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1章

伴侶 2

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  ***

「うわああああっ!!」
「ん……?」

 大きな声がして目が覚めると、真っ青になって頭を抱えているユリシーズがいた。

「記憶が……記憶がない……」

 昨日何があってこうなっているのか覚えていないらしい。
 私はのそりと起き上がって「おはよう、ユリシーズ」と声をかける。

「も、申し訳ございません、クリスティーナ様! ノクスが、何か……」
「ああ、違うの。昨日ユリシーズの従妹って人が来て、わたくしの部屋の窓ガラスが割られてしまったから、ここで寝かせていただいたのよ」
「そ、それで私は……その、クリスティーナ様になにを……」
「わたくしが頭を撫でていたら、あなたはスヤスヤと眠ってしまったわ」

 ノクスと私の間に何かがあったわけではないと分かって、ユリシーズは肩に入った力を抜いてほっとしていた。

「昨日の夜、そんなことが」
「ええ。従妹の方はユリシーズが好きだったみたい」
「母の妹にあたる叔母の娘で、昔から私と結婚すると言っていたのですが」
「あなたのタイプではなかったとか?」
「まあ、そうですね。そもそもクリスティーナ様を知るまで、女性に興味もありませんでしたし」

 当然のように言ってくれるけど、同じ顔の私でもクリスティーナ姫に抱いた感情を持ったりしたのかしら。性格が違うから、無理よね。

「今は、ディエスの意識しかないの?」
「そうですね……うっすらとノクスの意識もありますが」
「不思議ね。両方ともユリシーズだけど、性格が全然違うわ」
「女性の趣味は同じです」

 そういえば、ノクスはクリスティーナ姫を「いい女じゃない」って言っていたのよね。それって女性の趣味は違うって意味では?

「ノクスは、わたくしを狼好きの匂いがすると」
「クリスティーナ様は狼が好きだったのですか?」
「狼に会った経験があったら、今ここで生きてないと思う」

 ふふと笑って、世話をしていたラルフを思い出す。
 最初はこっそりと厩舎の中で飼っていた。
 どこかで暴力を受けたのか片耳が折れていて、前足が片方だけ不自由な子だった。
 白い大型犬で、黒い目がくりっとしていてかわいかったな。

「犬を飼っていたの」
「ああ、それで……」
「昨日エイミーがノクスを見て、人狼の姿をひどく怖がっていたけれど、わたくしは全く怖いと思わなくて、むしろ……」
「親しみが持てましたか? 犬のようで」
「そうね。狼は犬より気高い生き物だと聞いていたけれど、同じくらいかわいいのかも」

 私がノクスの耳を思い出して言うと、目の前のディエスが面白くなさそうな顔をした。

「私は、人狼ですが狼の気質がノクスよりもずっと弱いです。つまり、ノクスの方がかわいいという意味ですよね」
「あら、嫉妬しているの?」
「あんなに嫌がっていたノクスが態度を急に変えて、都合がよすぎます……!」

 声を荒らげるユリシーズの頬に、キスをした。

「え?」

 突然私がキスをしたせいで、ユリシーズは何が起きたのか分からないといった風だ。

「あなたは朝から寝るまでのあいだ、ずっとわたくしと一緒なのよ?」
「それは……」
「ノクスは少しの時間しか一緒にいられないと寂しがっていたわ」
「ああ……まあ、そうですね」

 納得したのか、さっきまで面白くなさそうだったユリシーズは大人しくなった。耳がついていたら垂れていそうなくらいしゅんとしている。

「わたくしは、どちらも大切なユリシーズだと思っています」
「クリスティーナ様……」
「機嫌を損ねるのは止めて。本日は何をします?」
「では、海が見える村に行きませんか?」
「海が見える村、ですか?」

 港町ではなく? 村とはどういうところなのかしら。

「その昔、賊から身を守るために外から見つかりにくい場所に村落ができたのですが、立地が崖状になっていて海を臨むことができるのです」
「素敵……!」
「では、そちらに向かいましょうか」
「はい!」

 そうと決まったらエイミーを呼んで着替えなくちゃ、とベッドから出て気が付く。

 ……着替えってここで? ユリシーズがいるところで?
 夫婦が同室だったら、それが当然ってことなのかしら……?
 いやいや、そんな……。

 と思って視線を上げると、堂々と着替えをしているユリシーズと目が合った。

「きゃあっ」
「え?」

 ユリシーズは羽織ったばかりらしい薄手のシャツ姿。前側がはだけていて、発達した首筋や胸が露になっている。

「あ、すみません。私は人前で着替える習慣が長かったもので……」
「わたくしには刺激が……」
「刺激ですか? それはどういう……」
「深く聞かないでください」

 男の人の身体なんか目にする機会がなかった。
 それに、ユリシーズの昼間は雰囲気がふんわりしているから忘れてしまいがちだけれど、身体は逞しい。

「見苦しいものをお見せしました、もう大丈夫ですよ」

 目線を外している私に声を掛けながら、ユリシーズが苦笑する。
 恐る恐る視線を戻すと、既に服を着たユリシーズが立っていた。

「……クリスティーナ様、そ、その服は……」

 赤面しながら困っているので、何がどうしたのと思って自分のネグリジェを確認する。公爵家から持たされた白いシルク製のもの。
 身体に吸い付くような着心地も肌触りが良くて気に入っている。

「失礼しました、私は退出しますのでごゆっくり! あ、エイミーさんは私が呼んでおきます!」

 慌てて逃げるように部屋を出ていくユリシーズ。
 ネグリジェにあんなに動揺するなんて。
 ノクスの方は身に着けている服なんか全然気にしてなさそうだったけれど、ディエスはそんなことないのね。

 私たち、夫婦同室は当面無理そう。
 昨日の夜、撫でていた時のノクスはかわいかったなあ。
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