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オリュンポスの神々
継承母性神ユーノ
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農園の真ん中辺り、トウモロコシが春風に吹かれて右に左に、ビニールハウスである程度育てて気温を調整しあとは収穫だけだったらしく、ビニールハウスは撤収されている。収穫作業は、機械で一気に終わらせる予定だったと言うが、どうやら招かれざる客がことごとくトウモロコシを刈りつくしている。
トウモロコシの肉厚で黄色の果肉が辺り一帯に散乱している状況は、言わずもがな一度目にすれば十分よく分かった。
ケレスの目に静かな怒りが見て取れる。
「社長・・・社長、大丈夫ですか」
「何がだ」
「ひぃぃっ!」
ソルさんは、強張った表情のまま私にこっそりと話しかけてきた。
「社長がここまで起こっているのは久しぶりなんだ。前はバッタの大群が畑の作物をダメにしてね、その時なんか社長、火炎放射器を持って焼き尽くすとか言ってさあ、なだめるのには苦労したよ」
ソルさんの言葉通りあれやこれや色々とアウトな罵声、怒声をケレスはあの天使に浴びせている。
「ケレス、落ち着いてここは私が行くわ。お願い。あの子に確かめたいことがあるの」
「ああ、ってすまない。何、あんたの知り合いなの」
「知り合いじゃないけど、さっき話した天使があの子なのよ」
「あの狂気増しマシのあいつが天使。私には人間のように思ったけどね。まぁあれだけの武器を扱えてるから、ただの人間じゃないとは思ったけど」
熱くなっていたようで、割と冷静な分析をしていたあたり、この人は抜け目ないと思う。「まあ、そこまで言うなら。一発ぶちかましてこい」と言って送り出してくれた。
さあ、どうしたものか。実際ノープランである。とてもじゃないが話が通じる相手ではない。気がひけるが、彼女の言葉の断片から推測を立てて、彼女の正体を探るほかない。
「殺す、殺す、あの女、絶対にぃぃぃぃ」
あの女。それが誰を指すのか。それから聞くのも悪くない。
「昨日の夕べ以来かしら。ご機嫌は良くないみたいね」
「また、お前か。お前を殺せば、あの女も殺せる」
「あの女って誰かしらッ」
彼女の三叉槍の斬撃を躱す。地面のトウモロコシの粒が衝撃とともに弾けた。
「あの女は、私を殺したそれで・・・」
「それで?」
「私を天使にしたのよッ!」
彼女は三叉槍を自らの腹部に突き立てようとした。私は驚いて、身動きが取れなかったが、彼女の腹部を槍が貫通することはなかった。
「私ではここまでが限界なのよ。自分で死ぬ自由がない。私はあいつのお人形」
彼女は薄ら笑いを浮かべている。けれどもその頬を、雫がポロポロと伝っては落ちて行く。
「あなた・・・」
「だから、あなたを殺して自由になる。トリアイナの餌食になって散華して。私の為にッ」
「くっ」
鋭い速さの攻撃は、点を突く正確さと線を描く強靭さが合わさった強烈なものである。
こうなっては、闘うほかない。剣を取りトリアイナの一撃を払って行く。鉄同士が削り合う音が激しくなり、次第に両者とも息づかいが、荒くなる頃私は再び対話を試みる。
「私を殺しても、あなたは自由になれないと思うのだけれど」
「たとえそうだとしてももうどうでもいい。今ここでこうしてあなたが、私の邪魔をしていること自体あなたを殺す理由になるの。それでいいの!」
理屈付けももうめちゃくちゃである。彼女を信じるならば、話の中に何度か登場した女が手がかりなのは目に見えてわかることだが、一向に攻めの手を緩めることなく、槍の先が私の体を穿とうとする。
現状、私は苦戦していた。以前のように全力を振るえたのなら、勝機はいくらでもあるのだが、今ではそれもない。
久しく感じていなかった喪失観念のようなものが、脳裏をめぐる。するといつ以来か、左手のあざが疼き始めた。
「痛っ、こんな時になんなの」
彼女も突然のことで動きを止めた。いや、驚いていると言うよりは恐れているかのように後退る。そうじゃない。ようにではなく彼女は確かに恐れている。
「あなたコレが怖いの?」
「み、見せるな。怖くなんかない。体が・・・勝手に・・・」
私は確かな力を感じた。私の中で何かが沸騰しているのが分かる。彼女が恐れるのはおそらくこの衝動である。
「やめろ。やめるな。・・・やめて、やめないで」
彼女の言動がおかしくなる。頭を掻き回して、膝をついたかと思うとそのまま地をのたうちまわり出した。
「ああ、頭、アタマが痛い。うるさい。消えろ、消えろ、消えろッ」
「あなた・・・」
私は驚きを隠せずにその場で立ち尽くすばかりである。
「ぐぅあ、いやあああ」
咆哮の最中、彼女は肩で息をする。しかしそれでも槍を握りなおして、再び立ち上がろうとする。
「おかしい、あなたおかしいわ。なぜまだ戦おうとするの。そもそも私たちに戦う理由があるの?」
私は思わずそう口から発してしまう。あんなに苦しんでいるのに、武器を取って戦おうとする彼女の姿は異様にさへ見える。どう見ても彼女の顔は戦いを望んでいない。だが、操られていると言うふうでもない。もっと原初の闘争本能が彼女を突き動かしている。
私はより一層体に力を入れる。
「そんな顔しながら戦わないで」
「ご・・・めん・・・ね、でも、体が・・・戦い、を求めて・・・いるの。伝え、たい・・・ことが、あったけど、これじゃあ、ムリね」
これが、彼女の本当の心。伝えたいことがあるから、ここにきたけれど体が戦いという闘争を求めてしまう。
だが、だからこそ私が、私だけでも彼女の声を聞いてあげなくてはならない。
「聖剣よ、我が手中に収まれ。救いの戦の幕を開け、光で彼女をいざ包まん」
聖剣は眩く煌めく。それに呼応して左手の痣も輝きを増す。
いつもの感覚が戻ってきたようだ。ここからは、冗談ナシの真剣勝負。状況は未だフリだが、彼女を救ってみせる。
「おしゃべりは終わり」
「そうね。私もここからは本気よ」
私は剣の間合いまでいっきに駆け出す。彼女は一回転して、遠心力でトリアイナの破壊力を増した攻撃をする。
だが、長物はその大きさ故、攻撃にタイムラグが生じる。私はその一瞬を狙い剣を振るう。器用にも彼女は振り上げたトリアイナを瞬時に防御の姿勢へと変え、私の斬撃を凌いでいる。そのため、先ほどまでの勢いが彼女からなくなる。
私は手を緩めずに彼女の無力化に徹する。
「私が押されている。どうして」
彼女は驚きを露わにして、トリアイナの切っ先を私に向けた。
「私はあなたを知りたい。あなたを救いたいの」
「世迷言を。あんたに何が分かるの?私のあたしの何がッ・・・分かるって言うのよ」
その言葉はとても弱く脆い。彼女は伝えたがっている。そのことは、彼女の目が瞳の奥底にある小さな本当の彼女と思われる輝きが、誰かに自分のことを伝えたいと言っている。
私がそう思った時、彼女の背後にスッと美しい女性が現れた。
「お眠りなさい。もう疲れたでしょうあなたは十分頑張った。だから今はゆっくりとお眠りなさい」
その言葉が終わる頃には、彼女の体から力が抜け落ち現れた女性の腕に抱かれて深い眠りに落ちた。
「あなたもご苦労様。あなたがゼウス、いえユピテルかしら?」
「ユピテル?それも私の名前なの?」
「そうね。誠の名というところかしらね。そういえば自己紹介がまだだったわね。私はユーノ。レアより受け継ぎし母性の神。人間たちはヘラと呼ぶ存在。ここは姉さんの農場ね」
「そうよ」
後ろからケレスの声が聞こえた。振り返るとケレスが私の側に立っている。
「来るなら初めから来なさいっての。おかげでもうメチャクチャよ」
「お元気そうで何よりだわ」
「話そらすな」
フフッとユーノはいたずらっぽく笑うと、私の側に近づいて私の頭に手を置いた。
頭一つ分くらい背丈の違う私たちは、姉妹というよりきっと親子に見えることだろう。
「あら、近くで見ると可愛らしいお顔をしているのね」
「あ、あの・・・」
言葉に詰まっている私を見て、彼女はまたクスッと笑う。
「ごめんなさい。男の子だと聞いていたけれど、本当の女の子だったなんて。てっきりそういう趣味なのかと深読みしてしまいそうでした」
先ほどの「可愛らしい」は、男の子の割にはという意味を含んでいたようだ。もちろんのこと私は頭の先から爪の先まで女である。
「ユーノは、どうしてここに?」
「そうね、あえて言うなら迷える魂があったからかしら」
どういう意味だろう。
「2代目の母性神だと先ほど言ったのは覚えているかしら」
そういえば、ユーノがやって来てすぐ頃、そんなことも言っていた。
私はあまり母さんのレアのことを知らない。だから能力と聞いてもあまりピンとくるものはないのだ。
「それもそうか」
ユーノは一人納得して、話し始めた。
「貴方が男の子だったなら私の出番はほとんどなかったわ。けれど貴女は女の子これも何かの縁なのかしらね。私たち神々は等しく人間を愛さなければならない。姉さん、ケレスだってそう。この農場の人を均等に愛し、育てた作物を買う人も平等に愛する。そして最も純粋で原初の愛は『母性』なのよ」
ユーノはそう言うと、私の頭を撫でて言葉を続けた。
「少し興味が湧いたわ。私もここに止まって貴女の行く末を見守らさせてもらうとにしましょう」
「愛が必要なのはわかった。それで彼女はどうするの」
ユーノは言葉を詰まらせる。「そうね・・・」彼女は何者なのか私たちの誰にもそれを知るものはいない。
「彼女は生者ではない。とだけしか今は言えないわね」
「じゃあ、天使じゃないということ」
「そうなるわね」
彼女が天使ではない別の存在。しかし確かに天使と同じ力を感じる。天使でないとするのならいったい何だというのだろう。
「その答えは、彼女を調べてからの話よ。貴女は焦らずあなた自身の力を取り戻しなさい」
「そうだぞー。あんたは自分のことだけ考えるんだ。今は耐えるときだ」
後ろからケレスが話しかけてきた。表情こそ暗いものであるが、その言葉は、応援とありがたく受け取ることにしよう。
「私も話すことは大方話したし、何よりこの状況じゃ、悪いんだけどあんたに構ってられないのよね」
そう言われて、畑に目をやる。トウモロコシ畑は見る影もなく焼け野のようになり、とても収穫と喜ぶ事は出来ない。
「それと私から一つだけ。ウェスタ姉さんから伝言を預かってるの。『最後はプルト。彼に会いたくば一度死になさい。そして死んだのなら剣を手放すこと勿れ』と言っていたわ」
「あー。なるほどな確かにその通りって感じだな。姉さんがあの口調で話さない時はマジでヤバイ時、つまり命がかかっている時くらいだから」
「ケレス姉さんはちょっと黙ってて」
ケレスが怒られてるのはまあいいとして、命に関わること。家族なのにどうして?
「プルトのいる場所のせいね。彼は冥界の覇者。彼でないと冥界で生きていけないとまで言われているわ。神であろうと人であろうと。足を踏み入れたが最後、呪いによって絶望のうちに命尽きるという恐ろしい世界なのよ」
「それでも行かなきゃいけないんでしょ」
ユーノは黙って頷いた。ケレスはというと、オーバーオールのお腹ポケットから何か取り出した。さながらその姿は何だか青いロボットを想わせる。
「もし冥界で倒れそうになったら、これを食べな。一度だけ呪いを完全に振り払うことができるから。ありがたく受け取りなさい」
「ありがとう」
「姉さんそんなもの隠し持ってたのなら前回、冥界に降りた時に譲ってくれても良かったじゃない」
この二人は冥界に行ったことがあるようだ。
「いいだろう別に。あんたは愛さへあれば、無敵の超越神なんだから。農作業しか出来ない私とはスペックが違いすぎなんだって」
「それでも妹をいたわる家族愛というものがある・・・」
「あー、あー、家族だから信頼してるよ。ユーノは頼りになるなー」
「もう」
何だろ。姉妹喧嘩だろうか。私は呆然とその光景を眺めていた。どうやら会話から取り残されてしまったのかもしれない。「ごめんなさい。いつものことよ」と苦笑気味にユーノは言う。
これがいつものことだとすれば、賑やかで楽しいのかな。などと少しネプトゥヌスやウェスタそれからこの二人の姉が一緒に暮らしてる姿を想像してみた。
うん。きっと楽しいに違いないだろうな。
「ホントにありがとう。お姉ちゃん」
「「はっ!!」」
「べべ、別にそれほどでもないけど」
「はああ。実は弟じゃなくて妹が欲しかったのよ。きゃあ母さんありがとうございます。このユーノこの妹を溺愛する所存でございます」
あれま。二人の姉の変なスイッチを入れてしまったようだ。
トウモロコシの肉厚で黄色の果肉が辺り一帯に散乱している状況は、言わずもがな一度目にすれば十分よく分かった。
ケレスの目に静かな怒りが見て取れる。
「社長・・・社長、大丈夫ですか」
「何がだ」
「ひぃぃっ!」
ソルさんは、強張った表情のまま私にこっそりと話しかけてきた。
「社長がここまで起こっているのは久しぶりなんだ。前はバッタの大群が畑の作物をダメにしてね、その時なんか社長、火炎放射器を持って焼き尽くすとか言ってさあ、なだめるのには苦労したよ」
ソルさんの言葉通りあれやこれや色々とアウトな罵声、怒声をケレスはあの天使に浴びせている。
「ケレス、落ち着いてここは私が行くわ。お願い。あの子に確かめたいことがあるの」
「ああ、ってすまない。何、あんたの知り合いなの」
「知り合いじゃないけど、さっき話した天使があの子なのよ」
「あの狂気増しマシのあいつが天使。私には人間のように思ったけどね。まぁあれだけの武器を扱えてるから、ただの人間じゃないとは思ったけど」
熱くなっていたようで、割と冷静な分析をしていたあたり、この人は抜け目ないと思う。「まあ、そこまで言うなら。一発ぶちかましてこい」と言って送り出してくれた。
さあ、どうしたものか。実際ノープランである。とてもじゃないが話が通じる相手ではない。気がひけるが、彼女の言葉の断片から推測を立てて、彼女の正体を探るほかない。
「殺す、殺す、あの女、絶対にぃぃぃぃ」
あの女。それが誰を指すのか。それから聞くのも悪くない。
「昨日の夕べ以来かしら。ご機嫌は良くないみたいね」
「また、お前か。お前を殺せば、あの女も殺せる」
「あの女って誰かしらッ」
彼女の三叉槍の斬撃を躱す。地面のトウモロコシの粒が衝撃とともに弾けた。
「あの女は、私を殺したそれで・・・」
「それで?」
「私を天使にしたのよッ!」
彼女は三叉槍を自らの腹部に突き立てようとした。私は驚いて、身動きが取れなかったが、彼女の腹部を槍が貫通することはなかった。
「私ではここまでが限界なのよ。自分で死ぬ自由がない。私はあいつのお人形」
彼女は薄ら笑いを浮かべている。けれどもその頬を、雫がポロポロと伝っては落ちて行く。
「あなた・・・」
「だから、あなたを殺して自由になる。トリアイナの餌食になって散華して。私の為にッ」
「くっ」
鋭い速さの攻撃は、点を突く正確さと線を描く強靭さが合わさった強烈なものである。
こうなっては、闘うほかない。剣を取りトリアイナの一撃を払って行く。鉄同士が削り合う音が激しくなり、次第に両者とも息づかいが、荒くなる頃私は再び対話を試みる。
「私を殺しても、あなたは自由になれないと思うのだけれど」
「たとえそうだとしてももうどうでもいい。今ここでこうしてあなたが、私の邪魔をしていること自体あなたを殺す理由になるの。それでいいの!」
理屈付けももうめちゃくちゃである。彼女を信じるならば、話の中に何度か登場した女が手がかりなのは目に見えてわかることだが、一向に攻めの手を緩めることなく、槍の先が私の体を穿とうとする。
現状、私は苦戦していた。以前のように全力を振るえたのなら、勝機はいくらでもあるのだが、今ではそれもない。
久しく感じていなかった喪失観念のようなものが、脳裏をめぐる。するといつ以来か、左手のあざが疼き始めた。
「痛っ、こんな時になんなの」
彼女も突然のことで動きを止めた。いや、驚いていると言うよりは恐れているかのように後退る。そうじゃない。ようにではなく彼女は確かに恐れている。
「あなたコレが怖いの?」
「み、見せるな。怖くなんかない。体が・・・勝手に・・・」
私は確かな力を感じた。私の中で何かが沸騰しているのが分かる。彼女が恐れるのはおそらくこの衝動である。
「やめろ。やめるな。・・・やめて、やめないで」
彼女の言動がおかしくなる。頭を掻き回して、膝をついたかと思うとそのまま地をのたうちまわり出した。
「ああ、頭、アタマが痛い。うるさい。消えろ、消えろ、消えろッ」
「あなた・・・」
私は驚きを隠せずにその場で立ち尽くすばかりである。
「ぐぅあ、いやあああ」
咆哮の最中、彼女は肩で息をする。しかしそれでも槍を握りなおして、再び立ち上がろうとする。
「おかしい、あなたおかしいわ。なぜまだ戦おうとするの。そもそも私たちに戦う理由があるの?」
私は思わずそう口から発してしまう。あんなに苦しんでいるのに、武器を取って戦おうとする彼女の姿は異様にさへ見える。どう見ても彼女の顔は戦いを望んでいない。だが、操られていると言うふうでもない。もっと原初の闘争本能が彼女を突き動かしている。
私はより一層体に力を入れる。
「そんな顔しながら戦わないで」
「ご・・・めん・・・ね、でも、体が・・・戦い、を求めて・・・いるの。伝え、たい・・・ことが、あったけど、これじゃあ、ムリね」
これが、彼女の本当の心。伝えたいことがあるから、ここにきたけれど体が戦いという闘争を求めてしまう。
だが、だからこそ私が、私だけでも彼女の声を聞いてあげなくてはならない。
「聖剣よ、我が手中に収まれ。救いの戦の幕を開け、光で彼女をいざ包まん」
聖剣は眩く煌めく。それに呼応して左手の痣も輝きを増す。
いつもの感覚が戻ってきたようだ。ここからは、冗談ナシの真剣勝負。状況は未だフリだが、彼女を救ってみせる。
「おしゃべりは終わり」
「そうね。私もここからは本気よ」
私は剣の間合いまでいっきに駆け出す。彼女は一回転して、遠心力でトリアイナの破壊力を増した攻撃をする。
だが、長物はその大きさ故、攻撃にタイムラグが生じる。私はその一瞬を狙い剣を振るう。器用にも彼女は振り上げたトリアイナを瞬時に防御の姿勢へと変え、私の斬撃を凌いでいる。そのため、先ほどまでの勢いが彼女からなくなる。
私は手を緩めずに彼女の無力化に徹する。
「私が押されている。どうして」
彼女は驚きを露わにして、トリアイナの切っ先を私に向けた。
「私はあなたを知りたい。あなたを救いたいの」
「世迷言を。あんたに何が分かるの?私のあたしの何がッ・・・分かるって言うのよ」
その言葉はとても弱く脆い。彼女は伝えたがっている。そのことは、彼女の目が瞳の奥底にある小さな本当の彼女と思われる輝きが、誰かに自分のことを伝えたいと言っている。
私がそう思った時、彼女の背後にスッと美しい女性が現れた。
「お眠りなさい。もう疲れたでしょうあなたは十分頑張った。だから今はゆっくりとお眠りなさい」
その言葉が終わる頃には、彼女の体から力が抜け落ち現れた女性の腕に抱かれて深い眠りに落ちた。
「あなたもご苦労様。あなたがゼウス、いえユピテルかしら?」
「ユピテル?それも私の名前なの?」
「そうね。誠の名というところかしらね。そういえば自己紹介がまだだったわね。私はユーノ。レアより受け継ぎし母性の神。人間たちはヘラと呼ぶ存在。ここは姉さんの農場ね」
「そうよ」
後ろからケレスの声が聞こえた。振り返るとケレスが私の側に立っている。
「来るなら初めから来なさいっての。おかげでもうメチャクチャよ」
「お元気そうで何よりだわ」
「話そらすな」
フフッとユーノはいたずらっぽく笑うと、私の側に近づいて私の頭に手を置いた。
頭一つ分くらい背丈の違う私たちは、姉妹というよりきっと親子に見えることだろう。
「あら、近くで見ると可愛らしいお顔をしているのね」
「あ、あの・・・」
言葉に詰まっている私を見て、彼女はまたクスッと笑う。
「ごめんなさい。男の子だと聞いていたけれど、本当の女の子だったなんて。てっきりそういう趣味なのかと深読みしてしまいそうでした」
先ほどの「可愛らしい」は、男の子の割にはという意味を含んでいたようだ。もちろんのこと私は頭の先から爪の先まで女である。
「ユーノは、どうしてここに?」
「そうね、あえて言うなら迷える魂があったからかしら」
どういう意味だろう。
「2代目の母性神だと先ほど言ったのは覚えているかしら」
そういえば、ユーノがやって来てすぐ頃、そんなことも言っていた。
私はあまり母さんのレアのことを知らない。だから能力と聞いてもあまりピンとくるものはないのだ。
「それもそうか」
ユーノは一人納得して、話し始めた。
「貴方が男の子だったなら私の出番はほとんどなかったわ。けれど貴女は女の子これも何かの縁なのかしらね。私たち神々は等しく人間を愛さなければならない。姉さん、ケレスだってそう。この農場の人を均等に愛し、育てた作物を買う人も平等に愛する。そして最も純粋で原初の愛は『母性』なのよ」
ユーノはそう言うと、私の頭を撫でて言葉を続けた。
「少し興味が湧いたわ。私もここに止まって貴女の行く末を見守らさせてもらうとにしましょう」
「愛が必要なのはわかった。それで彼女はどうするの」
ユーノは言葉を詰まらせる。「そうね・・・」彼女は何者なのか私たちの誰にもそれを知るものはいない。
「彼女は生者ではない。とだけしか今は言えないわね」
「じゃあ、天使じゃないということ」
「そうなるわね」
彼女が天使ではない別の存在。しかし確かに天使と同じ力を感じる。天使でないとするのならいったい何だというのだろう。
「その答えは、彼女を調べてからの話よ。貴女は焦らずあなた自身の力を取り戻しなさい」
「そうだぞー。あんたは自分のことだけ考えるんだ。今は耐えるときだ」
後ろからケレスが話しかけてきた。表情こそ暗いものであるが、その言葉は、応援とありがたく受け取ることにしよう。
「私も話すことは大方話したし、何よりこの状況じゃ、悪いんだけどあんたに構ってられないのよね」
そう言われて、畑に目をやる。トウモロコシ畑は見る影もなく焼け野のようになり、とても収穫と喜ぶ事は出来ない。
「それと私から一つだけ。ウェスタ姉さんから伝言を預かってるの。『最後はプルト。彼に会いたくば一度死になさい。そして死んだのなら剣を手放すこと勿れ』と言っていたわ」
「あー。なるほどな確かにその通りって感じだな。姉さんがあの口調で話さない時はマジでヤバイ時、つまり命がかかっている時くらいだから」
「ケレス姉さんはちょっと黙ってて」
ケレスが怒られてるのはまあいいとして、命に関わること。家族なのにどうして?
「プルトのいる場所のせいね。彼は冥界の覇者。彼でないと冥界で生きていけないとまで言われているわ。神であろうと人であろうと。足を踏み入れたが最後、呪いによって絶望のうちに命尽きるという恐ろしい世界なのよ」
「それでも行かなきゃいけないんでしょ」
ユーノは黙って頷いた。ケレスはというと、オーバーオールのお腹ポケットから何か取り出した。さながらその姿は何だか青いロボットを想わせる。
「もし冥界で倒れそうになったら、これを食べな。一度だけ呪いを完全に振り払うことができるから。ありがたく受け取りなさい」
「ありがとう」
「姉さんそんなもの隠し持ってたのなら前回、冥界に降りた時に譲ってくれても良かったじゃない」
この二人は冥界に行ったことがあるようだ。
「いいだろう別に。あんたは愛さへあれば、無敵の超越神なんだから。農作業しか出来ない私とはスペックが違いすぎなんだって」
「それでも妹をいたわる家族愛というものがある・・・」
「あー、あー、家族だから信頼してるよ。ユーノは頼りになるなー」
「もう」
何だろ。姉妹喧嘩だろうか。私は呆然とその光景を眺めていた。どうやら会話から取り残されてしまったのかもしれない。「ごめんなさい。いつものことよ」と苦笑気味にユーノは言う。
これがいつものことだとすれば、賑やかで楽しいのかな。などと少しネプトゥヌスやウェスタそれからこの二人の姉が一緒に暮らしてる姿を想像してみた。
うん。きっと楽しいに違いないだろうな。
「ホントにありがとう。お姉ちゃん」
「「はっ!!」」
「べべ、別にそれほどでもないけど」
「はああ。実は弟じゃなくて妹が欲しかったのよ。きゃあ母さんありがとうございます。このユーノこの妹を溺愛する所存でございます」
あれま。二人の姉の変なスイッチを入れてしまったようだ。
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