売られて嫁いだ伯爵様には、犬と狼の時間がある

碧井夢夏

文字の大きさ
66 / 134
3章

人狼チャレンジの夜

しおりを挟む
 無理矢理仮装をさせられたオルガさんと侍女の方が、不本意そうに付け耳と尻尾の姿で食堂にいる。

 侍女の女性は、オルガさんの後ろに立ちながら肩身が狭そうにもじもじしていた。そのピンク色の耳と尻尾はミレイさん作だと思うのだけれど、どうしてその色にしたのかしら。陰のある雰囲気がかわいらしく中和されているわね。

 ノクスがオルガさんの正面に座り、「似合ってるな」とにこりと笑う。オルガさんは恥ずかしさもあったからか、「似合っているものですか」と口を尖らせながら赤面していた。

 いいわね、ここまでは私たちの……いえ、ノクスのペースになっているわ。

「クリスティーナ様は、普段からこんなに面妖な恰好をされていらっしゃるのですか?」

 オルガさんに、ごもっともなことを尋ねられた。

「妻が付き合ってくれるようになったのは最近だ。なかなか心を開いてくれなかったからな」

 そういう設定なのね。分かったわ。私はつい最近までユリシーズに心を開かなかった妻ね。

「伯爵様、こういった恰好は貴族階級出身の令嬢には馴染みがありません。せいぜい仮面程度に留めていただけませんと」
「そうよ、ユリシーズ。公爵家の関係者でこの恰好をしてくださる方はオルガくらいしかいないわ」
「そうか、オルガは心が広いのだな」

 オルガさんの心の広さについては賛同しかねるところだけれど、さっきから和やかな雰囲気なのはノクスのお陰ね。

「あと、オルガの後ろにいる女。お前はコソコソと変なものを盛ろうとするな」
「えっ?!」

 ノクスがいきなりそこを突っ込むとは思わなかったから私も怯んでしまったけれど、公爵家の刺客らしい彼女は気付かれた理由が分からなくて焦っている様子。

「俺は死神伯と呼ばれて恐れられた殺人鬼だ。ようやく妻を迎えた身でみすみす殺されるつもりはないし、身を守るためなら相手を噛み殺したりもする。それだけの覚悟があるのか?」

 ピンク耳をつけた黒髪の彼女は、小さく震えていた。
 まさかこんなに簡単に見破られるとは思っていなかっただろうし、こんな風に脅されたら殺されると思ってしまうだろう。

「伯爵様は、一体なんのお話をされていらっしゃるの?」

 一方のオルガさんは、どうやら事情が把握できないらしい。
 そこに夕食が運ばれてきた。黒髪の彼女は、ここで何かを混入させるつもりだったのだろうか。どうやって?

「オルガ、彼女はどういう経緯で侍女としてついてくることになったの?」
「公爵様から、クリスティーナ様の家に行く際は護衛にもなるから連れて行くようにと仰せつかったのです」
「そう。護衛にもなるという点で気付くべきだったわね。わたくしの夫を狙うためにわざわざここまでいらしているようだわ」

 オルガさんは目を丸くして首からチェーンで下げた眼鏡をかけると、後ろを振り向いて黒髪の侍女をじろりと見る。

「あなた、そういうことだったの?」
「……オルガ様、騙されないで下さい」

 あくまでも白を切るつもりらしい。まあ、ここで認めたらオルガさんから公爵様に報告がされるかもしれないから仕方のない部分はあるのかも。

 テーブルの上で美味しそうなオニオンスープが湯気を立てているというのに、私たちの間には奇妙な空気が流れている。
 そもそも、席に着いている全員に獣の耳が付いている時点で何かが歪んでいるような気もするのよね。


「わたくしは伯爵様のような軍人ではございません。たった一人で何ができましょうか」
「さあな。幻覚剤で何をしようとしたのかは分からないが、ろくなことに使うものではないだろう?」

 ノクスは嫌そうに顔を歪めた。
 鼻が良いから薬の種類まで当てられるのね。それにしても幻覚剤って。

 私はよく知らないけれど、戦場に行く兵士に恐怖を忘れさせるために使われていたと聞いたことがある。お父様に無理やり連れて行かれた賭博場では、そういう話が好きな人が多かったから。

 確か、依存性が高いから危険だとか、細かいことが気にならなくなるとか、そんなものだと思うけれど……それをノクスに盛って何をするつもりだったのかしら……。

「何を根拠に、わたくしがそんなものを持っていると?」
「証拠を見せろと言うなら、今すぐお前を捕まえて隠している場所から取り出してやるぞ」

 ノクスは銀色の目を冷たく光らせて、普段よりも抑揚のない冷たい声色で告げた。
 片方の目は、片眼鏡の奥でギラリと光っている。

「他には、神経毒の毒薬、眠り薬……呼吸障害を起こすものまで、色々と持っているようだ」

 ノクスが次々に薬品の種類を当てていくからだろうか、彼女の歯がガチガチと震えで音を立てている。
 まあ、死神伯を相手にここまで知られてしまったら殺されるって思うわよね。
 実際のノクスは迫力の割に残虐ではないのだけれど。

「ねえ、あなた。折角のお料理が冷めてしまうわ」

 私が隣の席に向かって声をかけると、「ああそうだな」とにこりと不敵に笑う。

「ザッカリー。そこの女から薬品を回収しろ。食事中に不愉快だ」

 ノクスが命じると、食堂と繋がっているキッチンから料理長のザッカリー・ワイルドが白い耳と白い尻尾を生やしてやってくる。
 シンシアの父親であるザッカリーは、人狼の中でも嗅覚が特に鋭いらしい。

「かしこまりました。ご主人様」

 ザッカリーは大きな体をより大きく見せるように胸を張ると、薬品をもっているらしい彼女の前に立って「胸ポケット、袖の内側、髪飾りの奥を見せてください」と場所を指定した。

「ひっ……」

 正確に場所まで当てられたのが怖かったのか、一瞬固まった様子を見せた後で慌ててその場から逃げようと走りだす。
 この流れで彼女が逃げることなどお見通しだったらしく、食堂に入ってきたもう一人の白い耳、シンシアがザッカリーとは反対側から彼女を追いつめてあっさりと羽交い絞めにしてしまっていた。親子の連携プレイが鮮やかだわ。

 あんなにかわいいのに、シンシアは怪力なのよね。

「奥様! これ、どうしましょう??」

 白い尻尾を振りながら、自分のお手柄とばかりに茶色の目を輝かせてこっちを見ている。

「どこかに縛っておいて。自由にさせたら自害するかもしれないから、それは防いでね」

 私がシンシアに伝えると、「かしこまりましたあ!」と嬉しそうにどこかに連れて行く。
 羽交い絞めでずるずると引きずられていた黒髪の彼女は、ピンク色の耳が取れかかっていた。

「さて、物騒な連れは帝国の法律で裁かれることになるだろうが、オルガの目的も聞いておこうか?」

 ノクスはそう言って持っていたスプーンを置いた。オニオンスープをすでに半分くらい飲み終えている。
 手元のナプキンで口元を拭うと、メインディッシュ用のナイフを握ってオルガさんに刃先を向けた。

 ディエスも容赦ないけれど……ノクスもさすがユリシーズだなと思うわね。
 オルガさんをこんな風に追い詰めるなんて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒
恋愛
後宮に入り、妃となって二年。 それなのに一度も皇帝に抱かれぬまま、沈翠蘭は“お飾りの妃”としてひっそりと日々を過ごしていた。 ある日、文部大臣の周景文が現れ、こう告げる。 「このままでは、あなたは後宮から追い出される」 実家に帰れば、出世を望む幼い弟たちに顔向けできない――。 迷いの中で手を差し伸べた彼にすがるように身を預けた翠蘭。 けれど、彼には誰も知らない秘密があった。 冷たい後宮から始まる、甘くて熱い溺愛の物語。

ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人
恋愛
 私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!  素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。  しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!  ……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?  私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!! ※【エブリスタ】でも公開しています。  【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

処理中です...