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8.国王陛下と側近と元聖女。
しおりを挟むその質問は、本当に突然の事だった。
「……レオニス様って、いつから魔塔主様の事、好きなんですか?」
「 ───── ぶっ!!!!」
王宮に残っていただいたアヤメ様とカイルと共に食事をしている最中に、アヤメ様がまさかの質問を私に放ったのだ。
突然の爆弾を投下され、口に含んでいた水分をカイルに向かって放ってしまったのだった。
カイルは私から放たれた水を顔で受けたのだが、咄嗟に瞼を閉じてくれたお陰で、彼の黒く長い睫毛からポタポタと水滴が滴り落ちている。
カイルは動じる事なく、滴る水分をナフキンで丁寧に拭いている。その仕草さえ美しく、世のご令嬢が彼に黄色い声を上げる気持ちが少し分かった気がした。いや、今はそうじゃない。すまない、カイル。反省している。
「陛下……はしたないですよ。私だったから良かったようなものの。ほんと。彼の方が絡むと、完璧国王も普通の男子ですね。……アヤメ様、お目汚し、申し訳ありません。」
「い、いえ。カイル様、優雅で凄い……!僕こそ、こんな質問申し訳ありません。レ、レオニス様、大丈夫、ですか?」
……正直に言うと、大丈夫ではない。
この感情を報告したのはカイルにのみだ。そのカイルは恐ろしいまでに口が堅い。
つまりは、だ。誰にもバレないように、隠しきれていると思い込んでいた私の魔塔主様に対するこの感情は……
隠しきれて、いない、という事。
「アヤメ様……急に、どうされたのですか。というか、私が、その。ま、魔塔主、様、の事を……お慕いしている、と、アヤメ様に言った記憶は……」
「伺っておりません、けど。……見てたら、分かるっていうか……レオニス様、分かりやすすぎます。」
あの短時間で……気付かれてしまったのか……?
アヤメ様の洞察力もさる事ながら、だが。
それよりも最早、私の魔塔主様に対する行動は感情を隠しきれていないのだろう。
私は……あの方を目の前にすると、愛しさが溢れて堪らなくなるのだ。
抱き締めて、優しくしたくて、泣かせたくて、ぐちゃぐちゃにしたくなる。
こんな苛烈な衝動、国王である私が持っていてはダメだと理解はしている。
しかし、出逢った瞬間に、私の全ては彼で埋め尽くされてしまった。
もし、もしも。彼の命とこの国とを天秤に掛ける状況に陥ったとしたら。
私は……迷わず、彼を選んでしまうだろう。
恋愛にこれほど溺れている人間が……一国の長を務めていいのだろうか。
今からでも、もう少し冷静な判断が出来る兄上に、王位を返上をした方がいい気さえする。
そんな私の考えを見抜いてか、どうなのかは分からないが。
カイルを見やると、眉間に皴を寄せて否定をするかのように顔をゆっくりと横に振った。
うーん。どうにもカイルには全てを見抜かれている気がする。
あの目線は『この国も、愛しい魔塔主様も、全てあなたの手中に収めなさい』と言われているようで。
本当は、この王宮で一番最強なのは……カイル・ドグラス・シルヴァード、その人なのかもしれない。
私とカイルの無言のやり取りを横で見ていたアヤメ様が、不安げに口を開いた。
「あ、安心……していいのか、分からないけど。魔塔主様は一切、気付いていないと思うので……」
「……アヤメ様から見ても、そう……感じますか。」
「あ……はい。魔塔主様、相当鈍いですよね。多分、普通に告白しても……友情の好きくらいにしか取ってもらえない気がします。魔塔主様って、恋愛した事なさそう……。」
アヤメ様のその言葉に、思わず言葉が詰まる。
彼の方が引き起こした100年前の事件は……大恋愛の末のモノ。
そして、その結果が、今の彼を造形している。
事の顛末は、我が国の史実を勉強する上で必ず出てくる。
聖女と判定を受けるであろうアヤメ様も、聖女教育が明日から始まるが、聖女教育にはこの国を知ってもらうための史実の授業も組み込まれている。
必然的に、アヤメ様は魔塔主様の過去を知る事になるだろう。
100年も昔の話の登場人物が目の前に登場し、しかも自分よりも若い姿で存在している事実に目を疑ったのも昨年の魔塔主就任式での事だ。モルドレッド様に関しては、魔塔主に就任されたのが250年前の話だから、クロウヴェル家の魔力量の多さには脱帽である。
100年前の事件で沢山の命が消失した。
彼の方はその小さなか弱い背中に抱えきれない罪と罰を背負って。
それでも、辛い顔を見せず、長い寿命の中、アステルフォード王国に貢献してくださっている。
目を閉じて、そこに浮かぶ彼の方に……愛しさが溢れる。
ここまで他人に対して、荒ぶった感情を抱いた事は過去を思い返しても、一度もない。
彼だけが……リオ様だけが、私の心を掴んで離さないのだ。
「僕たち、似てます、ね。」
黙り込んでしまった私に、アヤメ様がふと、口を開いた。
似ている、の意味合いを脳裏で探ると、アヤメ様とオウミ様が別れる際に交わしていた会話が浮かぶ。
アヤメ様も……言い出せない想いを抱えていらっしゃる、という事だろうか。
「僕は……オウミくんが、ずっと好きなんです。8歳の頃からだから……もう10年、彼に片思いをしています。」
「10年……!それは、凄いですね……。」
「僕は自分に自信がないんです。……というか、告白しなくても……確認もしていないのに、彼が僕の相手になるって……勝手に思い込んでいました。だから今迄何もしてこなかった。……でも、異世界に来て……彼に告白する勇気も、告白して想いが通じる自信も……なくなってしまった。」
アヤメ様の言葉に、沢山の疑問符が浮かぶ。
そんな私と同じ様に疑問を持ったらしいカイルが口を開いた。
「……アヤメ様、今の発言の真意をお伺いしても……?」
「あ、すみません。よく分からないですよね。僕……思い込みが激しい、イタい子だったんです。僕には、前世の記憶があって。前世はこの国の、聖女でした。その彼女が、夢で毎回この国の話を僕に語り掛けてくれました。その中で、彼女の事も ───── 」
「ちょ、ちょ……!ちょっと待ってください……!ぜ、前世……!?」
アヤメ様の突然の発言に驚きが隠せず、思わず話を止めてしまった。
前世、という事は……アヤメ様の魂が繋がっているという事。
そういえば、100年前の聖女様のお名前も……アヤメ様であった。
「アヤメ様……では、アヤメ様の前世である聖女様の特徴や、当時のこの国の事を、お教えいただいても……?」
固まってしまった私に代わり、カイルが質問を飛ばした。
「前世の記憶がある、という事は……聖女様がどんな見目であったか、国王陛下が誰であったかなど、答えられる筈です。」というカイルに「わかりました。確か……」とアヤメ様が続く。
「彼女の髪色は、僕と同じクリーム色。髪の長さは、背中くらいでした。そういえば、名前……教えてもらってないや。だから、僕は彼女の事を夢の中で『聖女ちゃん』って呼んでいました。聖女ちゃんも、僕と同じで異世界から召喚されてこの国に来た。……当時の国王陛下のお名前は確か……第74代の国王様で、ネフェル・ガレン・アステルフォード様、だった筈です。聖女ちゃんが召喚されて、謁見の間でお見受けした国王陛下のお顔は……レオニス様を渋くした感じのお顔で。」
「……アヤメ様、もう、大丈夫です。有難うございます。……カイル、間違いない。100年前、国王は74代目で、私の高祖父……ネフェルだ。高祖父の写真も記憶にあるが、アヤメ様の言う通り、私と瓜二つだ。語り継がれている聖女様の見目も、髪色も長さも、そしてアヤメ様にはお伝えしていない性別も合致している。……しかし……前世の記憶とは……そんな事が、あり得るのか……。」
カイルも王妃教育を受けていて、この国の史実は全て頭に入っているため、何も知らない筈のアヤメ様から当時の国王の詳細が語られた時は、普段の冷静で何事にも動じない彼も目を見開いて、固まっていた。
アヤメ様が、この国に召喚されたのは……つまりは必然だったという事。
聖女様が、アヤメ様を……この国へ導いていくれたのだろうか。
「信じてもらえてよかった。……だから、僕は夢で彼女から色んな話を聞いていました。その中で、彼女に好きな人がいるのも聞いていて。その特徴がオウミくんと一緒だったから……一目惚れ、だったんです。だから、オウミくんは僕と同じ気持ちだって、信じて疑わなかった。確認もしていないのに……馬鹿ですよね。今考えると、オウミくんは僕と距離を取っていた。僕に告白させないように、程よい距離感を保たれていた気がします。……魔塔主様への態度……オウミくんは、どういう経緯か分からないけど、魔塔主様に想いを寄せている。」
「……それは、私も感じていました。」
オウミ様の魔塔主様へのあの態度……確実に獲物を落とすつもりのモノだった。
今思い返しただけでも、こんな気持ちを向けてはいけないが、嫉妬でおかしくなりそうだ。
「……僕、急に怖くなって。信じて疑わなかったんです。……彼が、……っ。僕の、運命の、人だって……でも、全然、僕に対する態度と、違って……だから、聖女教育が終わって、独り立ちしたら、告白しようと、思っています。……それまでは、この気持ちを大事にしたい。……10年も、想い続けてたのを、あっさりふっきれ、なく、て…… ───── ッ?!」
瞳にいっぱい涙をためて。
それでも……泣かないようにと、必死に涙を堪えようと耐えているが、止めどなく溢れる大粒の雫は、彼の静止も虚しく、その大きな瞳からポロポロと零れ落ちている。
必死に止めようと、口唇を噛んで、痛みで堪えようとする姿が痛ましい。
瞬間、彼の身体に光が纏って、彼は座っていた椅子から消えた。空間移動をしたのだ。
移動したアヤメ様が向かった先は立ち上がった、カイルの目の前。
アヤメ様を空間移動させたのも、カイルであろう。彼を今纏っている魔力の痕跡の色が、カイルの魔力の色……少し赤みがかった色合いだったからだ。
カイルは、目の前に現れたアヤメ様を、正面から優しく……抱き締めて、いた。
私は、もしかしたら。
決定的な現場に……居合わせてしまったのかも、しれない。
「アヤメ様……今、貴方の表情は誰にも見えない。だから……今は。沢山……泣いて、ください。」
「……っ!……っふ、ぅ…………!、うぅ……!」
私は、空間移動の陣を開き、静かに食堂を後にした。
私の側近の心に住み着いた、初めての住人の心の安寧を祈りながら。
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