売られて嫁いだ伯爵様には、犬と狼の時間がある

碧井夢夏

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2章

抵抗

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 再び公爵様と私だけになった部屋で確信した。
 目の前の「ロイヤルデューク」は、ユリシーズを暗殺する計画に私を使おうとしている。
 戦場に立ったユリシーズと同じように、いざとなったら私ごと消すつもりで……。

「『お父様』、わたくしが報告する内容には、どんなものをお望みですか?」
「そうだな。一番欲しい情報は、やつの弱点だ」
「弱点、ですか」

 ユリシーズの弱点なら目の前にいるわよ。
 ……だけど、それを知られたらユリシーズが殺されてしまう。

「戦場でどんな危険な場所にいても死ななかったのがあの男だ。暗殺部隊を送り込んだところで皆殺しにされる」
「……」

 ユリシーズって、そんなに有能なのかしら。
 鼻と耳が人間離れしているから、気配を消されても分かるのかもしれない?

「下手に攻撃したらやられるだけだ。あの男は殺そうと思っても殺せない」
「それで、わたくしにどうしろとおっしゃるのでしょう?」
「計画に協力しろ。成功したら『クリスティーナ』として何不自由ない将来を約束してやる」
「計画……」

 何不自由ない生活なら、もう手に入っている。
 お金にも困っていないし、周りの人狼はかわいいし……。

「どうやらオルブライト伯爵は、『クリスティーナ』を気に入っているらしいな」
「ご存じないのですね。わたくしに落とせない男性なんてなかなかいませんわ」
「ほう、興味深い」
「わたくしの婚約者の座を巡って、多くの殿方が争ったのですから」

 嘘は言っていない。争ったのは我が家への援助の内容だったけれど。

「先程の護衛の件といい、男を狂わせる能力に長けているらしい」
「そうですね。オルブライト伯爵は、わたくしにドレスや宝石を買っては喜んでおります」
「そうか。それはいい。期待している」

 期待、か……。
 つまり、私が手先になるのは決定事項なのね。
 ユリシーズが公爵様の計画を知ったら逆上してしまうかもしれない。

「それでは部屋の鍵と本の件……できれば蔵書を読みたいので『クリスティーナ』の部屋の入出許可をいただけますか?」
「好きにしろ」
「ありがとうございます。お話が以上でしたら、失礼いたします」

 腰を低くして公爵様に頭を下げる。
 立ち上がった時に静かに表情を確認すると、先ほどよりも顔の緊張がほぐれていた。

 従順なふりをしながら、有能過ぎないように、それでいて信用を得なくてはいけない。
 ユリシーズと違って匂いで何かを判断したりはできないけれど、私の勘が公爵様は危険だと告げている。

 ゆっくりと出口に向かい、部屋を出る前に膝を折って腰を下げた。
 頭ならいくらでも下げられる。

 だけど、あなたの思い通りにはならない。

  ***

 部屋に戻って、ユリシーズへの手紙を書いている。
 さっき公爵様が降格を言い渡した護衛の中のひとりが、離れたところに立って私を見張っていた。

 逆恨みされてなければいいのだけれど。

 ユリシーズへ、と最初に書いたところで、これじゃあ伝わらないと思って没にした。
 大切なユリシーズへ、と書き直す。

 心配していそうだから、もう少ししたらちゃんと帰るって伝えよう。
 あとは、出てくる前の件も謝って……すぐには帰れないけれど会いたい気持ちでいるから、と素直に。

 そんなことを考えながら手紙をしたためていたら、ディエスとノクスが寂しがっている姿が思い浮かんだ。

 公爵家の封蝋印を押すためにロウソクを取り出すと、火をつける前に手紙の上にロウソクの蝋を滑らせる。
 傍目には何も書かれていないように見える文字に、こっそりと気持ちを込めて。

 そうして手紙を折りたたんで封筒に入れ、封蝋印を施した。

「手紙を書いたから、これをオルブライト伯爵に届けてくださる?」

 部屋の中にいる護衛に声をかける。
 護衛は静かに私の元に来ると、「かしこまりました」と静かに言って部屋を出て行った。

 公爵様に読まれる想定で書いてみたから、よそよそしい雰囲気の手紙になっている。
 ディエスなら理解すると思うけれど、ノクスが最初に読んだら「なんだこれ!」って怒りそう。

「不思議ね、ユリシーズ。私たち、まだ出会ったばかりなのに」

 離れた途端、あなたのことばかり考えている。
 身代わりの妻として一緒にいるようになって、いつの間にかあなたが生活の中心になっていた。
 ユリシーズは昼と夜で人格は違うし、別人格の自分に嫉妬をするような夫だけれど。

「仕方ないわね。かわいいんだもの」

 そう。大抵のことはかわいいに勝てない。
 ディエスもノクスも本当にかわいい。
 離れて分かったけれど、私はかわいい生き物に弱い。

 自分に嫉妬しちゃうなんて、普通に考えたらおかしいのだけれど。
 尻尾に怒ってぐるぐる回る子犬みたいで、「それ、あなたなのに」とニヤニヤしちゃいそうになるのよ。
 本人には言えないけれど。

 ユリシーズとの思い出に浸っていたら、部屋に護衛が戻ってきた。

「手紙は手配しておきました」

 護衛に言われ、私は部屋を出ていくことにする。

「じゃあ、次は『クリスティーナ』の部屋に行くわ。護衛を付けていなければならないの。ついてきて下さる?」
「はっ」

 公爵様に借りを作りたくはないけれど、護衛の態度が明らかに良くなった。
 廊下を歩く私の後ろには護衛がついていて、廊下に立っていた使用人は私の姿を見て頭を下げる。

 どうやら、私が『クリスティーナ』だと徹底されたらしい。
 相手の動きの速さに感心する。
 そこまでして私を駒に使い、ユリシーズを討ちたいのかしら。

 侮ってはいなかったけれど、一筋縄ではいかないかもしれない。

 クリスティーナ姫の部屋に着いたので、護衛に扉を開けてもらう。
 ゆっくりと部屋に入ると、人の影があって一瞬息を呑んだ。

「……あなたは……」

 その人物が誰なのか分かると、訳もなく胸騒ぎが襲う。

「あら、お部屋に来たのね『クリスティーナ』」
「はい。お久しぶりです、『お母様』」

 公爵様の奥様で、他国の王女様だった人。

 クリスティーナ姫のご尊母様だ。
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