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第一幕
⑯ きっと許されないことですわ
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「お姉さん。ここにはね、小さな村があったの。本当に本当にちっちゃな村。まだ、いくつもの国が争っていたころよ」
それはつまり、帝国建国以前ということだ。1000年以上も昔のことになる。
「その村はね。人殺しの村だったの。あちこちから子供を攫ってきて、人殺しに育ててお金をたくさん貰って偉い人を殺していくの」
少女の言葉と共にまた景色が切り替わった。
ローランは気がつけばクワを手にして、穴を掘っていた。隣では眠っていたはずのレオンハルトが粗末な服を着て、同じようにクワを振りかざしている。
「殿下?」
「ん? どうした、ローラン……か? なんだ、その姿は」
言われてローランはレオンハルトの目線が自分と同じ高さになっていることに気がついた。ローランの目に見えるレオンハルトの姿に変わりはないのだから、要するに自分が縮んでいることになる。
「手を休めるな! 掘れ! 掘り続けろ!」
一体何が起こっているのか戸惑っていると、頭上から罵声と共にいきなり棒のようなもので殴りつけられ、地面に叩きつけられる。
「ローラン!? 貴様、何をするか!」
「黙れ、チビ。刺客のくせに、生意気だな。面倒だ。とっとと殺しちまうか?」
「やめとけ。今殺したら穴を掘る人数が減る。お前、掘りたいか?」
頭に血を上らせた兵士を隣にいた兵士が諫めると、フンとローランを殴りつけた兵士は槍を引いた。
見上げれば、ローランは自分が巨大な穴の中にいることに気がついた。
そこかしこで、レオンハルトと同じくらいの少年少女たちが穴を掘っている。いや、掘らされている。
「だからね。兵隊さんたちがやってきて、殺されてしまったの。生き埋めよ。自分たちのお墓の穴を自分たちで掘らされたの。私? 私はね、王さまを殺しに行ってたので、ここにはいなかったの」
穴の上からローランとレオンハルトを見下ろしながら、少女の骸は表情の無い骨の顔をカラカラと揺らしていた。
ドサドサと上から土が降ってくる。
「殿下!?」
レオンハルトの腕を掴んで抱え込む。すぐに足が埋まり、動けなくなり、柔らかい土の上に跪く。土と泥は容赦無く降り注ぎ、あっさりとローランとレオンハルトを生き埋めにした。
「それで私はどうしたと思う? もちろん、兵隊さんたちを許さなかったわ。皆殺しよ。それで私は殺した兵隊さんたちにお願いしたの。みんなを掘り出してって」
ざっくざっくと頭上から音が聞こえる。
生き埋めになった自分を掘り起こす音だと、ローランはボンヤリした頭で思った。
土の隙間から見上げる兵士は確かに死んでいた。亡者の隣に1人の美しい少女が見えた。年のころはレオンハルトと同じくらいだろうか。
流れるような金色の髪に抜けるような白い肌。そして、白目の無い漆黒の瞳。
それは生まれながらに生と死の境界を踏み越えることの出来るものの証だ。
「死霊術師、だったのね」
「そうよ。だから攫われたの。人殺しの村に。イヤだったわ。人を殺すのなんて。だって、殺した人はずっと私のそばにいるのだもの。だから、嫌いよ。村のみんななんて。大っ嫌い。私のお家はここだけなのに、他のみんながお家に帰るなんて許さない。だから、私はみんなの骸を掘り出して、もう一度殺したの」
くつくつと笑いながら、少女はローランの顔を覗き込んだ。
「殺せばみんな私のいうことを聞いてくれるもの。みんなここに居てくれるわ。私たちを邪魔する兵隊さんたちが何度もやってきたけれど、私の兵隊さんの方が強いもの。今はみんな私のお友達」
少女の背後におびただしい数の死者が群れている。時代も様式もバラバラだが、揃いに揃って朽ちた鎧が絡みついているのは彼らが討伐の兵士たちだからだろう。
小さな国通しが小競り合いを続ける中、なぜか兵士が戻って来ない場所がある。
きっと何度も何度も、この地を取り囲むいくつかの国から兵士が送り込まれたのだ。
そして、そのままここに囚われた。
「けれど、いつのまにか兵隊さん達が来なくなってしまったわ」
やがて帝国が勃興し戦乱の世が終わる。この地は不吉な戦場跡と忘れられた。兵士が新たに送られることも無くなった。
「おかげで随分と穴掘りを手伝ってくれる兵隊さんが減っちゃった。だから、時々ね。もう穴を掘れなくなった兵隊さんたちを外に出してあげるの。そうすれば、また新しい兵隊さん達が来てくれるもの」
「どういう意味だ」
掘り起こされた穴から土をばら撒きながら立ち上がったレオンハルトが、同じように埋もれたローランに手を差し伸べながら少女を睨みつける。
そこには激しい怒りの色が灯っていた。
「殿下。死霊は永遠にありつづけることは出来ません。何百年も経てば自我はすり減り失われます。死霊術師が意のままに出来るのは、自我の残っている死霊だけ。外の死霊達は彼女が操りきれなくなった死霊なのでしょう」
「つまり、戦場跡の死霊たちは戦で倒れた無念では無く、貴様の悪ふざけの犠牲になったということか!? 眠ることも許さずに故郷へと戻ることも叶わぬように貴様が呼び寄せ続けたということか!」
鋭く問い詰めるレオンハルトに少女は心外そうな顔で答えた。
「手伝ってもらっているだけよ。村のみんなが穴を掘って、そして兵隊さん達が土で埋めるの。次の日は兵隊さん達がみんなを埋めた穴から掘り出すの。次の次の日は村のみんなが穴を掘ってまた埋まるの。次の次の次の日もずっとずっと繰り返し。けれど随分とお友達が減ってしまったわ。穴を掘れない兵隊さんも少しぐらいは役に立って貰わないと困っちゃうわ」
そうして、少しづつ少しづつ亡霊達によって窪地は広がっていった。
少女によって、使い物にならないと判断された亡霊は戦場跡を彷徨い続け討伐の兵をおびき寄せる。
戦場の真ん中に死霊がいなかったのは、少しでもここから逃れようともがいていたからだ。しかし、少女の呪いがそれを許さない。
結果として、ここを中心にまるで台風の目のように戦場跡に亡霊の渦が出来上がった。
「だから、お姉さんたちが来てくれて嬉しいの。本当にたまにしか兵隊さんが来てくれないのだもの。お姉さんもその男の子も帰さないわ。お姉さんは私と同じね。瞳の色は黒くないけれど、お姉さんに私と同じ力があるのはわかるわ。私を手伝って、もっともっとお友達を増やしてちょうだいな」
「ふざけるなっ!」
少女の言葉にレオンハルトが激昂する。
魔力が小さな身体から迸り、魔法の炎がその両腕を紅蓮に彩った。
「貴様を滅せば、この地も浄化される。黄泉路へ還れ、この化物が!」
それはつまり、帝国建国以前ということだ。1000年以上も昔のことになる。
「その村はね。人殺しの村だったの。あちこちから子供を攫ってきて、人殺しに育ててお金をたくさん貰って偉い人を殺していくの」
少女の言葉と共にまた景色が切り替わった。
ローランは気がつけばクワを手にして、穴を掘っていた。隣では眠っていたはずのレオンハルトが粗末な服を着て、同じようにクワを振りかざしている。
「殿下?」
「ん? どうした、ローラン……か? なんだ、その姿は」
言われてローランはレオンハルトの目線が自分と同じ高さになっていることに気がついた。ローランの目に見えるレオンハルトの姿に変わりはないのだから、要するに自分が縮んでいることになる。
「手を休めるな! 掘れ! 掘り続けろ!」
一体何が起こっているのか戸惑っていると、頭上から罵声と共にいきなり棒のようなもので殴りつけられ、地面に叩きつけられる。
「ローラン!? 貴様、何をするか!」
「黙れ、チビ。刺客のくせに、生意気だな。面倒だ。とっとと殺しちまうか?」
「やめとけ。今殺したら穴を掘る人数が減る。お前、掘りたいか?」
頭に血を上らせた兵士を隣にいた兵士が諫めると、フンとローランを殴りつけた兵士は槍を引いた。
見上げれば、ローランは自分が巨大な穴の中にいることに気がついた。
そこかしこで、レオンハルトと同じくらいの少年少女たちが穴を掘っている。いや、掘らされている。
「だからね。兵隊さんたちがやってきて、殺されてしまったの。生き埋めよ。自分たちのお墓の穴を自分たちで掘らされたの。私? 私はね、王さまを殺しに行ってたので、ここにはいなかったの」
穴の上からローランとレオンハルトを見下ろしながら、少女の骸は表情の無い骨の顔をカラカラと揺らしていた。
ドサドサと上から土が降ってくる。
「殿下!?」
レオンハルトの腕を掴んで抱え込む。すぐに足が埋まり、動けなくなり、柔らかい土の上に跪く。土と泥は容赦無く降り注ぎ、あっさりとローランとレオンハルトを生き埋めにした。
「それで私はどうしたと思う? もちろん、兵隊さんたちを許さなかったわ。皆殺しよ。それで私は殺した兵隊さんたちにお願いしたの。みんなを掘り出してって」
ざっくざっくと頭上から音が聞こえる。
生き埋めになった自分を掘り起こす音だと、ローランはボンヤリした頭で思った。
土の隙間から見上げる兵士は確かに死んでいた。亡者の隣に1人の美しい少女が見えた。年のころはレオンハルトと同じくらいだろうか。
流れるような金色の髪に抜けるような白い肌。そして、白目の無い漆黒の瞳。
それは生まれながらに生と死の境界を踏み越えることの出来るものの証だ。
「死霊術師、だったのね」
「そうよ。だから攫われたの。人殺しの村に。イヤだったわ。人を殺すのなんて。だって、殺した人はずっと私のそばにいるのだもの。だから、嫌いよ。村のみんななんて。大っ嫌い。私のお家はここだけなのに、他のみんながお家に帰るなんて許さない。だから、私はみんなの骸を掘り出して、もう一度殺したの」
くつくつと笑いながら、少女はローランの顔を覗き込んだ。
「殺せばみんな私のいうことを聞いてくれるもの。みんなここに居てくれるわ。私たちを邪魔する兵隊さんたちが何度もやってきたけれど、私の兵隊さんの方が強いもの。今はみんな私のお友達」
少女の背後におびただしい数の死者が群れている。時代も様式もバラバラだが、揃いに揃って朽ちた鎧が絡みついているのは彼らが討伐の兵士たちだからだろう。
小さな国通しが小競り合いを続ける中、なぜか兵士が戻って来ない場所がある。
きっと何度も何度も、この地を取り囲むいくつかの国から兵士が送り込まれたのだ。
そして、そのままここに囚われた。
「けれど、いつのまにか兵隊さん達が来なくなってしまったわ」
やがて帝国が勃興し戦乱の世が終わる。この地は不吉な戦場跡と忘れられた。兵士が新たに送られることも無くなった。
「おかげで随分と穴掘りを手伝ってくれる兵隊さんが減っちゃった。だから、時々ね。もう穴を掘れなくなった兵隊さんたちを外に出してあげるの。そうすれば、また新しい兵隊さん達が来てくれるもの」
「どういう意味だ」
掘り起こされた穴から土をばら撒きながら立ち上がったレオンハルトが、同じように埋もれたローランに手を差し伸べながら少女を睨みつける。
そこには激しい怒りの色が灯っていた。
「殿下。死霊は永遠にありつづけることは出来ません。何百年も経てば自我はすり減り失われます。死霊術師が意のままに出来るのは、自我の残っている死霊だけ。外の死霊達は彼女が操りきれなくなった死霊なのでしょう」
「つまり、戦場跡の死霊たちは戦で倒れた無念では無く、貴様の悪ふざけの犠牲になったということか!? 眠ることも許さずに故郷へと戻ることも叶わぬように貴様が呼び寄せ続けたということか!」
鋭く問い詰めるレオンハルトに少女は心外そうな顔で答えた。
「手伝ってもらっているだけよ。村のみんなが穴を掘って、そして兵隊さん達が土で埋めるの。次の日は兵隊さん達がみんなを埋めた穴から掘り出すの。次の次の日は村のみんなが穴を掘ってまた埋まるの。次の次の次の日もずっとずっと繰り返し。けれど随分とお友達が減ってしまったわ。穴を掘れない兵隊さんも少しぐらいは役に立って貰わないと困っちゃうわ」
そうして、少しづつ少しづつ亡霊達によって窪地は広がっていった。
少女によって、使い物にならないと判断された亡霊は戦場跡を彷徨い続け討伐の兵をおびき寄せる。
戦場の真ん中に死霊がいなかったのは、少しでもここから逃れようともがいていたからだ。しかし、少女の呪いがそれを許さない。
結果として、ここを中心にまるで台風の目のように戦場跡に亡霊の渦が出来上がった。
「だから、お姉さんたちが来てくれて嬉しいの。本当にたまにしか兵隊さんが来てくれないのだもの。お姉さんもその男の子も帰さないわ。お姉さんは私と同じね。瞳の色は黒くないけれど、お姉さんに私と同じ力があるのはわかるわ。私を手伝って、もっともっとお友達を増やしてちょうだいな」
「ふざけるなっ!」
少女の言葉にレオンハルトが激昂する。
魔力が小さな身体から迸り、魔法の炎がその両腕を紅蓮に彩った。
「貴様を滅せば、この地も浄化される。黄泉路へ還れ、この化物が!」
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