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1.始まり(1)
しおりを挟むきっかけは、あの日。
次の日から3連休で、みんなの浮足立ち始める金曜の夕方。
同期の立川 隼が作成した、先方へ提出する資料にミスがあるのを定時間際に俺が見つけて。
その資料はその日の20時までに各部署に承認を得て先方へ提出する手筈になっていたモノだった。
「ヤス~……マジでごめん……なんでこんなミス……!」
「気にするな。手分けすれば何とかなるだろ。連休前だから19時までは各部署の承認担当者、みんな勤務してるって確認取れた。だから……急げ、立川。俺、こっち手直しするわ。」
「ほんとに、サンキュ。今度奢らせて。」
「お言葉に甘えて……高級焼肉、期待してる。……よし。やるか。」
この会社に新卒で入社して3年目の冬。
気付けば3年も同じ会社で働いている事に自分でも驚いていた。
第一志望の企業は書類審査で落とされ、第二志望の企業も三次選考まで進んだものの内定を掴み取れず。
それから何十社も受けたが全部「今回はご縁がなかった」「貴方様の今後を応援しております」の返事。
そこそこいい大学にいて、そこそこ成績も悪くない。
一般的に普通よりも悪くない位置にいる俺は、どこかには引っかかるだろうと……希望も夢もなく、適当に選んだ企業なのが相手にも見透かされているのか、全てにお断りをされる始末だった。
不採用の連絡を貰う度に、俺自身がダメだとレッテルを貼られてる様で。
だんだん、心が荒んでいった。
俺にはそもそも就職なんて無理なんじゃ?とヤサグレ状態で臨んだ300人規模の中小企業の面接で、そこの社長にえらく気に入られた。
「はははは!君、やる気がなくていいねえ!もうさ、やる気に溢れてる子しか見てなくて……つまらないなあと思っていたんだよ。野洲原トウジくんね。君、採用で!東雲くんの部署に入れよう。彼なら上手く育ててくれるだろう。野洲原君みたいなタイプは育てれば絶対に光る。営業部で揉まれなさい。」
「あの、そんなあっさり……いいんですか。俺、自己紹介しただけですけど……」
「ああ、大丈夫。私は結構人を見る目、ある方だと自負しているんだ。」
じゃ、後は任せたよ。流石に1日中面接するのは疲れるねえ、と社長の横に座っていた職員に言いながら社長は応接室を後にした。
その日は俺を含めて全部で30人近くが面接を受けに来ていたらしい。
らしいというのは、他の就活生に会っていないからだ。
応接室は複数あり、就活生が被らないように時間も調整して配慮をしていてくれていた事を、社長の横にいた職員の人に教えてもらった。
適当に選んだ会社だった。
でも、社長をはじめ全ての社員があったかくて、優しく、時に厳しく、根気強く仕事を教えてくれる。
でもその厳しさも、俺のためだってすごく伝わる厳しさで。
俺はこの会社が、とても好きだ。
「お、わ、った~~~~!!!」
「立川、おつかれ。間に合ったな。」
「マジで!マジでサンキューな!ヤスがいなかったら、俺どうなってたか……!!!」
立川が、先方へ資料をメール送付したのは19:45。
何とかギリギリ間に合ってよかった。
立川とは同期で。
新卒で3年、同じ部署で、実は大学も一緒だったみたいだ。学部が違ったから大学時代は知らなかったけど。
あと、顔がマジで好みだ。立川の顔に一目惚れして、新歓での席は立川の横をずっと占領していた。
新歓で話をしていたら、意気投合して余計好きになった。
それから、俺の気持ちは隠して。同期の友達として、よくつるんでいる。
涙目になった立川がガバッと俺に覆いかぶさってきた。
……役得、頂戴します。
「ヤス……生まれてきてくれてありがとう……俺の同期になってくれて、ほんとサンキュ」
「大げさすぎ。お前は俺の母さんか。こんなんいくらでも手伝うから……それより、今度、高級焼肉な。」
「奢る奢る!いくらでも!……あ~……ヤス……いい匂いする……抱きついてると、何か安心するんだよなあ……」
言われて、心臓が潰れる。
そんな気もないくせに、やめてほしい。
俺の気持ちは、絶対バレちゃいけない。
立川の背中に腕を回したい衝動を抑えながら、俺は両ポケットに突っ込んでいた手の左側を上にあげ、腕時計を見ながら立川に夜の予定を尋ねた。
「立川?彼女と約束……してるんじゃなかったっけ?時間大丈夫か?」
「えっ!わ!ほんとだ!行くわ!ヤス、また!おつかれ!おやすみ!」
愛しい彼女と今夜約束があると、昨日から煩かった立川は慌てて外へ駆けていった。
時刻は20:15。今から俺の仕事を片付けなきゃならない。
これは、午前様コースだな、と覚悟を決めた。
自分の椅子にキィ、と腰掛けながら、報われない恋をしている自分に、溜息が出る。
相手は俺に友達としての情はあるけど、恋愛対象とは見ていないノンケの男。
正直言うと、この関係性は壊したくない。居心地がいいのだ。
でも、彼女の話を嬉しそうにする立川を見ているのがそろそろしんどくなってきた。
「……はぁ。……しんどい、な。早く、終わりにしたい……」
「野洲原、おつかれさま。コレ、よかったら飲んで。」
俺のデスクに、あったかいコーヒーを置いてくれた先の人を見やると、
そこには、俺を入社時から指導してくれている東雲部長がいた。
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