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5章
時間を埋めたい 2
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「ですが、あまりにアイリーンが足りていなくて、供給が追い付いていないのです」
「ええと、私は工場か何かなのかしら??」
「アイリーンに焦がれすぎて、どうすることもできません……」
泣きながら訴えるユリシーズを見て、思わず笑ってしまった。
「私たち、半年近く会っていなかったのだから……会えなかった時間を、これからゆっくり取り戻せば良いと思うの」
「頭では分かっているのですが、その……」
ユリシーズはそこで口ごもり、真っ赤になっている。
「無理です」
「諦めが早いわ」
そこでもう一度強く抱きしめられる。さっきに比べて痛くない。
「再会してつくづく思います。アイリーンの魅力が、こんなにも……喪服を身に付けられているというのに大変申し上げにくいのですが」
「喪服?? 急にどうして喪服?」
「傍から見たら未亡人だというのに、あらゆるところが挑発的と言いますか……」
「はい??」
「分かっています、私は最低です!」
ユリシーズは私を解放し、真っ赤になりながら頭を抱えて悶絶していた。
出会ったばかりの頃のディエスが、こんな風になっていたことがあったような……?
「夫婦なのだから、あなたのことはちゃんと理解したいの。失望したりしないから、なんでも言って」
「そう……ですね」
「で? 喪服の何がいけないの?」
「装飾のない黒いドレスはアイリーンの美しさが際立ってしまうというか……想像力を掻き立てられるというか……」
「要するに、好みってことね、喪服が」
ユリシーズはぶんぶんと首を振る。
「違います! 単にその恰好のアイリーンが官能的過ぎると言っているだけです!」
「……そう」
「ああ! 再会して早々、自分の煩悩が醜すぎて死にたくなります!!」
「引いてないから!! 引いていないから落ち込まないで!!」
なんだか懐かしい気持ちになってきた。
そっとユリシーズの腕にしがみつき、引き寄せた頬に軽くキスをする。
「夫婦なのだから、もっと曝け出してくれてもいいわ」
ユリシーズはそこで一旦無言になり、私を抱きしめて瞼にキスをした。
「もし、許されるのなら――この後、私を受け入れてくださいませんか?」
素直に抱きしめられているこの状態は受け入れているってことではないの? と思ってハッとする。
もしかして……それって……。
「あの……私、その、久しぶりで……」
「いや、アイリーンと私のブランクは同じですから……」
私にそっと頬を寄せたユリシーズの、熱っぽい息が首筋に当たる。
くすぐったくて、もどかしくて、身体の奥がぎゅっと締め付けられるような懐かしい感覚が蘇った。
「ここではその……場所を移動しましょう。だいぶ遅くなりましたが、新婚旅行です」
「新婚旅行?? 喪服で??」
「シンシアが持参した服がありますので、途中で着替えられるはずです。どこかで調達することもできるでしょうし。ただ、もう少しその姿を見ていたいので、次の目的地まではそのままで……」
「そんなに喪服がいいのね……」
「この先は喪服を着ることもないのですから、今だけはどうか……」
もじもじしながら、喪服を着ていて欲しいとお願いされてしまった。
ユリシーズに官能的だと言われるのは悪くないけれど。
「しょうがないわね、あなたが生きていたら喪服を着る理由がないのだけれど、特別よ?」
「ああっありがとうございます!」
「そんなことで喜ぶなんて」
もういなくならないと約束してくれるなら、恰好くらいどうってことはない。
微笑みを向けると、ユリシーズがふらりとふらつく。
その後で勢いよく抱きしめられて、「さあ、早く行きましょう!」と強めに言われた。
ディエスとノクスが混じった反応だ。
私は余裕ぶった対応をしながら、やかましい鼓動の音を意識しないように必死になるしかない。
久しぶりに会ったユリシーズが、信じられないくらい男らしく見えてしまい、どうしようって焦るばかり。
夫婦なのだから何も問題はないのだけれど……こんな人とこれからずっと一緒だなんて。
こんなことで悩むとは思わなかった。
夫にときめいてしまうと、逃げ場がないのね。
***
ユリシーズに手を引かれて部屋を出る。いつもよりも歩くスピードが速い。
久しぶりに会うユリシーズは、このお城で出会った誰よりも体つきは頑丈そうで、今の目つきは切れ長だけど整っていて、黒髪は獣の毛を思わせる艶感があって、銀色の目はかわいくて、鼻筋は真っ直ぐ引いた線のように綺麗で……要するに、素敵だった。
そんな彼が、誰にも邪魔されない場所で私と二人きりになりたくて急いでいる。胸がドキドキして苦しいし、顔が熱くて火が出そう。
階段を降りるところにきた時、ユリシーズは「一気に駆け下りますから、抱き上げても良いですか?」と私を運ぼうとする。さすがにそれを誰かに見られたら……と恥ずかしがっていると、見知った顔が上がってきた。
オルウィン侯爵夫人と、ディアリング伯爵夫人だ。
「あら……オルブライト伯爵夫人と……? お隣は?」
未亡人が男性と手を繋いでいるのはゴシップの種だけれど、残念ながらこれはニュースのほう。
「お久しぶりです。実は、行方不明だった夫が見つかりましたの」
にっこりと二人に向けて笑うと、驚き過ぎたのか固まっている。
「ということは、そちらが……?」
「はじめまして、ユリシーズ・オルブライトです。妻がお世話になりました」
ユリシーズはさすが伯爵様といった様子で、軽く会釈をしながら右手を自分の鎖骨辺りに当てている。その所作が綺麗で、私はご夫人たちと共に見惚れてしまった。
「あなたが、オルブライト伯爵……」
二人は顔を紅潮させ、興奮気味に私の方を見ている。
言いたいことはよく分かった。ユリシーズが素敵だったのね。
「ユリシーズ、こちらはオルウィン侯爵夫人と、ディアリング伯爵夫人よ」
「ああ、現在はオルウィン家がこの帝国で一番の家門になりましたね。ヒュー皇子はさぞ頼もしく思われていることでしょう。優秀なディアリング伯爵とも久しいです。どうか、ご主人様によろしくお伝えください」
「まあ、噂に聞くよりもずっと紳士な方ですこと……」
オルウィン侯爵夫人はうっとりとした目でユリシーズを褒めた。こんな風にご婦人を惑わせる器用さを持っていたなんて、私は聞いていないけれど。
「妻は、私をどんな風に言っていましたか?」
ちょっと待って、その質問をされたら……。
「オルブライト伯爵は、ご夫人だけを大層深く愛していらっしゃる愛妻家だとうかがっております!」
オルウィン侯爵夫人が堂々とおっしゃってくださったので、ユリシーズの黒い尻尾が大きく左右に振れたのを錯覚する。
「それはそれは……妻が外でそんなことを……」
にこにこしながらこちらを見て、頬を染めているユリシーズ。
嬉しそうで良かったけれど、これはこれで恥ずかしい。
「あの、お二人はこちらに滞在されるのですか?」
ディアリング伯爵夫人に尋ねられ、私は首を横に振る。
「もう、お城勤めはお終いです。領地に帰らないと……」
「そうですね、新しい家族を迎える準備をしなくては」
ユリシーズに余計なひとことを加えられたせいで、お二人が「きゃああああ」と興奮気味に声を上げた。
人前で言うことではないけれど、これでこそユリシーズだという気もする。
「頑張ってくださいね、オルブライト伯爵、伯爵夫人! ご実家のフリートウッド公爵家があんなことになりましたが、わたくし、夫人のことを応援しておりますわ!」
なぜか去り際にオルウィン侯爵夫人にエールを送られた。頑張ってってどういう意味なのかしら。余計に顔が熱くなってしまうじゃない。
「ありがとうございます。妻に嫌われない程度に頑張ります」
ユリシーズはご夫人たちにウィンクのサービスをして、私を抱きかかえて階段を降り始める。鼻歌交じりでニコニコとしながら、「アイリーンに外で自慢してもらえていたなんて」と呟いて、ちらりと私を見た。
目元と口元が緩みに緩んでいるし、本当に幸せそう。
ユリシーズがそんな風に喜んでくれるなら、外で惚気るのも悪くない。
抱きかかえられて階段を降りているからなのか、フワフワした感覚でそんなことを思う。
ずっと見ていられそうな横顔がすぐそこにあって、その頬に触れたいと思うのに、どういうわけなのか身体が全く動かせなかった。
銀色の瞳に囚われて、私も金縛りにあってしまったのかもしれない。
あなたって、やっぱり恐ろしい人なのかしら。
「ええと、私は工場か何かなのかしら??」
「アイリーンに焦がれすぎて、どうすることもできません……」
泣きながら訴えるユリシーズを見て、思わず笑ってしまった。
「私たち、半年近く会っていなかったのだから……会えなかった時間を、これからゆっくり取り戻せば良いと思うの」
「頭では分かっているのですが、その……」
ユリシーズはそこで口ごもり、真っ赤になっている。
「無理です」
「諦めが早いわ」
そこでもう一度強く抱きしめられる。さっきに比べて痛くない。
「再会してつくづく思います。アイリーンの魅力が、こんなにも……喪服を身に付けられているというのに大変申し上げにくいのですが」
「喪服?? 急にどうして喪服?」
「傍から見たら未亡人だというのに、あらゆるところが挑発的と言いますか……」
「はい??」
「分かっています、私は最低です!」
ユリシーズは私を解放し、真っ赤になりながら頭を抱えて悶絶していた。
出会ったばかりの頃のディエスが、こんな風になっていたことがあったような……?
「夫婦なのだから、あなたのことはちゃんと理解したいの。失望したりしないから、なんでも言って」
「そう……ですね」
「で? 喪服の何がいけないの?」
「装飾のない黒いドレスはアイリーンの美しさが際立ってしまうというか……想像力を掻き立てられるというか……」
「要するに、好みってことね、喪服が」
ユリシーズはぶんぶんと首を振る。
「違います! 単にその恰好のアイリーンが官能的過ぎると言っているだけです!」
「……そう」
「ああ! 再会して早々、自分の煩悩が醜すぎて死にたくなります!!」
「引いてないから!! 引いていないから落ち込まないで!!」
なんだか懐かしい気持ちになってきた。
そっとユリシーズの腕にしがみつき、引き寄せた頬に軽くキスをする。
「夫婦なのだから、もっと曝け出してくれてもいいわ」
ユリシーズはそこで一旦無言になり、私を抱きしめて瞼にキスをした。
「もし、許されるのなら――この後、私を受け入れてくださいませんか?」
素直に抱きしめられているこの状態は受け入れているってことではないの? と思ってハッとする。
もしかして……それって……。
「あの……私、その、久しぶりで……」
「いや、アイリーンと私のブランクは同じですから……」
私にそっと頬を寄せたユリシーズの、熱っぽい息が首筋に当たる。
くすぐったくて、もどかしくて、身体の奥がぎゅっと締め付けられるような懐かしい感覚が蘇った。
「ここではその……場所を移動しましょう。だいぶ遅くなりましたが、新婚旅行です」
「新婚旅行?? 喪服で??」
「シンシアが持参した服がありますので、途中で着替えられるはずです。どこかで調達することもできるでしょうし。ただ、もう少しその姿を見ていたいので、次の目的地まではそのままで……」
「そんなに喪服がいいのね……」
「この先は喪服を着ることもないのですから、今だけはどうか……」
もじもじしながら、喪服を着ていて欲しいとお願いされてしまった。
ユリシーズに官能的だと言われるのは悪くないけれど。
「しょうがないわね、あなたが生きていたら喪服を着る理由がないのだけれど、特別よ?」
「ああっありがとうございます!」
「そんなことで喜ぶなんて」
もういなくならないと約束してくれるなら、恰好くらいどうってことはない。
微笑みを向けると、ユリシーズがふらりとふらつく。
その後で勢いよく抱きしめられて、「さあ、早く行きましょう!」と強めに言われた。
ディエスとノクスが混じった反応だ。
私は余裕ぶった対応をしながら、やかましい鼓動の音を意識しないように必死になるしかない。
久しぶりに会ったユリシーズが、信じられないくらい男らしく見えてしまい、どうしようって焦るばかり。
夫婦なのだから何も問題はないのだけれど……こんな人とこれからずっと一緒だなんて。
こんなことで悩むとは思わなかった。
夫にときめいてしまうと、逃げ場がないのね。
***
ユリシーズに手を引かれて部屋を出る。いつもよりも歩くスピードが速い。
久しぶりに会うユリシーズは、このお城で出会った誰よりも体つきは頑丈そうで、今の目つきは切れ長だけど整っていて、黒髪は獣の毛を思わせる艶感があって、銀色の目はかわいくて、鼻筋は真っ直ぐ引いた線のように綺麗で……要するに、素敵だった。
そんな彼が、誰にも邪魔されない場所で私と二人きりになりたくて急いでいる。胸がドキドキして苦しいし、顔が熱くて火が出そう。
階段を降りるところにきた時、ユリシーズは「一気に駆け下りますから、抱き上げても良いですか?」と私を運ぼうとする。さすがにそれを誰かに見られたら……と恥ずかしがっていると、見知った顔が上がってきた。
オルウィン侯爵夫人と、ディアリング伯爵夫人だ。
「あら……オルブライト伯爵夫人と……? お隣は?」
未亡人が男性と手を繋いでいるのはゴシップの種だけれど、残念ながらこれはニュースのほう。
「お久しぶりです。実は、行方不明だった夫が見つかりましたの」
にっこりと二人に向けて笑うと、驚き過ぎたのか固まっている。
「ということは、そちらが……?」
「はじめまして、ユリシーズ・オルブライトです。妻がお世話になりました」
ユリシーズはさすが伯爵様といった様子で、軽く会釈をしながら右手を自分の鎖骨辺りに当てている。その所作が綺麗で、私はご夫人たちと共に見惚れてしまった。
「あなたが、オルブライト伯爵……」
二人は顔を紅潮させ、興奮気味に私の方を見ている。
言いたいことはよく分かった。ユリシーズが素敵だったのね。
「ユリシーズ、こちらはオルウィン侯爵夫人と、ディアリング伯爵夫人よ」
「ああ、現在はオルウィン家がこの帝国で一番の家門になりましたね。ヒュー皇子はさぞ頼もしく思われていることでしょう。優秀なディアリング伯爵とも久しいです。どうか、ご主人様によろしくお伝えください」
「まあ、噂に聞くよりもずっと紳士な方ですこと……」
オルウィン侯爵夫人はうっとりとした目でユリシーズを褒めた。こんな風にご婦人を惑わせる器用さを持っていたなんて、私は聞いていないけれど。
「妻は、私をどんな風に言っていましたか?」
ちょっと待って、その質問をされたら……。
「オルブライト伯爵は、ご夫人だけを大層深く愛していらっしゃる愛妻家だとうかがっております!」
オルウィン侯爵夫人が堂々とおっしゃってくださったので、ユリシーズの黒い尻尾が大きく左右に振れたのを錯覚する。
「それはそれは……妻が外でそんなことを……」
にこにこしながらこちらを見て、頬を染めているユリシーズ。
嬉しそうで良かったけれど、これはこれで恥ずかしい。
「あの、お二人はこちらに滞在されるのですか?」
ディアリング伯爵夫人に尋ねられ、私は首を横に振る。
「もう、お城勤めはお終いです。領地に帰らないと……」
「そうですね、新しい家族を迎える準備をしなくては」
ユリシーズに余計なひとことを加えられたせいで、お二人が「きゃああああ」と興奮気味に声を上げた。
人前で言うことではないけれど、これでこそユリシーズだという気もする。
「頑張ってくださいね、オルブライト伯爵、伯爵夫人! ご実家のフリートウッド公爵家があんなことになりましたが、わたくし、夫人のことを応援しておりますわ!」
なぜか去り際にオルウィン侯爵夫人にエールを送られた。頑張ってってどういう意味なのかしら。余計に顔が熱くなってしまうじゃない。
「ありがとうございます。妻に嫌われない程度に頑張ります」
ユリシーズはご夫人たちにウィンクのサービスをして、私を抱きかかえて階段を降り始める。鼻歌交じりでニコニコとしながら、「アイリーンに外で自慢してもらえていたなんて」と呟いて、ちらりと私を見た。
目元と口元が緩みに緩んでいるし、本当に幸せそう。
ユリシーズがそんな風に喜んでくれるなら、外で惚気るのも悪くない。
抱きかかえられて階段を降りているからなのか、フワフワした感覚でそんなことを思う。
ずっと見ていられそうな横顔がすぐそこにあって、その頬に触れたいと思うのに、どういうわけなのか身体が全く動かせなかった。
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