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5章
裁判 2
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傍聴席に座っているクリスティーナは、顔の前で手を組んで祈っている。
「被告の主張について、原告側はどうお考えでしょうか?」
裁判官にこちらの意見を求められた。感情論でこられると、バートレットは弱い。私が何か反論しなくちゃ。
「はい」
自分の席で挙手をする。裁判官に促されて証言台に向かうと、バートレットは席に戻っていった。
向かいの証言台にはお父様が立っている。
「クライトン子爵から、親子が会うことの問題を聞かれましたのでお答えします。先日、あなたがたが私の家に来て私にしたことをこの場で話してください」
「アイリーン、この間は未亡人になってしまったお前が不自由をしていないか確認に行っただけではないか」
お父様は、悪びれもせずに言い切った。
「それならば、私に杖を振り上げる必要はなかったのでは?」
「杖を振り上げただけだ」
「子爵夫人には熱いお茶をかけられました」
「いやあねえ、手が滑ったのよ」
お母様も同じスタンスらしい。
しらばっくれている両親の余裕さを見て、証拠がないと証明がしづらいのねとため息が漏れる。
「証人として、我が家の使用人であるシンシアを連れてきています。裁判長、彼女の証言を認めてください」
「裁判長、証人はオルブライト家の使用人です。主人のためなら嘘の証言でも平気ですると思うのですが」
被告の弁護士席で、お父様の弁護士が声を上げた。
この程度は想像の範疇だったけれど、実の両親ながらふてぶてしくて、よくもまあとむかむかしてくるわ。
「原告側から何か証拠があれば提出をしてください」
裁判官が言った。私がバートレットを見ると、何故かバートレットがうなずいている。……いや、どういう意味よ?
訳が分からずに小首を傾げると、裁判所の隅にいたらしい甲冑の兵士がバートレットの方に何かの書類を持って来る。
バートレットは兵士から書類の束を受け取り、それらをパラパラとめくった。
「ここにあるのは、クライトン子爵が原告を以前婚約させたときの書類と……数々の借用書、借金の記録です」
バートレットが言ったとき、お父様が「何?!」と動揺して大声を上げた。
これまで準備してきた内容とは違う展開が来て、私からも変な声が出るところだった。
「この契約書によりますと、以前も多額のお金を受け取ることで原告の婚姻を決めていたことが分かります。よくもこの金額を受け取る約束が取り付けられたものだと思いますが……」
「言っておくが、その婚姻は相手が亡くなり反故になっているものだ」
お父様は面倒くさそうに言った。
「皇帝陛下との契約で取り付けた金額もかなりのものでしたが……どうやら一度に受け取ることをお望みだったようですね」
「……」
「ここに、やりとりの履歴が残っております。当初は婚姻時に50%、婚姻後に新婦が1年間妻の務めを果たせられれば50%、といったものを交渉で持ちかけられておりますが、金額を下げても一括で受け取ることをお望みだった様子……」
バートレットが興味深く書類を読みながら言うと、お父様は「何が言いたいのでしょうか」と顔を歪ませる。
その時、バートレットの元に書類を運んだ兵士が、証人席の並びに立って手を挙げた。
そういえば、あの兵士はなぜ書類を持ってきたのかしら。
これも、皇子殿下の配慮ってこと??
皇子殿下は手を挙げている兵士を見て、「証人は、その恰好で証言をするのか?」と呆れながら声を掛ける。
兵士は顔を覆っている兜を両手で持ち上げて、証人席のテーブルに置いた。
サラサラの黒髪に銀色の鋭い目を露出させた兵士は、私の方を射るように見て口角を上げる。
「なん……で……」
その光景に、小さな震えが止まらない。
「不死の死神伯は、一度死んだくらいではこの世から去れないらしい」
ユリシーズはそう言って、私を見ながら微笑んだ。
「……どういうこと? 私がこれまで、どんな気持ちで……」
「……アイリーン。お前に会いに地獄から蘇ったんだよ」
「そんな冗談は嫌いよ」
「そうか、すまない……」
ユリシーズは困った顔を浮かべて、片手を挙げる。
「証人の発言を認めます」
裁判官が許可をすると、「一時休廷を願います」とユリシーズは裁判官の方を見て訴えた。
「原告と話す時間を下さい。彼女をこんなに泣かせたままでは裁判が続行不可能かと」
そう訴えるユリシーズを、皇子殿下はどこか苦々しい顔で見た後、「それでは、一時休廷を言い渡す」と声を張り上げた。
「再開まで一時間ほど待つことにする。被告と原告がここから出るためには見張りの兵士を同行させる。勝手な行動を慎むように。あと、オルブライト伯爵は兵士としては認めないので勝手に原告を連れて行かないように」
そこでまた小槌の音が響いた。休廷の合図だろう。
ユリシーズは私たちの間にある柵や段差を軽々と飛び越えながら、一直線に私のところまで走ってきて……私を抱き締めて頬を寄せる。
そうして、涙で濡れた私の顔に唇を当てていた。
「怒っているんだな? 理由は、勝手に消えて死んだことになっていたからだと思うが……」
「私は、あなたの訃報を聞かされたのよ?」
「ああ、そうだな」
「酷い。私をこんなに悲しませるなんて最低だわ」
「ああ、そう思う」
「なんで出てきてくれなかったの?」
「それは、裁判が終わったらゆっくり話したい。ここでは話せない事情もある」
これまで全く流れなかった私の涙は、溜めた分を放出するかのように止まらなくなってしまった。ユリシーズを責める気持ちばかりが溢れて、もっと言いたいことがあった気がするのに思い出せない。
ユリシーズは私を引き寄せて、そっと唇を重ねた。
やっぱり涙は止まらないけれど、ようやく実感が湧いてくる。
生きている。私も、ユリシーズも。
私に触れる唇を軽く噛むように含み、ユリシーズの体温や息遣いを感じる。
この人こそが私の大切な人だと、身体が理解していた。
私が触れたいと思う男性はこの世にこの人だけだということを、月日を経ても忘れられなかったのだから。
「アイリーン……もう一度、俺と結婚してくれないか?」
涙で濡れた顔を包むようにしながら、ユリシーズが言った。
「もう一度……」
「アイリーンの気持ちを聞きたい。これはプロポーズだ」
「プロポーズ……」
ユリシーズはその場でひざまずき、私の手の甲に口付ける。
「どうか、生涯の伴侶に……妻になって欲しい」
ノクスより少し穏やかで、ディエスよりずっと鋭い目が私を捕らえている。
返事なんて、聞かなくても分かっていそうなものなのに。
「言いたいことは山ほどあるのだけれど……私はあなたの妻を辞めたつもりはないわ」
ユリシーズから視線を外してそう言うと、突然身体がフワリと浮いた。
軽々と抱き上げられて、ユリシーズを見下ろす体勢になっている。
「それでこそ、俺のアイリーンだ」
にこりと笑う顔に、鋭い犬歯が目立つ。
私のユリシーズは、やっぱりかわいい。
彼の首にしがみついて、そっと頬にキスをした。
「被告の主張について、原告側はどうお考えでしょうか?」
裁判官にこちらの意見を求められた。感情論でこられると、バートレットは弱い。私が何か反論しなくちゃ。
「はい」
自分の席で挙手をする。裁判官に促されて証言台に向かうと、バートレットは席に戻っていった。
向かいの証言台にはお父様が立っている。
「クライトン子爵から、親子が会うことの問題を聞かれましたのでお答えします。先日、あなたがたが私の家に来て私にしたことをこの場で話してください」
「アイリーン、この間は未亡人になってしまったお前が不自由をしていないか確認に行っただけではないか」
お父様は、悪びれもせずに言い切った。
「それならば、私に杖を振り上げる必要はなかったのでは?」
「杖を振り上げただけだ」
「子爵夫人には熱いお茶をかけられました」
「いやあねえ、手が滑ったのよ」
お母様も同じスタンスらしい。
しらばっくれている両親の余裕さを見て、証拠がないと証明がしづらいのねとため息が漏れる。
「証人として、我が家の使用人であるシンシアを連れてきています。裁判長、彼女の証言を認めてください」
「裁判長、証人はオルブライト家の使用人です。主人のためなら嘘の証言でも平気ですると思うのですが」
被告の弁護士席で、お父様の弁護士が声を上げた。
この程度は想像の範疇だったけれど、実の両親ながらふてぶてしくて、よくもまあとむかむかしてくるわ。
「原告側から何か証拠があれば提出をしてください」
裁判官が言った。私がバートレットを見ると、何故かバートレットがうなずいている。……いや、どういう意味よ?
訳が分からずに小首を傾げると、裁判所の隅にいたらしい甲冑の兵士がバートレットの方に何かの書類を持って来る。
バートレットは兵士から書類の束を受け取り、それらをパラパラとめくった。
「ここにあるのは、クライトン子爵が原告を以前婚約させたときの書類と……数々の借用書、借金の記録です」
バートレットが言ったとき、お父様が「何?!」と動揺して大声を上げた。
これまで準備してきた内容とは違う展開が来て、私からも変な声が出るところだった。
「この契約書によりますと、以前も多額のお金を受け取ることで原告の婚姻を決めていたことが分かります。よくもこの金額を受け取る約束が取り付けられたものだと思いますが……」
「言っておくが、その婚姻は相手が亡くなり反故になっているものだ」
お父様は面倒くさそうに言った。
「皇帝陛下との契約で取り付けた金額もかなりのものでしたが……どうやら一度に受け取ることをお望みだったようですね」
「……」
「ここに、やりとりの履歴が残っております。当初は婚姻時に50%、婚姻後に新婦が1年間妻の務めを果たせられれば50%、といったものを交渉で持ちかけられておりますが、金額を下げても一括で受け取ることをお望みだった様子……」
バートレットが興味深く書類を読みながら言うと、お父様は「何が言いたいのでしょうか」と顔を歪ませる。
その時、バートレットの元に書類を運んだ兵士が、証人席の並びに立って手を挙げた。
そういえば、あの兵士はなぜ書類を持ってきたのかしら。
これも、皇子殿下の配慮ってこと??
皇子殿下は手を挙げている兵士を見て、「証人は、その恰好で証言をするのか?」と呆れながら声を掛ける。
兵士は顔を覆っている兜を両手で持ち上げて、証人席のテーブルに置いた。
サラサラの黒髪に銀色の鋭い目を露出させた兵士は、私の方を射るように見て口角を上げる。
「なん……で……」
その光景に、小さな震えが止まらない。
「不死の死神伯は、一度死んだくらいではこの世から去れないらしい」
ユリシーズはそう言って、私を見ながら微笑んだ。
「……どういうこと? 私がこれまで、どんな気持ちで……」
「……アイリーン。お前に会いに地獄から蘇ったんだよ」
「そんな冗談は嫌いよ」
「そうか、すまない……」
ユリシーズは困った顔を浮かべて、片手を挙げる。
「証人の発言を認めます」
裁判官が許可をすると、「一時休廷を願います」とユリシーズは裁判官の方を見て訴えた。
「原告と話す時間を下さい。彼女をこんなに泣かせたままでは裁判が続行不可能かと」
そう訴えるユリシーズを、皇子殿下はどこか苦々しい顔で見た後、「それでは、一時休廷を言い渡す」と声を張り上げた。
「再開まで一時間ほど待つことにする。被告と原告がここから出るためには見張りの兵士を同行させる。勝手な行動を慎むように。あと、オルブライト伯爵は兵士としては認めないので勝手に原告を連れて行かないように」
そこでまた小槌の音が響いた。休廷の合図だろう。
ユリシーズは私たちの間にある柵や段差を軽々と飛び越えながら、一直線に私のところまで走ってきて……私を抱き締めて頬を寄せる。
そうして、涙で濡れた私の顔に唇を当てていた。
「怒っているんだな? 理由は、勝手に消えて死んだことになっていたからだと思うが……」
「私は、あなたの訃報を聞かされたのよ?」
「ああ、そうだな」
「酷い。私をこんなに悲しませるなんて最低だわ」
「ああ、そう思う」
「なんで出てきてくれなかったの?」
「それは、裁判が終わったらゆっくり話したい。ここでは話せない事情もある」
これまで全く流れなかった私の涙は、溜めた分を放出するかのように止まらなくなってしまった。ユリシーズを責める気持ちばかりが溢れて、もっと言いたいことがあった気がするのに思い出せない。
ユリシーズは私を引き寄せて、そっと唇を重ねた。
やっぱり涙は止まらないけれど、ようやく実感が湧いてくる。
生きている。私も、ユリシーズも。
私に触れる唇を軽く噛むように含み、ユリシーズの体温や息遣いを感じる。
この人こそが私の大切な人だと、身体が理解していた。
私が触れたいと思う男性はこの世にこの人だけだということを、月日を経ても忘れられなかったのだから。
「アイリーン……もう一度、俺と結婚してくれないか?」
涙で濡れた顔を包むようにしながら、ユリシーズが言った。
「もう一度……」
「アイリーンの気持ちを聞きたい。これはプロポーズだ」
「プロポーズ……」
ユリシーズはその場でひざまずき、私の手の甲に口付ける。
「どうか、生涯の伴侶に……妻になって欲しい」
ノクスより少し穏やかで、ディエスよりずっと鋭い目が私を捕らえている。
返事なんて、聞かなくても分かっていそうなものなのに。
「言いたいことは山ほどあるのだけれど……私はあなたの妻を辞めたつもりはないわ」
ユリシーズから視線を外してそう言うと、突然身体がフワリと浮いた。
軽々と抱き上げられて、ユリシーズを見下ろす体勢になっている。
「それでこそ、俺のアイリーンだ」
にこりと笑う顔に、鋭い犬歯が目立つ。
私のユリシーズは、やっぱりかわいい。
彼の首にしがみついて、そっと頬にキスをした。
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