売られて嫁いだ伯爵様には、犬と狼の時間がある

碧井夢夏

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3章

日が暮れて 2

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 私たちが寝たふりをしていると、ガサゴソと外で何やら音が聞こえた。
 私の耳にも聞こえたということは、ノクスやバートレット、シンシアのような人狼の耳はもっと色々な音が聞こえているのだろう。

「ねえ、何人くらいいるの?」
「外から侵入してこようとしているのが雇った暴漢だろうな。6人……か。こちらが逃げることを想定して、部屋の出口と廊下に護衛を配置してる。混乱と暴漢に紛れて俺を狙うつもりだろうな」
「私は、どうしたらいい?」
「この部屋にいれば安全だ。公爵家の護衛が部屋の中に乗り込んできて何かをするつもりはなさそうだ。まあ、それがバレたら公爵家側の罪になるからな。俺の実力も評価してくれているようだし、そう簡単にこの部屋に入ってくることは無いだろう」

 心配になって身体を起こす。月明かりは頼りなく、外は暗い。暴漢は人間なのでしょうから、人狼たちのように周りが見えているわけではないはず。

 窓の外を見ていたら、さっと影が現れて消える。続いてまた影が現れて消えた。

「このーっ!!」

 シンシアの声が響き、「え?」と驚いているうちに「うわあ」「なんだっ」と野太い声が上がり、どさどさと何かが落ちた音がした。

「シンシアとバートレットが、上ってきている暴漢たちを上から飛び降りて蹴散らした。一番上にいたやつが重傷になりそうなところだが、下で待っていたやつの上に落ちたから上っていなかったやつが一番重傷だ」

 ノクスに状況説明をしてもらって、ようやく何が起きているかが分かった。

 この部屋に向かって外から壁を上ってきていた暴漢たちを、上から飛び降りてきたバートレットとシンシアが蹴り落したとか、そういうことらしい。
 この感じからして、シンシアとバートレットは無事に着地しているのよね?

「怪我の少ないやつがシンシアに飛びかかろうとしたが、顔を引っかかれ、バートレットに複数回蹴られ、満身創痍も良いところだな」
「耳とか尻尾は見られていないかしら」
「それどころじゃないだろ。相手が普通に言葉をしゃべっているのに、人間以外に襲われたと思うか?」
「……まあ、そうね」
「バートレットが全員を縛り上げたようだ。こういう時に俊足というのはいいな」
「……暴漢を縛り上げるのに、俊足が関係あるとは思えないけれど」

 シンシアとバートレットが共闘すると、その辺の暴漢6人くらい敵じゃないということは分かった。

「手ごたえがありませんね」
「うふふ、ウォーミングアップにもなりませんでした!」

 バートレットとシンシアが頼りない月明かりの中で笑い声を響かせているらしい。
 あんまり派手なパフォーマンスはしない方が良いと思うのだけれど。

「アイリーン、今回も無事に解決したな」
「暴漢を縛り上げただけで解決したというのかしら」
「安心しろ、暴漢の状況を把握して、あちら側は本日の襲撃を諦めたらしい」
「逃げ足は速いのね」
「深追いして人狼の存在がバレる方がまずいだろ?」

 ノクスが隣で気軽に言ってくれる。
 あの二人が堂々と暴漢をやっつけたように、暗い中であれば目の前にノクスが現れたところで人狼を認識できるかどうかというのはあるけれど。


 宿の部屋で休んでいる。周りは静かなものだった。
 どこかの森でフクロウが鳴き、狼が遠吠えをしている。

「ねえ」
「どうした?」

 隣にいるノクスは夜行性で、私を抱きしめて寝顔を観察したがる癖がある。
 最初は恥ずかしくて嫌だったけれど、馴れというのは怖いもので、この頃は睡眠欲に勝てなくなってノクスの好きにさせていた。

「遠くで狼が鳴いていたでしょ?」
「ああ」
「昼間、ディエスが狼被害を聞いて「共存」という話をしていたの。それって、どういうこと?」

 ノクスは私の背中をゆっくりと撫でながら、「共存か」と呟いた。

「狼に、人間の家畜で狩りをするなと実力行使をするだけだ。狼にはそこが別の狼のテリトリーだと教える方が早い」
「つまり、住む場所から追い出しているということ?」
「人間に狩られるよりはいいだろ。鉄砲で撃たれて殺されるのを避けさせて、別の土地で生きるしかないと思い知らせる」

 そういうこと、と理解した。
 ディエスは共存という言葉を使っていたけれど、人間の生活圏に入らせないようにするのは共存というより迫害のような気がする。
 でも、狼と人間が共存する道は考えられないから、現実的にはそれが一番いいのかもしれない。

「それで上手く行っているならいいけれど」
「どうだろうな。狼が新しく狩場を探すのは大変だ。別の群れのテリトリーに入れば、容赦なく殺されるだろう」
「じゃあ、生きていけないかもしれないの?」
「その可能性の方が高い」

 狼同士は弱肉強食の世界なのね。追い出した狼は生き残れない可能性が高いなんて。

「てっきり、新しく住むところまで用意してあげるのかと思った」
「残念ながら、狼は人間にとっては害獣だ。そんな風にしてやる義理もない」

 なんだかショック。人狼と狼の話し合いがもっと平和にされるのかと思っていたのに、猟銃で殺すのとあまり変わらない。

「ただ、そうやって追い出されても生き残るやつは生き残る。無差別に殺すよりは狼にとっても納得感があるだろ」
「ええ、そうね」
「納得して無さそうだな」
「だって……」

 ノクスの銀色の目がこちらを見ている。目つきは鋭いはずなのに、最近は優しさを感じるから不思議。

「狼、かわいいのに」
「いま、俺を思い出してるだろ」
「そうね、私が知っている狼ってあなたくらいだから」
「やめろ。人狼を狼扱いするな」
「何が違うの?」
「……頭脳」

 つまり、外見は同じってことでしょ。
 確かに二足歩行していたし、普通の狼とは違うのかもしれないけれど。

「あなたやシンシアを知って、狼に惹かれるのは当然でしょ」
「まあ、俺は魅力的だからな」

 ノクスはいつだって自信家ね。ディエスと一番違うところかもしれない。

「そこに異論はないのだけれど、どうしてあなたはそんなに自信があるの?」
「一族を実力でまとめ上げられる雄は雌にとって魅力的だろ」
「確かに」

 ディエスは、ノクスの力が圧倒的だと言っていた。序列トップの個体が異性から求められるのは自然かもしれない。
 人間の世界で生きているディエスは、人狼みたいに単純にはいかなかったのかしら。

 ぎゅうと抱きしめられて、さっきまで緊張していた身体がほぐれていく。
 ――明日の夜は、私が三匹を守らなくちゃ。
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