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3章
人狼チャレンジの夜
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無理矢理仮装をさせられたオルガさんと侍女の方が、不本意そうに付け耳と尻尾の姿で食堂にいる。
侍女の女性は、オルガさんの後ろに立ちながら肩身が狭そうにもじもじしていた。そのピンク色の耳と尻尾はミレイさん作だと思うのだけれど、どうしてその色にしたのかしら。陰のある雰囲気がかわいらしく中和されているわね。
ノクスがオルガさんの正面に座り、「似合ってるな」とにこりと笑う。オルガさんは恥ずかしさもあったからか、「似合っているものですか」と口を尖らせながら赤面していた。
いいわね、ここまでは私たちの……いえ、ノクスのペースになっているわ。
「クリスティーナ様は、普段からこんなに面妖な恰好をされていらっしゃるのですか?」
オルガさんに、ごもっともなことを尋ねられた。
「妻が付き合ってくれるようになったのは最近だ。なかなか心を開いてくれなかったからな」
そういう設定なのね。分かったわ。私はつい最近までユリシーズに心を開かなかった妻ね。
「伯爵様、こういった恰好は貴族階級出身の令嬢には馴染みがありません。せいぜい仮面程度に留めていただけませんと」
「そうよ、ユリシーズ。公爵家の関係者でこの恰好をしてくださる方はオルガくらいしかいないわ」
「そうか、オルガは心が広いのだな」
オルガさんの心の広さについては賛同しかねるところだけれど、さっきから和やかな雰囲気なのはノクスのお陰ね。
「あと、オルガの後ろにいる女。お前はコソコソと変なものを盛ろうとするな」
「えっ?!」
ノクスがいきなりそこを突っ込むとは思わなかったから私も怯んでしまったけれど、公爵家の刺客らしい彼女は気付かれた理由が分からなくて焦っている様子。
「俺は死神伯と呼ばれて恐れられた殺人鬼だ。ようやく妻を迎えた身でみすみす殺されるつもりはないし、身を守るためなら相手を噛み殺したりもする。それだけの覚悟があるのか?」
ピンク耳をつけた黒髪の彼女は、小さく震えていた。
まさかこんなに簡単に見破られるとは思っていなかっただろうし、こんな風に脅されたら殺されると思ってしまうだろう。
「伯爵様は、一体なんのお話をされていらっしゃるの?」
一方のオルガさんは、どうやら事情が把握できないらしい。
そこに夕食が運ばれてきた。黒髪の彼女は、ここで何かを混入させるつもりだったのだろうか。どうやって?
「オルガ、彼女はどういう経緯で侍女としてついてくることになったの?」
「公爵様から、クリスティーナ様の家に行く際は護衛にもなるから連れて行くようにと仰せつかったのです」
「そう。護衛にもなるという点で気付くべきだったわね。わたくしの夫を狙うためにわざわざここまでいらしているようだわ」
オルガさんは目を丸くして首からチェーンで下げた眼鏡をかけると、後ろを振り向いて黒髪の侍女をじろりと見る。
「あなた、そういうことだったの?」
「……オルガ様、騙されないで下さい」
あくまでも白を切るつもりらしい。まあ、ここで認めたらオルガさんから公爵様に報告がされるかもしれないから仕方のない部分はあるのかも。
テーブルの上で美味しそうなオニオンスープが湯気を立てているというのに、私たちの間には奇妙な空気が流れている。
そもそも、席に着いている全員に獣の耳が付いている時点で何かが歪んでいるような気もするのよね。
「わたくしは伯爵様のような軍人ではございません。たった一人で何ができましょうか」
「さあな。幻覚剤で何をしようとしたのかは分からないが、ろくなことに使うものではないだろう?」
ノクスは嫌そうに顔を歪めた。
鼻が良いから薬の種類まで当てられるのね。それにしても幻覚剤って。
私はよく知らないけれど、戦場に行く兵士に恐怖を忘れさせるために使われていたと聞いたことがある。お父様に無理やり連れて行かれた賭博場では、そういう話が好きな人が多かったから。
確か、依存性が高いから危険だとか、細かいことが気にならなくなるとか、そんなものだと思うけれど……それをノクスに盛って何をするつもりだったのかしら……。
「何を根拠に、わたくしがそんなものを持っていると?」
「証拠を見せろと言うなら、今すぐお前を捕まえて隠している場所から取り出してやるぞ」
ノクスは銀色の目を冷たく光らせて、普段よりも抑揚のない冷たい声色で告げた。
片方の目は、片眼鏡の奥でギラリと光っている。
「他には、神経毒の毒薬、眠り薬……呼吸障害を起こすものまで、色々と持っているようだ」
ノクスが次々に薬品の種類を当てていくからだろうか、彼女の歯がガチガチと震えで音を立てている。
まあ、死神伯を相手にここまで知られてしまったら殺されるって思うわよね。
実際のノクスは迫力の割に残虐ではないのだけれど。
「ねえ、あなた。折角のお料理が冷めてしまうわ」
私が隣の席に向かって声をかけると、「ああそうだな」とにこりと不敵に笑う。
「ザッカリー。そこの女から薬品を回収しろ。食事中に不愉快だ」
ノクスが命じると、食堂と繋がっているキッチンから料理長のザッカリー・ワイルドが白い耳と白い尻尾を生やしてやってくる。
シンシアの父親であるザッカリーは、人狼の中でも嗅覚が特に鋭いらしい。
「かしこまりました。ご主人様」
ザッカリーは大きな体をより大きく見せるように胸を張ると、薬品をもっているらしい彼女の前に立って「胸ポケット、袖の内側、髪飾りの奥を見せてください」と場所を指定した。
「ひっ……」
正確に場所まで当てられたのが怖かったのか、一瞬固まった様子を見せた後で慌ててその場から逃げようと走りだす。
この流れで彼女が逃げることなどお見通しだったらしく、食堂に入ってきたもう一人の白い耳、シンシアがザッカリーとは反対側から彼女を追いつめてあっさりと羽交い絞めにしてしまっていた。親子の連携プレイが鮮やかだわ。
あんなにかわいいのに、シンシアは怪力なのよね。
「奥様! これ、どうしましょう??」
白い尻尾を振りながら、自分のお手柄とばかりに茶色の目を輝かせてこっちを見ている。
「どこかに縛っておいて。自由にさせたら自害するかもしれないから、それは防いでね」
私がシンシアに伝えると、「かしこまりましたあ!」と嬉しそうにどこかに連れて行く。
羽交い絞めでずるずると引きずられていた黒髪の彼女は、ピンク色の耳が取れかかっていた。
「さて、物騒な連れは帝国の法律で裁かれることになるだろうが、オルガの目的も聞いておこうか?」
ノクスはそう言って持っていたスプーンを置いた。オニオンスープをすでに半分くらい飲み終えている。
手元のナプキンで口元を拭うと、メインディッシュ用のナイフを握ってオルガさんに刃先を向けた。
ディエスも容赦ないけれど……ノクスもさすがユリシーズだなと思うわね。
オルガさんをこんな風に追い詰めるなんて。
侍女の女性は、オルガさんの後ろに立ちながら肩身が狭そうにもじもじしていた。そのピンク色の耳と尻尾はミレイさん作だと思うのだけれど、どうしてその色にしたのかしら。陰のある雰囲気がかわいらしく中和されているわね。
ノクスがオルガさんの正面に座り、「似合ってるな」とにこりと笑う。オルガさんは恥ずかしさもあったからか、「似合っているものですか」と口を尖らせながら赤面していた。
いいわね、ここまでは私たちの……いえ、ノクスのペースになっているわ。
「クリスティーナ様は、普段からこんなに面妖な恰好をされていらっしゃるのですか?」
オルガさんに、ごもっともなことを尋ねられた。
「妻が付き合ってくれるようになったのは最近だ。なかなか心を開いてくれなかったからな」
そういう設定なのね。分かったわ。私はつい最近までユリシーズに心を開かなかった妻ね。
「伯爵様、こういった恰好は貴族階級出身の令嬢には馴染みがありません。せいぜい仮面程度に留めていただけませんと」
「そうよ、ユリシーズ。公爵家の関係者でこの恰好をしてくださる方はオルガくらいしかいないわ」
「そうか、オルガは心が広いのだな」
オルガさんの心の広さについては賛同しかねるところだけれど、さっきから和やかな雰囲気なのはノクスのお陰ね。
「あと、オルガの後ろにいる女。お前はコソコソと変なものを盛ろうとするな」
「えっ?!」
ノクスがいきなりそこを突っ込むとは思わなかったから私も怯んでしまったけれど、公爵家の刺客らしい彼女は気付かれた理由が分からなくて焦っている様子。
「俺は死神伯と呼ばれて恐れられた殺人鬼だ。ようやく妻を迎えた身でみすみす殺されるつもりはないし、身を守るためなら相手を噛み殺したりもする。それだけの覚悟があるのか?」
ピンク耳をつけた黒髪の彼女は、小さく震えていた。
まさかこんなに簡単に見破られるとは思っていなかっただろうし、こんな風に脅されたら殺されると思ってしまうだろう。
「伯爵様は、一体なんのお話をされていらっしゃるの?」
一方のオルガさんは、どうやら事情が把握できないらしい。
そこに夕食が運ばれてきた。黒髪の彼女は、ここで何かを混入させるつもりだったのだろうか。どうやって?
「オルガ、彼女はどういう経緯で侍女としてついてくることになったの?」
「公爵様から、クリスティーナ様の家に行く際は護衛にもなるから連れて行くようにと仰せつかったのです」
「そう。護衛にもなるという点で気付くべきだったわね。わたくしの夫を狙うためにわざわざここまでいらしているようだわ」
オルガさんは目を丸くして首からチェーンで下げた眼鏡をかけると、後ろを振り向いて黒髪の侍女をじろりと見る。
「あなた、そういうことだったの?」
「……オルガ様、騙されないで下さい」
あくまでも白を切るつもりらしい。まあ、ここで認めたらオルガさんから公爵様に報告がされるかもしれないから仕方のない部分はあるのかも。
テーブルの上で美味しそうなオニオンスープが湯気を立てているというのに、私たちの間には奇妙な空気が流れている。
そもそも、席に着いている全員に獣の耳が付いている時点で何かが歪んでいるような気もするのよね。
「わたくしは伯爵様のような軍人ではございません。たった一人で何ができましょうか」
「さあな。幻覚剤で何をしようとしたのかは分からないが、ろくなことに使うものではないだろう?」
ノクスは嫌そうに顔を歪めた。
鼻が良いから薬の種類まで当てられるのね。それにしても幻覚剤って。
私はよく知らないけれど、戦場に行く兵士に恐怖を忘れさせるために使われていたと聞いたことがある。お父様に無理やり連れて行かれた賭博場では、そういう話が好きな人が多かったから。
確か、依存性が高いから危険だとか、細かいことが気にならなくなるとか、そんなものだと思うけれど……それをノクスに盛って何をするつもりだったのかしら……。
「何を根拠に、わたくしがそんなものを持っていると?」
「証拠を見せろと言うなら、今すぐお前を捕まえて隠している場所から取り出してやるぞ」
ノクスは銀色の目を冷たく光らせて、普段よりも抑揚のない冷たい声色で告げた。
片方の目は、片眼鏡の奥でギラリと光っている。
「他には、神経毒の毒薬、眠り薬……呼吸障害を起こすものまで、色々と持っているようだ」
ノクスが次々に薬品の種類を当てていくからだろうか、彼女の歯がガチガチと震えで音を立てている。
まあ、死神伯を相手にここまで知られてしまったら殺されるって思うわよね。
実際のノクスは迫力の割に残虐ではないのだけれど。
「ねえ、あなた。折角のお料理が冷めてしまうわ」
私が隣の席に向かって声をかけると、「ああそうだな」とにこりと不敵に笑う。
「ザッカリー。そこの女から薬品を回収しろ。食事中に不愉快だ」
ノクスが命じると、食堂と繋がっているキッチンから料理長のザッカリー・ワイルドが白い耳と白い尻尾を生やしてやってくる。
シンシアの父親であるザッカリーは、人狼の中でも嗅覚が特に鋭いらしい。
「かしこまりました。ご主人様」
ザッカリーは大きな体をより大きく見せるように胸を張ると、薬品をもっているらしい彼女の前に立って「胸ポケット、袖の内側、髪飾りの奥を見せてください」と場所を指定した。
「ひっ……」
正確に場所まで当てられたのが怖かったのか、一瞬固まった様子を見せた後で慌ててその場から逃げようと走りだす。
この流れで彼女が逃げることなどお見通しだったらしく、食堂に入ってきたもう一人の白い耳、シンシアがザッカリーとは反対側から彼女を追いつめてあっさりと羽交い絞めにしてしまっていた。親子の連携プレイが鮮やかだわ。
あんなにかわいいのに、シンシアは怪力なのよね。
「奥様! これ、どうしましょう??」
白い尻尾を振りながら、自分のお手柄とばかりに茶色の目を輝かせてこっちを見ている。
「どこかに縛っておいて。自由にさせたら自害するかもしれないから、それは防いでね」
私がシンシアに伝えると、「かしこまりましたあ!」と嬉しそうにどこかに連れて行く。
羽交い絞めでずるずると引きずられていた黒髪の彼女は、ピンク色の耳が取れかかっていた。
「さて、物騒な連れは帝国の法律で裁かれることになるだろうが、オルガの目的も聞いておこうか?」
ノクスはそう言って持っていたスプーンを置いた。オニオンスープをすでに半分くらい飲み終えている。
手元のナプキンで口元を拭うと、メインディッシュ用のナイフを握ってオルガさんに刃先を向けた。
ディエスも容赦ないけれど……ノクスもさすがユリシーズだなと思うわね。
オルガさんをこんな風に追い詰めるなんて。
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