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2章
人狼族たち
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クリスティーナ姫がアイリーンとして皇室入りをするパレードの最中、宿のバルコニーでユリシーズは私の唇を必死に塞ぐ。
離れた途端に引き寄せられて、言葉を発する隙も無い。
金管楽器の演奏が聞こえているけれど、遠のいてしまったかのようにディエスの息遣いだけが耳を何度もくすぐった。
ディエスの気持ちを知ってしまったから、恥ずかしいのに泣きたくなってくる。
歓声も収まり始めると、ユリシーズはそっと離れ、「部屋に入りましょう」と私を誘った。
隣の部屋のバルコニーが目に入り、いるはずのエイミーが見当たらなかった。部屋に戻っていったのかしら。
ユリシーズの顔をまともに見られなくて、うつむき加減になりながらバルコニーから部屋に戻る。
「あんな人目のある外で……やはり私も獣と変わりませんね」
真っ赤になっているユリシーズを見て、小さく笑う。
「そういうところがあると知れたのは嬉しいです」
衝動的になる瞬間があって、理性だけでない昼(ディエス)を知った。
皇帝陛下と公爵様に対する複雑な事情を持っているらしいことは、ちゃんと聞いておきたい。
二人掛けのソファに隣同士で座り、ユリシーズの顔を見上げる。
「公爵家に血塗られた薔薇を贈ってきたのは、一体どういう意図だったのですか?」
「あれは……クリスティーナ様が怯えたら、公爵家がどんな行動をとるかというのを見てみようと……」
「クリスティーナ姫はショックで倒れたわ」
「それでアイリーンが身代わりに?」
「いいえ、身代わりがユリシーズの元に嫁ぐことはとっくに決まっていたのですが」
婚約破棄になっていてもおかしくなかった。
ユリシーズの狂気を疑うにはあの薔薇だけで充分だったくらい。
「私は、クリスティーナを娶って公爵家に絶望を伝えるつもりでした」
「絶望……?」
「どれだけ戦場ですり減らされ、私たちの一族が減って傷ついているのか、そういうことを嫌と言うほど思い知らせるつもりでした」
「……そんなことをしたって、誰も幸せにならないのに?」
「幸せなんて、とっくに諦めていましたから」
ユリシーズはそっと私の頬に触れる。
触れ方が優しくてくすぐったい。顔が近づいて熱っぽい息が頬から耳を横切る。
「アイリーン」
囁きに目を閉じると、柔らかく唇に触れられた。
背筋に波が上がるような刺激が走って、何も考えられなくなりそうになる。
こうしているのは初めてじゃないのに、どうしてしまったのだろう。
身体から力が抜けそうになった私の背中には、ユリシーズの手が添えられていた。
「貴女と本当の家族になりたい。一度は捨てた人生でしたが、欲が出ました。ですが、現在のまま平穏な生活を続けるのは難しいでしょう」
「それはどういうことですか……?」
「まず、皇帝は私の脅威をどうするかを考えている。間違いなく暗殺計画もあるはずです」
「えっ……」
「暗殺者にやられるような嗅覚と能力ではないので安心してください。ただ、守る存在ができたら、自分の命を晒すでしょう。人質を取られたら、私は迷わず死を選びますから」
「……そんな」
ユリシーズは英雄なのに、どうして暗殺されなければいけないの?
戦争が終わったから用済みになったとばかりに?
「家族を持っても安心な状況を作れるように、これから考えていきたいのです」
「はい」
私は死神伯が牙を剥かないようにとユリシーズの元に嫁がされた。
それで皇帝陛下は安心してくれたのかと思っていたのに。
ユリシーズがそんな風に狙われているなんて。
「もしも私の暗殺が成功したら……未亡人になった『公爵家のクリスティーナ』を新たなロイヤルレディにするつもりなのかもしれません。なにしろ、貴女は美しい」
「えっ……」
公爵様が、私をまた利用するかもしれない?
ユリシーズの考えすぎだと言いたかったけれど、あの人ならやりそうだと納得してしまった。
「利用価値のあるものを手放す人ではない。アイリーンが私を魅了したことで、より確信したのではないでしょうか」
フリートウッド公爵は、戦争で総司令官を務めていた。
ユリシーズは指示される立場だったから……公爵様のことをよく知っていそうだわ。
「公爵様には、どうやって情報が伝わっているのですか?」
「……さしずめ、私の屋敷内の者を買収しているのかと」
「ユリシーズの情報が筒抜けになっているの?」
「そうでしょうね」
家の使用人を疑わなくちゃいけないなんて……。
安心できる場所はどこにもないの?
「犯人を捜すのですか?」
「暫くは泳がせておきましょう。何かを企むときは私よりアイリーンを狙う可能性が高い。なるべく私と一緒にいてください」
「なるべく一緒に……」
確かに、私が人質にでもされたらユリシーズに迷惑がかかる。
「同じ部屋にいる時間をなるべく増やした方がいいと思うのですが」
「分かりました」
「……いいのですか?」
「別に?」
昨日からずっと同じ部屋にいるのに。
そもそも私たち夫婦なのだから、一緒にいるのが普通よね。
「私は……自信がありません」
ユリシーズは座ったまま頭を抱えてうなだれてしまった。
「他人と一緒にいることが苦手ですか?」
「アイリーンが私の部屋にいると思うと……緊張で気が狂うかもしれません」
「気が狂う……」
「昨日からずっとこうして一緒にいますが、全く慣れません」
「そう……」
そんなに負担をかけていたなんて。私がくつろいでいる間も、ユリシーズはずっとストレスを感じていたのね。
「ずっとかぐわしい香りが漂っていますし、すぐに視界にあなたが入ってくるので、その度に『うわ』と胸が高鳴ってしまい、『なんて美しいのか』『これが私の妻だというのは何かの間違いでは?』『そうだ、きっと私は幻を見ているに違いない』『幻が……触れる?!』と自問自答を繰り返すのです」
「……」
頭の中はいつもそんなに忙しそうなのね。
繰り返すってことは、ずっと同じことを考えていたのかしら?
……えっ、もしかして昨日から??
「なんだか、大変そうですね」
「大変なのです。今も心配そうにアイリーンに顔を覗き込まれただけで、『こっちを見た!』と思います」
「そうですか……」
申し訳ないのでユリシーズと反対側を見ることにする。
「いや、見られるのが嫌というわけではないんですが」
「そうなのですか? 見られるとストレスを感じるのかと……」
「私は犬ではありません」
そこを否定されても、ユリシーズを見ていると黒い犬が思い浮かんでしまうし……。
「じゃあ……ボールを投げたら取ってきたりはしないのですか?」
「それはします」
やっぱり。
自分で認めていないだけの犬じゃないの。いるもの、自分を人間だと思っている犬。
「そうではなくて! 話さなければいけないのはこれからの生活のことです。まず、屋敷内には人狼の一族が多いというのをお伝えしておきます」
「何名ほどですか?」
「15名は人狼で、その夫や妻を合わせて30名ほどです」
「現在生き残っている人狼が20名で、窓を割った従妹のペトラを抜いたら、残りの人狼の方は3名ということですね」
「3名はもうお年を召していらっしゃいます」
「ということは、働ける年齢の方はペトラ以外全員をお屋敷で雇っているということ?」
ユリシーズはうなずいて、「その方が安心じゃないですか、お互い」と笑う。
執事が人狼なのは知っていたけれど、周りが人狼だらけだとは思わなかった。
じゃあ……夜になったら頭に耳を生やして尻尾を揺らしながら働いているのね……。
なにそれ……見たい……。執事の方が夜に耳を生やしているのは見たのだったわ。
「公爵への報告をしているのも、恐らく一族の誰かでしょう。弱みを握られて仕方なくそうしている可能性が高いと思っています」
「……弱みを。では、助けてあげた方が……」
「誰なのかの見当がついていないのと、こちらが感づいていることを悟られたくありません。どう動くべきか迷っています」
「でも、クリスティーナ姫が送ってきた手紙には公爵様がユリシーズの情報を持っていたことが書いてあったわ」
「……それを公爵が把握していなければいいのですが」
考えたくないけれど、誰かの大切な人が人質に取られているとか、やむを得ない事情を抱えているということよね……。
公爵様が、そんなことを……?
離れた途端に引き寄せられて、言葉を発する隙も無い。
金管楽器の演奏が聞こえているけれど、遠のいてしまったかのようにディエスの息遣いだけが耳を何度もくすぐった。
ディエスの気持ちを知ってしまったから、恥ずかしいのに泣きたくなってくる。
歓声も収まり始めると、ユリシーズはそっと離れ、「部屋に入りましょう」と私を誘った。
隣の部屋のバルコニーが目に入り、いるはずのエイミーが見当たらなかった。部屋に戻っていったのかしら。
ユリシーズの顔をまともに見られなくて、うつむき加減になりながらバルコニーから部屋に戻る。
「あんな人目のある外で……やはり私も獣と変わりませんね」
真っ赤になっているユリシーズを見て、小さく笑う。
「そういうところがあると知れたのは嬉しいです」
衝動的になる瞬間があって、理性だけでない昼(ディエス)を知った。
皇帝陛下と公爵様に対する複雑な事情を持っているらしいことは、ちゃんと聞いておきたい。
二人掛けのソファに隣同士で座り、ユリシーズの顔を見上げる。
「公爵家に血塗られた薔薇を贈ってきたのは、一体どういう意図だったのですか?」
「あれは……クリスティーナ様が怯えたら、公爵家がどんな行動をとるかというのを見てみようと……」
「クリスティーナ姫はショックで倒れたわ」
「それでアイリーンが身代わりに?」
「いいえ、身代わりがユリシーズの元に嫁ぐことはとっくに決まっていたのですが」
婚約破棄になっていてもおかしくなかった。
ユリシーズの狂気を疑うにはあの薔薇だけで充分だったくらい。
「私は、クリスティーナを娶って公爵家に絶望を伝えるつもりでした」
「絶望……?」
「どれだけ戦場ですり減らされ、私たちの一族が減って傷ついているのか、そういうことを嫌と言うほど思い知らせるつもりでした」
「……そんなことをしたって、誰も幸せにならないのに?」
「幸せなんて、とっくに諦めていましたから」
ユリシーズはそっと私の頬に触れる。
触れ方が優しくてくすぐったい。顔が近づいて熱っぽい息が頬から耳を横切る。
「アイリーン」
囁きに目を閉じると、柔らかく唇に触れられた。
背筋に波が上がるような刺激が走って、何も考えられなくなりそうになる。
こうしているのは初めてじゃないのに、どうしてしまったのだろう。
身体から力が抜けそうになった私の背中には、ユリシーズの手が添えられていた。
「貴女と本当の家族になりたい。一度は捨てた人生でしたが、欲が出ました。ですが、現在のまま平穏な生活を続けるのは難しいでしょう」
「それはどういうことですか……?」
「まず、皇帝は私の脅威をどうするかを考えている。間違いなく暗殺計画もあるはずです」
「えっ……」
「暗殺者にやられるような嗅覚と能力ではないので安心してください。ただ、守る存在ができたら、自分の命を晒すでしょう。人質を取られたら、私は迷わず死を選びますから」
「……そんな」
ユリシーズは英雄なのに、どうして暗殺されなければいけないの?
戦争が終わったから用済みになったとばかりに?
「家族を持っても安心な状況を作れるように、これから考えていきたいのです」
「はい」
私は死神伯が牙を剥かないようにとユリシーズの元に嫁がされた。
それで皇帝陛下は安心してくれたのかと思っていたのに。
ユリシーズがそんな風に狙われているなんて。
「もしも私の暗殺が成功したら……未亡人になった『公爵家のクリスティーナ』を新たなロイヤルレディにするつもりなのかもしれません。なにしろ、貴女は美しい」
「えっ……」
公爵様が、私をまた利用するかもしれない?
ユリシーズの考えすぎだと言いたかったけれど、あの人ならやりそうだと納得してしまった。
「利用価値のあるものを手放す人ではない。アイリーンが私を魅了したことで、より確信したのではないでしょうか」
フリートウッド公爵は、戦争で総司令官を務めていた。
ユリシーズは指示される立場だったから……公爵様のことをよく知っていそうだわ。
「公爵様には、どうやって情報が伝わっているのですか?」
「……さしずめ、私の屋敷内の者を買収しているのかと」
「ユリシーズの情報が筒抜けになっているの?」
「そうでしょうね」
家の使用人を疑わなくちゃいけないなんて……。
安心できる場所はどこにもないの?
「犯人を捜すのですか?」
「暫くは泳がせておきましょう。何かを企むときは私よりアイリーンを狙う可能性が高い。なるべく私と一緒にいてください」
「なるべく一緒に……」
確かに、私が人質にでもされたらユリシーズに迷惑がかかる。
「同じ部屋にいる時間をなるべく増やした方がいいと思うのですが」
「分かりました」
「……いいのですか?」
「別に?」
昨日からずっと同じ部屋にいるのに。
そもそも私たち夫婦なのだから、一緒にいるのが普通よね。
「私は……自信がありません」
ユリシーズは座ったまま頭を抱えてうなだれてしまった。
「他人と一緒にいることが苦手ですか?」
「アイリーンが私の部屋にいると思うと……緊張で気が狂うかもしれません」
「気が狂う……」
「昨日からずっとこうして一緒にいますが、全く慣れません」
「そう……」
そんなに負担をかけていたなんて。私がくつろいでいる間も、ユリシーズはずっとストレスを感じていたのね。
「ずっとかぐわしい香りが漂っていますし、すぐに視界にあなたが入ってくるので、その度に『うわ』と胸が高鳴ってしまい、『なんて美しいのか』『これが私の妻だというのは何かの間違いでは?』『そうだ、きっと私は幻を見ているに違いない』『幻が……触れる?!』と自問自答を繰り返すのです」
「……」
頭の中はいつもそんなに忙しそうなのね。
繰り返すってことは、ずっと同じことを考えていたのかしら?
……えっ、もしかして昨日から??
「なんだか、大変そうですね」
「大変なのです。今も心配そうにアイリーンに顔を覗き込まれただけで、『こっちを見た!』と思います」
「そうですか……」
申し訳ないのでユリシーズと反対側を見ることにする。
「いや、見られるのが嫌というわけではないんですが」
「そうなのですか? 見られるとストレスを感じるのかと……」
「私は犬ではありません」
そこを否定されても、ユリシーズを見ていると黒い犬が思い浮かんでしまうし……。
「じゃあ……ボールを投げたら取ってきたりはしないのですか?」
「それはします」
やっぱり。
自分で認めていないだけの犬じゃないの。いるもの、自分を人間だと思っている犬。
「そうではなくて! 話さなければいけないのはこれからの生活のことです。まず、屋敷内には人狼の一族が多いというのをお伝えしておきます」
「何名ほどですか?」
「15名は人狼で、その夫や妻を合わせて30名ほどです」
「現在生き残っている人狼が20名で、窓を割った従妹のペトラを抜いたら、残りの人狼の方は3名ということですね」
「3名はもうお年を召していらっしゃいます」
「ということは、働ける年齢の方はペトラ以外全員をお屋敷で雇っているということ?」
ユリシーズはうなずいて、「その方が安心じゃないですか、お互い」と笑う。
執事が人狼なのは知っていたけれど、周りが人狼だらけだとは思わなかった。
じゃあ……夜になったら頭に耳を生やして尻尾を揺らしながら働いているのね……。
なにそれ……見たい……。執事の方が夜に耳を生やしているのは見たのだったわ。
「公爵への報告をしているのも、恐らく一族の誰かでしょう。弱みを握られて仕方なくそうしている可能性が高いと思っています」
「……弱みを。では、助けてあげた方が……」
「誰なのかの見当がついていないのと、こちらが感づいていることを悟られたくありません。どう動くべきか迷っています」
「でも、クリスティーナ姫が送ってきた手紙には公爵様がユリシーズの情報を持っていたことが書いてあったわ」
「……それを公爵が把握していなければいいのですが」
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