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夢幻都市

綴るは時か、言の葉か

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 チェックポイントの軌道エレベーターにもやはり人気はない。代わりに作業ロボットが、忙しそうに往来しているのみである。外階段への入り口は、裏手にあり私は柵を軽々と超えて階段を駆け上がる。時折横風に煽られて吹き飛ばされそうになるが、その都度姿勢を低くして強風をやり過ごす。
 中腹あたりにくると小さいトランクケースが壁の端に置かれていた。この大きさなら見つかる確率は低いだろう。しかし目立つことは変わりなく、階段の踊り場にトランクケースなんて、上から見えたならかなり違和感が生まれることだろう。
 鍵を開けて中を確認すると、入っていたのは、弾薬とどこかの建物の見取り図。一見したところコレは東峰第九製薬株式会社のものだ。変装用の服ではなかったが、いいものが手に入った。
 ここで一つ疑問が浮かぶ。ここまで情報があるのならなぜ、あの紳士は自ら行動しなかったのだろうと。
 今、気にしても仕方のないことだ。私は腰のポーチから双眼鏡を取り出し製薬会社を覗き込んだ。
「よく見えるわね。ほんとに空が飛べないのがここまで辛いとは思わなかったわ」
 物資が揃わなかった以上、昼間の潜入は取りやめて、夜に侵入する策に変更せざるおえない。見取り図もあることだし、サクッと片付けておさらばしたいものだ。
 実行は今夜、早ければ早い方がいい。帰ったら一眠りして行きますか。
 夜風を裂く音を鳴らし、製薬会社の門を通過する。
「カードをご提示ください」
「忘れ物したの、ごめんなさいね。今日は暑いわね」
 ライダースーツのファスナーを胸元まで下ろすと、男性の警備員は機嫌良く通してくれた。コレはテレビで見た常套手段らしいが確かに使える手ではあるが1000年経ってもあまり変わらないらしい、だが恥ずかしさが否めない。極力避けたいやり方だ。
 普通に地下駐車場にバイクを止め、ハンドルを外し腰のラックに装着する。スーツの外装が発光しているが、この機能は未だ何の用途に必要なものなのかわからない。けれど、今はそれどころではないので、サクッと囚われの姫を拐ってしまいたいと思う。
「準備万端。さあ、行きましょうかね」
 ブーツのカツンという音がフロアに響くが、お構いなしにズンズンと進み階段を駆け下りていく。すると通気口があるので、見取り図通りならここから実験室の手前まで行けるはずだ。
 慎重に行こう。
 パコンと鉄格子のカバーを外し通気口内に潜り込む。するりと中を進んでいく内に時折り通る格子から、銃を持った警備員が立ち話する姿が見える。いや、もはや警備兵なのかもしれないが。
「社長はなにやらかすんだろうな」
「上の考えることだ。とんでもなく金のかかる何かだろうさ」
「その金を俺たちの給料にしてくれねぇかな」
「無理無理、一般職より給料いいだろって言われて終いさ」
「違いねえ」
 という風な会話が私の下から聞こえてきたのだ。給料がいいのはきっと口止め料なのだろう。そう考えると社長さんとやらが、何かやるということの裏付けにもなる。
 星連詩姫音、彼女がその渦中にいるのなら紳士のお願い抜きで、助けてあげないと。
 私は突き当たりまでやってきた。格子の下にはダンボールの箱が積まれていて、格子を蹴破っても音はあまり立たなさそうだ。私が四つん這いになるくらいには内部は広いので、体をよじって脚をなんとか格子に向け勢いよく蹴りつける。何度か蹴り続けるとガコンとネジが外れ鉄格子がダンボール箱の上に落ちた。
「ふう、やっと外れた。よっと」
 私はストンと着地し辺りを見回し、端末を取り出す。そしてあらかじめスキャンしていた見取り図を表示させ、私は詩姫音のいる実験室へと走り出した。
 足音。素早く曲がり角に隠れやり過ごす。先ほどまでなにもなかったのに、警備兵の動きも慌ただしくなってきた。まさか侵入がバレたとか。何にせよ姿を見られないように気をつけなくては。
「敵襲、そんな馬鹿な。わかったとりあえず下からも応援を回す鋼騎ごうきを出しても構わん取り押さえろ」
 ふむふむなるほど、上ではそんな騒動が・・・・・って、結構まずいことになってるんじゃないの。脱出の妨げにならなければ良いけど。
 不安を覚えつつも、詩姫音だけは連れ出したいものだが、と思いながら実験室の前に到着しどうしたものかと突っ立っている。カードキーではここの鍵は開くことは出来なかった。・・・であれば手段は限られる。
 ズガン、ズガン、ズガン。右手で抜いた銃でドアロックの画面を無理やり撃ち抜くと、ドアは自動で開き私を招き入れる。
「あらら、警報なっちゃったか」
「・・・・・だあれ」
 か細い声が部屋の隅から聞こえてくる。
「そうね。神様の忘れ物かしら」
「神様の忘れ物。・・・神様なんていないよ。だってこの世界は神様を殺してしまったんだもの」
「だから、その忘れ物が私よ。さあ、立って貴女を盗み出すのが私の仕事よ」
 少女は、不思議そうに私の目を見つめる。そして、その瞳はやがて疑念と期待とを織り混ぜた複雑なヒカリを宿す。
 グラっと部屋が揺れ動く。上の階でドンパチやっているなら、いつまでも地下にいては危険だ。強引な気もするが仕方ない。私は迷わず彼女の手錠と足枷を剣で切り離し首輪の鎖も断ち切った。
「ごめん、でも急がないと」
 詩姫音の腰に腕を回し、膝の裏から抱き上げて私は実験室を飛びした。チカっとサーチライトが私の額を捉えると、自動防御装置が作動したのか、監視カメラから弾がばら撒かれた。
「私にしがみついていて」
「うん」
 彼女が自らしがみついてくれたおかげで、自由になった右手で、防御装置を撃ち落としていく。
 防火隔壁が後ろからどんどんと締められていく。階段まであと少し、間に合って。私は目の前で閉じられようとする隔壁の隙間に、詩姫音を抱えたまま飛び込んだ。
 ・・・・・なんとか間に合ったみたいだ。
「大丈夫」
「大丈夫よ、我ながら何してんだろうって思ってね」
「ごめんなさい」
「ううん。貴女は何も悪くないわ、さあ、行きましょ」
 彼女の手を引き階段を駆け上がり、地下一階のサロンの横を通る瞬間、天井を突き抜けて先刻戦ったロボット、確か警備兵は鋼騎って呼んでいたっけ。それが私たちの行手に降ってきた。
 いったい、何事。おかげさまでこっちに警備兵が気づきもしないから、ありがたいけど、誰がこんなことを。
 鋼騎の装甲についた苛烈な斬撃の痕、カメラや武装類を見事に解体しきっている。相当な手練れなのだろうが、私たちの敵でないという確証が得られない今、こんなところであたふたしている時間はない。
「まだ走れる」
 少女は肩で息をしながら小さく頷いた。多分この子もそろそろ限界だろうから、さっさとバイクのある地下駐車場まで行きたいけど、道は塞がれてしまっている。となると一度地上に出て、それから外の地下駐車場出入口を進んで行くしかないか。
 やむなく私たちは元来た廊下を引き返し階段を駆け上がり、一階の受付のある玄関口までやってくると、剣戟の音が吹き抜けのフロアに響き渡っている。
「隠れて、静かに・・・はしててくれてるわね」
「なんの音」
「誰かが戦っているの、敵か味方かわからない。だからどっちも敵だと思っておいて」
 どこかにいい出口はないものか。照明は戦闘のせいか破壊されていて、フロアは薄暗い。時折聞こえる爆発音と光は鋼騎が破壊されているからだろう。
 私の背中を詩姫音はツンツンとつついた。
「あっち」
 詩姫音の指差す先には搬入者用の通用口があった。鍵はしまっているが、巻き込まれずに出られそうだ。
「下がって」
 私は煌刃でドアに人が一人屈んで通れる程の穴を開けた。
「さっ、行くわよ」
 裏にある搬入用の駐車場に出てくると、私のバイクが一人でにやってきた。思わず私は銃を構えていた。
「人が乗ってなくても動けるのね。アンタは」
 端末をセットし、ハンドルを装着する。そして座席に詩姫音を乗せて、私はアクセルを景気良く蒸す。
「ごめんね。ヘルメットないの、しっかり掴まっててよ」
 ハンドルを前にスライドさせブレーキを緩め、前傾姿勢になる。前輪が少し浮いたが、何事もなくバイクは前進し出した。
 製薬会社が遠くに見える頃には、会社の至る所が爆発しとても派手なことになっていた。本当に巻き込まれなくて良かったと思う。詩姫音はすやすやと穏やかな寝息を立てて眠っている。きっと疲れたのだろう。しかし、よく私についてきてくれたものだ。普通はほいほいとついていかないだろうし、全く肝の座った子だ。
 路地の突き当たりでバイクを止める。
「ほら、着いたわよ。起きなさい」
「うーん、ん」
「ボロっちいけど我慢してね。2、3日したらここから引っ越すからそれまで我慢してね」
 バレてないとはいえ、後々ここも見つかってしまうのなら、止まっている理由もないだろうと、私も予め次の潜伏先に目星をつけ、下見をしに行っていたのだ。次の場所は少なくとも電力がここよりもマシで尚且つ壁の近くなので、幾分か涼しい筈だ。
 詩姫音をおぶって二階の部屋に入り、広げっぱなしにしていた布団に寝かせてやる。とても安心しきった寝顔を見ていると、私も眠たくなってきた。あくびをして私はちゃぶ台にそのまま突っ伏して眠った。
 
 次の日、目を覚ますと身体中のあちこちが痛い。座ったまま寝ちゃったからか、とても怠い。詩姫音はまだ眠っているようだが、そっと詩姫音の服を脱がしていく。と背中や腹部、胸部そしてうなじのあたりに黒い跡がある。いや内出血か何かの跡か。何にせよ実験室から連れ出したのは、間違いではなかったみたいだ。
「ううん、お姉ちゃん」
「あっ、ごめん。起こしちゃったわね」
 私は聞きたくはないが、聞かないわけにはいかない。覚悟を決めて私は詩姫音に尋ねた。
「勝手に見ちゃってごめんね。詩姫音、あなたのこの黒い跡は何の痕なの」
「これは、白い服の人たちが、私にビリビリってして・・・・・あっああ、嗚呼ッ」
「詩姫音、詩姫音ッ。ごめんね、怖くない、もう恐くない。痛くもない」
 頭を抱えて蹲る詩姫音をそっと抱き寄せて、安心させる。
「大丈夫、大丈夫よ。もうあなたを傷つける人はどこにもいないなわ」
「ああっ、ぐすっ、うわあああ」
 怯えて震える体を抱きしめながら私は、今にも潰れてしまいそうな脆くて儚いこの小さな体を、そっと包み込んだ。
 紳士からの情報では、十三歳のはずだがとてもそうは見えないない。体も心もまだ幼いと私は感じていた。この子は本当に十三歳なのか。実験と称した虐待のせいなのか。
 今後はおいおい自分から話してくれるのを待つしかないだろう。無理に傷口を開けばどうなることやら、こいう時にテテュスやユーノがいてくれればとても助かるのだけど、言っても仕方ないか。少しは彼女たちのように振る舞うほかない。
 こいうのは専門外だけれど、放っても置けないし、むしろ紳士の言った通り、この子はこの世界でとても重要な存在なのだと、私根拠のない確信を抱いてしまう。そんな不思議な感覚に襲われている。
「また眠っちゃった。今はおやすみなさい、たくさん泣いて、怖いことは全部見えないところにしまうといいわ」
 何があったかは、大体は予想がついてしまうけれど、この予想は外れて欲しいものだ。今のこの子を作っているものが恐怖なら、捨て去ることは出来ないし、出来ることはそれを受け入れて、乗り越えられるかということなのだろな。
「君の道も険しそうだね」
 私に抱きついたまま眠ってしまった詩姫音を、優しく抱きながら私もまた微睡んでてきたので、そのまま波に乗って私も二度寝を決め込むのだった。
 
 
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