腐った縁ほど良縁に

鈴花 里

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三毛猫と疲労困憊

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「すー……、すー……」
「よし寝た」


 規則正しい寝息を立てながら眠る沙耶を見て、壮司は満足げに笑う。自分の、沙耶限定寝かしつけスキルが健在だったことが嬉しかったからだ。


「早退したって聞いた時は、帰りに様子見に行こうとは思ってたけど……。まさか、沙耶の家族全員からお願いされるとは思わなかったな」


 ポケットに入っていたスマホを手に取り、画面を見る。するとそこには、沙耶の父母、弟から


【看病行ってあげて! 喜ぶから!】


 というメッセージ。
 信頼されているという意味では素直に嬉しいが……。自分の気持ちが筒抜けであるという意味では、かなり気恥ずかしいものだ。


「心配してるだろうし、おばさんに電話しとくか」


 夫婦水入らずで温泉旅行を大ハッスルしているであろう、沙耶の母に電話をかける。すると、わずか数コールで繋がり、昔から変わらぬ明るい声が壮司を出迎えた。


『もしもし、壮ちゃーん! 何? どうしたのー?』


 いやいや。娘の看病を頼んでおいて、どうしたはないだろう。
 しかし、沙耶の母は昔からこんな感じなので、壮司はまったく気にしていない。


「沙耶、さっき寝ましたよ」
『あら、ほんとー! やっぱり壮ちゃんに頼んで正解だったわー。沙耶ってば、体は強いから一晩ぐっすり寝れば治るけど、寝つきが悪いのよねー。だから結局、私達が行っても微妙だし』
「来てくれただけで喜ぶと思いますよ」
『でも、あの子素直じゃないから、絶対にありがとう、なんて言ってくれないのよー。誰かさんソックリ!』


 そう言った沙耶母の電話越しからは、


『ん"っん"ん"!』


 と、大きめの咳払い。どうやら、沙耶の素直になれない性格は父親似のようである。


『でね、壮ちゃん。もし良ければなんだけど、このまま沙耶のとこ泊まって様子見ててもらえないかしら?』
「泊まってって……。沙耶、寝てますよ……」
『大丈夫! 私達が許可した! よろしくね、壮ちゃん!』
「えー……」


 勝手に話を進める沙耶母に、壮司はタジタジ……。
 沙耶の両親が宿泊を許可しようが、沙耶自身が許可しなければ、怒られるのは壮司である。


(というより、実池家族は俺のこと信用しすぎだろ……)


 嬉しいようで、複雑な気持ちだ。


『壮ちゃん』
「なんですか?」
『責任取ってくれるなら、手出してもいいからね』
「ブフッ!!」
『あらやだ。可愛い』
「お、おばさん……」
『うふふー』


 昔からいろいろとぶっ飛んだ発言をする人ではあるが、最近は特にひどい。壮司からは乾いた笑いがこぼれる。


(沙耶も苦労してんだな……………いや。俺も母親も似たようなもんか)


 お互い苦労してたんだな、と思いながら、スヤスヤと眠る沙耶を横目に見る。


『まあそういうわけだから、沙耶のことよろしくねー』
「はい」
『じゃあ、またねー。おやすみー』
「おやすみなさい」


 電話を切り、溜め息がひとつ。


「………とりあえず、飯食うか」


 何も知らずにスヤスヤと眠る沙耶を見て―――。
 とりあえず空腹を満たそうと、人の家の冷蔵庫を漁り始める壮司なのであった。



 △_▲



「……………ん……んんんー……」


 閉じた目をゴシゴシと擦りながら、ゆっくりと目を開ける。
 眠る前に点いていたはずの電気は消されており、部屋の中は薄暗くなっていた。


(………どれくらい寝てたんだろ……)


 どれほど寝たのだろうと思いながら、固まった体をほぐすようにグーンッと手足を伸ばす。


(なんか……、だいぶ楽になったかも)


 あれだけ重たかった体がとても軽い。額に手を置いても、さほど熱くないところからすると、熱もだいぶ下がったようだ。
 とりあえず、これなら月曜日までに確実によくなっているだろうと思い、一安心。魔王に始末されずに済む。


「そういえば……、壮司は―――」
「はっくしょい!」
「………え?」


 ベッド下から突然聞こえたくしゃみに、沙耶は驚きながら視線を下に向ける。
 するとそこには、体に何も掛けずに丸まりながら眠る壮司の姿が……。
 結局あの後、沙耶のことが心配だったのか、自分の家には戻らなかったらしい。


「これ……、風邪ひくんじゃないの……」


 起こさないように、そっと壮司の手を触ってみると、沙耶が眠る前にはあんなに温かかった手が、見事に冷たくなっていた。
 このまま放置すれば、今度は壮司が風邪をひいてしまうかもしれない。そう思った沙耶は、スヤスヤと眠る壮司の体を揺する。しかし、熟睡しているのか、起きる気配がまるでしない。


「壮司、起きて」
「……………」
「風邪ひくよ」
「……………」
「壮司」
「んー……」
「起きれってば!」
「……………うるせぇな」
「え? ちょっ! 待っ!」


 何の前触れもなく、揺すっていた手を突然引っ張られ、そのまま掛布団ごと壮司の上にダイブする。一瞬の出来事で、何が起きたのかわからずに、沙耶が一人で混乱していると……。
 壮司は落ちてきた沙耶をガッツリ抱き込み、ついでに落ちてきた掛布団をしっかりと自分にも掛けた。無意識にである。


(……………は? 何? ………何!? なんで!?)


 ちなみに沙耶は、大パニック中。
 パニックながらも、どうにか脱出しようと試みるが……。ガッツリ抱き込まれているせいで、体はピクリッとも動かない。とんだ馬鹿力だ。


「なんで、こうなる、の……! なんで、こうなった、の……!」
「ぐー……、ぐー……」
「気持ち、よさそうに、寝るなあああ」
「ぐー……、ぐー……」
「……………はぁ。疲れた……」


 いくら抵抗しても意味はなく、自分の体力だけがひたすらに削られていく。それがわかった沙耶は、抵抗をやめて、不機嫌そうに眉間にシワを寄せる。
 お見舞いに来てくれたことは、素直に感謝したいところだが……。正直、こんな寝惚け方は迷惑でしかない。
 こんなことになるくらいなら、家に帰ってくれればよかったのに、と薄情ながらも大きな溜め息を吐く―――が。


(何これ……。くっそあったかい……)


 ベッドで寝ていた時よりも、今の方が数倍温かいことに気がつく。
 少し体調が良くなったとはいえ、まだ本調子でないことに変わりはない。ベッドで寝ていた時も、微かな寒気はどうしてもあった。

 それが、今はどうだろう。
 どこもかしこも温かくて、少し……………いや。かなり、ありがたいのが沙耶の本音。
 おかげで、少し遠退いていた眠気が、また少しずつ近付いてくるのを感じる。


(なんなの……。なんか、負けた気分なんですけど……)


 迷惑なのに、迷惑じゃない。むしろ、すごく温かい。
 沙耶からしてみれば、なんとも複雑な心境である。

 
「……………今日だけだから。私がこんなに大人しくするのは、今日だけなんだから……!」
「ぐー……、ぐー……」
「ま、まったく……」
「………ぬくい………こぶた……」
「……………おい。今、なんて言った。ブタって言ったのか。おい」
「ぐー……、ぐー……」
「起きたら覚えてろよ……」


 一体どんな夢を見ているのか。
 本人以外にはわかりようもない話だが……。自分がブタ扱いされたことに、沙耶は静かにキレていた。

 そして、壮司が朝目覚めた時には言うまでもなく―――。
 ブタ扱いされたことにキレた沙耶の、寝起き右ストレートが待っているのであった。


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