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5章

反撃

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 休廷中に私たち夫婦が再会して行ったことや会話の全ては、裁判所内の一番目立つ証言台のところで全員に向かって公開されていた。

 視線を感じて周囲を見渡すと、恥ずかしそうな顔をした皇子殿下とクリスティーナ、無表情のバートレット、目をキラキラさせたシンシア、完全にしらけ切った被告側の席の面子メンツが私たちをそれぞれのスタンスで見ている。

「アイリーン……よかったわね、オルブライト伯爵が生きていて……」

 クリスティーナはこちらをチラチラと見ていて、直視しにくそうに声をかけてくれた。

 確かに私たちはべったりとくっついていて……こういうのは、あまり人前ですることではないのかしらとクリスティーナの反応を見て思う。
 人狼たちはオープンだし、私の両親はあんな人たちだから世間一般の感覚がよく分からない。

「はい。ユリシーズがどこかで生きているはずだと思った感覚は正しかったようです」
「あなたが、オルブライト伯爵を理解して信じていた証拠だと思うわ」

 信じていたのか、ただ単にユリシーズが簡単に死ぬのはおかしいと思ったからなのか、自分にも分からないけれど。

「私はユリシーズの秘密なら何でも知っているはずなので、私に黙って死んでしまうのはどうしてもおかしいと思ったのです」

 素直な気持ちを伝えると、クリスティーナがなぜか真っ赤になる。ユリシーズはうっとりとした顔を浮かべて、私に頬ずりをした。

「ところで、アイリーン。ヒュー皇子殿下から側室の誘いが来たそうじゃないか」

 どこかから情報を仕入れたらしいユリシーズが、わざと皇子殿下に聞こえるように言う。

「私が皇室に入ると思った?」
「いや。皇室よりもオルブライト家の方が快適で楽しく暮らせるだろうし、何よりアイリーンが俺以外のつがいを受け入れられるはずがない」
自惚うぬぼれが過ぎるわ。夫が死んだと言われたら、そんなに強い心は持てないものよ」
「そうだな。皇室に奪われたら奪い返すつもりだったし、奪い返せると思っていたが……一時的にでもアイリーンが誰かのものになるのを考えたら発狂しそうだった」

 私たちの会話を聞いている皇子殿下はいたたまれない様子で「まるで別人だな」とこちらをちらりと見ながら言った。

「誰が別人なのですか?」

 私が聞き返すと、「誰に対しても忠誠を誓っているとは思えなかったオルブライト伯爵がアイリーンの忠犬のようだし、アイリーンは……もっと強い女性だと思っていたが、オルブライト伯爵の前では違うのだな」と皇子殿下が答える。

 ユリシーズと顔を見合わせて、思わず笑った。
 皇子殿下は、この短時間で私たちを随分と理解しているのではないかしら。

 ***

 裁判所に、再び小槌の音が響いた。
 一時間が経過して、裁判が再開になる。

 証人席に甲冑を身に着けたユリシーズが加わり、私とお父様が証言台に立った状態から裁判が始まった。
 先ほどまで威勢の良かったお父様とお母様は、すっかり意気消沈しているけれど。

 ユリシーズが生きていたのを目の当たりにして、私に寄生するのは無理だと悟っている顔なのかしらね。

「それでは、原告側の証言からお願いします」

 裁判官の呼びかけを受けて、ユリシーズが証言台に歩いてくる。
 目で「お願いね」と訴えながら席に戻った。

 ユリシーズが人前で話しているところを見たことは無いけれど、このタイミングで現れた理由が恐らくあるのだと思う。

「証人は、名前と証拠についての発言を」
「はい。ユリシーズ・オルブライト。原告であるアイリーン・オルブライトの夫です」

 ノクスよりもディエスの口調に近くなったユリシーズが、証言台で発言をした。透き通る声に、凛々しい顔、堂々とした姿勢に思わずポーっとしかけて我に返る。

「これらの書類から分かることをお伝えします」

 ユリシーズの銀色の目が、正面のお父様を捕えてギラリと光った。

 ユリシーズに睨まれたお父様が、その場で硬直している。
 あの銀色の目は、睨まれたら恐ろしく見えるのだろうか。

「まず、借用書の類からは、約束を履行できなかった場合の抵当にアイリーン・クライトンの名前が書かれている。これがどういうことか……口に出すのもおぞましいのですが、こちらにいらっしゃる皆様にはお判りいただけるでしょう。クライトン子爵にとって、娘は金銭の代わりだったということです」

 お父様は何も言い返せず、ユリシーズの声が淡々と響いた。

「そして、婚姻の時に受け渡された一括払いの大金は……娘の幸せを願っていない証拠であり、背景には長年続けられた虐待が関係しています」

 その発言に、裁判官席がざわついた。先ほどまで親子の愛情に訴えようとしていたお父様を、ユリシーズは真っ向から否定する。

「アイリーン・オルブライトの全身には無数の傷痕があり、虐待がいかに激しく頻繁に行われたのかが分かるようになっていました。クライトン子爵は服で隠れる部分を狙って虐待を繰り返したようです。一度売りつけた娘はどうなってもいいと思っていたのでしょう。結婚すれば、そのうち相手に傷を見られることになる……そこでアイリーンが嫌われようが、どう思われようが、既に金銭が手に入っていれば関係が無いというわけです」

 この発言に、お父様は証拠を出せとは言わなかった。
 私が軽く服を脱ぐだけで、簡単に立証できるからなのかもしれない。

「恐らく、そうして相手から捨てられでもしたら、また別の嫁ぎ先を探して金づるにしようとでも思っていたのでしょう。妻はこの世の誰よりも美しい女性ですが、武人である私よりも酷い傷痕が残っています。夜になるとどこかの傷が痛み、それはもう、苦しみ……今でも、暗い場所が苦手だと言って怖がります」

 裁判所には、咳払いひとつ立たなかった。
 ユリシーズが私のために、私が口にできなかったことを証言している。

「アイリーンを長い年月苦しめてきた存在を、これ以上彼女に接触させたくはありません。久しぶりに会った娘に熱いお茶を投げつけるような母親が、改心するなど考え難い。私は妻を傷つける者を生かしておく主義では無いのですが、帝国法に反しては彼女を守り切ることができない。どうか、法によって裁いていただきたい」

 ユリシーズはそこまで言い切ると、私の方を見て切なげな顔をした。
 ここまで言い切ってくれたら得意げな顔をしたっていいのに、私の傷を明かすのは気が進まなかったのかもしれない。

「ありがとう」とユリシーズに向かって口を動かした。
 甲冑から彼が現れた時とは違う、温かい涙が頬を伝っていく。

 私はずっと、自分の抱えた傷を見るたびに落ち込んでいた。
 この傷を忘れなかった日は一日だってない。愛されなかった証は一生消えない痕になり、私に深く刻まれていたのだから。
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