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5章
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シンシアとバートレットを見送った後、お城の部屋でユリシーズと二人きりになった。
甲冑を脱がせてもらったらしく、軽装姿のユリシーズがすぐそこにいる。
「さて、どこから話そうか……」
私たちは部屋で立ったまま、一定の距離を保っていた。
こうやって過ごすのが久しぶりで、なんだか緊張して落ち着かない。
裁判所では夫婦として自然に触れあえたけれど、二人きりというのは事情が変わる。
どこまで近づいて良いのかとか、話すときはどういう態勢だったっけ、とか、そういう間が、分からなくなっていた。
おまけに、ユリシーズはこれまでとなんだか雰囲気が違うし……。
「もともと、皇室にもフリートウッド公爵家――ああ、今となっては元公爵なんだが――を肯定する派閥と、否定する派閥があったんだ。俺は戦後、復讐のために皇帝を通してフリートウッド公爵と繋がることを選んだが、皇帝は中立派だった」
「ヒュー皇子が公爵家を否定していたけれど、それぞれに公爵家を問題視する人と、擁護する人がいたってことね?」
「ヒュー皇子を皇帝にしたい派閥は、大抵フリートウッド家を問題視していた。例えば、側近のオルウィン侯爵が代表的だな」
そんなところで繋がっていたのね……。
オルウィン侯爵が私に対して醒めた対応をしてくださったのも、もしかして私がフリートウッド公爵家と繋がっていると思ったからなのかしら。
「帝国唯一の公爵家が落ちれば、必然的にオルウィン侯爵の立場は上がるのだし、利害も一致しているわね」
「ヒュー皇子は今後が有利になっただろうな」
ヒュー皇子が皇帝に近づいたというのは喜ばしいことなのかもしれない。
だけど、クリスティーナは生まれ育った家が降爵かつ父親が罪人扱いだ。
これを機に、ヒュー皇子との距離が縮まればいいなとは思うけれど、皇后への道は決して平坦ではなさそう。
「俺は、一族もろともフリートウッド公爵に殺されかけたからな。あれが俺の手柄を自分のものにするためだったとしたら、これまでも相当な悪事に手を染めてきたと踏んだ。手癖が悪い人間は、ふとした時にボロが出る。公爵家の動きを探りながら皇帝とも連絡を取っていたんだ」
ユリシーズが皇帝陛下と連絡を取り合っていたなんて、全然知らなかった。
隠し事はされていないと思っていたけれど、全部を明かしてもらってはいなかったのね。
私の表情が曇ったのに気づいたのだろうか。ユリシーズが心配そうに近寄って来て、そっと私を抱きしめる。
「命を狙われだしたあたりから、いよいよ公爵を罪人として捕えなければならないと思った。アイリーンが心配だったし、新しい家族も欲しかった。この手で殺すのは簡単だが、そんなことをすれば俺はアイリーンと暮らすことができなくなる」
「ええ、そうね。公爵様を殺したら刑務所行き、最悪死刑よ」
「そして、フリートウッド公爵はアイリーンが俺の弱点だと気付いてしまった。アイリーンが狙われることだけは我慢できなかったんだ。絶対に守りたかったから」
ユリシーズの指が頬に触れ、温かい手が顔を包む。
この人は、私より体温が高い。
「だから私はユリシーズを追いつめたくなくて、クリスティーナを訪ねたのよ?」
「ああ、助かったしチャンスだった。クリスティーナの周りには、公爵家の関係者が多い。一気に崩すと決めて動くことにした」
「毒に侵されていたんじゃないの?」
「あのくらいの毒、1日で解毒した。バートレットに対しては体調の悪いふりを続けて森に入ったが」
「あなたって、意外と演技派なのね……」
急に心配になってきた。ユリシーズのこと、このまま信用していいのかしら?
そういえば、公爵家の方が送り込まれてきた時も、ユリシーズは随分と自然に演技をしていたわね……。
それに、最初の頃に聞いたクリスティーナが想い人だというのも演技だったわけで……。
「フリートウッド公爵家を疎ましく思っている派閥と一緒に、皇帝に直訴に行った。証拠を必ず掴むから、フリートウッド公爵の罪が明らかになったら裁判にかけて欲しい、と」
「ちょっと待って、そんなことをいつの間に??」
ユリシーズは私の額に口付けて、「俺が死んだとされた日に」と言った。
やっぱり、フリートウッド元公爵に自分の死を思いこませて、その間に動いていたのね……?
皇帝陛下の元を訪れていたということは、私の近くにいたんだわ。
「暗殺しようとしていた相手が死んだと聞けば、確証を得るために人を割くに決まっている。獣の血を撒いて、割いた俺の服と一緒に現場に置いて来たんだ。肉は獣が持って行ったと思うだろうからな」
「私にだけは、生存を伝えてくれたって良かったのに。埋められていた服はなんだったの?」
「あれを見つけたのか……。上着は身分が分かりやすくてバレるだろうから、平民に紛れるために捨てたんだ」
「もう……あなたが……生存の証拠を残してくれなかったから……」
思い出したら、やっぱり泣けてくる。
ユリシーズがいなくなって、どれだけ寂しかったと思っているの?
毎日バルコニーであなたを呼びながら、夜の闇に怯えながら、いなくなった人を想う辛さを、あなたは知らない。
ユリシーズは私の涙を丁寧に舐めて拭っていた。
「伝えたかったし、会いたかったし、ずっとそばにいたかった。アイリーンを思い出すたびに辛くて、この身が引き裂かれる思いで過ごしていた」
「実際に伴侶を失う気持ちを知らないくせに、そんなことを言わないで!」
ポロポロと大粒の涙が溢れてくるし、ユリシーズの胸を拳で叩く。
何度もぽかぽかと叩いていたら、「うーーーー」という声以外、何も言葉が出なくなった。
「すまなかった。アイリーンが訃報を知って動かなければ、全ての計画が上手くいかない。悲しませたくはなかったが、アイリーンだけは……お前だけは誰の手にもかからずに……無事でいて欲しかった」
「どんな事情があるにせよ、説明もなしにこんなに長い間ひとりにするなんて酷いわ」
「そうだな。本当にアイリーンには申し訳ないことをした。フリートウッド元公爵が報復を企まないかと暫く死んだ立場で見張りたかったんだ。あとは、アイリーンの両親が動いたのを知り、裁判の材料を集めていた。これでもかなり急いだんだ……でも、そんなのはただの言い訳に過ぎない。遅くなってすまなかった」
ユリシーズに力強く抱きしめられる。
「痛い……」
力が強すぎることを抗議すると、ユリシーズは唇を重ねてきた。
急に荒々しくて、こんなの、愛情なのかよく分からない。もっと優しかったはずのに。
「す、すみませんっ。あの……今は、昼と夜が混在していて自分をうまくコントロールできない時があって……」
突然私から離れ、丁寧語に変わったユリシーズが謝りだす。
「もしかして、黒魔術……?」
「はい」
さっきの口調はノクスに近かったけれど、今はディエスの口調になっている。
なんていうか……ユリシーズなのに、ふとした顔つきがディエスでもノクスでもなくて別人みたい。
「こうしてアイリーンといると、自分の制御が外れて暴走してしまうというか……」
「じゃあ、よく聞いて。私は充分すぎるくらい傷ついて、それがあなたのやったことだというのを知ってショックを受けているの。無事だったのは嬉しかったし本当に良かったと思っているけれど、もう少し納得するための時間が欲しいわ」
ユリシーズはうなずいて、その動きで涙を零した。
甲冑を脱がせてもらったらしく、軽装姿のユリシーズがすぐそこにいる。
「さて、どこから話そうか……」
私たちは部屋で立ったまま、一定の距離を保っていた。
こうやって過ごすのが久しぶりで、なんだか緊張して落ち着かない。
裁判所では夫婦として自然に触れあえたけれど、二人きりというのは事情が変わる。
どこまで近づいて良いのかとか、話すときはどういう態勢だったっけ、とか、そういう間が、分からなくなっていた。
おまけに、ユリシーズはこれまでとなんだか雰囲気が違うし……。
「もともと、皇室にもフリートウッド公爵家――ああ、今となっては元公爵なんだが――を肯定する派閥と、否定する派閥があったんだ。俺は戦後、復讐のために皇帝を通してフリートウッド公爵と繋がることを選んだが、皇帝は中立派だった」
「ヒュー皇子が公爵家を否定していたけれど、それぞれに公爵家を問題視する人と、擁護する人がいたってことね?」
「ヒュー皇子を皇帝にしたい派閥は、大抵フリートウッド家を問題視していた。例えば、側近のオルウィン侯爵が代表的だな」
そんなところで繋がっていたのね……。
オルウィン侯爵が私に対して醒めた対応をしてくださったのも、もしかして私がフリートウッド公爵家と繋がっていると思ったからなのかしら。
「帝国唯一の公爵家が落ちれば、必然的にオルウィン侯爵の立場は上がるのだし、利害も一致しているわね」
「ヒュー皇子は今後が有利になっただろうな」
ヒュー皇子が皇帝に近づいたというのは喜ばしいことなのかもしれない。
だけど、クリスティーナは生まれ育った家が降爵かつ父親が罪人扱いだ。
これを機に、ヒュー皇子との距離が縮まればいいなとは思うけれど、皇后への道は決して平坦ではなさそう。
「俺は、一族もろともフリートウッド公爵に殺されかけたからな。あれが俺の手柄を自分のものにするためだったとしたら、これまでも相当な悪事に手を染めてきたと踏んだ。手癖が悪い人間は、ふとした時にボロが出る。公爵家の動きを探りながら皇帝とも連絡を取っていたんだ」
ユリシーズが皇帝陛下と連絡を取り合っていたなんて、全然知らなかった。
隠し事はされていないと思っていたけれど、全部を明かしてもらってはいなかったのね。
私の表情が曇ったのに気づいたのだろうか。ユリシーズが心配そうに近寄って来て、そっと私を抱きしめる。
「命を狙われだしたあたりから、いよいよ公爵を罪人として捕えなければならないと思った。アイリーンが心配だったし、新しい家族も欲しかった。この手で殺すのは簡単だが、そんなことをすれば俺はアイリーンと暮らすことができなくなる」
「ええ、そうね。公爵様を殺したら刑務所行き、最悪死刑よ」
「そして、フリートウッド公爵はアイリーンが俺の弱点だと気付いてしまった。アイリーンが狙われることだけは我慢できなかったんだ。絶対に守りたかったから」
ユリシーズの指が頬に触れ、温かい手が顔を包む。
この人は、私より体温が高い。
「だから私はユリシーズを追いつめたくなくて、クリスティーナを訪ねたのよ?」
「ああ、助かったしチャンスだった。クリスティーナの周りには、公爵家の関係者が多い。一気に崩すと決めて動くことにした」
「毒に侵されていたんじゃないの?」
「あのくらいの毒、1日で解毒した。バートレットに対しては体調の悪いふりを続けて森に入ったが」
「あなたって、意外と演技派なのね……」
急に心配になってきた。ユリシーズのこと、このまま信用していいのかしら?
そういえば、公爵家の方が送り込まれてきた時も、ユリシーズは随分と自然に演技をしていたわね……。
それに、最初の頃に聞いたクリスティーナが想い人だというのも演技だったわけで……。
「フリートウッド公爵家を疎ましく思っている派閥と一緒に、皇帝に直訴に行った。証拠を必ず掴むから、フリートウッド公爵の罪が明らかになったら裁判にかけて欲しい、と」
「ちょっと待って、そんなことをいつの間に??」
ユリシーズは私の額に口付けて、「俺が死んだとされた日に」と言った。
やっぱり、フリートウッド元公爵に自分の死を思いこませて、その間に動いていたのね……?
皇帝陛下の元を訪れていたということは、私の近くにいたんだわ。
「暗殺しようとしていた相手が死んだと聞けば、確証を得るために人を割くに決まっている。獣の血を撒いて、割いた俺の服と一緒に現場に置いて来たんだ。肉は獣が持って行ったと思うだろうからな」
「私にだけは、生存を伝えてくれたって良かったのに。埋められていた服はなんだったの?」
「あれを見つけたのか……。上着は身分が分かりやすくてバレるだろうから、平民に紛れるために捨てたんだ」
「もう……あなたが……生存の証拠を残してくれなかったから……」
思い出したら、やっぱり泣けてくる。
ユリシーズがいなくなって、どれだけ寂しかったと思っているの?
毎日バルコニーであなたを呼びながら、夜の闇に怯えながら、いなくなった人を想う辛さを、あなたは知らない。
ユリシーズは私の涙を丁寧に舐めて拭っていた。
「伝えたかったし、会いたかったし、ずっとそばにいたかった。アイリーンを思い出すたびに辛くて、この身が引き裂かれる思いで過ごしていた」
「実際に伴侶を失う気持ちを知らないくせに、そんなことを言わないで!」
ポロポロと大粒の涙が溢れてくるし、ユリシーズの胸を拳で叩く。
何度もぽかぽかと叩いていたら、「うーーーー」という声以外、何も言葉が出なくなった。
「すまなかった。アイリーンが訃報を知って動かなければ、全ての計画が上手くいかない。悲しませたくはなかったが、アイリーンだけは……お前だけは誰の手にもかからずに……無事でいて欲しかった」
「どんな事情があるにせよ、説明もなしにこんなに長い間ひとりにするなんて酷いわ」
「そうだな。本当にアイリーンには申し訳ないことをした。フリートウッド元公爵が報復を企まないかと暫く死んだ立場で見張りたかったんだ。あとは、アイリーンの両親が動いたのを知り、裁判の材料を集めていた。これでもかなり急いだんだ……でも、そんなのはただの言い訳に過ぎない。遅くなってすまなかった」
ユリシーズに力強く抱きしめられる。
「痛い……」
力が強すぎることを抗議すると、ユリシーズは唇を重ねてきた。
急に荒々しくて、こんなの、愛情なのかよく分からない。もっと優しかったはずのに。
「す、すみませんっ。あの……今は、昼と夜が混在していて自分をうまくコントロールできない時があって……」
突然私から離れ、丁寧語に変わったユリシーズが謝りだす。
「もしかして、黒魔術……?」
「はい」
さっきの口調はノクスに近かったけれど、今はディエスの口調になっている。
なんていうか……ユリシーズなのに、ふとした顔つきがディエスでもノクスでもなくて別人みたい。
「こうしてアイリーンといると、自分の制御が外れて暴走してしまうというか……」
「じゃあ、よく聞いて。私は充分すぎるくらい傷ついて、それがあなたのやったことだというのを知ってショックを受けているの。無事だったのは嬉しかったし本当に良かったと思っているけれど、もう少し納得するための時間が欲しいわ」
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