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4章

対面、皇帝陛下

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 馬車は、隣に侍女のエイミー、向かいに皇子殿下と側近のオルウィン侯爵を乗せて走り出した。

 皇帝陛下のところに行くと告げられてから10日間も療養に時間を使ってしまったけれど、病み上がりの私の様子を見た皇子殿下に2日後の出発を告げられてこうして外に出ている。

 皇子殿下と同じ馬車だなんて……と最初は遠慮をしたのだけれど、私のためにもう一台の馬車を用意させる方が大ごとになると言われて渋々こうなった。
 この皇子様は私と同じ馬車での移動が苦痛ではないのだろうか……。

「オルブライト伯爵から、なにか連絡はあったか?」
「……いえ」
「そうか」

 ユリシーズからの連絡は途絶えている。私が送った手紙が本人の元に届いたのかも分からない。

「何か事情がおありなのでしょう」

 エイミーが私を元気づけようとしてくれるけれど、鋭い目をしたオルウィン侯爵がうっとうしそうにこちらを一瞥してくださった。

 ちなみにオルウィン侯爵は30代半ばくらいの男性で、オールバックの髪から少しだけ前髪が垂れていて銀縁の眼鏡にぶつかっている。
 こちらから言わせていただくと、その髪の方がうっとうしくないのか気になるのですが。

 はあ。派手な奥様と同じく、意地悪そうな人。

「あの、殿下。皇帝陛下からは何を言われるのでしょうか?」
「余が知るものか」
「……ですよね」

 この車内、とかく居心地が悪い。
 座席のあちら側とこちら側で身分の差があり過ぎるのがいけないのかしら。

「殿下。わたくしが皇帝陛下から何かを言われて抵抗したら、助けてくださいますか?」
「言っておくが、余が父上に歯向かえると思っているのなら認識が間違っているぞ」
「……そうですか」

 どうやら皇子殿下は頼りにならないということらしい。
 隣に座るオルウィン侯爵に至っては、目を瞑ってこちらを見ることすらしなくなっている。

 私たちが乗っている馬車は第四皇子のものだというのが分かるようになっている。
 二本の旗の間にクロスした二本の剣、その中央に王冠が書かれた皇族の紋章と、第四皇子の紋章である盾のマークが入った大層な装飾がされていて、この馬車が走っていれば中に皇子殿下がいるというのが一目瞭然だ。

 さらに周囲には10人以上の兵士が馬に乗って並走して皇子殿下を護っていて……大層に目立つ一行となっているのだけれど。

 宮廷の門に着くと、特に手続きなどはせずに中に案内された。
 門番も全員こちらに向かって敬礼をしているし、皇子殿下に対するものだと分かっていても圧倒されてしまう。

「殿下って、皇族なんですね」
「どういう意味だ」

 並んでいる他の馬車を抜き去って一気に中に入っていく私たちのーーもとい、皇子殿下の馬車。
 何か特別な待遇をされている気分になるけれど、考えてみたら目の前にいるこの方は高貴な血筋で帝国の皇子様なのだ。

 生まれながらに大切にされるって、どんな感じなのかしら。
 こういうところは、私とは大違い。

「皇族で良かったことなんて、身分証明の手続きが要らないことくらいだ」

 皇子殿下がうんざりとしながら言う。
 恵まれている立場の方は、自分が恵まれていることが理解できないらしい。

「皇子殿下はご自身の身が売られる心配もなければ、食の不安もなく衣服も上等なものを着られるではないですか」
「それは皇室という閉じ込められた世界で生きる代わりに手に入っているだけだ。最初から売られているのと変わらない」
「それだけ守られているとも言えます」
「守られているなど……そんな生易しいものではない」
「守られているなんて表現では足りない待遇ということでしょうか?」

 馬車が宮廷の敷地内を進んでいく中、向かい合う皇子殿下と険悪なムードになっていく。皇子殿下と私の二人で皇帝陛下に謁見する予定になっているけれど、意見は合わないし仲間割れしそう。

「ヒュー殿下、このご夫人はどこが良いのでしょうか?」

 オルウィン侯爵が不躾に皇子殿下に尋ねる。

「オルブライト伯爵に聞いてくれ」

 皇子殿下の眉間に三本の皺が寄っている。そこまで難しい顔をしないで欲しい。あと、オルウィン侯爵の好みがあの奥様であれば、私の魅力など一生理解をして下さらなくて結構なのですが。

「うふふ、そんなに夫にとってのわたくしの魅力が気になるようでしたら、そのうち夫を連れてご説明に上がりますわ。首を洗って待っていてくださいませ」

 私がきっぱりと言い切ると、オルウィン侯爵と皇子殿下は「まずい」という顔をした。
 五年戦争の英雄で「死神伯」であるユリシーズが、妻の魅力を語りにやってくる……お二人にとって苦痛でしかないであろう時間を私が用意できることに想像が及ばなかったのね。

「いや、オルブライト伯爵にそんなことをさせるわけには……」
「よく考えてみたら、アイリーンといると非常に楽しいかもしれない。そこが魅力なのだろう」

 途端に慌て始める二人。
 絶対にユリシーズを連れて私の魅力を語らせてあげるわ。
 ただちょっと、私にもユリシーズの感性は理解できなかったりするのだけれど。


 馬車が止まった。
 どうやら、建物の近くまで来たのだろう。

「降りるぞ」

 皇子殿下の合図で馬車の扉が開き、オルウィン侯爵が最初に降りた。侯爵はその場で次に降りようとするエイミーに手を貸している。

 この人、腐っても紳士なのね……いや、腐ってなんていないけれど。

 私と皇子殿下であれば、身分の低い私から降りた方が良いでしょうねと思って席を立とうとすると、皇子殿下に「おい」と声を掛けられて制された。
 そうして、先に下車した皇子殿下に手を差し伸べられる。

 皇子様にエスコートされてしまうなんて。殿下も不本意でしょうにと思ったけれど、オルウィン侯爵が自然に動いたのも含めてこの方々にとっては当然の行いなのかもしれない。
 両足が地面に着くと、皇子殿下は私の手を解放した。

 降りた場所の目の前には、恐らく何代目かの皇帝らしき金の像が帝国の旗を掲げて立っていた。
 ここは中庭らしきところで、私たちの視線の先には頑丈そうな石造りのお城がそびえている。

「行くぞ」

 皇子殿下がその建物に向かって歩き出した。
 とうとう、来てしまったわーー。
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