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2章
奥様として
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メイド長のジュディが部屋を出て行くと、私はエイミーを連れて屋敷内を歩く。
「このお屋敷の使用人を把握したいわ」
「奥様らしいことをするのですね!」
「まあ、そういうことになるのかしら」
今日から私は奥様探偵……ふふ、悪くないわね。
このお屋敷の人間関係を把握して、誰が公爵様と繋がっているのかを推理するのよ。
「奥様」
不意に声をかけられて誰かしらと立ち止まる。
後ろから走ってくる30代くらいの女性。
オレンジ色で肩まで伸びた髪をしているけれど、使用人の服は着ていなくて、黄色いドレスを身につけていた。
「?」
「先日は、娘がご迷惑をおかけしました。わたくしもたまにこちらで裁縫のお仕事をしているのです。ユリシーズの叔母、と申し上げましたら良いかしら」
「ああ、ペトラのお母様ですね」
ユリシーズの叔母さんということは……私にとってもおばさま??
ペトラはツンツンしていたけれど、この方は穏やかな人ね。
「奥様など他人行儀はやめてください、私のことは、アッ」
違った、アイリーンじゃなくて。
「クリスティーナとお呼びください」
「いいえ、あの子は序列にうるさいですから。わたくしにとって親戚というよりも奥様とユリシーズ様、なのよ」
「そんなに厳格なのですか?」
「わたくしがここで働いている以上、血縁者ではなく主人と使用人ということなの」
ユリシーズって、そういうところに厳しいのね……。
なんだか意外だけれど、狼だからと言われればちょっと納得もできてしまう。
犬も序列を大事にするものね。
「一族の長を敬うのは当たり前ですから、気にしないで」
うーん、なんだかやりづらい、というか、それでいいのかしらと気になってしまう。
私はまだ、人狼の血縁や序列がよく分かっていない。
「ところで、奥様はどちらに向かっているの?」
「あっ……ユリシーズの部屋です」
どこに行こうと思っていたわけでも無かったのだけれど、そこ以外で私が向かえる場所が無い。
奥様探偵はあくまでも極秘プロジェクトなのだから、ユリシーズの叔母様だとしても知られるのはまずいわ。
「あらそうなの。どうやら仲が良さそうね?」
「ええ、まあ」
「素敵じゃないの」
ペトラのお母様相手にのろけるのもなんだか違うし、「はあ」とよく分からない返事しかできない。
あっという間にユリシーズの部屋に着いてしまい、流れで訪ねないわけにもいかなくなってしまった。
「じゃあ、私はこちらで……」
軽く挨拶をしてユリシーズの部屋をノックする。
エイミーは内心どう思っていたか分からないけれど、私の後ろについていた。
「はい」
室内からユリシーズの声がする。まだ日が暮れていないからディエスの声。
何の用事も無いのに訪ねるのは恥ずかしいなと変に意識をしてしまう。
「あの、私、です」
奥様探偵、始まったばかりで収穫も無いのに夫の部屋を訪れることに……。
こんなはずじゃなかった。
返事を待っていると、扉が開いてすぐ側にユリシーズの姿がある。
わざわざ扉を開けに来たの?
「どうしたのですか?」
心配そうな顔をして私をうかがうように立っていた。私が部屋を訪ねるなんて、何かあったと思ったのかしら。
「なるべく一緒にいた方がいいと言われたので来てみたのですが」
言い訳にしては説得力があることを言えた、と安堵した途端に手を引かれて部屋の中に引っ張られ、扉はパタンと閉まった。
こんなはずではなかったけれど、「嬉しいです」と耳元で言われて抱きしめられたら、私は抵抗することなんかできない。
「あの……」
扉の向こう、廊下側に残されているエイミーは困っているだろうし、毎回こんな風に迎えられるのはちょっと動揺しすぎてしまうからやめて欲しいわ。
「先ほどから何か嗅ぎ回っていたようですが、屋敷内に興味でも湧きましたか?」
「えっ?! 聞いていたのですか?」
「残念ながら、嗅覚だけでなく聴力も良いのですよ」
耳元で小さく囁かれて初めて気付く。
不覚だった。
この屋敷内にいる人狼の方々が、私と同じような人間ばかりでは無いとしたら……廊下での会話も筒抜けなのかもしれない。
「じゃあ、私がここに来ることだって分かっていたの?」
「ええ、だからこんな風に出迎えてみました」
「……そうですか」
「メイド長に夫婦円満の秘訣を聞いていましたね?」
「うそ……聞こえていたの?」
部屋の中にいても離れた部屋に聞こえちゃうんじゃ、安心して会話もできないじゃない。
隠し事をしようとしたら……筆談かしら……?
「まあ、私たちは堂々としていればいいのですよ。使用人も談話を盗み聞いたりはしないはずです」
「でも、聞こえてしまうのでしょう?」
「聞かれたくないことはできるだけ耳元で囁き合った方がいいかもしれませんが、私は気にしません」
そうか……聞かれたくないことは耳元で囁かないと……って、それじゃあずっと密着していなくちゃならない。
「実は、エイミーがまだ部屋の外に……」
こそっと小さな声で伝えると、ユリシーズは得意げな顔を浮かべた。
「この状態を見せるために中に入れるのですか? まさか侍女ともこんな距離で?」
「無難な会話に努めればいいでしょ」
「それは嫌です」
嫌って……。ディエスって頑固で、自分の主張を譲らない犬みたい。
散歩だと決めたら散歩に行くまで頑なになっちゃう子を思い出すわ……。
「せっかく妻が自分から訪ねてきてくれたというのに、侍女を一緒に入れたら二人きりではなくなります」
「二人きりになろうと思えば、いくらでもなれるでしょ」
「今が良いです」
「さっき、馬車の中でずっと二人きりだったわ」
「さっきはさっきです」
何を言っても聞く気がない。
ディエスは奥手でシャイだったはずなのに、急にどうしてこんなにベタベタするようになっているのかしら……。
「あんな風に夫婦仲を気にしてくださるなんて嬉しいです」
「あれはっ……」
そうか、メイド長との会話が聞かれていたんだった。もしかして、それを喜んでいるの?
「……ディエスもノクスも傷つけずに、夫婦でありたいと思って」
「アイリーン」
本名を呼ぶのはダメよと注意したいのに、結局私はアイリーンと呼ばれると胸が高鳴ってしまう。
ディエスは私の唇に人差し指と中指の腹をそっと当てたあと、ためらいがちに唇を重ねる。
私の身体をドアに預けて角度を変えながら何度もその行為を続けた。
それまでずっと声を殺していたはずなのに、呼吸のタイミングが難しい。
息遣いが荒くなってしまって、こういうのも誰かに聞かれているのかもしれないって思ったら……ただただ恥ずかしい。
「アイリーン、貴女が好きです」
「はい……」
息も絶え絶えな私に比べると、ユリシーズの呼吸は乱れていなかった。
その代わり、耳も顔も真っ赤になっている。
「こんな魅力的な方が私の妻になるなんて……」
ユリシーズは私の肩に額を乗せてうつむいてしまった。
「ユリシーズが世の魅力的な女性を知らないだけです」
「帝国広しといえども、これほどの美姫が果たして何人見つかるでしょうか。それだけではありません、声を発すれば美しい小鳥のような囁きで私を誘い、なんとも食欲をそそる香り」
「食欲のところは褒められている気がしません」
「とにかく!」
「誤魔化したわね?」
「幸せです」
ユリシーズが目元を緩めて本当に嬉しそうに笑って視線をよこすから、つられて私も笑ってしまう。
「もう」
軽くユリシーズの肩を叩くと、その手を包まれ、そっと甲に口づけられた。
なんだか甘い雰囲気……と思ってドキドキしていると、ユリシーズの背後にぬっと執事の影が……。
「きゃああっ!!」
思わず恐怖で叫んでしまい、ユリシーズが私の叫び声にビクッとする。
「バートレット……なんでこのタイミングで現れた……」
自分の背後を振り返るまでも無く、ユリシーズは執事の存在に気付いたらしい。
「お取り込み中、失礼します」
「分かっているのなら今すぐ消えろ」
「お取り込み中のようですが聞いてください」
「……」
ユリシーズに負けず劣らず頑固らしい執事は、主人であるユリシーズの命令にもめげずに何かを伝えようとしてくる。
きっと緊急なんだわ。
「もうすぐ満月ですが、今回は豚を絞めますか? それとも猪にしますか?」
「今じゃなきゃいけなかったのか……?」
「猪でしたら狩りの予定をすぐに立てませんと……」
「夕食の時で良いだろ」
「一瞬で済む話です!」
「お前に情緒は無いのか?!」
「生きた獣が手に入らなければ、ご主人様が激怒されるではないですか!」
「それはノクスだ!」
「同じことです!」
「違う!」
執事と言い合っているユリシーズを見ながら、そういえばこの執事ってディエスよりもノクスに対して仕えているイメージだったのよねと思い出す。
「奥様を迎えてから随分と浮かれていらっしゃるようですね?!」
「浮かれてるように見えるかもしれないが……夫婦なんだから問題ない」
「婚姻の名義が違っていたら、実質夫婦ではないのでは?」
この執事、急に部屋の中に現れただけでなく、誰に聞かれているか分からないのにとんでもないことを言ってくれる。
人狼って耳が良いんでしょ? 誰かに聞かれちゃったのでは??
「このお屋敷の使用人を把握したいわ」
「奥様らしいことをするのですね!」
「まあ、そういうことになるのかしら」
今日から私は奥様探偵……ふふ、悪くないわね。
このお屋敷の人間関係を把握して、誰が公爵様と繋がっているのかを推理するのよ。
「奥様」
不意に声をかけられて誰かしらと立ち止まる。
後ろから走ってくる30代くらいの女性。
オレンジ色で肩まで伸びた髪をしているけれど、使用人の服は着ていなくて、黄色いドレスを身につけていた。
「?」
「先日は、娘がご迷惑をおかけしました。わたくしもたまにこちらで裁縫のお仕事をしているのです。ユリシーズの叔母、と申し上げましたら良いかしら」
「ああ、ペトラのお母様ですね」
ユリシーズの叔母さんということは……私にとってもおばさま??
ペトラはツンツンしていたけれど、この方は穏やかな人ね。
「奥様など他人行儀はやめてください、私のことは、アッ」
違った、アイリーンじゃなくて。
「クリスティーナとお呼びください」
「いいえ、あの子は序列にうるさいですから。わたくしにとって親戚というよりも奥様とユリシーズ様、なのよ」
「そんなに厳格なのですか?」
「わたくしがここで働いている以上、血縁者ではなく主人と使用人ということなの」
ユリシーズって、そういうところに厳しいのね……。
なんだか意外だけれど、狼だからと言われればちょっと納得もできてしまう。
犬も序列を大事にするものね。
「一族の長を敬うのは当たり前ですから、気にしないで」
うーん、なんだかやりづらい、というか、それでいいのかしらと気になってしまう。
私はまだ、人狼の血縁や序列がよく分かっていない。
「ところで、奥様はどちらに向かっているの?」
「あっ……ユリシーズの部屋です」
どこに行こうと思っていたわけでも無かったのだけれど、そこ以外で私が向かえる場所が無い。
奥様探偵はあくまでも極秘プロジェクトなのだから、ユリシーズの叔母様だとしても知られるのはまずいわ。
「あらそうなの。どうやら仲が良さそうね?」
「ええ、まあ」
「素敵じゃないの」
ペトラのお母様相手にのろけるのもなんだか違うし、「はあ」とよく分からない返事しかできない。
あっという間にユリシーズの部屋に着いてしまい、流れで訪ねないわけにもいかなくなってしまった。
「じゃあ、私はこちらで……」
軽く挨拶をしてユリシーズの部屋をノックする。
エイミーは内心どう思っていたか分からないけれど、私の後ろについていた。
「はい」
室内からユリシーズの声がする。まだ日が暮れていないからディエスの声。
何の用事も無いのに訪ねるのは恥ずかしいなと変に意識をしてしまう。
「あの、私、です」
奥様探偵、始まったばかりで収穫も無いのに夫の部屋を訪れることに……。
こんなはずじゃなかった。
返事を待っていると、扉が開いてすぐ側にユリシーズの姿がある。
わざわざ扉を開けに来たの?
「どうしたのですか?」
心配そうな顔をして私をうかがうように立っていた。私が部屋を訪ねるなんて、何かあったと思ったのかしら。
「なるべく一緒にいた方がいいと言われたので来てみたのですが」
言い訳にしては説得力があることを言えた、と安堵した途端に手を引かれて部屋の中に引っ張られ、扉はパタンと閉まった。
こんなはずではなかったけれど、「嬉しいです」と耳元で言われて抱きしめられたら、私は抵抗することなんかできない。
「あの……」
扉の向こう、廊下側に残されているエイミーは困っているだろうし、毎回こんな風に迎えられるのはちょっと動揺しすぎてしまうからやめて欲しいわ。
「先ほどから何か嗅ぎ回っていたようですが、屋敷内に興味でも湧きましたか?」
「えっ?! 聞いていたのですか?」
「残念ながら、嗅覚だけでなく聴力も良いのですよ」
耳元で小さく囁かれて初めて気付く。
不覚だった。
この屋敷内にいる人狼の方々が、私と同じような人間ばかりでは無いとしたら……廊下での会話も筒抜けなのかもしれない。
「じゃあ、私がここに来ることだって分かっていたの?」
「ええ、だからこんな風に出迎えてみました」
「……そうですか」
「メイド長に夫婦円満の秘訣を聞いていましたね?」
「うそ……聞こえていたの?」
部屋の中にいても離れた部屋に聞こえちゃうんじゃ、安心して会話もできないじゃない。
隠し事をしようとしたら……筆談かしら……?
「まあ、私たちは堂々としていればいいのですよ。使用人も談話を盗み聞いたりはしないはずです」
「でも、聞こえてしまうのでしょう?」
「聞かれたくないことはできるだけ耳元で囁き合った方がいいかもしれませんが、私は気にしません」
そうか……聞かれたくないことは耳元で囁かないと……って、それじゃあずっと密着していなくちゃならない。
「実は、エイミーがまだ部屋の外に……」
こそっと小さな声で伝えると、ユリシーズは得意げな顔を浮かべた。
「この状態を見せるために中に入れるのですか? まさか侍女ともこんな距離で?」
「無難な会話に努めればいいでしょ」
「それは嫌です」
嫌って……。ディエスって頑固で、自分の主張を譲らない犬みたい。
散歩だと決めたら散歩に行くまで頑なになっちゃう子を思い出すわ……。
「せっかく妻が自分から訪ねてきてくれたというのに、侍女を一緒に入れたら二人きりではなくなります」
「二人きりになろうと思えば、いくらでもなれるでしょ」
「今が良いです」
「さっき、馬車の中でずっと二人きりだったわ」
「さっきはさっきです」
何を言っても聞く気がない。
ディエスは奥手でシャイだったはずなのに、急にどうしてこんなにベタベタするようになっているのかしら……。
「あんな風に夫婦仲を気にしてくださるなんて嬉しいです」
「あれはっ……」
そうか、メイド長との会話が聞かれていたんだった。もしかして、それを喜んでいるの?
「……ディエスもノクスも傷つけずに、夫婦でありたいと思って」
「アイリーン」
本名を呼ぶのはダメよと注意したいのに、結局私はアイリーンと呼ばれると胸が高鳴ってしまう。
ディエスは私の唇に人差し指と中指の腹をそっと当てたあと、ためらいがちに唇を重ねる。
私の身体をドアに預けて角度を変えながら何度もその行為を続けた。
それまでずっと声を殺していたはずなのに、呼吸のタイミングが難しい。
息遣いが荒くなってしまって、こういうのも誰かに聞かれているのかもしれないって思ったら……ただただ恥ずかしい。
「アイリーン、貴女が好きです」
「はい……」
息も絶え絶えな私に比べると、ユリシーズの呼吸は乱れていなかった。
その代わり、耳も顔も真っ赤になっている。
「こんな魅力的な方が私の妻になるなんて……」
ユリシーズは私の肩に額を乗せてうつむいてしまった。
「ユリシーズが世の魅力的な女性を知らないだけです」
「帝国広しといえども、これほどの美姫が果たして何人見つかるでしょうか。それだけではありません、声を発すれば美しい小鳥のような囁きで私を誘い、なんとも食欲をそそる香り」
「食欲のところは褒められている気がしません」
「とにかく!」
「誤魔化したわね?」
「幸せです」
ユリシーズが目元を緩めて本当に嬉しそうに笑って視線をよこすから、つられて私も笑ってしまう。
「もう」
軽くユリシーズの肩を叩くと、その手を包まれ、そっと甲に口づけられた。
なんだか甘い雰囲気……と思ってドキドキしていると、ユリシーズの背後にぬっと執事の影が……。
「きゃああっ!!」
思わず恐怖で叫んでしまい、ユリシーズが私の叫び声にビクッとする。
「バートレット……なんでこのタイミングで現れた……」
自分の背後を振り返るまでも無く、ユリシーズは執事の存在に気付いたらしい。
「お取り込み中、失礼します」
「分かっているのなら今すぐ消えろ」
「お取り込み中のようですが聞いてください」
「……」
ユリシーズに負けず劣らず頑固らしい執事は、主人であるユリシーズの命令にもめげずに何かを伝えようとしてくる。
きっと緊急なんだわ。
「もうすぐ満月ですが、今回は豚を絞めますか? それとも猪にしますか?」
「今じゃなきゃいけなかったのか……?」
「猪でしたら狩りの予定をすぐに立てませんと……」
「夕食の時で良いだろ」
「一瞬で済む話です!」
「お前に情緒は無いのか?!」
「生きた獣が手に入らなければ、ご主人様が激怒されるではないですか!」
「それはノクスだ!」
「同じことです!」
「違う!」
執事と言い合っているユリシーズを見ながら、そういえばこの執事ってディエスよりもノクスに対して仕えているイメージだったのよねと思い出す。
「奥様を迎えてから随分と浮かれていらっしゃるようですね?!」
「浮かれてるように見えるかもしれないが……夫婦なんだから問題ない」
「婚姻の名義が違っていたら、実質夫婦ではないのでは?」
この執事、急に部屋の中に現れただけでなく、誰に聞かれているか分からないのにとんでもないことを言ってくれる。
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