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4章
世界の作り方 2
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「わたくしのことも話さなければいけないわね」
ソファに軽く腰掛けている私を、ふんわりと抱きしめてくれていたクリスティーナがそっと離れた。
そして、私に深く腰掛けるように促してくる。
ふかふかな綿の中に身体が沈むと、向かいに座ったクリスティーナがソファの背もたれに埋まっている私を見て小さく笑った。
「いいでしょう? わたくしが埋もれたくて作らせたものなの」
「身体がっ……」
「しばらくそうしているといいのではないかしら?」
向かいの席に座ったクリスティーナは背もたれに身体を預けていない。恐らくこれ、一度身体が沈むとなかなか戻ってこられない作り……。
「まず、わたくしの夫は次期皇帝候補で、昔からわたくしのお父様に対して疑問を持っていた人なの」
「クリスティーナの旦那様って、年上なのですか?」
「いいえ、同い年」
「ということは、子どものころから公爵様に対して問題意識を?」
「ええ、そうだけれど?」
皇族の方って子どものころから考えていることが違うのね。
私は両親に疑問を持てなかった。
どんなに傷つけられても、疑うことすらできなかったわ。
「夫は皇帝陛下とお父様の企みが許せなかったそうよ。わたくしとの結婚も、ずっと渋っていたくらいだから」
クリスティーナの言葉に驚いたら腹筋に力が入ったらしく、背もたれに沈んでいた背中がようやく起き上がった。
「皇子殿下は結婚を渋っていたのですか??」
「そんなに驚くこと? お父様の策略だもの、渋りもするでしょう?」
当然という雰囲気で言われても。
結婚式で見たクリスティーナと皇子殿下は幸せそうに見えたし、私はクリスティーナのために身代わりになったと思ったのに。
「では、クリスティーナはユリシーズと結婚しても良かったのですか?」
恐る恐る尋ねたからか、自分の指が小さく震えていることに気づく。
「いいえ。オルブライト伯爵との結婚では、お父様に対抗できないでしょう? 申し訳ないけれど、伯爵家と皇室ではできることが違うのよ」
「確かに……」
「それに、あんな怖い人が夫だなんて考えただけで眠れなくなりそう。見た目で怖気づかなかったアイリーンを尊敬しているもの」
クリスティーナに褒められたけれど、ユリシーズは最初から怖くなどなかった。
もしかすると、ユリシーズが私に一目惚れ……ひと嗅ぎ惚れをした出会いのせいなのかもしれないけれど。
初めて会ったとき、涙にぬれた銀色の目でこちらを見ていた様子が脳裏に焼き付いている。
それを見て、なんだか拍子抜けしたのよね。
全然怖くなくて。
「私は、ユリシーズの顔が好きなのだと思います」
「あの銀色の目が怖くないの?」
「かわいらしくていつも和みます」
「かわいらしい??」
クリスティーナが眉間に皺を寄せて難しい顔をしてしまった。そういえば、公爵様にも同じような顔をされたような。
「わたくしもアイリーンのように夫をかわいらしいと思えたら、もっと毎日が楽しくなるのかしら?」
「クリスティーナは、旦那様とうまくいっていないのですか?」
結婚式の時は仲の良さそうな二人に見えたけれど、あれはパレードだから表向きなのかもしれない。
「アイリーンと伯爵の話を聞いたら思い知ってしまったわ。わたくしたちは諦めた結果でしかないの」
ソファに浅く腰掛けて前屈みになっているクリスティーナは、頬杖をついて息を吐いた。
結婚が諦めた結果というのは私も同じ。
ユリシーズに出会うまで、男の人を好きになれるなんて想像もつかなかったのだから。
まあ、厳密に言えば男の「人」ではなかったけれど。
「諦めた結果で夫と一緒になったのは私も同じです。だから、クリスティーナもこれから旦那様のかわいいところを知っていけると思うのですが」
頬杖をついていたクリスティーナは驚いた顔でこちらを見て、身体を起こす。
「アイリーンは、なんて高潔なのかしら。わたくし、あなたのそういうところが好きなのね」
高潔だなんておこがましい。クリスティーナの方がよっぽどだと思う。
私が謙遜しようと言葉を選んでいると、「決めた」とクリスティーナは立ち上がった。
「行きましょう、アイリーン」
「??」
「わたくしの夫を紹介するから、一緒に対策を考えましょう」
「クリスティーナの旦那さまって……」
皇位継承権一位の皇子様と聞いたのですが?? と口を挟む間もなく、クリスティーナは目の前に座る私の手を引いた。
前に倒れそうになりながらソファから抜け出し、いきなり歩き始めたクリスティーナに引っ張られるようにして前のめりで歩く。
部屋の入口を開いて廊下に出ると、護衛が二人、扉の両脇に立っていた。
ソファに軽く腰掛けている私を、ふんわりと抱きしめてくれていたクリスティーナがそっと離れた。
そして、私に深く腰掛けるように促してくる。
ふかふかな綿の中に身体が沈むと、向かいに座ったクリスティーナがソファの背もたれに埋まっている私を見て小さく笑った。
「いいでしょう? わたくしが埋もれたくて作らせたものなの」
「身体がっ……」
「しばらくそうしているといいのではないかしら?」
向かいの席に座ったクリスティーナは背もたれに身体を預けていない。恐らくこれ、一度身体が沈むとなかなか戻ってこられない作り……。
「まず、わたくしの夫は次期皇帝候補で、昔からわたくしのお父様に対して疑問を持っていた人なの」
「クリスティーナの旦那様って、年上なのですか?」
「いいえ、同い年」
「ということは、子どものころから公爵様に対して問題意識を?」
「ええ、そうだけれど?」
皇族の方って子どものころから考えていることが違うのね。
私は両親に疑問を持てなかった。
どんなに傷つけられても、疑うことすらできなかったわ。
「夫は皇帝陛下とお父様の企みが許せなかったそうよ。わたくしとの結婚も、ずっと渋っていたくらいだから」
クリスティーナの言葉に驚いたら腹筋に力が入ったらしく、背もたれに沈んでいた背中がようやく起き上がった。
「皇子殿下は結婚を渋っていたのですか??」
「そんなに驚くこと? お父様の策略だもの、渋りもするでしょう?」
当然という雰囲気で言われても。
結婚式で見たクリスティーナと皇子殿下は幸せそうに見えたし、私はクリスティーナのために身代わりになったと思ったのに。
「では、クリスティーナはユリシーズと結婚しても良かったのですか?」
恐る恐る尋ねたからか、自分の指が小さく震えていることに気づく。
「いいえ。オルブライト伯爵との結婚では、お父様に対抗できないでしょう? 申し訳ないけれど、伯爵家と皇室ではできることが違うのよ」
「確かに……」
「それに、あんな怖い人が夫だなんて考えただけで眠れなくなりそう。見た目で怖気づかなかったアイリーンを尊敬しているもの」
クリスティーナに褒められたけれど、ユリシーズは最初から怖くなどなかった。
もしかすると、ユリシーズが私に一目惚れ……ひと嗅ぎ惚れをした出会いのせいなのかもしれないけれど。
初めて会ったとき、涙にぬれた銀色の目でこちらを見ていた様子が脳裏に焼き付いている。
それを見て、なんだか拍子抜けしたのよね。
全然怖くなくて。
「私は、ユリシーズの顔が好きなのだと思います」
「あの銀色の目が怖くないの?」
「かわいらしくていつも和みます」
「かわいらしい??」
クリスティーナが眉間に皺を寄せて難しい顔をしてしまった。そういえば、公爵様にも同じような顔をされたような。
「わたくしもアイリーンのように夫をかわいらしいと思えたら、もっと毎日が楽しくなるのかしら?」
「クリスティーナは、旦那様とうまくいっていないのですか?」
結婚式の時は仲の良さそうな二人に見えたけれど、あれはパレードだから表向きなのかもしれない。
「アイリーンと伯爵の話を聞いたら思い知ってしまったわ。わたくしたちは諦めた結果でしかないの」
ソファに浅く腰掛けて前屈みになっているクリスティーナは、頬杖をついて息を吐いた。
結婚が諦めた結果というのは私も同じ。
ユリシーズに出会うまで、男の人を好きになれるなんて想像もつかなかったのだから。
まあ、厳密に言えば男の「人」ではなかったけれど。
「諦めた結果で夫と一緒になったのは私も同じです。だから、クリスティーナもこれから旦那様のかわいいところを知っていけると思うのですが」
頬杖をついていたクリスティーナは驚いた顔でこちらを見て、身体を起こす。
「アイリーンは、なんて高潔なのかしら。わたくし、あなたのそういうところが好きなのね」
高潔だなんておこがましい。クリスティーナの方がよっぽどだと思う。
私が謙遜しようと言葉を選んでいると、「決めた」とクリスティーナは立ち上がった。
「行きましょう、アイリーン」
「??」
「わたくしの夫を紹介するから、一緒に対策を考えましょう」
「クリスティーナの旦那さまって……」
皇位継承権一位の皇子様と聞いたのですが?? と口を挟む間もなく、クリスティーナは目の前に座る私の手を引いた。
前に倒れそうになりながらソファから抜け出し、いきなり歩き始めたクリスティーナに引っ張られるようにして前のめりで歩く。
部屋の入口を開いて廊下に出ると、護衛が二人、扉の両脇に立っていた。
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