売られて嫁いだ伯爵様には、犬と狼の時間がある

碧井夢夏

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5章

★二人格がひとり<過激表現有>

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※ユリシーズの心理面を書いているので表現は抑えていますが、基本的に二人がいちゃついている話になります。

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 アイリーンと帝都を歩いていた。
 彼女は喪服姿で、俺は軽装の貴族男性といった恰好をしている。
 侍女も侍従も付けていないし、誰がどう見ても訳ありなカップルだ。

 さしずめ、未亡人を誘惑して誘い出したどこかの下級貴族だと思われているのだろう。いかがわしいものを見る目を向けられるから、思わず睨みを利かせて縮み上がらせてしまう。

「アイリーン。疲れていないか?」

 随分と歩かせてしまったのが気になった。
 気持ちが逸り過ぎて、馬車も馬も手配していない。

「少しだけ、足が……」
「痛むのか?」

 うなずいたアイリーンを抱き上げた。アイリーンの美貌は注目を集めるし、担ぐのは控えていたが……痛い思いはさせたくない。

 歩くたびに金色の髪が顔を撫で、アイリーンの甘い匂いにくらくらする。
 髪を本来の色に戻したためか、染料の香りが消えていた。いい匂いが過ぎる。

「もう少しだから、このまま行くぞ」
「まるで誘拐されているみたい」
「まあ、この先に待っていることを考えたら、さほど変わらない」

 アイリーンは真っ赤な顔をしていた。
 身体が強張っていて、緊張させているのが分かる。

 実際、俺の方も心臓の音がやかましい。この瞬間も、胸が高鳴って仕方がない。
 初めて会った時から好きだったが、アイリーンは以前よりも美しさが成熟した気がする。

 皇室で働いたり俺の代わりに当主を務めたことが、なんらかの影響を与えたのかもしれない。
 離れている間に綺麗になられると、嫉妬心や対抗心が渦巻く。

 こんなに胸が苦しいのは、人生で初めてだ。

 ***

「ひと部屋を……できれば特別室で」

 帝都で一番の高級宿で、すんなりと特別室の鍵を渡された。
 どう見ても訳ありの二人だったというのに、高級宿という特徴だろうか。差別をされることは無かった。

 一番奥の部屋だと言われ、アイリーンの手を引いて廊下を奥へと進む。
 明らかに扉が重厚で意匠の違う部屋があり、鍵を差すとカチャンと音がした。

 広い部屋に、大きなベッドがひとつだけある。特別室という割には、調度品は少なめだった。応接セットも二人分で、テーブルにも椅子が二つ。
 二人で泊まるための部屋といった様子だ。

 帝都の高級宿と言っても特別室がこの程度か。領地内の小さな宿にある特別室の方がずっと趣があって良かったが、アイリーンと居られるなら最早どんな場所でも構わない。
 荷物をその場に放り投げ、立ち尽くすアイリーンを後ろから抱きしめた。

「ゆ、ユリシーズ……あの」
「どうした?」
「私、まだ、なんだか変な感じがしていて……」
「ああ、まだ慣れないか?」
「だって、ディエスでもノクスでもなっ……」

 顔を引き寄せて口を塞ぐ。
 アイリーンの口内を舌で探りながら、背中の紐を解いていった。

「今は、ここに二人格いる。いつもアイリーンに焦がれてきたディエスもノクスも、同一人物だ」
「でもなんだか……」
「違う男に見えるのか?」

 困った顔でうなずいている。アイリーンはこんな表情ですらいい女だ。ころころと変わる顔に、いつも目が離せない。

 俺の手はそのままアイリーンのコルセットに伸び、肌を縛り付ける固い鎧から彼女の身体を解放した。袖は通したままだから、アイリーンの黒いドレスは背中からはだける。
 うっすらと浮かぶ汗からアイリーンの匂いが香っていた。
 ああ、こんな時に食欲が刺激される自分の性分が恨めしい。

「この身体を隅々まで知っている。だから、ここにいるのはお前の夫だ」

 浮かんでいる汗ごと首筋を舐め、時々皮膚を吸い甘噛みを加える。
 さなぎから出て来る蝶のように、喪服から現れた裸体が華やかで美しい。

 全身を撫でるとアイリーンの息は荒くなり、徐々に小さな啼き声が上がり始める。そのまま強い刺激を加え始めると、抵抗と快楽を行き来するような反応が返ってきた。

 こんなに魅力的なめすがこの世に存在していることが信じられない。

「……ユリシーズ……」
「俺だ。分かるか? アイリーン。お前の伴侶で、ただ一人の夫だ」

 アイリーンは、そっと俺の方を向いた。

「あなたに会いたかった……ずっとずっと会いたかったの」
「会うだけでは足りない。こうしてアイリーンに触れたかった」

 アイリーンが皇帝を訪ねて来た時に、甲冑で身を隠して彼女を見た。
 俺の訃報を聞いて気丈に振舞っているのを、黙って見ているしかなかった。

 アイリーンを傷つけた。俺のせいだと分かっていた。
 鎧の中で泣くことしかできない、あんな想いは、もうごめんだ。

「一緒にいるだけではだめなの?」
「欲深くなってしまったからな」

 アイリーンの匂いの刺激にくらりとする。なんとか意識を保つしかない。
 獣にはならない。人のやり方でアイリーンを溺れさせたい。ただ、愛撫が狼の舌遣いになってしまうのは、厭らしく啼くアイリーンが悪い。

「ユリシーズ……待って、そんなに、焦らない、で」
「無理だ」

 まだ靴も脱げていないアイリーンは、どんどん事を進めていく俺に困っている。
 だけど、こんなに匂いで誘っておいて、焦るななんて拷問だ。
 まだアイリーンには理性が残っているらしい。

 悔しくなって、抵抗させないように腕を抱え込む。
 滅茶苦茶にしてやりたい。快楽に支配されて、何も考えられなくなればいい。

「やめて!」

 堪えられず嫌がる様子を見て、草食動物を狩る時の快感を思い出した。
 逃がさない。動けなくなるまで追い詰めたい。

 俺は、征服欲が強いのだろうか。

「いゃ、あああっ」

 絶頂に至る瞬間、アイリーンの色香が一気に増した。匂いに誘われて、正気を失いそうになる。

 アイリーンを支えながら、自分を失わないようにするのに必死だ。今の俺は、目が血走っているんじゃないだろうか。

 震える身体を抱き上げて、ベッドに運ぶ。
 ひと息つく間も与えず、とめどなく溢れる体液を啜った。
 嬌声混じりの悲鳴が上がる中、アイリーンを堪能している。至福の時間だ。

 アイリーンは俺以外を知る必要などないのだから、人間と比べられる機会は訪れない。真実なんか教えないつもりだが、人間が人狼に抱かれるのは大変だ。相当な負担を強いているに違いない。

「……好き、よ……」

 耳元でアイリーンが囁いた。

「離れている間も、ずっと想っていてくれたのか」

 俺に対する好意を感じている時、アイリーンから花と蜜のような匂いが香る。
 好かれているという自信が欲をかいた。

「あなた以外の伴侶なんて考えられなかった」

 潤んだ目と上気した顔をこちらに向けて、か細い声で答えてくれる。
 ぞくぞくと背筋に走る昂ぶりに抗えず、アイリーンの肩に噛みついた。
 そのまま強引に押し入るように繋がると、興奮と安堵が同時に襲ってくる。

「幸せだ、アイリーン。離れている間、ずっとこうしたかった」
「ああっ……ユリ……シーズ」

 アイリーンが悦くなっているのが伝わってくる。何も考えられなくなりそうな中で、理性を無くした獣になるしかない。
  だけどそれがどうしようもなく幸せで、こんなに居心地のいい場所は世界中を探そうがどこにもない。

「やっ、あ……」

 俺の動きでアイリーンの髪が乱れ、切なげな声が上がる。
 次の瞬間、身体に強烈な刺激が走った。
 艶かしい腰が揺れ、吸い込まれそうな力がかかる。

「ああっ……ユリ、シ、ズ……」

 彼女はなんて美しくて淫靡で、どこまでも墜とされていくような魅力にあふれているんだろうか。

 アイリーンとこのまま番えるのなら、何を失っても構わない。
 出会った瞬間に恋焦がれ、人生で一番大切な存在になった。

「そろそろ限界だ。赦せ」

 アイリーンが啼く。震えながら、決して痛みでは上がらない声で俺を呼ぶ。
 その最中にアイリーンの中は俺のものを飲み込んで、夜の湖のような音を立てた。

「あ……」
「ああ、最高だ、アイリーン。このまま続けるぞ」
「いや、待っ……」
「待つのは無理だ」
「だって、今っ」
「何度だって悦くなればいい」

 アイリーンは首を振りながら喘ぎ、続けざまに何度も果てた。
 その度に強烈に走る快楽を堪能し、欲望に身体を滾らせる。

 もう、やめろと言われても止まれない。
 離れていた時間が長かったせいで、身体中がアイリーンを渇望している。

 ***

 アイリーンが、ベッドの上で横たわったまま動かなくなっている。
 もう何十回目かという快楽に果てたとき、そのまま気を失ってしまった。

 無理をさせすぎた自覚がある。加減を忘れて俺は……。

「アイリーン」

 添い寝をしながら頬を撫で、話しかけても返答はない。
 身体中に自分の付けた痕が残っていて、こんな時だというのに優越感でゾクリとした。

「あまりにお前が、魅力的で……つい」

 つい、なんだと言うのか。
 己の欲に任せて潰してしまった。伴侶失格だ。
 失格でもいい。そもそもアイリーンが他の伴侶を迎えることなどないのだから、一生一緒だ。

 いや、反省をしなくてはいけない。
 再会した途端、自分を抑えられず気絶させるなど最低だ。
 ……違う、最高だった。アイリーンが最高だからいけない。

 昼と夜の意識が同化しているせいだろうか、頭の中がやかましい。
 ただ、行為の最中は思考に全く違和感が無かった……欲というのは人格に左右されることがないほど単純だということか。

 自問していると、アイリーンが薄っすらと目を開けた。

「大丈夫か?」
「……私……あ……」

 アイリーンは自分の身に何が起きたのかをゆっくりと理解し、身体中に残された跡を見つけて掛布を被って顔を隠した。

「な、どうした?! なんで逃げる……」
「見ないで……」

 これまでも羞恥に戸惑うアイリーンを見てきたが、隠れてしまったのは初めてだ。

「そもそも求めたのはこちらの方で……だから、全て俺のせいというか……」
「違うの。そうじゃなくて思い出したから恥ずかしくなっただけ」
「……?」

 目だけを掛布から出して恥ずかしそうにこちらを見ている。

「なんだか、三人でしてるみたいだったから……」
「……それは、良かったのか? それとも悪かった?」
「聞かないで」

 ほう?
 気を失ったのもそれが原因だったり……? いやいや、そんなわけがない。

「今は、ディエスとノクスが二人で一人だ。この方がアイリーンの好みなら、ずっとこのままでいようか?」
「でも耳と尻尾は生えないんでしょう?」
「まさか、ノクスが好きなのか?」
「違うの、ディエスとノクスは同じだけ大好きだけど、耳と尻尾はかわいくて好き。狼の姿は男性に対する好きとは違う好き。昼間のシャイなあなたも好き」
「欲張りな女だな」

 額に口づけると、アイリーンがしがみついてきた。
 同じだけ大好き、か。
 この複雑な気持ちは、ディエスの意識とノクスの意識が抱えているものなのかもしれない。
 嬉しいのに、どうしようもなく悔しい。

「三人でしている感じって、具体的にはどういう……」
「だから、聞かないでって言ったでしょ」
「燃えたのか?」
「知らない」
「俺は燃えたから聞いている。自分に負けたくなくて、アイリーンをもっと啼かせたくて、一緒に果てたくて、混ざり合いたくて、燃えた」
「知らないって言ってるでしょ」
「それに、アイリーンの子に会いたいんだ。いいだろ?」

 アイリーンは真っ赤になって俺の胸に顔を当てている。
 こういう仕草もぐっとくるというか……たまらなく綺麗だ。

「ひとつだけ教えてあげる」
「うん?」
「愛されているのが伝わってきて……あなたになら、なにをされても幸せ」

 この瞬間、俺の耳がピンと立ってしまった気がした。
 いや、今は獣人の姿ではないはずなのに。
 待て待て、誤解をするなよ。なにをされてもっていうのは……。

「外で襲われたい、とかそういうことか?」
「なんでそうなるのよ」
「いや、そういうのも燃えるのかと……」

 アイリーンはむくれた後、「もういい」と言って背を向けてしまった。

「ちょっと聞いてみただけだろ? アイリーンの嫌がることはしない。もう少ししたら、次はゆっくり溶け合おう。さっきは激しくし過ぎて悪かった」
「……」
「久しぶりのアイリーンに興奮し過ぎたせいで……怒っているか?」
「別に」

 背を向けたまま、表情は見えない。

「どんなあなたも好きだもの……」

 呟くように言われたが、残念ながら俺は耳がいい。

「俺も」

 そっとアイリーンをこちらに向かせ、口づける。

「どんなアイリーンも、愛さずにはいられないんだ」

 ――ああ。結局、そういうことか。
 
 欲とか思いやりとか愛情とか、そういうものをぶつけた時のアイリーンが、どうしようもなく好きなんだ。
 俺の前だけの特別な姿を、どうしたって欲してしまう。

 色っぽくて、綺麗で、いい匂いがして……。
 これからもずっとアイリーンを喜ばせたくて、そのためならなんだってしたい。

「もう、離してやらないからな」
「じゃあ、どこまでも長生きして頂戴」
「当たり前だ。一秒だって長く傍にいる」

 アイリーンは目に涙を溜めながら「絶対よ? もういなくならないでね?」と訴えて来る。「ああ、分かった」と納得したように伝えるけれど、俺の方が離れたくない気持ちは強いはずだ。

 アイリーンが思い出す度に泣く。申し訳ないのに、嬉しい。
 もう二度と悲しませたくないと思う以上に、愛おしさが溢れる。

「アイリーンを完全に俺のものにしたくて走り回っていたんだ。だからこそ離れていても頑張れただけで、本当は片時も離れたくない」
「離れている時、あなたも苦しんだ?」
「当たり前だ。毎日こうしていたいのに、手すら繋げなかったからな」
「ふうん……」
「時々、夢に出てきたアイリーンに誘惑されて、いい思いをしたこともあったが……目が覚めて隣にいないと、現実を思い知って虚しかった」
「あなたは夢に見ていたのね……ずるい。私の夢には出て来てくれなかったのに」

 アイリーンは一度も夢で俺を見てくれなかったのか。俺は二日に一度は見ていたのに……。

「夢なんかあてにならない。これからは本物がいる」
「夢の私はどうだった?」
「実物の方がいいに決まってる。そもそも、妄想や想像より、アイリーンはずっと綺麗でいい女なんだ」
「そう? さっきあんなに必死だったのは、私の魅力が想像以上だったということ?」
「当たり前――って、アイリーンに必死だったと言われると複雑だな」
「全然余裕がなかったじゃない」
「そりゃ……悪いか」

 くそ、と思って抱きしめて、身体中にキスを落とす。アイリーンは笑いながら、そんな俺を愛おしそうな目で見てくれた。

 愛情は、ぶつけないと満たされないのかもしれないな、なんて思う。

 アイリーンから蜜の香りがしている。
 今日は何度でも潰してしまいそうだ。

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