潮騒サンセットロード

内野蓉(旧よふ)

文字の大きさ
59 / 87
第五章

03

しおりを挟む

 順平と洋太がつき合い始めてから二回目のデートの数日後。
 洋太は、ようやく夏の日差しが弱まってきた午後遅く、普段用の黒い法衣に簡易的な袈裟、白足袋と草履という格好で自転車に乗り、K市の観光エリアからは外れた地元庶民の利用する商店街を、時折汗を拭いながら走っていた。
 寺の仕事には復帰して、お盆の最繁忙期前に檀家の一軒から法事の段取りの相談で呼び出され、その帰り道だった。もう夕方近いので、この後は特に用事も入っていないし、何か冷たいデザートでも買って帰ろうかな……と思っていたところ――。
 商店街といっても特にアーケードなどがあるわけではなく、古くからある通りの両側に肉屋や金物屋、個人経営の飲食店や小さい事務所などが並んでいる一角で、洋太が所属している駅伝チームの商店街とはまた別の地区だった。
 和菓子屋でみつまめを買うか、コンビニでアイスを買うか迷っていた時。ふと通りの向こうから視線を感じて振り返ると、両手に食品を入れるような紙製の箱を抱えた大柄な金髪の男性が、立ち止まってこっちを凝視していた。その顔に見覚えがある。
「あれ? もしかして、マクレガーさん……?」
 それは、あの海水浴場での事故の時の、洋太に当たったサーフボードの持ち主の元米兵の白人男性だった。
「うわっ、偶然ですねー! こんなところで何してるんですか?」
 知り合いを見つけた洋太が、自転車を押しながら嬉しそうな笑顔で近づいて行くと。大柄な白人男性が箱を片手で持ったまま、もう一方の手で口元を抑えながら、何やらふるふると震えている。金色の髭を生やした口から出て来たのは
「オウ……! ジャパニーズモンク……ソー、クール‼」
「えっ? クールって、オレが……?」
 大柄な白人男性が、興奮で顔を紅潮させながら、感動したように洋太を上から下まで見回している。洋太は状況がよくわからないながら、何となく褒められているような気はしたので、自分もちょっと赤くなりながら頭を掻いていた。
 と、そこへすぐ目の前にあった低層ビルの診療所の入り口から、同じくらい大柄な、介護士のような白衣姿の日本人男性が顔を出して、こちらに声を掛けて来た。
「ショーン? そこで何をしているんだ……あ、君は……洋太君?!」
「佐野さんまで? このへんにお住まいだったんですか? うわっ、全然知りませんでした……」
 事故の後、洋太の実家に連れだって謝罪に来た時、通訳をしていたのが、いま洋太を見下ろしながら眼鏡の奥で穏やかに微笑んでいる佐野さの圭一郎けいいちろうだった。
 元米兵の名前はショーン・マクレガーといい、あの時は友人だと紹介していた。
「ああ、このあたりに越して来たのは、つい最近だからね。この店舗にたまたま空きが出て――」
 そこで、マクレガーがビー玉みたいな青い目をきらきらさせながら佐野に何か話しかけ、紙箱を持ってもらうと、洋太に断ってから嬉しそうにスマホで僧服姿の写真を何枚も撮り始めた。最終的には、二人で肩を組んだところを佐野に撮ってもらう。
「……ごめんね。外国人あるあるなんだけど、彼は忍者とか、侍とか、そういうのに憧れてて……和服だと、彼らには同じように見えるんだろうね」
 佐野が苦笑しながら説明してくれた。洋太も悪い気はしなかったので、笑いながらマクレガーの分厚い大きな手と握手した。
 その後、洋太は休憩時間だったらしい佐野からお茶に呼ばれ、少しだけお邪魔することにした。新しく内装工事が終わったばかりの整体の診療所は、綺麗に掃除が行き届いていて、いかにも思慮深そうな佐野の人柄が伺えた。
 マクレガーは、近くにあるカフェの店頭に置かせてもらう自作のパンを焼いているそうで、その新作の相談のために席を外していた。
「あんな大男の趣味がパン作りなんて、ちょっと意外だろう? ああ見えて、手先が凄く器用なんだよ」
 友人が出て行ったドアを優しい眼で見やりながら、佐野が言った。
 洋太は診療所の椅子に座って、出された冷たい麦茶を飲みながら、以前この二人を見た時に感じた印象を、また新たにしていた。は、たぶん――。
 何となく気にはなるけれど、そんなプライベートなことを話す間柄でもないし……と、洋太が少し迷って俯いていると。察したらしい佐野のほうから話を向けて来た。
「……もしかして、僕らがどういう関係なのか、気になってる?」
「え? い、いや……別に……」
「たぶん、君が想像している通りだよ」
「……あ……」
 はっ、と顔を上げた洋太だったが、そのまま赤くなってまた下を向いてしまった。自分は、それを聞いて何を言うつもりだったのだろう? と考えたら、うまく言葉が出て来なかったのだ。
 戸惑ったように黙っている洋太に、佐野が穏やかに話しかけた。
「……もし僕に訊きたいことがあるなら、何でも訊いてくれて構わないよ。君には、ショーンが大変な迷惑を掛けてしまったから、僕でよければ代わりに罪滅ぼしをさせて欲しいと思っていたしね……」
「そんなに……マクレガーさんのことを……?」
 ごく自然な佐野の語り口に、洋太が少し驚いたように問い返した。それに、佐野が黒縁の眼鏡の奥で涼しげな切れ長の眼を細めて、確信を込めて深く頷いた。
「ああ。大事な”友人”だ。……いや、もっとはっきり言おうかな。彼と僕は、一緒に暮らして、交際しているんだよ」
「……」
「これは、答えなくても全然いいんだけど。……もしも間違ってなければ、……かな?」
 洋太が数呼吸おいた後で、頬を赤らめながら……こくん、と小さく頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

壁乳

リリーブルー
BL
ご来店ありがとうございます。ここは、壁越しに、触れ合える店。 最初は乳首から。指名を繰り返すと、徐々に、エリアが拡大していきます。 俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 じれじれラブコメディー。 4年ぶりに続きを書きました!更新していくのでよろしくお願いします。 (挿絵byリリーブルー)

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

処理中です...