【完結】少女は勇者の隣で"王子様"として生きる

望田望

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●強制イベント

後始末

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 すぐに二人は搬送された。完全に解呪するまでには時間がかかった。虚ろな視線のまま呼吸をするだけの老夫婦は当然衰弱していき、ヒダカの顔は日を追うごとにやつれて目は充血していった。

「ねむ、った……?」

 そして十日後、突然安らかな顔で目を閉じた二人に、ヒダカの緊張の糸も切れた。静かに胸を上下させる二人を見届けると、ふらふらになりながら備え付けのソファーに横たわり、気絶するように眠りについたそうだ。

 獣人族も精霊族の男も、駆け付けた警護官に全く抵抗することなく捕まった。天使族の女の体は移送されていき、騒ぎは一般宅に押し入った強盗の仕業だとして処理された。

 僕はその間も、そして今日も。訓練施設に足を運び、決まった動きで体を動かして魔法を繰り返す。当事者の一人であった僕にさえ、詳しいことは何一つ教えてもらえなかった。捕まった二人が何を話したのかどころか、どこに収監されているのかも知らない。老夫婦の解呪が成功したと聞かされたのも、事情を知っているエルゥとセナと三人揃って聞かされたくらいだ。

 どうしても聞き出そうと思うなら伝手はあるけど、結局フサロアス家を頼らざるを得ない時点で、大した期待はしていない。余りにも謎の多い事件だっただけに、心にシコリが残っている。でも、それだけだ。
 とにかくヒダカが体を休められることに安心した。



「ルメルさん、大丈夫ですか?」
「やっぱり、顔色、悪い?」
「はい」

 訓練施設での昼食中、エルゥとセナが心配そうにこちらを見てきた。

 僕は口に運ぼうとしていたトレサイの葉を皿に戻すと、隠すことなく苦笑してみせる。あの事件以来、妙にリアルに人が死ぬ夢を見る。

 人が死を見たのが初めてなワケじゃない。訓練の一環として犯罪者の死刑現場に立ち会ったことは何度もある。人道的な範囲での拷問の瞬間にも。だから、人が人を殺す場面を知らないわけじゃない。血が流れる場面を忘れていたわけじゃない。

「正直、キツイよ」
「ルメルさん……」

 最初は混乱してたけど、ここ数日でようやく落ち着いてきた。僕は人が自分の意思で人を殺した現場の凄まじさに恐怖を感じたんだ。きっとどこかでまだ他人事だった。

「僕はまだよく分かってなかった。あれが戦争だ」

 二人の顔が強張る。

 僕らの使命は、分かりやすく言えば東の国の人を殺すことだ。大量に、命令だけではなく、きっと時には自分の意思で、人の命を終わらせることなんだ。

「エルゥ、セナ。少しでも君たちが後悔しなくて済むように。頑張るね」
「ルメルさんっ! それじゃダメです。私たちは仲間です。ちゃんと、みんなで解決しないと、ダメなんですよ……?」
「ありがとう。そうだね、僕はもう、かなりいいんだ。まだ時間はあるから、二人の心の持ちようも少し考えていこう?」
「ルメルさん……」

 今日頼んだのは大量のサラダと燻製にしたチキンが乗ったものと、パンとスープだ。ここ最近はこればかり頼んでいて、昨日くらいからやっと完食できるようになった。だから、きっと日を追うごとに慣れて自然に立ち直れる。

「問題は僕じゃないんだ」

 そう、僕はあくまで目撃者。本当の意味での当事者じゃない。二人の目に影が差す。

「……はい……」
「……ヒダカ、痩せた」
「まともに食べていないみたいだからね」
「この間、果物を差し入れしたんですけど、二口で止めてしまっていました」
「そっか……」
「はい……」

 ヒダカは、今は老夫婦のことを考えることで自分のしたことと向き合わないようにしていると思う。でも、それもあと少し。老夫婦が目を覚ましたら、嫌でも少しずつ現実は戻ってくるのだ。

「ルメル、ヒダカを、お願い」
「セナ……」
「ヒダカさんを、支えてあげてください」
「エルゥ……」

 二人が祈るような目をして僕を見る。しっかりと目を見返して頷いた。



 ヒダカが家に戻ったのは、それから三日後のことだった。
 病院から戻ってくる魔導車を出迎えるために、玄関の前に立って彼を待つ。隣には久しぶりに会う二人の妹もいて、弱みに付け込もうとするフサロアス家の抜け目の無さに顔をしかめそうになる。

 妹たちは今年で十四になるから女性らしさが目立ってきている。一人は華やかで、一人は清楚。実際の性格は知らないけど、勇者の好みに少しでも合うように毎日頑張っているに違いない。

 僕は勿論、兄も二人を助けることができずにいる。もう十四。大人に近づいているにも関わらず、この子たちは勇者の興味を引くことしか教わっていないのだ。

 苛々する。いつもだったら抑えられるけど、妹たちの扱いにも、何よりヒダカの扱いに。今回のことは余りにも彼にとって大きな出来事だ。できればそっとしてあげたかった。

 兄に相談したものの、どうすることもできなかったのだ。彼はとても素晴らしい人だけど、まだ二十一歳の若さなのだ。内部からフサロアス家をどうにかしようと足掻くにしても、時間も人手も、なにもかもが足りていない。

 義母? 当然、門前払いだった。

「お前は勇者の腹心として大人しくしていなさい」

 勝ち誇ったような笑みを思い出すと苛々が増す。

 こんなときは深呼吸をして心を空っぽにすると知っているけど、嫌な記憶も蘇る。暗闇に閉じ込められた二年間。こうやって自分を殺して生きていたな、と苦しさと、嫌でも身に着いたスキルに複雑な気持ちになった。

 門戸が開いて堅牢な魔導車が入ってくる。整備された私有地では車輪が回る音も小さい。近づくに連れて呼吸が早くなった。少しだけ怖いと感じる。あれ以来会うのは初めてだ。仲良くなってからずっと、こんなに会わなかった日はない。妙に緊張している僕を置いて、魔導車が目の前に止まり、扉が開く。

 見覚えのある黒髪が覗いて、一歩踏み出した。

「ヒダカ兄さん!」
「エイデンさん」

 一応の序列のようなものを汲んでいたのか、半歩後ろに控えていた妹たちが僕を押しのけて前に出る。

 正直に言う。僕はこの瞬間確かに二人を憎いと思った。

 出会った頃の二人を今でも覚えてる。一緒に過ごしたのはたった四年くらいだったけど、ウロチョロと歩き回る頃から、しっかりと自分の意見を言うようになる頃まで、僕なりに可愛がっていたつもりだ。

 この気持ちは知ってる。でも、こんなに大きな渦のようなものではなかったはずだ。何かが溢れてしまいそうで、ギュゥっと両手を握りしめて歯を食いしばる。

「ご苦労様です。お二人はもう大丈夫なの?」
「……ああ、大丈夫だ」
「お疲れでしょう? お茶を用意させています。行きましょう?」

 両脇を二人が囲む。まるでお前では力不足だと言われているようだ。

 気合で顔を上げてヒダカを見る。

 彼はいつも通りだった。こちらに気付くと、不思議なくらいいつも通りの顔をして、肉の落ちた頬で微笑んできた。

「ルメル、ただいま」
「ヒダカ、お帰り」

 そのまま何も言わずに見つめ合った。言葉なんていらないような気がした。暫く見つめていると、ヒダカが笑う。僕もつられるように微笑み返した。

「エイデンさん、どうしたのですか?」

 清楚な方の妹が彼の腕を引く。

「ルメル兄さん、ヒダカ兄さんは疲れているのに、何で引き留めるの? これだから男の人ってダメね」

 華やかな方の妹が軽く僕を睨む。僕はルメルを“演じた”。

「ああ、ごめんね。ほんとだね。気を付けるよ」

 少しおどけた言い方をすれば、妹たちは納得したようだった。それぞれにヒダカの両腕に絡みついて屋敷の中に入っていく。

 その数歩後を、まるで飄々と付いて行く僕。心臓が重い。

 見たくないなぁ。

 そう思う自分が嫌で、でも言う権利がなくて。どうにもならない現実を見つめるだけしかできなかった。
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