angel observerⅡ 六神の加護

蒼上愛三(あおうえあいみ)

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オリュンポスの神々

暗呪冥界神プルト

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 私は二人、ケレスとユーノに一時の別れを告げ、冥界の門へと向かう。コイオスとクリオスには言っておいたほうがいいかな。若には・・・言わないでおこう。
 無駄な心配をするからというのが理由だが、それも嬉しくはある。だけど一度死ななければならないと言ったら、若は泣いちゃうだろうな。
 私からはどうしても伝えることができなかった。
「さて、ここが冥界への入り口」
「姉様、やはり私たちもご一緒した方が」
「気持ちだけ受け取るわ。それにケレスにもらった実は一つしかないもの」
「コイオスと」
「クリオスは」
「「ここで帰りをお待ちしております」」
 久しぶりに二人は言葉を重ねて言う。その光景が見れただけでも良しとしよう。
「もう行くわね」
 私は散らばった神殿の残骸の中に足を踏み入れると、途端に地面に片脚がズブリとはまり、わりと不恰好に前のめりで地面の中へと入って行った。
 入ったと言うより落ちたの方が正しいけれど。
 まさしく今は絶賛落下中。翼のない私は無力にも落ちて行くばかりである。
 着地どうしよう。頭から行かないように体を起こさないと。
「ぎゃふ」
 お尻から見事着地した。わりと痛くないので、すぐに立ち上がり辺りを早速、探索を始めよう。
 薄暗いのは想定済みだが、足下は粘性のある液体で満たされているようだ。厚底のサンダルでも足の甲ほどの高さまで水かさがある。
「歩き・・・にくい」
 足音はジャバジャバではなく、ベチョベチョという感じである。
 ああもう。足は重く気持ちも重い。
「シー」
「なに」
 聞いたことのある音。それにだんだん大きくなってる気がする。
「シー」
 私は振り向く。
 私は驚く。
 私は逃げる。逃げる。逃げる。ひたすら逃げる。この身では到底敵わない。なら逃げるしかない。アレは『死』だ。
 いくら走っただろう。(全く進んでいない)
「はあ、はあ、ああ」
 ドブに埋もれて行くような気分だ。負荷かける水の中に、足がもつれて転ぶ。もうダメだ。ここは冥界だからもう死ぬことはないと安心していたのか。全く情けない。ここはどこか、頭から抜け落ちていたなんて。
 ここは冥界。死してなお彷徨う死者の世界。加えて天と地を分ける狭間の世界。地獄行きのものは、冥界にてニ回目の死を迎え、そのあとは決してここに戻ることはない。
 そしてその冥界の死者を裁定するのは頭が獅子、体が蛇で、角が羊。口を開ければ私を丸呑みいや、人ならば五人ほど一度に飲み込むことができるだろう。
 額にはもう一つ一際大きな眼がある。ああっあれ。体が・・・うご・・・かない。動け、動け。
「シー」
 それは舌舐めずりして、どう喰らおうかと硬まる私を我が物顔で見つめている。
「おヨシ、クルー」
 今まさに私を喰らおうとする怪蛇は、その一喝でスルスルと何処かへ立ち退いた。
「ごめんなさい。ガールあの子見境ないのよねえ。ところでどちら様かしら」
 えっと、どうしたものか。目の前にいるのは、おじさんより若いけどこの格好は。
「ああ、この服。イカしてるでしょ。アタシの魅力に負けないで、あなたのことを教えなさいな」
「私はヒルデ。あなたは?」
「アタシはプルト冥界の主人よ」
 エーーーー。
「もう。いきなり大声出してどうしたの、失礼しちゃう。それにあなた何か隠してない」
「隠し事、私が」
 何だろう何か隠すようなものそもそもあったかどうか。
「あらら。隠してるわけじゃないのね。その顔を見ればわかるわ」
 プルトらしき男の人はため息を一つこぼし、私を見た。
「本当のな・ま・え」
「ああー。そうか、じゃあ改めて、私はゼウス。ユピテルの方が正しいみたいだけれど。どちらでもいいわよね」
「はい、よくできました。ユピテルね、よくここまできたわね。まあこんな場所じゃあすぐベトベトになっちゃうからアタシの城にでもいらっしゃい」
「城?」
 冥界の城。どうにもイメージできないな、洞窟みたいだと初めは思っていたけれどそれ自体、前提として間違っていたのかもしれない。
 歩くたびに不快を覚えつつ、城と呼ばれる場所に着いた。
 そこには聳え立つとまではいかないが、中々立派な城が建っていた。
「ここは冥界の中で一番大きなポケット、つまり大空洞なの。だからこんなに大きな城も建てられる」
「一人で建てたの」
「もちろんよ。アタシを誰だと思っているの。冥界の支配者なのよ。こんなの指だけで建てられるわ」
 そう言って指をパチンと鳴らしてみせた。すると私たちの立つ扉のとは反対側に、堅固な門が現れる。なるほど指だけでとは、このことのようだ。
「さっ、上がって。お風呂入るでしょ。話はそれからよ」
「うん」
 大きな風呂場というより、泉だった。辺りには木が生えていて、ギリシャ建築の柱の残骸が数本転がっている。
「気に入ったかしら」
「きゃっ」
「驚かせちゃった。でもオンナ同士なんだからそんなに驚かなくてもいいんじゃない」
「アハハ。ソウデスネ」
 うん、やりづらい。でも仕方ない人それぞれ千差万別なのだから。私が慣れるしかない。たとえ私が入浴中であっても・・・。
 あれこれとあったが、いい湯であった。芯からポカポカしてくる。やはり温泉的な何かだったのだろうか。
「いい顔してる、落ち着いたようね。果物切り分けておいたわよ食べなさい。ケレス姉さん果樹園の果物だから美味しいし、栄養豊富。ああ私これ以上綺麗になっちゃったらどうしようかしら」
「あ、あのう」
「オホホ、ごめんなさい。アタシったらつい。これまでのことは全部見ていたわ。だからアタシが聞くのはあなたの覚悟」
「覚悟」
「そう。アタシ伊達にこの数千年地下にこもってないの。それなりの理由聞かせてもらえるのよね」
 覚悟。この場合の覚悟は、戦う覚悟じゃない。私が力を持つ、神であり続ける覚悟があるかという問い。
「私は、私は私にしかできないことのために、人々の明日のために力を取り戻したい。・・・そう思ってここまで来ただから・・・」
「オーケーよ。あなたの覚悟聞かせてもらったわ。神としてのあり方、しっかりとしたビジョンがあるようで安心したわ。それじゃあ、行くゼェ」
 それは撃鉄だった。プルトが放ったであろう拳を頭部に受け、豪華絢爛な食堂を転がる。
「あらやだ。拳だなんてただの指パッチンよ」
 確かに、拳は言い過ぎだかもしれないが、今のは一体。
 よく見るとプルトの腕の付け根、つまり肩から指にかけて雷電が轟いている。
 おでこ凹んでないわよね。
「大丈夫よ。手加減したから、さあ、かかってらっしゃい」
「でも」
 武器がない。聖剣はどうしてか出せない。クルーと呼ばれた蛇と相対した時も姿を現さなかった。
 加えて、プルトは私の思考を読んでいる。だから、
「武器がない。なんて思ってるのだからあなた、なってないのよ。誰があなたを鍛えたのかしら」
「オケアノスだけど」
「んまあ、おじ様が直々に。なのにどうしてあなたこんなに、いいえ見ていたからあえて何も言わない。前回は切羽詰まっていたみたいだし」
 スタスタとモデルのように近寄るプルト。殺人的な鉄拳を振りかぶる。このままじゃまた直撃をくらう。
 うつ伏せで転がる私はすかさず、前転して間一髪、雷鎚から逃れる。
「逃げてるばかりじゃ勝てないわよ」
 プルトは涼しげな顔で言う。武器がない。いや違うそれ自体が間違い武器はここにある。
「全力の一発」
「そう、その拳こそ神も人も等しく分け与えられた原初の武器」
 撃ち合いじゃ勝ち目がない。なら絡め手でも、一撃で仕留めるしか。
「あら、こりゃまずいかも。なーんてねそうくると思ってたわ」
 プルトの一撃をあえて打たせ、懐に潜り込みみぞおちを狙ったがダメだったようだ。その後の結果は惨敗。私は目を回してダウンしたそうだ。
 そして、再び目を覚ますとベッドの中にいた。ダブルくらいのサイズのベッドに一人で寝ていたらしい。体を起こして見ると暖炉が灯っている。
「あったかい」
 窓からは暗い景色が見える。夜・・・違う違う、ここは冥界なのだから暗いのは当たり前だ。
「起きたみたいね。はじめに言っておくけど、あなたを一時的に殺したわ」
「はい?」
 殺した、私を。でもこうしてちゃんとここに・・・。
「それは魂のあなた。体は上にいるおチビちゃんたちに預けて来たわ」
「ここが冥界だから」
「ご名答。体があるとまたクルーが来て隙あらば食べちゃうからね」
 背筋がゾワリとした。私はどうにもあの蛇を生理的に受け付けないようだ。そうなると、プルトも魂だけなのだろうか。
「アタシ。アタシは普通よ。だって体を置いてくるとか何かあったら困るじゃないの」
 プルトは割と楽しそうに言う。聞いた私が馬鹿だったのか。
「でもこれだけ言っておくけど、さっきじゃれ合いは、体と魂を分けるための儀式だったのよ。物理的にだけどね」
 じゃれ合い。さっきのはじゃれ合いだったんですね。
 でも魂だけだと精神とかはどうなっているのだろう。前に若が三位一体について得意げに語っていたけれど、体と魂だけなら精神はどこへ。
「よく知ってるわね。概ね正解だけど精神っていうのはねつまり感情のことよ。魂にはもちろん備わってる。体で言えば表情とかかしらね。感情、精神はとにかくあやふやなシステムなの、形がないだけにね。冥界はね。体から徐々に溶かして行って、最後には魂だけになる。それがつまり霊とかオバケとか言われるものになるのよ」
 なるほど、『溶かす』というニュアンスが確かにあう。このドロドロの液体といい頭がふわふわしている感覚は、まさしく溶けて行くかのようである。 
 となるとクルーという蛇は何の役目なのだろか。まさかただのペットではないはずだ。
「ねえ。クルーは何なの」
「何なのとはパッとしない質問ね、まぁいいわ。クルーは裁定者よ。獰黙どうもくの裁定者『クロウ・クルーウァッハ』それが名称。死してなお償えない魂を死へ追いやる死の蛇」
 あの蛇と初めて出会ったのは、ギリシャ街中だった。獲物を探すように、鼻を動かし舌舐めずりをしていたのを今でも覚えている。
 もしかしたら、それが『クロウ・クルーウァッハ』の本能なのかもしれない。罪を喰らう死の裁定者。
「犯した罪は死をもって償ってもこちらに来れば精算されることはない。だから魂として存在する事さへも許されない。クルーはそれを定める絶対者なのよ」
「でも、おに・・・お姉ちゃんに結構懐いてるよね」
「当たり前よお。あの子が幼体の頃育ててあげたのアタシんだから」
 わーお。あのS級危険生物を育てたのあんたなんですか。
 どおりであの野生極まる眼差しは、飼い主に似るということなんだな。
「あなた、今とっても失礼なこと考えなかった。アタシが食べちゃうのは男だけ。だれかれ構わず食べたりしないわよ」
 いや、食べないでください。お願いします。
「さてと、話が逸れてしまったわね。魂になってもらったのほかでもない、あなたの魂を正常に戻すにあたっての強化措置を施すわ。このままあなたの力が元に戻ると暴走しかねない。要するに、『空っぽのバケツに私たちオリュンポス神族の力が入っているとこに、元のあなたの力が入ると溢れるから、大きなバケツに取り替えよう』ってことよおわかり」
「理由はわかったけど、具体的に何するの」
「そうね。魂のまま普通過ごしなさい。ただたくさん食べるのよ」
 それは単に魂として肥えろ、ということか。そう考えると単純明解だと思う。
 実際にお肉がつかなければいいのだけれど。大丈夫かな。
「フフフ。それはどうかしらね」
 プルトは妖しく笑った。
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