売られて嫁いだ伯爵様には、犬と狼の時間がある

碧井夢夏

文字の大きさ
16 / 134
1章

伴侶 3

しおりを挟む
 私たちは馬に乗って出かけた。
 馬車だと登り坂が多くて大変だというので、ユリシーズが乗馬に誘ってくれた。

 私が乗馬経験があると伝えると、性格が優しくて働き者だという芦毛の牝馬、キャリーを相棒に貸してくれた。
 ユリシーズは栗毛の馬を連れている。

 私たちは黒い燕尾服のスタイルに黒いハットを被り、乗馬用の白いズボンを身に着けている。この恰好を女性がしていると嫌な顔をされることがあるから、ユリシーズが何の迷いもなく用意してくれた時には本当に驚いた。

「お姫様でも、馬に乗れるのですね」
「わたくしは動物が好きなの。厩舎にいた馬がかわいくて、よく乗っていたから。あ、両親には内緒で、こっそりと」
「意外にお転婆だったのですね」

 しまった。クリスティーナ姫って乗馬はするのかしら?
 あそこまで大切にされている方だと、落馬でもしたら大変だと禁止されてそうな気が……。

「馬は遠くまでわたくしを運んでくれるし、背の上は見晴らしがいいし」
「無理はしないでくださいね」
「ええ」

 鞍を付けて上にまたがる。
 一部の上流階級の間では女性は横乗りをしろという人がいて、この乗り方ははしたないと言われている。
 私が堂々とまたがっている姿を見られたらクリスティーナ姫の評判が落ちてしまうかもしれない。

 馬の腹を蹴って歩みを進め始めると、向かい風を感じる。
 後ろで束ねた赤い髪が、よくなびいて時折視界に入った。

 これはクリスティーナ姫を真似た、偽物の色をした髪。

「少し走りましょうか」

 ユリシーズが笑顔で言って馬の腹に合図を出した。
 前を走るユリシーズたちに付いて行こうと、乗っている芦毛のキャリーが走り出す。

 馬の揺れを感じながら、景色がどんどん通り過ぎていく。

「楽しい……!」
「それは良かったです!」

 馬の蹄と揺れが強い。大きな声を掛け合った。

 キャリーの白いたてがみが揺れていて、目線の先に見えるピンと立った耳がかわいらしい。
 ああ、昨日のユリシーズを思い出す。
 動物の耳って、ふさふさしていて、よく動いて、かわいい……。

 そういえばユリシーズって、尻尾も触ったら気持ちいいのかしら。
 立派なのよね、大きくて。

「ねえ、ユリシーズ」
「はい」
「従者は連れてこなくて良かったの?」
「それだと、デートらしくないじゃないですか」
「自分のことを全部やらなければならないし、護衛だって……」

 私が心配していると、ユリシーズは「ああ」と言って驚く。

「護衛は不要です」
「でも、一人では……」
「心配はご無用ですよ」

 貴族階級なのに従者も連れずに妻と二人きりで外出だなんて、狙われたらどう対処するつもりなのかしら。
 心配無用だとは言うけれど、狙われやすくもなるし。

 本当は公爵家のお姫様ではないけれど、私に何かあったら立場が悪くなるのはユリシーズだっていうのに。危機感が足りないのではないかしら。

 走らせていた馬の手綱を引き、歩く指示をするユリシーズ。
 私が乗っているキャリーは前方にいる馬の行動から、私が指示を出す前に歩き始めた。

「それにしてもクリスティーナ様は不思議な方ですね」
「わたくしは、分かりづらいですか?」
「以前お会いしたクリスティーナ様とは別人のようです。まあ、人前とプライベートでは印象が違って当然ですが」

 別人だもの。
 あなたが見たのはクリスティーナ姫、ここにいるのはアイリーンという大した教養もない子爵令嬢よ。

「別人のようで、がっかりしていますか?」
「いえ、今のクリスティーナ様は無邪気な少女のようです」
「大人っぽくないという意味ですよね」
「そうではなく、純粋で素敵です」
「……」

 一週間の付け焼刃じゃ、こういうところまで公爵家のお姫様になることはできない。
 純粋という言葉は美しいけれど、クリスティーナ姫の形容詞にはふさわしくなかった。

「前の印象の方が好きですか?」
「そういうわけではありません。あの印象のままでしたら、毎日の生活も息苦しくなっていたでしょうし」

 息苦しく……か。
 クリスティーナ姫だったら、ここでどんな生活を送っていただろうか。
 あれでいて気さくなところがあるから、案外うまくやれていたのかも。

「時々、そうして思い悩んでいるのは何故ですか?」

 ユリシーズに突然聞かれてドキリとした。
 言葉に出して言えないことは、いつもこうして心の中でだけ呟いて誤魔化している。

「私のせいですよね。おかしな種族である事実を隠し、クリスティーナ様を迎えてしまいました」
「いえ……」

 あなたが自分の一族の秘密を隠していたように、私にだって言いたくても言えない真実がある。
 その秘密を夜のあなたは知っていて、受け入れてくれたのだけれど。

「わたくしは、いつも自分に自信がないのです。発言ひとつにしても」
「それは不思議ですね。クリスティーナ様のような、全てを持っている女性でも自信がないものなのですか」
「全てなんて持っていません。いつだって、足りないことだらけで」

 こうしてユリシーズに心配をかけてしまうくらい、分かりやすく悩んでいる。
 もっと堂々と、クリスティーナ姫のように立ち振る舞わなければいけないのに。

「見つけたぞ! 汚らわしい女!」

 その時、突然大声がどこかから聞こえ、馬が驚いて歩みを止めた。

 隣の林から出てきたのは、昨日窓ガラスを破ってきたユリシーズの従妹だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒
恋愛
後宮に入り、妃となって二年。 それなのに一度も皇帝に抱かれぬまま、沈翠蘭は“お飾りの妃”としてひっそりと日々を過ごしていた。 ある日、文部大臣の周景文が現れ、こう告げる。 「このままでは、あなたは後宮から追い出される」 実家に帰れば、出世を望む幼い弟たちに顔向けできない――。 迷いの中で手を差し伸べた彼にすがるように身を預けた翠蘭。 けれど、彼には誰も知らない秘密があった。 冷たい後宮から始まる、甘くて熱い溺愛の物語。

ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人
恋愛
 私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!  素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。  しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!  ……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?  私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!! ※【エブリスタ】でも公開しています。  【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。

平穏な生活を望む美貌の子爵令嬢は、王太子様に嫌われたくて必死です

美並ナナ
恋愛
類稀なる美貌を誇る子爵令嬢シェイラは、 社交界デビューとなる15歳のデビュタントで 公爵令息のギルバートに見初められ、 彼の婚約者となる。 下級貴族である子爵家の令嬢と 上級貴族の中でも位の高い公爵家との婚約は、 異例の玉の輿を将来約束された意味を持つ。 そんな多くの女性が羨む婚約から2年が経ったある日、 シェイラはギルバートが他の令嬢と 熱い抱擁と口づけを交わしている場面を目撃。 その場で婚約破棄を告げられる。 その美貌を翳らせて、悲しみに暮れるシェイラ。 だが、その心の内は歓喜に沸いていた。 身の丈に合った平穏な暮らしを望むシェイラは この婚約を破棄したいとずっと願っていたのだ。 ようやくこの時が来たと内心喜ぶシェイラだったが、 その時予想外の人物が現れる。 なぜか王太子フェリクスが颯爽と姿を現し、 後で揉めないように王族である自分が この婚約破棄の証人になると笑顔で宣言したのだ。 しかもその日以降、 フェリクスはなにかとシェイラに構ってくるように。 公爵子息以上に高貴な身分である王太子とは 絶対に関わり合いになりたくないシェイラは 策を打つことにして――? ※設定がゆるい部分もあると思いますので、気楽にお読み頂ければ幸いです。 ※本作品は、エブリスタ様・小説家になろう様でも掲載しています。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...