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4章

任務と葛藤と

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 目が何かの強い光を受けた。
 私はゆっくりと目を開けて、見慣れない赤い壁紙を目に入れる。

「奥様、随分とよく眠っていらっしゃいましたね」

 どこかから聞こえるエイミーの声。ああ、朝陽が部屋に入って来ていたのね。

 起き上がると、異国のものらしい見慣れない調度品が目に入り、ここはお城の中だとようやく頭が働き始めた。
 エイミーはせっせと荷造りをしている。

「出かける準備に見えるのだけれど」
「はい。出かけますでしょう??」
「……クリスティーナが許してくれるかしら」

 はあ、と息をはく。
 皇族の仕事を請けたばかりの身で、「やっぱり帰らせてください」なんていう自分勝手は許されないのではないかしら。

 突然訪ねてきた私を迎え入れてくれたクリスティーナにも悪いし、人として一度やると言ったことをやっぱり無理ですなんて……。

 そんな私の気持ちなど全く構わずに、エイミーは黙々と荷造りをしていた。

「エイミー、ウィルはかわいいわよね」
「奥様もそう思われますか??」

 話題を変えると、エイミーはすんなりと機嫌がよくなった。

「ええ。一緒にいると和むというか。ちょっと抜けていそうだけれど」
「そうなのですよね。ウィルは夜になると感情を抑えている時も尻尾が振れてしまっていたり、耳がぴくぴくするのです……。そういう姿を見ていると……もう、息をするのも苦しくて」
「ああ、わかるわ。必死に我慢しているけれど嬉しいのが隠せていない犬って、かわいいのよね」
「結婚ですとか、男性と付き合いたいなどというのは現実的ではないだろうと思っていたのですが……わたくし、あの笑顔は守りたいです」
「保護者じゃないのだから」

 エイミー、思っていたより考え方が男前だった。
 昨日から彼女には驚かされ続けている。

 ***

「おはよう、アイリーン。夜はちゃんと眠れた?」
「はい。気付いたら熟睡しておりました。一昨日は眠れなかったので、余計に眠れたのかもしれません」
「よかった。昨日のうちに髪も元に戻したのね。金髪がすごく綺麗よ」

 部屋を訪れると、落ち着いたシャンパンゴールドのドレスを身に着けたクリスティーナがデスクで何かを書いていた。

 エイミーには、「やはり侍女の仕事は請けられない」と断って来いと言われて送り出されている。
 更に、護衛を借りてユリシーズの元まで安全に行けるように手配するまでが今回のミッションだとそれっぽく言われた。

 そんなやり取りがあったとは知らずに、私の顔を見て嬉しそうにキラキラした笑顔を向けてくれるクリスティーナ。

「アイリーンがここに来てくれて、本当に心強いわ。わたくし、このお城の中にどうも馴染めなくて」
「そうだったのですか?」

 ……無理。
 やっぱりクリスティーナとは居られません、とか言える雰囲気じゃない。

 エイミーの指摘は分かるけれど、このお城には公爵様のことをよく知る人もいるだろうし、情報を仕入れる場所としては悪くない。
 なんの策もなくユリシーズの元に帰るのも危ないのではないかしら。

「皇室って、やっぱり堅苦しくて居心地は良くないわね。そんなことをわたくしが言ってはならないのだけれど」
「クリスティーナにとって堅苦しいのなら、私では1日も持たないでしょうね」
「大丈夫よ、アイリーンに皇室に入れなんて言わない。ただ、わたくしと一緒にいて頂戴な。あなたがいるだけで心強いから」

 頭の中で小さなエイミーが「奥様!」と私を叱る。

「はい」

 そのエイミーの声を、つい聞こえなかったふりで通してしまった。

  ***

 日が暮れて、クリスティーナから「もうお部屋に戻って休んでいて。夕食は手配してあるから」と言われ、その日の業務が完了した。

 業務といっても、クリスティーナの隣にいて話し相手をしていただけ。
 公務のことはよく分からなかったけれど、クリスティーナも帝国のあらゆることを考えているらしい。時々悩んだ時に簡単な質問をされて、答えるだけでクリスティーナは笑顔になった。
 こんなのでお金をいただくのは心苦しい。

 高貴な方というのは本音を出せる場が極端にないらしく、私と話しているだけで重圧を忘れられるのだと言っていた。

 クリスティーナの役に立てているのなら、私も嬉しいのだけれど。

「ただいま」

 部屋に戻ると、薄暗い空間の中からこちらを睨んでいる一人の影。

「奥様、随分と遅かったようですが」
「……もう少しだけここにいるわ」
「奥様?」
「ごめんなさい。でも、無闇に動くべきじゃないと思うの」
「そうやってクリスティーナ様のところにいる時間で、旦那様がどれだけ苦しまれていらっしゃることか……」

 エイミーは私の良心をえぐるのが上手いらしい。
 ベッドで横たわりながら苦しそうに私を呼ぶユリシーズを思い浮かべてしまって、何も言えなくなる。

「旦那様は、どんどんやせ細って行ってしまうのでしょうね」
「……そうかしら」
「眠れずに目の下に深い隈を作られていらっしゃるに違いありません」
「……」

 私だって、ユリシーズを無視したくてここにいるわけじゃないのに。

「旦那様に見ていただきたくて、奥様の髪色も戻しましたのに……」

 ううう……。もうやめて。ユリシーズが悲しい声で遠吠えをしている姿が浮かんで来るからやめて。

「あのー」

 その時、扉のところで声がした。ウィルだ。

「少しお時間よろしいでしょうか?」
「どうぞ、入って」

 そっと中に入ってきたウィル。丁寧に帽子を脱いでくれているけれど。

「ちょっと、耳が出てるじゃないの」
「はっ!!」

 頭の上にピンと立っている両耳を両手で押さえたウィルと、それを見た瞬間に口を覆って何かを漏らさないようにしているエイミー。
 お陰で私はエイミーの尋問から逃れられたわ。ありがとうウィル。
 でも、ここは人間しかいないお城なのだから、獣の耳は隠さなくちゃだめよ。

「この部屋の中では隠さなくていいわ、でも普段はダメ」
「どうもありがとうございます」

 ぺこりとお辞儀をしたウィルの背後に尻尾が揺れている。

「耳だけではなく、尻尾も出ているみたいだけれど」
「実は、この服……尻尾が仕舞えなくって」
「そうよね。ふさふさでボリュームがあるものね。……じゃなくて!」

 ウィルはお城の使用人として、白いシャツに黒いベスト、黒いタイ、タイトな黒いスラックスを履いている。エイミーはウィルの後ろに立って服をじろじろ見ながら、どうやったら尻尾が収められそうかを考えているらしい。

「そんなことよりもですね!」

 ウィルは興奮した様子で尻尾を振りながら何かを伝えようとしている。
 自分が周りと種族的に違うことを堂々と証明している状態に対して、そんなこと扱いは無いと思うの。

「奥様がこちらにいらしたことを、公爵様に伝えるようにと指示されている声がどこかでいたしました」
「……このお城の中に、公爵様と繋がっている方の動きがあったということ?」
「はい!」

 鋭い聴覚を活かして会話を聞いていてくれたのだろう。お手柄だとばかりにウィルは嬉しそうに尻尾を振っているけれど……。

「エイミー、あちらにも動きがありそうね」
「困りましたね。ここから出ていこうと思ったら、尾行されてしまうのでしょうか」

 嬉しそうなウィルとは対照的に、私たち二人は頭を抱える。
 公爵様に通じている誰かがいるだろうと想定してはいたけれど、こんなにすぐに見つかってしまうなんて。
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