【完結】少女は勇者の隣で"王子様"として生きる

望田望

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●閑話休題 僕の周りのひとたち

僕の周りのひとたち②

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 こういう場では背筋を伸ばすことが癖になっているけど、一層意識的に顎を反らして輪の中に入っていく。

「失礼します! 聖女に食事を持ってきました。通していただけますか?」

 人の壁が厚くて前に進めなくなったところで、声を張って注目を集めた。何対もの目がこちらを振り返ると、その隙間から僕より少しだけ低い身長が見え隠れする。

「エルゥ! お腹減ったでしょ? 食べよう?」
「ルメルさん……!」

 利き手の皿を上に掲げてみせると、エルゥが泣きそうな顔でこちらを見た。やはり参っている。当り前だ。ちょっと自分だけ楽しみ過ぎてしまったかもしれない。

 人垣がどうしようかとウロウロし始める。

「すみません、そろそろよろしいですか?」

 誰にともなく声をかける。得意の笑顔を貼り付けることは忘れない。人は、見て欲しいと胸を張り、堂々と立っているだけである程度の視線を集めることができる。そのことを僕は劇団にいたときに学んだ。まあ、これはある程度の素地が必要になる、と言われれば否定できないところもあるけど。

 魔導士たちがそろそろと僕たちとエルゥまでの道を開け始める。間髪入れずにズンズンと進んで彼女の前まで歩いて行った。

 小柄な僕と、もっと小柄なセナが二人並んで人の波を縫って行くのは遠くからは何が起こっているのか分からないかもしれない。

「じゃあ、行こうか」

 エルゥの前まで行くと、両手が塞がっているから顔と視線で彼女を人の少ない方へ促す。追い抜くたびにそこかしこから名残惜しそうな視線と声が上がるのを、全て笑顔で打ち負かした。

「うん、ここなら大丈夫かな? お疲れ様、エルゥ」
「ルメルさぁん……! セナァ……!」
「遅くなって、ごめん」

 セナが持っていたジュースの入ったグラスを差し出す。それを一気に飲み干すと、エルゥは今にも泣きそうな顔で声を上げた。

「ありがとうございますぅ……!」
「本当、遅かったよね、ごめん」

 苦笑して謝った。エルゥの髪の毛は来たときよりも心なしかボサボサしているように見える。

「いえ、ヒダカさんにも言われたんですけど、これからもこういうことは増えるので! 自分でどうにかできるようにならなきゃです!」
「その内慣れるよ。だから、今の内は頼ってね。って言えるほどすぐに助けなくて本当にごめん」
「ごめん、エルゥ」
「そんな、大丈夫です。こちらこそお時間取ってしまってすみません」

 素直なエルゥは不甲斐なさに少し落ち込んでしまったようだ。セナがズイッと皿を目の前に突き付ける。

「お肉、美味しかった。食べて」
「あっちにはもっと色々あるから、取りに行こう? みんな一人でいなければ今日はもう来ないと思うし」
「はいっ!」

 楽しそうに笑った顔は、いつものエルゥが戻ってきたようだ。

 彼女は遅れを取り戻すように、パクパクと料理を平らげた。まだまだ十三歳の女の子なのだ。使命や責任よりも食欲が勝ることもある。

 僕だって、心だけ歳を取っているけど、体が言うことを聞かないことがある。とにかくお腹が空いて、こっそり貯蔵庫を漁りに行くこともあれば、頑張りたいのに眠気に負けることもある。その辺でもきっとその内みんなと大きな差が出てくるのかもしれない。それでも、一緒にいたいのだから、頑張らないといけない。

 料理が並ぶテーブルの隅の方にいると、反対側から「わっ!」と歓声が上がった。咄嗟にそちらを見る。

「何?」
「あ! セナ! ルメルさん! ケーキです! ケーキ!」
「え!」

 思わず僕の声も高くなってしまった。どうやら勇者パーティーで甘い物が好きなのはエルゥと僕の二人だけらしく、この単語に気持ちが上向くのも当然僕らだけだ。

 指差された方を見てみると、給仕の人間が三人がかりで大きなケーキを運んできていた。ここから見えるのは白い四角いフォルムだけで、上にどんな装飾がされているのかとか、どんなフルーツが乗っているのかなどは人垣で全く分からない。魔導士は頭脳労働だからか、甘党が多いようだ。男女関係なくケーキに群がっている。

「エルゥ、セナ、ここで待っててくれる? 僕が取ってくるよ」
「いいんですか……! あ、でも……」
「ん? どうしたの? エルゥ」
「ルメルさんがいないと、また囲まれてしまうかもしれないです」

 名残惜しそうにケーキをチラッと見て、可哀想なくらいに眉毛を下げてエルゥが言う。その肩が何か背負っているのかと思うくらい下がっていて、お腹が減っていた上に人に囲まれて、本当に疲れているのだろうな、と苦笑した。

「可愛いちゃんたち! 食べてるぅ?」

 どうしたものかとエルゥとセナを見下ろしていると、聞き馴染みのある声が背中から届いた。

「プロフェッサー・バレリエ!」

 みんながそれなりに正装している中、一際一目を引いている華やかな存在だった。シンプルなネイビーのドレスなのに、高身長に豊かなクリーミーブロンドをまとめ上げている姿は劇団員の花形だと言われても納得できる美しさだ。

「エルウアは大変だったわね。パーティーの主役たちがこんなに隅にいる必要ないのよ? 私もいるから、もっと楽しみなさいな!」
「プロフェッサー、丁度良かった! 僕がケーキを、あと、色々取ってくる間、二人をお願いできますか?」
「勿論よ。あなたは一人で大丈夫かしら?」

「僕はみんなよりは慣れているので。じゃ、行ってくるね! よろしくお願いします!」
「ありがとうございます!」
「魚のマリネ、もっと」
「辛い方でしょ? 持てるだけ持ってくるから、少し待ってて!」

 少しだけ歩調を速めて料理が並んでいるテーブルに向かっていると、丁度中央付近で話し込んでいるバイレアルト教授たちの姿が目に入った。彼らは余程真剣に話し合っているようで、兄とヒダカは前傾姿勢になっている。

 そこに、どうやらヴェニーも呼ばれてさらに議論は白熱しているようだ。何故呼ばれたのか分からないような顔でいたヴェニーも、話の内容を聞くや否や堂々と意見しているようだ。

 正直に言うと、話している内容に想像が付かない。共通の話題となると勇者論でも語り合っているのだろうか。少なくとも魔法に関してではないだろう。兄であるロレンゼン・フサロアスは魔法も剣の腕も壊滅的な人だから。

 その場にいる他の人たちと同じように遠巻きに見ていると、パチッと教授と目が合った。そのまま離れるのは態度が悪いので、立ち止まって軽く頭を下げる。その瞬間、彼がまるで花開くかのような美しさで微笑んだ。

「え……?」

 すごく、嫌な予感がした。正直、背中にゾッと何かが走り抜けた。僕は歪に微笑むと顔の向きを変えて急いで目的地に向かおうとした。

「ルメル!」

 まさか、あの一癖も二癖もある人がたったそれくらいで僕を逃がしてくれるはずもなく、会場中が振り返りそうな大声で僕の名前を呼んだ。会場中の視線が一斉に僕に向く。

 あなた普段そんな大声出すことないでしょう! というか、絶対に魔法か魔道具で拡声してる! じゃないと、決して狭くはない庭中に届く声なんて出せるはずがない。

 無視することなんてできなくて、体の向きを戻してニッコリと笑った。

 教授は静かに左手で僕を手招いた。

 魔王様だ……。昔のヒダカに言ってあげたい。王子様なんて、あの人が王子様なんてあり得ない。

 笑顔で首を傾げて、何か御用ですか? と言外に聞いてみるものの許されるはずもなく、その間もずっと教授はゆっくりと手招きしている。僕は断罪でもされるのかな。さっきのエルゥに負けず劣らず下がった肩に力を入れて、注目の的に向かって歩いて行った。
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