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第1章 任務終了後の事件
カイ・ハウザーの新しい任務
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旧パースでブライアン・バンクスに雇われたカイ・ハウザーは、幼馴染の団員ハン・ヨウケンと共に勝手な振る舞いをするポテンシア兵を見回る役目に追われていた。
「弟、あの角を曲がった広場で、よく兵士が悪さをしてるんだよ」
ハンは大きな槍を装備しながら、馬上でカイに話しかける。
「ポテンシア兵も、素行の悪い奴はとことん悪いな」
カイは愛馬のクロノスに跨ってウンザリしたように言うと、角を曲がる前に自分の身体に強化の術を施した。
「で、素行の悪い兵士はどうするんだ?」
カイがハンに尋ねながら角を曲がると、広場で市民を捕らえて脅しをかけている兵士たちの姿が目に飛び込んでくる。
「僕の知ったことじゃないな!」
ハンはそう言うと馬上から振りかぶって槍を投げ、市民につかみかかっている兵士の肩をかすらせた。ハンが投げた槍を取りに行く間に、カイは別の兵士の目の前で愛馬のクロノスを停める。
「随分と治安の良い広場なんだな」
カイの登場に、広場に居た市民が沸いた。若い女性の黄色い声も混じっている。
「……カイ・ハウザーか」
ハンの槍がかすり、肩から真っ赤な血を流しているポテンシア兵がカイを見た。
この騎士を新たに雇ったというのは本当だったかと青ざめる。
パースの英雄と言われたブリステ人騎士は、流石にベストセラーのモデルになっただけあるのか、ポテンシア兵にも一定の知名度があるようだ。
「ここで何をしていた?」
カイがポテンシア兵を見て馬上から凄むと、兵士たちはそれぞれ後ずさりをしている。
「ほんと、弟は現れただけで空気を変えるね」
ハンは槍を構えて嬉しそうにカイを見ていた。
旧パースの地はポテンシアの侵攻に遭ってから、ずっと陰鬱とした時間が流れていた。
それが、この黒髪の男が現れただけでもうここは大丈夫だという前向きな雰囲気が漂うから不思議だ。
「ここを現在治めているのは、ユリウス・ポテンシアだろう。やはり、評判通りの男らしいな」
カイは溜息をつくと、市民を逃がして兵士から詳しい話を聞こうと槍を構えた。
「その通りだ、カイ・ハウザー。私たちを傷付けると、ポテンシアに歯向かったことになるぞ……」
既に傷ついた兵士が肩の傷を庇いながらそう言ったので、カイは鼻で笑う。
「歯向かったらどうだと言うんだ? 詳しく教えろ」
カイの言葉に、その場にいた兵士たちは凍り付いた。
――1日前
パースで領主をしていたブライアン・バンクスは、いわゆる富豪だ。
ブライアンは若い頃から白髪交じりの茶色の髪を後ろで束ねているが、ここ最近は身体の割に腹部の張りが目立って来た。いわゆる中年太りというものなのか、酒の飲みすぎかもしれない。
ポテンシアに制圧されて土地を取り上げられてから、周囲の治安は悪くなる一方だった。
もともとは自分の領地だった場所が外国人によって荒らされている。
たまたま近くに滞在していたハウザー騎士団のハン・ヨウケンを頼り、そこから以前雇ったカイ・ハウザーに声を掛けた。
久しぶりに雇うことになったカイの姿を目に入れ、ブライアンは改めて見惚れる。
美しい顔と整った体つきは格別で、やはり物語から出て来たような男だと目を細めた。
ブライアンは以前起きたパース内戦の際に、領地を護るため大金をはたいてカイをブリステ公国から呼び寄せた。
領地を護らせている兵士だけでは、とてもではないが内戦の対応に大きすぎる被害を覚悟しなければならなかったためだ。
軍事立国のブリステ公国一と言われる若き騎士団長、カイ・ハウザーはどんな人物なのか……。
初めてカイと会った時、ブライアンはその見た目の美しさに言葉を失った。
東洋人の血を引く特徴が神秘的にも見えた。その上、カイは活躍ぶりも申し分なく、働きぶりはその値を払うだけはあると認めざるを得ないのだ。
ブライアンは、内戦が終わると作家を呼んでカイの活躍を小説にしたため、『騎士物語』という大ベストセラーを産んだ。
まさか世界中で売れる本になるとは想定していなかったが、特に女性がカイ・ハウザーをモデルにした主人公に夢中になったという。
主人公の性格は大分脚色したが、そのお陰で家はますます潤った。
「ここを統治することになったユリウス・ポテンシアという男のことを、少し話しておこう」
ブライアンは久しぶりに会ったカイに、今、自分たちが置かれている状況を話した。
ユリウスはポテンシアの第二王子で、王位継承権は第一位、虎視眈々と王位を狙っている男らしい。
その残虐な性格と統治方法はポテンシアの恐怖政治の一端を担っているといっても過言ではなく、ポテンシア国王と比べても過激と言えるものだった。
「……思った以上に最悪ですね」
カイはひと通りの情報を聞くと、そう言ってユリウス・ポテンシアという男にどう向き合えば良いものか考えていた。
この任務に入る前に出会った第四王子のルイス・ポテンシアが優秀な王子だっただけに、ユリウスの傍若無人な性格を聞いてポテンシア王家の印象が一気に変わってしまう。そういえば、ルイスだけが異質な存在だったのだと、カイは思い出した。
(今頃、ルイス王子はどうしているのか)
1日前まで働いていたルリアーナの任務中に、カイはルイスと何度かやり取りをしていた。
自分を雇っていたレナ・ルリアーナがルイスと婚約したため、主人の婚約者としての印象が残ったままだ。
ブライアンと話した後、カイは与えられた自室で身体を休めていた。
カイはベッドに横たわりながら、ふと、離れたばかりのレナのことが頭に過った。
勝気なレナは、最初こそカイにとって面倒な雇い主だったが、いつの間にか本心から支えたい主人になった。
自分が離れた後、あの王女はどう過ごしているのだろうか。孤独に耐えられているのだろうか。
そんなことを考えていた時だった。
「カイは確か、ここに来る前はルリアーナ王女の護衛をしていたと言ったな?!」
ブライアンが慌ててやってきたので、カイはベッドから起き上がり、何が起きたのかと部屋の扉を開けた。そこに、息を切らしたブライアンの姿がある。
「はい……確かに……」
ブライアンはルリアーナの新聞をカイに付きつけると、「ルリアーナ王女殿下が、逝去されたらしい」と青い顔で言った。
カイはその言葉を聞いた時、はじめは何を言われているのかさっぱり意味が分からなかった。
なぜなら、レナ・ルリアーナにはもう強力な敵などいないはずだったからだ。
頭が働かない。手元の新聞には王女逝去の文字が躍る。
「……死因は……なんですか……」
カイは、まるで信じられないという表情で、ゆっくり号外扱いになっていた新聞を開いた。
死因は特に書かれていなかったが、王女の部屋が炭化するまで燃えていたという。
(あの部屋が……燃えた?)
カイは、にわかには信じられなかった。
(殿下は、火を操る呪術だって心得ていたはずだ……)
カイは、消去法でどんどんと他殺の線を浮かび上がらせていく。
そして、任務から離れた途端に誰かの手に堕ちることになってしまった王女を想って、歯を食いしばった。
王女とは、昨日、あんなに普通に別れたばかりではないか。
後ろ髪を引かれながら、もう側には居てやれないのだと、無念の気持ちに打ちひしがれたばかりではないか。
いくら殿下が呪術師だったとしても、あの指輪を使って連絡を取ることも叶わないではないか……。
カイは新聞を握りしめて震えていた。
ブライアンはその様子を痛ましい表情で見つめるが、カイに何と声を掛けたら良いか分からない。
2人は暫くそのまま立ち尽くしていた。
「弟、あの角を曲がった広場で、よく兵士が悪さをしてるんだよ」
ハンは大きな槍を装備しながら、馬上でカイに話しかける。
「ポテンシア兵も、素行の悪い奴はとことん悪いな」
カイは愛馬のクロノスに跨ってウンザリしたように言うと、角を曲がる前に自分の身体に強化の術を施した。
「で、素行の悪い兵士はどうするんだ?」
カイがハンに尋ねながら角を曲がると、広場で市民を捕らえて脅しをかけている兵士たちの姿が目に飛び込んでくる。
「僕の知ったことじゃないな!」
ハンはそう言うと馬上から振りかぶって槍を投げ、市民につかみかかっている兵士の肩をかすらせた。ハンが投げた槍を取りに行く間に、カイは別の兵士の目の前で愛馬のクロノスを停める。
「随分と治安の良い広場なんだな」
カイの登場に、広場に居た市民が沸いた。若い女性の黄色い声も混じっている。
「……カイ・ハウザーか」
ハンの槍がかすり、肩から真っ赤な血を流しているポテンシア兵がカイを見た。
この騎士を新たに雇ったというのは本当だったかと青ざめる。
パースの英雄と言われたブリステ人騎士は、流石にベストセラーのモデルになっただけあるのか、ポテンシア兵にも一定の知名度があるようだ。
「ここで何をしていた?」
カイがポテンシア兵を見て馬上から凄むと、兵士たちはそれぞれ後ずさりをしている。
「ほんと、弟は現れただけで空気を変えるね」
ハンは槍を構えて嬉しそうにカイを見ていた。
旧パースの地はポテンシアの侵攻に遭ってから、ずっと陰鬱とした時間が流れていた。
それが、この黒髪の男が現れただけでもうここは大丈夫だという前向きな雰囲気が漂うから不思議だ。
「ここを現在治めているのは、ユリウス・ポテンシアだろう。やはり、評判通りの男らしいな」
カイは溜息をつくと、市民を逃がして兵士から詳しい話を聞こうと槍を構えた。
「その通りだ、カイ・ハウザー。私たちを傷付けると、ポテンシアに歯向かったことになるぞ……」
既に傷ついた兵士が肩の傷を庇いながらそう言ったので、カイは鼻で笑う。
「歯向かったらどうだと言うんだ? 詳しく教えろ」
カイの言葉に、その場にいた兵士たちは凍り付いた。
――1日前
パースで領主をしていたブライアン・バンクスは、いわゆる富豪だ。
ブライアンは若い頃から白髪交じりの茶色の髪を後ろで束ねているが、ここ最近は身体の割に腹部の張りが目立って来た。いわゆる中年太りというものなのか、酒の飲みすぎかもしれない。
ポテンシアに制圧されて土地を取り上げられてから、周囲の治安は悪くなる一方だった。
もともとは自分の領地だった場所が外国人によって荒らされている。
たまたま近くに滞在していたハウザー騎士団のハン・ヨウケンを頼り、そこから以前雇ったカイ・ハウザーに声を掛けた。
久しぶりに雇うことになったカイの姿を目に入れ、ブライアンは改めて見惚れる。
美しい顔と整った体つきは格別で、やはり物語から出て来たような男だと目を細めた。
ブライアンは以前起きたパース内戦の際に、領地を護るため大金をはたいてカイをブリステ公国から呼び寄せた。
領地を護らせている兵士だけでは、とてもではないが内戦の対応に大きすぎる被害を覚悟しなければならなかったためだ。
軍事立国のブリステ公国一と言われる若き騎士団長、カイ・ハウザーはどんな人物なのか……。
初めてカイと会った時、ブライアンはその見た目の美しさに言葉を失った。
東洋人の血を引く特徴が神秘的にも見えた。その上、カイは活躍ぶりも申し分なく、働きぶりはその値を払うだけはあると認めざるを得ないのだ。
ブライアンは、内戦が終わると作家を呼んでカイの活躍を小説にしたため、『騎士物語』という大ベストセラーを産んだ。
まさか世界中で売れる本になるとは想定していなかったが、特に女性がカイ・ハウザーをモデルにした主人公に夢中になったという。
主人公の性格は大分脚色したが、そのお陰で家はますます潤った。
「ここを統治することになったユリウス・ポテンシアという男のことを、少し話しておこう」
ブライアンは久しぶりに会ったカイに、今、自分たちが置かれている状況を話した。
ユリウスはポテンシアの第二王子で、王位継承権は第一位、虎視眈々と王位を狙っている男らしい。
その残虐な性格と統治方法はポテンシアの恐怖政治の一端を担っているといっても過言ではなく、ポテンシア国王と比べても過激と言えるものだった。
「……思った以上に最悪ですね」
カイはひと通りの情報を聞くと、そう言ってユリウス・ポテンシアという男にどう向き合えば良いものか考えていた。
この任務に入る前に出会った第四王子のルイス・ポテンシアが優秀な王子だっただけに、ユリウスの傍若無人な性格を聞いてポテンシア王家の印象が一気に変わってしまう。そういえば、ルイスだけが異質な存在だったのだと、カイは思い出した。
(今頃、ルイス王子はどうしているのか)
1日前まで働いていたルリアーナの任務中に、カイはルイスと何度かやり取りをしていた。
自分を雇っていたレナ・ルリアーナがルイスと婚約したため、主人の婚約者としての印象が残ったままだ。
ブライアンと話した後、カイは与えられた自室で身体を休めていた。
カイはベッドに横たわりながら、ふと、離れたばかりのレナのことが頭に過った。
勝気なレナは、最初こそカイにとって面倒な雇い主だったが、いつの間にか本心から支えたい主人になった。
自分が離れた後、あの王女はどう過ごしているのだろうか。孤独に耐えられているのだろうか。
そんなことを考えていた時だった。
「カイは確か、ここに来る前はルリアーナ王女の護衛をしていたと言ったな?!」
ブライアンが慌ててやってきたので、カイはベッドから起き上がり、何が起きたのかと部屋の扉を開けた。そこに、息を切らしたブライアンの姿がある。
「はい……確かに……」
ブライアンはルリアーナの新聞をカイに付きつけると、「ルリアーナ王女殿下が、逝去されたらしい」と青い顔で言った。
カイはその言葉を聞いた時、はじめは何を言われているのかさっぱり意味が分からなかった。
なぜなら、レナ・ルリアーナにはもう強力な敵などいないはずだったからだ。
頭が働かない。手元の新聞には王女逝去の文字が躍る。
「……死因は……なんですか……」
カイは、まるで信じられないという表情で、ゆっくり号外扱いになっていた新聞を開いた。
死因は特に書かれていなかったが、王女の部屋が炭化するまで燃えていたという。
(あの部屋が……燃えた?)
カイは、にわかには信じられなかった。
(殿下は、火を操る呪術だって心得ていたはずだ……)
カイは、消去法でどんどんと他殺の線を浮かび上がらせていく。
そして、任務から離れた途端に誰かの手に堕ちることになってしまった王女を想って、歯を食いしばった。
王女とは、昨日、あんなに普通に別れたばかりではないか。
後ろ髪を引かれながら、もう側には居てやれないのだと、無念の気持ちに打ちひしがれたばかりではないか。
いくら殿下が呪術師だったとしても、あの指輪を使って連絡を取ることも叶わないではないか……。
カイは新聞を握りしめて震えていた。
ブライアンはその様子を痛ましい表情で見つめるが、カイに何と声を掛けたら良いか分からない。
2人は暫くそのまま立ち尽くしていた。
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