上 下
12 / 12
抹消未来

単体突撃

しおりを挟む
 私は一週間ほどオイルと錆に塗れて作業を続けた。
 装置の概要は次の通りだ。先程の戦いで得た鋼機ごうき鋼姫こうきの外装パーツをホバーバイクと私の戦闘用スーツにそれぞれ取り付け、鋼機のブースターで海洋浮遊型ドームの防空圏を抜け、ブースターのパージ後、戦闘用スーツの腰部及び肩部スラスターにてドーム直上より内部に侵入、詩姫音を見事奪還するというのが端末さんの作戦らしい。つまり私が飛ばされるのではなく、私が飛んでいくという方法に切り替えたらしい。
 クロノスは時間をかけて先に行くさ、と言って先ほど出て行った。彼は彼で時間を操って海に浮くドームに私よりも早く到着することだろう。クロノス曰く、詩姫音を連れ戻すには相手の防備が強固で、時間操作だけではどうにもならないらしい。
 一方、ゼウスも勝手なことに後から行くと言っていた。彼女は自称だが全知全能なので問題はないだろうが、前みたいに大暴れして登場されるのはごめんだ。
 私はそんな二人に別れを告げて、一人射出装置の最終調整と、武器の手入れをしている。
 ハーキーが戻って来てくれたことは嬉しいが、これは切り札だ。鋼機相手には、ハンドルガンブレードで十分だ。さて、明日はいよいよ突入の日だ。早く寝て明日に備えなくては。
「ちょっといいか」
「ん」
 発射台付近で作業をしていると、ゼウスが声をかけて来た。緊張で不安になったとかでは決してないだろうが、何か用があることは間違いない。
「何か用かしら」
「大したことではないのだが、聞いておきたいと思ってな」
「全知全能の主神様なら聞かなくてもわかるんじゃない」
 ゼウスは一瞬、眉をピクリと動かす。
「茶化すな」
 腕を組んで、近場にある柱に彼女は身を預ける。
「それで、聞きたいことってなに。作業しながらでいいなら答えるわ」
「ああ、構わない。それでだ、お前はどうして、他人のためにそこまでしてやれる」
 私はブースターのプラグを取り付ける手を少し止めると、また指先を動かしプラグを弄り出す。
「困ってるって訳じゃないと思うけど。現状に満足してない顔をしてたのよ」
「・・・誰の話だ」
「詩姫音。・・・・・それから、私もかな」
「あの子も私も納得できていない。今の状況には特にね。何でって言われると、似てるからかもしれないわ」
 私と詩姫音。私たちは生まれも育ちも違うけど、置かれている状況は同じだった。二人ともこの世界に対して無知であり、そんな無知という檻に閉じ込められた無垢な存在。ただ流されていくだけの今を私は認められない。きっと詩姫音もそう思っていたはずだ。出ないとあのとき・・・。
「この世界のことは私は知らない。出ていけるならすぐにでも出て行くわ。ここは、私のいるべき場所じゃないもの」
「そんなにまでして、あの人間の元に帰りたいのか」
「若は関係ないわよ。その一部であることは間違いないけどね。それでもやっぱり、私はここにいることに納得できないの」
「なるほど、あくまでも私的な心情ということか。なかなかどうしで、解せんことだが、それがお前らしいというものか。人間より人間らしく、人間に求めらるままの神に相応しい」
 ゼウスは納得したように立ち去って行った。最後の言葉は私には、捨て台詞のように聞こえた。皮肉たっぷりな物言いである。
 私は全てのプラグを繋げると端末さんを呼ぶ。
「端末さん、スキャンお願いしていい」
「かしこまりました。それでは、私のカメラをブースターに向けて下さい」
 端末さんに指示された通りに、端末のカメラをブースターに向けると、画面にcompleteの文字が表示され、次には詳細データが示される。
 加速度良好。運動性能良好。安定性やや左にブレあり。前進推力目標値到達。左右推力右方向推力不足。航続距離七十六キロメートルと三百二十八メートル。評価Aマイナス。
「やってやれない事はない性能です」
「もう一声欲しいところね。まだちょっと心配かも」
 ラジオペンチを足元に放り投げれると、端末さんが着信音を立てる。
「お嬢様、ドーム頂上部に反応多数。詩姫音と東峰第九製薬の会社員たちです。それからTPNコンツェルンの代表、手本氏が居ます」
 海上浮遊型ドームのカサが開閉し、内部から伸びて来たのは、軌道エレベーターだった。その上部には数名の人影がある。この端末さんの見せてくれている映像は合成映像なのだそうだ。
「今すぐ、出ましょう。間に合わなくなる。万全でないのは口惜しいけど、出発の準備をするわ。端末さんは経路の最終確認を」
「かしこまりました」
 私は鋼姫のスラスター群を改造した装置をスーツに取り付けていく。そして鋼機のブースターと背中の連結部を結合させ、ポケットに入れた端末さんが、緊急発進のカウントダウンに入る。
「ブースター点火、臨界まで二十秒」
 背中に振動を感じつつ、発射台に熱がこもって行くのを肌で実感する。ブースターはゴゴゴと音を立てている。
 ゆっくりと滑走路を前進し出した発射台は徐々に速度を上げ、端末さんのカウントが終わるのと同時に私は旧市街地の駐屯基地から飛び出した。
 眼下には砂原が広がり遠目に海上ドームが目視できる。バイザーを付けているので目はしっかりと守られており、髪もバイザーで抑えられているで、乱れる事はない。また、端末さんとバイザーを有線で繋げてあるので、バイザーには目的地までの距離が示されている。
 加えて、操作は端末さんに一任している。確か、オートパイロットというやつだったか。こういう時だからこそ役に立つ。
 しかし、この空気抵抗は辛いものがある。体が押し潰されそうだ。常に体が上下左右に揺さぶられて、視界がグラグラと定まる事はない。
 速度はかなり出てる。スーツに取り付けた鋼姫の外装が無ければ、すでに私の四肢はバラバラになっている事だろう。間接部はしっかり固定され、ぶらつく事はないのだ。
 海面スレスレを急速進行する私の後は、スラスターに飛ばされた海水が舞っている。後ろに気を取られていた私の身体は、グイと左に持っていかれそうになる。端末さんが右に回避運動とったからである。
「警告、軌道エレベーター、シャフト部より精密射撃を確認。鋼姫の遠距離狙撃です」
「早い。端末さん回避任せていい。私は上昇運動を掛ける」
「かしこまりました」
 まだ二十キロメートルは有るだろうに、本当にあの機械は、邪魔ばっかりしてくれる忌々しいヤツだ。
 少しずつだが高度を上げて行く。勿論軌道エレベーターの頂上部も上昇しているのでまだ距離はそんなに縮まってはいない。
「サイドブースター、パージします」
 燃料の残量が少なくなったブースターは切り離して軌道エレベーターに向けて飛ばす。これで敵は私だけを狙うわけにはいかない。ドームに直撃すれば、穴くらいは開けられるだろう物が接近しているのだから。しかし端末さんが上手くやってくれるならドームには当たらない。その手前で失速し水中で爆散するからだ。
 続けて鋼機のブースターを全て切り離す。既に軌道エレベーター外部装甲に沿って垂直上昇を開始している私は身軽になった。そこから鋼姫のスラスターで一気に起動エレベーターの頂上を越して、エンジンを止め頂上部に降り立つ。
 そして、固定していた鋼姫の装甲をバラバラと切り離し自分の脚で、海に出っ張った鉄の塊を踏みつけにする。
「お姉ちゃん」
「詩姫音」
「お初にお目にかかります。わたくし、TPNコンチェルン代表、手本と申します」
「あっそう。それだけね、詩姫音は返してもらうから。じゃあね」
 私は手本の自己紹介を無視して、詩姫音の拘束具を切断しようと接近すると、壁に阻まれる。そう見えない壁にだ。
「おやおや、マナーのなってないお客様だ。しかし折角お越しいただいたのだ。詩姫音さん、あなたの歌を披露してあげなくては」
「嫌だ、私は歌わない」
 壁に阻まれて起き上がったところで、手本が何かのスイッチを入れると、詩姫音が苦しみ出す。
「詩姫音ッ」
「んん、イイですね。さあ、あなたの叫びを、エレベーターは天を裂いた今こそ」
 なんだ、こいついきなり。雰囲気が変わった。禍々しいってもんじゃない。
 詩姫音の周りに張られていたと思われる壁が光を受けてユラユラしているのが見える。
「うう、あああああああああああ」
 咄嗟に私は耳を塞いだ。
 手本は満面の笑みを浮かべ、何かに陶酔しているようだ。
「詩姫、音」
 コレは、歌などではない。悲しいほど、痛いほど胸が締め付けられる叫びだ。鼓膜が割れそう、頭が砕けそう。体から力が抜ける。・・・・・体から力が漏れている。
 感覚的では有るが私は、体の中にあった信仰力が抜けて行くのを感じ取り、渋々軌道エレベーターの端まで身を引いた。エレベーターの屋上が広くて助かった。距離が取れなければ、きっと空っぽになるまで力が漏れ出していたと思う。
 そして、階下の奈落から出てきた鋼機がぞろぞろと、エレベーターの屋上に散らばって行く。また、空中では、鋼姫がライフルを構えて私を狙っている。
「やれやれ、世話のかかるヤツだ」
 空中で私を狙っていた鋼姫が爆発音とともに海面へと消えていった。
 私の後ろに気配がしたので振り返ると、ジャージを妙に着こなすゼウスがそこにいた。
「しくじったのか」
「ここからよ」
「そうでなくてはな」
 鋼姫が発砲する。その銃弾をジュピトリアのケルベロスが防ぎ切る。
「空中はやってやろう。あとは好きにしろ」
「ええ、お願いするわ」
 先程、壁に斬撃が阻まれた時に銃剣の一丁が、お亡くなりになってしまった。
 こんなに早く切り札だと思ってたハーキーを抜くことになろうとは。こんな体たらく、オケアノスあたりが見たらため息をこぼすんだろうな。
 苦しいのか、拘束具の中で一心不乱にのたうつ詩姫音の姿は見るに堪えない。一刻も早く解放してあげなくては、体力の心配もある。
「悪いけど、一気に行くわよ」
 ハーキーの一閃で数体が吹き飛ぶ。続け様に手近にいた鋼機を切り捌いて、前に、前に進んでいくが、そこで手本自ら私の行手を阻む。
「邪魔しないで」
「長きに渡り待ち望んだ時だ、そちらこそ退場していただきたい」
 剣戟の交わりに火花が散り、鋼機らの撒き散らしたオイルに引火する。手本の後方に苦しみ声を枯らす詩姫音を見やる。
 構え直して、手本と相対する。そして、一歩踏み込み、懐に潜り込むと手本は即座に対応して、人間離れした強靭な爪を振り下ろす。どうやら彼の肥大した両腕からさらに伸びるあの鉤爪に先程、侵攻を阻まれたのだろう。
「この姿を晒すのは忍びないが、ここで倒されるわけにはいかないのですよ。特に貴女にはね」
 どこかで爆発する音が聞こえる。この建物も長くは持つまい。早く勝負を決めたいところではある。
 手本は、腕が重いのか四足歩行の姿勢を取り、反動をつけて私に飛びかかってきた。私は左に転がり避ける。
 あの突進力に吹き飛ばされたら、骨が何本あっても足りなさそうだ。手本は、爪を器用に使い制動をかけ停止する。すると手本は突然、何が嬉しいのか歓喜の声を上げた。
「やっとだ、長年の成果が今なされた。ここまで辿り着いた君にだけ教えてあげよう。鋼姫が三体、過去の君を討伐せんと今旅だった。コレでここにいる君は消滅する」
 興奮しているのか、語気がやたらと高揚しているが、残念ながら私の身にはなんの変調もなく、すかさず手本胸元をを斬りつけた。
 紫色の血飛沫が周りの火災に巻き込まれ蒸発音を上げる。
「莫迦な」
 手本は膝を地につき、傷口を押さえる。
「もう、邪魔しないで」
「くぅぅぅ、セイレーン。滅びの歌を唄え」
 手本が乱心したのかと思ったが、そうではないようだ。手本が叫ぶと詩姫音の悲痛な金切声が聞こえて私は耳を塞いだ。
 なんて声だ。コレでは悲鳴を通り越して発狂に近い咆哮だ。
「君を殺しきれんのなら、私自らが地球ガイアを再生するほかあるまい。先に行っているぞ。今生の別れだ。手土産に私の誠の名を覚えておくがいい。私の名はテュポーン。海を喰らいし大海の魔獣が末弟、怨嗟の魔獣なり」
 高らかにそして不適に笑う手本は人の形を捨て、頭が獅子、体がゴツゴツとした竜鱗、角は羊の怪物がそこにいる。そして激しく閃光を放つと、手本もといテュポーンは消えた。
「なんだったの。それより詩姫音を探さないと」
 私は最後に詩姫音の声が聞こえた方に駆け出した。


 
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...