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夢幻都市

奈落の底は錆と腐敗

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 警備が多い箇所を挙げると三箇所。上から行ければ良かったけれど、今は飛べないし、翼もない。
 ここにきてから感じていた違和感は間違いなく信仰力が薄いからというのは、伝え聞いていたことだ。納得できなくても理解する他ないのはわかってはいるのだが、やはり木偶のように力が抜けた感覚は気持ちが悪い。
 もしかするとコレが人の感覚なのかもしれない。戻れたら美麗や水季に聞いてみようかな。
 元に戻れるまでこの感覚は我慢するとして、問題はどこから侵入したものか。正面と裏口そして地下駐車場の出入口は、警備が厳重で付け入る隙は無さそうだ。となると残された経路は屋上、排水口、非常口に絞られる。
 妥当な線を行けば、排水口からの侵入が最も少女のいる地下研究施設に近いわけだが、すんなり入り込めればそれはそれでいいと思う。今日は乗り込む気にはなれないけれど、排水口の入り込みやすい箇所をピックアップしておくくらいのことはしておこう。
「早く帰りたいしね」
 ぐるりとバイクで外周をひと回りしてみたが、排水口はまさかの各入り口付近にしか無い様子だ。となればと思い非常口はといえば、南京錠と電子ロックの二段構え。電子ロックは先ほど入手したカードキーでなんとかなりそうではあるが、南京錠はどうしようもないわけだ。壊すという手も視野に入れるべきか。やはり一度別のチェックポイントに行って、整理した方がいいかもしれない。会社の中を見て歩くなら昼間の方が良さそうだ。
 ならまずは、チェックポイントに向かおう。この付近には二箇所ある。うち宿代わりになりそうな建物の方へ行くことにしよう。
 そんなに遠くもないので二十分ほどで到着した。このチェックポイントは裏路地のさらに奥まった所にある街並とは対照的になんとも古めかしいアパートメントの一室であった。
「隠れ家的な場所として使えそうね。さてと、お楽しみのプレゼントタイムね」
 布団とちゃぶ台が置かれている他には携帯式のIHコンロと湯呑みときゅうすがあるのみで、他には特に何もなくポストに紙が入っている。『この部屋は好きに使ってくれこの建物の時間を留めておいた。扉が開くときにまたこの空間の時間は動き出す』そう言われても、その手の難しい話はよく分からないのだ。
 でもここだけ私のいた時間が流れてるということでいいんだよね。そう思うだけで少し気が楽になるような気がした。淡く色づき始めた空を見上げると、話にあった通りのドームの外壁が無機質にそこにある。空から差し込む明かりは、ドーム内の中心部だけを垂らし出しそれがなんとも幻想的でもあるけれど、外壁側に住む人たちは光が当たらない場所で暮らさなければならないという状況も、一目瞭然だった。
「日中は外は灼熱、中はオアシス。だけどそこには格差が明瞭にあるわけね」
 未来を変えて、過去を守る。そしてその先の未来を変える。訳が分からなくなりそうだけど、私が帰らなければこの時間を歪めてしまう。
 あーあ、ダメだ。私には難しすぎる。今日は寝よう。
 バイクなんて慣れないものを動かしたから、身体中が疲労で少し痛む。私は寝巻がないので仕方なくこのゴツいスーツを脱ぎ去り、だらしがないが下着だけで布団の中に入った。
「はあー、割とすぐ寝れそう」
 目を閉じると、瞬時に睡魔が遅い意識が遠のく。やっぱり疲れていたのか。いやまあ、そうだよね。知らないところに無理矢理連れてこられて、いきなり仕事しろだなんて神使いが荒いのよ本当に。
 寝つきは良かった。しかし私は体の気持ち悪さに目が醒める。水っぽい何かを肌に感じ慌てて飛び起きた。私の想像する最悪の事態とは違ってホッとする反面、私は全身のダルさの原因がわかると、窓を開けるとグダッと窓レールに座り込んだ。
「ふう、確かにこの暑さは異常ね。布団が寝汗でびっしょりだわ。まあこの暑さならすぐに乾くかしら」
 ダラダラと四つん這いでバイクから持って来ていたザックから水を取り出し一気に飲み干した。
「かはぁ。もうお昼過ぎてるのね。どうしよこの気だるさは暑さもあるけど、街が静かなのもいけないのよ」
 また窓の側に座り外を眺めてみるが、生活音や子供たちの遊び声すら聞こえない。どうなっているのか。暑いから室内でクーラーをつけているにしても室外機の音もしないなんてこと、ありえるのだろうか。こんな時に若がいれば、少しは機械の知識を借りることができたのに。
「・・・帰りたい」
 一人でしかも静かな状況は私の気分も暗くしていくばかりだ。頭をブンブンと沈んだ気持ちを振り払う。
 帰れる方法が明確にあるのだから、今はそれをなすだけのこと。もっと大きな気持ちでいないと疲れるだけだ。
「この世界を救って、私の世界も救う。そしたら私は帰れる。やってやるわよ、どんな困難だって乗り越えて見せるんだから」
 それにしても、この暑さはなんとかしないとね。やる気を出す以前の問題だ。クーラーと言わないまでも、せめて扇風機のような家電が欲しいところである。
 その時ドンドンと玄関の扉を叩く音が聞こえる。「はぁい、いまーす」とだけ返事をして、急いで昨日受け取った普段着を着て玄関のドアを開けた。
「窓さあいとったんで、誰かおるのかと思うて見に来たさ。んだら、お嬢ちゃんがおるとは思わねがったな。こんな暑い部屋ででいじょうぶか。おらんちにある涼風機ば貸してやるでな。待ってろ、待ってろ」
「えっ、ああ、ちょっとおじいちゃん。待って」
 見知らぬおじいさんが、いきなりやって来たかと思うと、これまたいきなり涼風機なる機械を貸してくれるという。
 なぜいきなり。ということはさておき、あのおじいさん何者。ここは時が動き出したと言っても、すごく奥まった場所にあるそのため、普通に見つけるのも苦労すると思うのだが、それをどうやって。
 その後おじいさんは、涼風機を置いていくと、玄関先で昔話を存分に楽しむとまた来たときのように、ふらりと帰って行ってしまった。しかし、おじいさんの貸し出してくれた涼風機はこの蒸し暑さをかなり和らげてくれた。その甲斐あってか、幾分か気分もよく少しは頭が働くようになっていた。
「えっと、ここがこうで、確かここに警備員がこうで、よし、こんなものね」
 私は端末のホログラフィーを使い立体的な見取り図を作っている。相変わらず食事は栄養食のプロテインバーのような味のないものが続いている。昨日見てきただけでもこれだけの配置が分かっている。しかし肝心な内部の構造が知れない以上、見にいくしかないわけだが、昼に行くか夜に行くか悩みどころだ。昼は人目が多いのでそれなりの格好していかなければならず、正体がばれてしまう可能性もある。しかし夜はその必要は無いが、警備が厳重で入れても出てくるのに苦労するかもしれない。
「うーん、一度昼に行って無理そうだったら帰ってくる・・・そうね、そうしましょう」
 そうと決まれば話は早い。さっきのおじいさんに銭湯のような施設を聞いておいたので、そこでお風呂を楽しんだら早く寝よう。
 夜の気温は生温いくらいで、深夜になるとグッと冷え込み、そしてその数時間後またすぐに暖かくなる。私はこの世界での通貨PPパーソナルフラグメントの残高を確認してバイクに跨り、エンジンを入れる。やはりヘルメットはない。歩いていく方が良かったかとも思ったが、早く行って早く休みたかったのでこれはこれでよし、と自分に言い聞かせてアクセルを蒸し前進する。
「ふいー。普通にスーパー銭湯みたいだったわね」
 違うといえば、飲み物や食べ物が私がいた世界では見たこともないものばかりで、少し興味をそそる反面、お腹に入れても良いものだろうかと思わせるものもあった。『フレッシュアペルス100%』、『ブラウンニュー』、『ザ・チャ』
 私は『ブラウンニュー』を買って蓋を開けて飲むと、これは何の変哲もないカフェオレで、少しミルクが多いような気がするが、飲んだことがあるようなないようなという感じだ。しかし忘れてはならない、そもそもこれは本当に、コーヒー豆と牛乳が使われているのかどうかということを。もしかすると私の知らない未知の食材でこの味を再現しているだけかもしれないのだ。
「ちょっと怖いわね」
 私はやっぱり水が一番安心できるか、と思い水を購入して部屋に帰ってきた。チェックポイントにも寄ろうかと思ったが明日の朝一でも間に合うだろうと今日は休息を優先することにしたのだ。
 涼風機は正常に稼働しているけれども、まあ、気休め程度なので結局のところ私は服を脱ぎ捨て、下着にブラウス一枚という格好で布団に転がった。この日の夜はすんなりと眠りに入り、気持ちよく次の日の朝を迎えることができた。
 携行食を頬張り、出かける準備を整えて、早々にアパートを出る。目的地は次のチェックポイント。何か役に立ちそうなものがあるといいのだけれど、欲を言えば潜入に向く変装道具などが欲しいが、あまり期待しないでおくとしよう。
「今日もよろしくね」
 キーを回しエンジンをかけて、バイクの燃料タンクの辺りをポンポンと叩き、バイクに挨拶をする。最近はなんだか愛着のようなものが芽生えはじめてきて、このバイクがなくてはならないもののように感じでいた。
 ブルルン、ブルルンとアクセルの調子を確かめて、私は路地裏からバイクを発進させた。
 今日はあえて少し遠い場所を目指してバイクを走らせている。目的地はドームの中心を貫く軌道エレベーター、物が物だけにかなりの規模の建物だが、一般にも開放されている区画はあるらしく、展望室は地上部、中間部、成層部、静止軌道部とあるが、その中でも地上部と中間部は一般開放されている。しかし、お目当ての物資があるのは地上部と中間部の間、おそらく外壁の外階段にある踊り場あたりにあるのだろう。面倒な位置にあるなとは思うが、行くほかあるまい。拾えるものは拾えるうちに拾っておきたい。
 ハイウェイは例の如く車は一台もいない、私は肌に何やらひりつくような感覚を覚えた。
「なにこれ、嫌な感じ」
 その時、目前で何かが爆発し火の粉とコンクリートの破片が舞った。急ブレーキをかけたせいで、バイクが横を向いて静動をかける形になってしまった。
「一体なんだっていうの、いきなり」 
 振動と共に爆煙から姿を現したのは、ロボットのような二足歩行の巨鉄の塊だった。
「ロボットなのかしら。攻撃の意図はわからないけど」
「生体スキャニング。スルー不可。敵性生体として記録、攻撃を再開します」
 敵、敵だって。冗談じゃない。どこの誰かも知らないのに攻撃されるいわれはない。だが、走行している間にもロボットは背中のボルトを激しく外したり入れ込んだりして、砲身を出し私に向けようと変形している。このままじゃ確実にやられてしまう。ロボットと私との距離はそんなにない、こんな至近距離で砲弾を喰らえば直撃でなくともダメージはかなりのものになるだろう。
「もう、仕方ないわね。えええい」
 バイクのハンドルをさらに押し込み分離させると一気に持ち上げた。今までハンドルだったそれは、武器に早変わりする。一対のサブマシンガンを手にバイクの座席から飛び立ち、ロボットの頭上を逆さに超えながら、ロボットの頭部に弾を撃ち込んだ。
 持っているマシンガンのグリップを直立させると、マシンガンの上部と下部のカバーから煌刃が発生し、双剣に様変わりする。そのまま息もつかずに、怯んだロボットの懐に飛び込み、十字に刻みロボットは激しく爆散した。
「手応えはそんなにないわね。でも騒ぎになる前に早くここから離れないと」
 急いで私はバイクにマシンガンを取り付け再び、バイクを走らせるのだった。エレベーターまではもう少しだ。しかし、なんで初めて使う武器の機能を使いこなせたのかそこだけは気になるところである。

 
 
 
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