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1章
伴侶 3
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私たちは馬に乗って出かけた。
馬車だと登り坂が多くて大変だというので、ユリシーズが乗馬に誘ってくれた。
私が乗馬経験があると伝えると、性格が優しくて働き者だという芦毛の牝馬、キャリーを相棒に貸してくれた。
ユリシーズは栗毛の馬を連れている。
私たちは黒い燕尾服のスタイルに黒いハットを被り、乗馬用の白いズボンを身に着けている。この恰好を女性がしていると嫌な顔をされることがあるから、ユリシーズが何の迷いもなく用意してくれた時には本当に驚いた。
「お姫様でも、馬に乗れるのですね」
「わたくしは動物が好きなの。厩舎にいた馬がかわいくて、よく乗っていたから。あ、両親には内緒で、こっそりと」
「意外にお転婆だったのですね」
しまった。クリスティーナ姫って乗馬はするのかしら?
あそこまで大切にされている方だと、落馬でもしたら大変だと禁止されてそうな気が……。
「馬は遠くまでわたくしを運んでくれるし、背の上は見晴らしがいいし」
「無理はしないでくださいね」
「ええ」
鞍を付けて上にまたがる。
一部の上流階級の間では女性は横乗りをしろという人がいて、この乗り方ははしたないと言われている。
私が堂々とまたがっている姿を見られたらクリスティーナ姫の評判が落ちてしまうかもしれない。
馬の腹を蹴って歩みを進め始めると、向かい風を感じる。
後ろで束ねた赤い髪が、よくなびいて時折視界に入った。
これはクリスティーナ姫を真似た、偽物の色をした髪。
「少し走りましょうか」
ユリシーズが笑顔で言って馬の腹に合図を出した。
前を走るユリシーズたちに付いて行こうと、乗っている芦毛のキャリーが走り出す。
馬の揺れを感じながら、景色がどんどん通り過ぎていく。
「楽しい……!」
「それは良かったです!」
馬の蹄と揺れが強い。大きな声を掛け合った。
キャリーの白いたてがみが揺れていて、目線の先に見えるピンと立った耳がかわいらしい。
ああ、昨日のユリシーズを思い出す。
動物の耳って、ふさふさしていて、よく動いて、かわいい……。
そういえばユリシーズって、尻尾も触ったら気持ちいいのかしら。
立派なのよね、大きくて。
「ねえ、ユリシーズ」
「はい」
「従者は連れてこなくて良かったの?」
「それだと、デートらしくないじゃないですか」
「自分のことを全部やらなければならないし、護衛だって……」
私が心配していると、ユリシーズは「ああ」と言って驚く。
「護衛は不要です」
「でも、一人では……」
「心配はご無用ですよ」
貴族階級なのに従者も連れずに妻と二人きりで外出だなんて、狙われたらどう対処するつもりなのかしら。
心配無用だとは言うけれど、狙われやすくもなるし。
本当は公爵家のお姫様ではないけれど、私に何かあったら立場が悪くなるのはユリシーズだっていうのに。危機感が足りないのではないかしら。
走らせていた馬の手綱を引き、歩く指示をするユリシーズ。
私が乗っているキャリーは前方にいる馬の行動から、私が指示を出す前に歩き始めた。
「それにしてもクリスティーナ様は不思議な方ですね」
「わたくしは、分かりづらいですか?」
「以前お会いしたクリスティーナ様とは別人のようです。まあ、人前とプライベートでは印象が違って当然ですが」
別人だもの。
あなたが見たのはクリスティーナ姫、ここにいるのはアイリーンという大した教養もない子爵令嬢よ。
「別人のようで、がっかりしていますか?」
「いえ、今のクリスティーナ様は無邪気な少女のようです」
「大人っぽくないという意味ですよね」
「そうではなく、純粋で素敵です」
「……」
一週間の付け焼刃じゃ、こういうところまで公爵家のお姫様になることはできない。
純粋という言葉は美しいけれど、クリスティーナ姫の形容詞にはふさわしくなかった。
「前の印象の方が好きですか?」
「そういうわけではありません。あの印象のままでしたら、毎日の生活も息苦しくなっていたでしょうし」
息苦しく……か。
クリスティーナ姫だったら、ここでどんな生活を送っていただろうか。
あれでいて気さくなところがあるから、案外うまくやれていたのかも。
「時々、そうして思い悩んでいるのは何故ですか?」
ユリシーズに突然聞かれてドキリとした。
言葉に出して言えないことは、いつもこうして心の中でだけ呟いて誤魔化している。
「私のせいですよね。おかしな種族である事実を隠し、クリスティーナ様を迎えてしまいました」
「いえ……」
あなたが自分の一族の秘密を隠していたように、私にだって言いたくても言えない真実がある。
その秘密を夜のあなたは知っていて、受け入れてくれたのだけれど。
「わたくしは、いつも自分に自信がないのです。発言ひとつにしても」
「それは不思議ですね。クリスティーナ様のような、全てを持っている女性でも自信がないものなのですか」
「全てなんて持っていません。いつだって、足りないことだらけで」
こうしてユリシーズに心配をかけてしまうくらい、分かりやすく悩んでいる。
もっと堂々と、クリスティーナ姫のように立ち振る舞わなければいけないのに。
「見つけたぞ! 汚らわしい女!」
その時、突然大声がどこかから聞こえ、馬が驚いて歩みを止めた。
隣の林から出てきたのは、昨日窓ガラスを破ってきたユリシーズの従妹だった。
馬車だと登り坂が多くて大変だというので、ユリシーズが乗馬に誘ってくれた。
私が乗馬経験があると伝えると、性格が優しくて働き者だという芦毛の牝馬、キャリーを相棒に貸してくれた。
ユリシーズは栗毛の馬を連れている。
私たちは黒い燕尾服のスタイルに黒いハットを被り、乗馬用の白いズボンを身に着けている。この恰好を女性がしていると嫌な顔をされることがあるから、ユリシーズが何の迷いもなく用意してくれた時には本当に驚いた。
「お姫様でも、馬に乗れるのですね」
「わたくしは動物が好きなの。厩舎にいた馬がかわいくて、よく乗っていたから。あ、両親には内緒で、こっそりと」
「意外にお転婆だったのですね」
しまった。クリスティーナ姫って乗馬はするのかしら?
あそこまで大切にされている方だと、落馬でもしたら大変だと禁止されてそうな気が……。
「馬は遠くまでわたくしを運んでくれるし、背の上は見晴らしがいいし」
「無理はしないでくださいね」
「ええ」
鞍を付けて上にまたがる。
一部の上流階級の間では女性は横乗りをしろという人がいて、この乗り方ははしたないと言われている。
私が堂々とまたがっている姿を見られたらクリスティーナ姫の評判が落ちてしまうかもしれない。
馬の腹を蹴って歩みを進め始めると、向かい風を感じる。
後ろで束ねた赤い髪が、よくなびいて時折視界に入った。
これはクリスティーナ姫を真似た、偽物の色をした髪。
「少し走りましょうか」
ユリシーズが笑顔で言って馬の腹に合図を出した。
前を走るユリシーズたちに付いて行こうと、乗っている芦毛のキャリーが走り出す。
馬の揺れを感じながら、景色がどんどん通り過ぎていく。
「楽しい……!」
「それは良かったです!」
馬の蹄と揺れが強い。大きな声を掛け合った。
キャリーの白いたてがみが揺れていて、目線の先に見えるピンと立った耳がかわいらしい。
ああ、昨日のユリシーズを思い出す。
動物の耳って、ふさふさしていて、よく動いて、かわいい……。
そういえばユリシーズって、尻尾も触ったら気持ちいいのかしら。
立派なのよね、大きくて。
「ねえ、ユリシーズ」
「はい」
「従者は連れてこなくて良かったの?」
「それだと、デートらしくないじゃないですか」
「自分のことを全部やらなければならないし、護衛だって……」
私が心配していると、ユリシーズは「ああ」と言って驚く。
「護衛は不要です」
「でも、一人では……」
「心配はご無用ですよ」
貴族階級なのに従者も連れずに妻と二人きりで外出だなんて、狙われたらどう対処するつもりなのかしら。
心配無用だとは言うけれど、狙われやすくもなるし。
本当は公爵家のお姫様ではないけれど、私に何かあったら立場が悪くなるのはユリシーズだっていうのに。危機感が足りないのではないかしら。
走らせていた馬の手綱を引き、歩く指示をするユリシーズ。
私が乗っているキャリーは前方にいる馬の行動から、私が指示を出す前に歩き始めた。
「それにしてもクリスティーナ様は不思議な方ですね」
「わたくしは、分かりづらいですか?」
「以前お会いしたクリスティーナ様とは別人のようです。まあ、人前とプライベートでは印象が違って当然ですが」
別人だもの。
あなたが見たのはクリスティーナ姫、ここにいるのはアイリーンという大した教養もない子爵令嬢よ。
「別人のようで、がっかりしていますか?」
「いえ、今のクリスティーナ様は無邪気な少女のようです」
「大人っぽくないという意味ですよね」
「そうではなく、純粋で素敵です」
「……」
一週間の付け焼刃じゃ、こういうところまで公爵家のお姫様になることはできない。
純粋という言葉は美しいけれど、クリスティーナ姫の形容詞にはふさわしくなかった。
「前の印象の方が好きですか?」
「そういうわけではありません。あの印象のままでしたら、毎日の生活も息苦しくなっていたでしょうし」
息苦しく……か。
クリスティーナ姫だったら、ここでどんな生活を送っていただろうか。
あれでいて気さくなところがあるから、案外うまくやれていたのかも。
「時々、そうして思い悩んでいるのは何故ですか?」
ユリシーズに突然聞かれてドキリとした。
言葉に出して言えないことは、いつもこうして心の中でだけ呟いて誤魔化している。
「私のせいですよね。おかしな種族である事実を隠し、クリスティーナ様を迎えてしまいました」
「いえ……」
あなたが自分の一族の秘密を隠していたように、私にだって言いたくても言えない真実がある。
その秘密を夜のあなたは知っていて、受け入れてくれたのだけれど。
「わたくしは、いつも自分に自信がないのです。発言ひとつにしても」
「それは不思議ですね。クリスティーナ様のような、全てを持っている女性でも自信がないものなのですか」
「全てなんて持っていません。いつだって、足りないことだらけで」
こうしてユリシーズに心配をかけてしまうくらい、分かりやすく悩んでいる。
もっと堂々と、クリスティーナ姫のように立ち振る舞わなければいけないのに。
「見つけたぞ! 汚らわしい女!」
その時、突然大声がどこかから聞こえ、馬が驚いて歩みを止めた。
隣の林から出てきたのは、昨日窓ガラスを破ってきたユリシーズの従妹だった。
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