上 下
11 / 12
抹消未来

静謐な闇

しおりを挟む
 突然の振動と轟音によって、私たちは叩き起こされた。驚きと戸惑いに染まる詩姫音を抱き起こして着替えさせる。私はその間に装備をベルトにマウントして、少し大きめのバックパックを担いで端末さんを起こす。
「端末さん、今の音は」
「おそらく、私たちを炙り出すための飽和攻撃です」
「裏口から逃げるしかないわけね。行くわよ詩姫音」
「うんっ」
 私は詩姫音の手を引き走り出す。裏口のドアを乱暴に押し開けて、階段を駆け降り長い通路を走り抜ける。後方からはガタンと家具が倒される音がする。
「詩姫音先にエレベーターに乗って」
「お姉ちゃんは」
「すぐに行くわ。ちょっとの間時間を稼ぐ。端末さん詩姫音をお願い」
「かしこまりました。敵鋼機接近中、距離20」
 私は煌刃で天井をくり抜き、後ろへ飛び退くとコンクリートの天井が砂埃を巻き上げ落ちてくる。それと同時にに大量の土が坑道に降り積もる。
「速く、お姉ちゃん」
 飛び乗ったエレベーターは扉を閉じて、上階にゆっくりと上昇を始めた。
「はあ、端末さん、アイツら私たちの居場所なんで分かったのかしら」
 端末さんの画面はLoadingを示すと、何処かの公道の映像を出す。
「コレは昨日の映像です。このタイミングで私たちの影が映り込んでいました。よってこの映像から我々の潜伏場所を突き止めたのかと思われます」
 私は肩を落とし、溜まった息を一気に吐き出した。敵がそこまでのテクノロジーを持っていたなんて、思いもしなかった。それはなんというか、仕方ないの一言に尽きる。
 おかげで今回の潜伏地とはコレでお別れだ。エレベーターから降りると、そこは電波塔のタワーの中腹の足場に出る。
 電光石火の如くこのドームを突っ切り、ホバーバイクを回収して脱出と行きたいところだがそう簡単にはいかないだろう。
「端末さんとバイクはリンクしてるのよね」
「はい」
「なら、遠隔操縦とかできないの」
「半径5キロ圏内ならば可能ですが、現在は不可能です。衛星回線をハッキングすれば可能ですがそのためのサーバーがありません。ですのでお嬢様が突破される方が一番安全かと」
 となると私が単独でバイクを回収して、詩姫音を迎えに来るのが一番速くて安全というわけか。
「詩姫音、なるべく上に行くの。いい」
「うん」
 私は詩姫音の頭に手を乗せると、詩姫音は不安そうな表情をするが黙って、私が地上に降りて行くのを見送っていた。
 地上に降りると、早速、鋼機に歓迎されるが、その間をするりするりと抜け、脚部を優先的に切断して行く。
 街中の為か近接格闘仕様の鋼機が多く、弾幕は薄いためむしろ楽に突破できる。しかし数だけは一丁前に揃えられているので、面倒なことに変わりはなかった。
 通りすがりに切り抜け、もう一機を即座に接近し一回転してタイミングをずらして斬りつける。後方からは来る機体に対しては、相手の後方に回転跳びをして背中から串刺しにする。
 ひと段落すると、また走り出す。やっとの思いでバイクを無断駐車していた場所に戻ってくると、私はバイクカバーを取り去りエンジンをかけて、急発進させた。
 ホバーバイクのいいところはある程度の高度まで登ることができることだ。詩姫音は中腹から少し上の足場を登り進めていた。
「詩姫音、お待たせ」
 足場をバイクで無理やり登って行くと詩姫音を見つけてそのまま後ろに乗せると、電波塔の外側に飛び出した。電波塔の外壁部に沿うように下降して行き、地面に届くより少し手前を余裕を持たせて、地面と並行に走行させる。
「突っ切るから、しっかり捕まってるのよ」
 ドームと外をつなぐ隔壁部の開閉器をハンドル部の機銃で撃ち壊し、隔壁を開放する。そして、外の砂漠に飛び出した私たちは、思いもよらない光景に言葉を失う。
 眼下に広がる砂丘には、鋼機がビッシリと隊列を組んで待ち受けていた。加えて、最前列には鋼姫が二十から三十機ほど、荘厳に佇んでいる。
「誘い出されたってことね」
 バイクを止めて、私たちは敵と真正面から対峙する形で睨み合う。すると敵の方から警告が発せられる。
「武器を棄てて投降しろ。お前は完全に包囲されている」
 敵側の一人がそういうと、後方のドームから追撃に出てきた鋼機が追いつき、私たちの逃げ場は無くなった。
「まずは、人質を解放しろ」
 このパターンはまずい。前に若の事務所で見た映画では、人質を解放した後は殱滅させられるのが定番だ。主人公だったら命からがら生き延びるが、悪党だった場合は悲惨な結末を迎えている。映画の話を置いておいても、コレは本当に危ない。でも詩姫音を死なせるよりは、私が主人公のように生き延びるのに賭ける方がマシか。
「わかったわ。詩姫音、行って」
「・・・・・でも」
「大丈夫、私。強いのよ」
「お姉ちゃん、私、嫌だよ」
 詩姫音は、涙を溜めて私に歩み寄ってくる。けれど私は語気強めて静止する。
「行きなさい」
「・・・・・」
「必ず迎えに行くわ。約束するから行きなさい」
 詩姫音は、防塵マントをなびかせて敵側の将兵元へ駆け寄って行く。
 私は煌刃構えて、敵の鋼機を睨み付ける。案の定、鋼機は水を得た魚のように、砲撃を始め私は近場にいた鋼機を三枚下ろしにする。
「動かないと、やられるわよ」
 敵の砲撃の照準も甘く容易に回避できる。そのため、鋼機さして役に立っているようには見えない。また、密集陣形だったために、私が適当に両手に握る煌刃を振るうだけで、鋼機のどこかしかの部品が宙を舞っていた。
「ふう、そこで見てるだけなのアンタたちは」
 私の視線は鋼姫を捉えている。前回は一対一だったが、楽ではなかった敵だ。あの天使のような人型の兵器が束になると、流石に今の私じゃ何分持たせられるか分かったものではない。
「一人ずつ掛かっては・・・来てくれないわよね」
 目前にいた二十機が私に向かって急接近して来る。立て続けに後方の十機が、鋼機とは比べ物にならないほど精度のいい射撃を繰り出す。この詰められ方には、覚えがあった。
こちらに来る前に戦ったあの三姫と同じ戦い方だ。執拗に標的を狙い各個撃破を目標にしていた。しかし今回は私一人なので、奴等からしても楽な仕事だろう。
 剣戟が速い上に数も多い、私はなんとか一体の腕を切り落とし、腕の持ち主の腹部に蹴りを入れて、後ろに控えていた鋼姫を巻き添えにする。そして休む暇なく、反対側から来る敵の剣を弾き、後ろへ退き息を整えた。
「ぐう、ふうぅ。イッ」
 息を吐いて初めて私は、脇腹と右肩に滲む鮮血に気づくと、余計に痛みが増してしまった気がする。
 そして顔を上げた時、頭上から鋼姫の剣が目前に迫ったそのとき、私を叩き斬ろうとしていた鋼姫はバラバラに分解し崩れ去る。
「やれやれ、手を出すつもりはなかったのだがな。こうなっては致し方ない」
 私の前に立つ人影は見覚えのあるものだった。
「なんで、ここに」
「おいおい、お前がそれを問うのか。私は全知全能なのだぞ、時間なぞ大した問題ではないだろう。それにお前がいるところになぜ私がいないと言える」
 彼女はかつての私、そして今は私と彼女は個として存在する。彼女はゼウス。全知全能を謳うまごうことなき神である。その手には私が託したジュピトリアが握られている。煌々と輝く刃が懐かしさを抱かせる。
「まだ、折れていないのだろう。ならば」
「ええ、戦い抜くわ。詩姫音を取り戻さないとだから。私は、立ち上がる」
「フッ、それでこそだ。そら、お前の剣だ今度は無くすなよ」
 ゼウスは一本の剣をひょいと私に投げよこす。コレは、間違いない鞘から抜くと、よくわかる。この剣はハーキージィアンだ。どうしてとも思ったが、ジュピトリアを持っている彼女が持っていてもおかしくはないのだろう。
「そいつは私では抜けぬ。お前が持って初めて意味を持つ剣だ」
「また、一緒に戦ってくれる。ハーキー」
 燻んでいた宝石が、一瞬キラッと光ると、私の呼びかけに応えるかのように私の中に力が流れ込んでくる。
 私は鞘から刀身を引き出し、ハーキーを構えた。鋼姫は狼狽る様子もなく次々と向かってくるが、私は一歩踏み込んで、鋼姫を左肩から右脇腹にかけて袈裟斬りにする。二代目は、鋼姫の膝下より低い姿勢から、打ち上げるように切り上げる。三体目、四体目は煌刃を投げ動きを止めた隙をつき、三体目の首と四体目の両腕をひと息に切断する。
 その背後では、ゼウスが十体ほどの鋼姫の残骸の山を築いていた。
「手が止まっているぞ」
「わかってるわよ」
 残りの近接装備の鋼姫を軽く捌き切ると、後方に控える砲撃仕様の鋼姫を叩いて戦闘は終了した。
「腕は悪くないが、落ちてはいるようだな」
「仕方ないでしょ、一時とはいえ力を失っていたのだから、今までただの人間だったのよ」
「まあ、いい。あの娘を取り返すのだろう。クロノスは別行動をしている。まずは、クロノスと合流するぞ」
「アンタたち仲いいわね」
 そう言うと、ゼウスはヘソを曲げてしまった。しかし、ガイアとの戦い以降この二人は行動を共にしているようで、仲が悪いとは思えない。むしろ、仲がいいのだと思っている。ゼウスの反応は照れ隠しだと言うことにしておこう。
「誰が照れるか」
「心読まないでよね」
「私を誰だと思ってる私は・・・」
「はいはい、全知全能なんでしょ。私はどうせ無知無能ですよ~」
「分かれば良いのだ」
 ホバーバイクを起こし、私と私と同じ顔をしたゼウスがバイクに乗ると、もともとの目的地だった旧市街地へバイクを走らせる。
 旧市街地へはバイクに揺られること六時間ほどで到着した。太陽は傾き星々が煌き出していた。
 軍事基地跡に入ると管制塔に入り、一番偉い人が座るであろう椅子にクロノスが腰掛けていた。相変わらず子供の姿のままである。
「よくもまあ、しぶとく生き残ったみたいだな、今回ばかりはお前も、とばっちりを受けたようなものだが、許してやってくれ」
「父さん、この状況を仕込んだのが誰か知ってるの」
「ああ、知っている。と言うよりかは検討はついていると言う方が正しいが、事態が治れば自動的に解ることだ。それより今は、あの娘だ。あの娘はお前たちが思っているより、よほど危険な存在だ。肝に銘じておけよ馬鹿娘ども」
「馬鹿はコイツだけだ」
「一言余計よ」
 クロノスは、くるくると椅子を回して、液晶パネルの電源を入れる。放棄された街なのに電源も、電波も生きてるなんてと私は思う。
 そこに映し出されたニュースを見て私は愕然とした。
「先日、何者かによって七十代男性が死亡しているのが発見されました。犯人は少女を人質に現在も逃走中です。引き続き市民の皆様は警戒して下さい。続いての・・・・・」
 何これ、あのお爺さんを私は知ってる。確か、最初のドームでお隣だったお爺さん。何で、あのお爺さんが。死んだ、どうして。
「これが奴らのやり方だ。大方、あの人間は詩姫音とやらの姿を見てしまったのだろう」
「私のせいだ」
「いや、お前のせいではないし、ましてやあの人間のせいでもない。今回の計画を立てたアイツの甘さが招いた犠牲だ」
「確かにな。だが、まさかヒルデが一度あの部屋に戻ってくるとは思っていなかったなど、アイツに限ってある訳もないと思うのだがな」
 私の知らないところで、時折出てくるとは誰のことなのだろうか。クロノスはいづれわかると言うが、はっきりしないことに私は少し苛立ちを感じるも、ふうぅっと気持ちを無理やり落ち着かせて端末さんを呼び出す。
「ご用件のほどを」
「詩姫音が今どこにいるかわかるかしら」
「敵部隊は地上揚陸艇にて海上のドームへと向かった模様。あと数時間で到着予定です」
「そう、わかったわ。こっちの施設の使用状況は」
「四十%が現役稼動中。大半の機能は修復しなければ使用できません」
「修理にはどれくらいかかりそう」
「三人で分担すると、徹夜込みで二週間前後かと」
「俺を数に入れるな」
「私も機械というものはあまり好かん」
 クロノスとゼウスは端末さんに抗議する。まったく役に立たない二人だ。何のためにここにいるんだか。
「お嬢様お一人となると、一ヶ月近く時間を要します。ですが、他の施設の復旧を見送り、カタパルト装置のみでしたら、お嬢様お一人で一週間と三日ほどで修復可能です」
 時間に余裕のない今は、端末さんのこの言葉を信じるしかない。
「ちょっと出てくるわ」
 私は端末をポケットに突っ込み、管制塔の外へ出た。涙をぐっと堪えて、改めて詩姫音を救い出すことを誓う。けれど、明日からのことを思うと、肩がうなだれたような気がした。
しおりを挟む

処理中です...