、ユリウスさんは植物に癒されるタイプではなかったような気がする。


「ユリウスさん。何に癒されるんですか?」


 もしかして、私の知らない隠しペットでもいるのだろうか。それならぜひ、紹介してほしい。
 けれど、ユリウスさんから返ってきたのは、なぜか笑い声で。
 意味のわからないその反応を不思議に思いながら、ユリウスさんの体を揺すってもう一度尋ねる。


「癒しってなんですか、ユリウスさん?」
「エルレイン」
「なんですか?」
「俺の癒し」
「?」
「エルレインが、俺の癒しだ」
「…………へぁッ!?」


 予想外の返答に、思わず変な声が出た。ユリウスさんは声を押し殺すように笑っている。

(わ、私に癒しの要素なんてあったのか……)

 昔から『やかましい』とはよく言われたものだけど、まさか『癒される』と言われる日が来ようとは。
 嬉しいような、恥ずかしいような、なんだか少しむず痒い気もする。


「ち、ちなみに、どの辺で癒されてます?」
「ん? 秘密」
「え?」


 思わぬ返答に目が点。


「え? 秘密? 秘密なんですか?」
「あぁ」
「えー……」
「横抱きにしてもいいなら教えるが」
「遠慮します」
「頑なだな」


 と、ユリウスさんは笑うけど。
 恋愛的なことに耐性のない私からしてみれば、充分死活問題である。下手をすると心臓が制御不能になる可能性もあるので、いろいろと察してもらいたい。もらいたい、けど。

(ユリウスさんがこんなに笑ってるところ、初めて見た気がする)

 ……ほんの少しだけ。
 これがおんぶではなく、お姫様抱っこだったなら。
 ユリウスさんの笑った顔を、間近で見ることができたのかなと。
 残念に思ったのは、私だけの秘密だ。



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