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第7章 争いの種はやがて全てを巻き込んで行く

夜の街

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レナは、ロキの秘書カミラに用意されたドレスに身を包んで、ホテルの部屋でロキを待っていた。肩が大胆に露出した青いIラインのドレスを着ると、まるで王女時代に戻ったように錯覚する。髪を結わう侍女がいないと締まらないな、とレナは鏡で姿を確認して苦笑いを浮かべた。

カイに会いたいという気持ちが募っている今、ロキと出掛けることに気が引ける。オーディスの話では、カイはロキとレナを会わせたがらなかったらしい。

(なんでロキと会うのを止めたのかしら。カイが嫉妬? ・・まさかね)

レナは鏡に映った自分を見ながら首を傾げる。首元が開いたドレスに合わせるジュエリーが無い。いつも付けているガラス玉のペンダントではその役目は担えないような、大胆に開いたデコルテが寂しげだ。

部屋のドアをノックする音がした。
「はい」
「用意できた?」
ロキの声が聞こえたので、
「ええ」
とレナが返事をして扉を開けた。ロキはその辺の貴族にも負けない上質なスーツ姿で立っている。これで平民階級だというのだから、不思議なものだ。

「ごめんなさい、髪が結えなかったの」

道具も揃っていないのだから当然だったが、ロキはそこに気付けなかった自分を責めた。

「大丈夫、途中で髪を整えてくれるところに寄ろう」
ロキは穏やかに言ってレナの隣で腕を開く。レナは、小さく首を振って、
「私が腕を組む人は・・」
とロキの求める行為を断った。

「上流階級では、恋人同士じゃなくても腕を組んだりするんじゃないの?」
「今は平民よ。私もあなたも、腕を組むとしたら恋人同士の行為でしょ」
「あんたが平民か・・」

ロキは、腕を組むのは叶わないかと早々に諦めた。街に出れば注目されるのが分かっているからこそ、レナと堂々と腕を組んで世の中に見せつけたかったのだが。

「ねえ、何がそんなにいいの? あの男。見た目? 強いところ?」
ロキはレナと並んで歩き、ホテルから出るところで尋ねた。外に出た途端、ロキを見て騒ぎが起こっている。

「カイは優しいの、とても。時々可愛いし」
「やっぱり感覚が普通と違うんだな。あの人、滅茶苦茶怖いけど」
「見た目がかっこいいのは、勿論よ。でも、本当に素敵なのは中身だと思う」
「・・分かってたけど、イラっとするもんだな・・」

そんな話をしてロキとレナは馬車に乗り込む。街の有名人はすぐに人前から姿を消した。

「ロキ、ああやってずっと騒がれっぱなしなの?」
「よくもまあ、あんな風に騒げるよね」

ロキが面倒くさそうに言うと、レナはそういうものなのか、とロキを見ている。

「ああいう騒ぎの中心にいたいような女性には、モテるんだけどね」
「そうでしょうね」
「なんで、あんな不愛想な男が良いかなあ・・」

ぶつぶつと文句を言っているロキを見ながら、レナはロキこそ愛想があまり良いとは言えないわよ、と心の中で言った。カイは確かに普段不愛想だが、内面は穏やかなところもある。そこがレナには堪らないのだが、2人きりの馬車の車内でロキに惚気るタイミングでは無かった。

馬車が第一の目的地に到着して停車した。ロキはレナを連れて降りると、なるべく人目に付かないように1軒の店に入る。そこには色とりどりの衣装が並んでいた。

「ロキウィズ、今日の連れはどこの女優さんだ?」
店主らしい男性がレナを見て言う。
「今日は訳ありのお嬢様だよ。髪を結わって華やかにしてもらいたいのと、首周りににも何か貸してあげたい」
ロキはそう言うと店の鏡の前にある椅子を引いてレナを座らせた。

「なるほど? 禁断の関係か」
「そうだね、親友の彼女だからさ」
「親友・・てことは・・」

店主がレナをまじまじと見る。何を想像されているのだろうかとレナは居心地が悪い。
店の奥から女性が2名出てきて、レナの様子をじっと観察すると、1名は店の奥にまた消え、1名はレナの髪にブラシを入れ始めた。

「もしかして、カイ・ハウザーの恋人か?」
店主に興味津々で聞かれると、ブラシを入れていた女性が一瞬手を止めた。

「はい・・」

レナは隠すことでもないのだろうと肯定する。店主とレナの髪を整えていた女性が目を丸くしている。

「うわあ、カイ・ハウザーの恋人をロキウィズが狙っている、と。これはスクープだね」
「情報を売るなよ、売ったらこの店を全力で潰すからな」

ロキは冗談ではなさそうな口調で言うと、店主を睨んだ。

「カイ・ハウザーは今、ポテンシアに入ってるんじゃなかったか? 戦地に行くような男が恋人だと、心配だよなあ」
店主が気の毒そうにレナを眺める。あの堅い男を落とした女性が一体どんな人物なのか、気になっている様子だ。

「そうですね、カイは優しいから・・」
レナがそう言って寂しそうな笑顔を浮かべると、店主はその表情にドキッとした。

「女優じゃないのか、これで・・?」
店主が信じられないとでも言いたそうにロキに尋ねたので、
「女優なんかやらせられるかよ、彼女に」
と、ロキは言い捨てるように言って笑った。一国の王女が舞台に立つなど聞いたことも無い。

「へえ、才能ありそうだけどねえ」

店主がそんな話をしているうちに、レナの髪は後ろに複雑に編み込まれて纏められ、髪には花の形をしたレース製のヘッドドレスが飾られた。夜の外出を意識したのか、少し緩めに纏められ後れ毛を残したアレンジは、色気のある雰囲気に仕上がっている。

完成した髪を見るために鏡の前で首を振って確認すると、
「わあ、すごい」
とレナは驚いた。この店が得意とするアレンジは、レナが今まで見たことも無いような髪型が多い。

そのレナの首に、ロキが大きな青い宝石の付いたネックレスを付けた。

「レンタルだから、遠慮しないで。あんたの瞳に合う色だろ」
レナは鏡に映った自分が、王女の頃の姿に戻ったようで驚いた。

「ありがとう・・。なんだか、こういうの久しぶりだわ」
「うん、まあ、今日を楽しむ武装だと思って。どうしたって注目されちゃうと思うから」

ロキの申し訳なさそうな言い方に、レナはなるほど、と納得する。ロキは、女性が気後れしないように気遣いをする術を知っているのだろう。

「ほんと、ロキって女性のことを分かってるのね」
「・・そういうこと言われると、期待するよ・・」

ロキは複雑な表情で喜びを噛み締める。レナが深い意味を持たせずに言っていることは分かっていた。

2人は店を出ると、劇場に向かう。数日前にカイと訪れた建物を目に入れると、レナはカイにもらったバラを思い出し、纏めた髪にそっと手で触れた。

(今頃、どうしてるの・・?)

カイがレナを忘れていることなど無いと信じているが、無事かどうかも分からず、便りもない中で待つことはレナにとって苦痛だった。
カイがいない毎日を過ごしている間、レナの隣にはロキがいる。自分の行動のせいで、カイと観た歌劇の内容に近い状況になってしまったことに、レナは静かに落ち込んだ。
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