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●ダンスパーティー
勇者の事情②
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預言者の存在を知ったのは、二回目を始めてしばらくしてからだった。一回目でも耳にはしていたけど、預言の類を信用していなかったんだ。
初めて会ったのに、預言者は俺しか知らないようなことを言い当てた。ルメルの秘密を伝えると驚きもしなかった。ただ、自分はルメルに関しては詳しくないとも教えてくれた。分かるのは、俺の目的を達成するための一つ目の条件はすでに終わっていることと、出陣式がタイムリミットだということだった。
「分かった。確かに出陣式までは大人しくしてもらっていた方が助かるのは確かだ……」
この男が言うには、まだ俺が知らない方がいいことがいくつかあるらしい。教えるのは簡単だけど、それがいい方向に向かうかどうかは分からないから言えないそうだ。
「ありがとうございます」
男が頭を下げる。
俺は入れてもらったお茶を一口飲んだ。毒の心配はない。俺の体はこの世界のどんな物でも見事に分解する力を持っている。
「ダンスパーティーは妹二人を誘うことにした」
「それは“その他”に当たる“選択肢”ですね?」
「そうだ。以前そこでルメルを選んで失敗した」
「そうでしたか……」
「正直これが正しいかどうかは分からないけど、やるしかない。多分、今回か、精々次回が最後のチャンスだ」
俺が人生をやり直す力――タイムリープと言うらしい――を使ったのは四回。出陣式前のダンスパーティーをするのは、これで五回目になる。
一回目は全てが終わってからルメルの事情を知った。何もかも手遅れだった。だからやり直すことにした。
二回目はエルゥたちと出会った頃に戻った。ルメルを構いすぎて失敗した。不振がったロレンゼンさんに引き離された。
三回目は仲間たちと平穏な毎日を過ごしていた頃だった。敢えてルメルを避けたら距離が開いただけだった。すぐにやり直した。
四回目はあの事件の少し前だった。正直、焦りすぎて失敗した。ダンスパーティー直後にルメルが死んだ。
最悪の気分のまま目覚めたら、同じベッドの端っこでルメルが眠っていた。
スラオーリを信用してはいないけど、初めて神に感謝した。本当に忘れられない。何度抱きしめて確認しようとしたか分からない。
少し様子のおかしい俺に、あいつは変な顔をしながら相手をしてくれた。あの事件のことがあったから、気を遣ってくれたんだろう。
そう言えば、あの事件はやっぱり起こっていた。ルメルも気に病むし、できれば避けたかったけど預言者の言うところの“強制イベント”ってやつらしい。
“強制イベント”だから起こるのか、あの事件が仕組まれたものだから起こるのかは分からない。
そう。あれは俺に殺人をさせるためだけの西の国による茶番だった。
まさか、希少種の精霊族まで使うとは思わなかった。
いや、今はそんなことはどうでもいい。もう時間がないんだ。やり直すたびに時間は進んでいるんだから。
「スラオーリは何故、このような制約を課したのでしょうね」
「分からない。あのとき、神試合を制したとき。いつか役に立つからと“アイテム”を受け取っただけだからな……」
俺はお茶を飲み干すと席を立つ。
「今回も色々と助かった。できれば凱旋していい報告をしたい。……どうなるかは、分からないけどな」
「きっと、前回もその前も、私は勇者様が凱旋されるのを待っていたと思います。――ご武運を」
「ありがとう。じゃあな」
「いえ、こちらこそ大変楽しい時間でした。またのお起こしをお待ちしております」
***
ダンスパーティーは盛況の内に幕を閉じた。
ルメルの二人の妹には終わりのダンスのことで少しだけ拗ねられたけど、それ以外の人から賞賛の声をたくさんもらうことができた。
ダンスパーティーで魔法を披露するだけでなく、剣の手合わせを見せるなど前代未聞だと言われるかと思っていたので少し拍子抜けした。裏で何を言われているかは知らないけど、行動されない限り意味がないしな。
それだけ俺の評価が高いということだろ。
そうなるように立ち回った。残された時間は少なかったけど、それでもやらないよりは効果があったらしい。自信なんてない。選択肢が出るだけで、俺だけやり直しができるだけで、これは実在する本物の世界なんだから。
必死に話しかけて引き留めようとする二人には悪いけど、帰りの時間はあっという間だった。フサロアスの家の中へ入っていく妹たちを見届ける。
振り向いた先に一台の魔導車が見えて、帰ろうとしていた心がざわめいた。
まさか。でも、もしかしたら……。
魔導車へ乗り込もうとしていた足を下ろして、ジッと見つめる。
その一台は俺の乗ってきた魔導車の後ろに止まると、運転手が扉を開く。
「ルメル……」
「ヒダカ……?」
果たして、降りて来たのはルメルだった。
驚いたような顔をしているのが純粋に可愛い。
俺は嬉しくて笑顔を抑えるのに必死だった。会えて嬉しい。もちろんだ。だけど、それだけじゃない。ダンスパーティーの後にこうやってルメルに会えたのは、今までで一回もなかったからだ。期待に心臓が早くなる。
「あー……、その、今日はあの子たちをありがとう。今、帰り?」
「ああ、魔導車が見えたから。もしかしたらお前かなって思って待っていた」
こういう言い方はよくルメルに注意されるけど仕方ない。昔から、こいつのことが好きだという気持ちは大なり小なり隠せていなかったんだから。
「そ、そっか……。でも、今日はさすがに疲れたでしょ? もう休みなよ」
「ああ、そうだな。……ルメルもしっかり休めよ」
目が合わない。なんだかよそよそしい。相当に疲れているのかもしれない。
あれだけの人に囲まれたら誰だって疲れる。
悪いことをしたと思うけど、じゃあ止めるなんてことはできない。
名残り惜しかったけど、俺自身何かが変わることを期待して焦っている。潔く別れの挨拶をして魔導車に乗り込む。
その瞬間、パッと視界の隅に新しい通知を知らせるアイコンが浮かぶ。
ドッと心臓が大きく動いた。ゆっくりと指で触れて画面を開く。
『アイテム“回帰の石”を使用しますか?』
→ はい
いいえ
これは“選択肢”が変わったときや増えたときに必ず聞かれる質問だ。当然“いいえ”を選ぶ。
ピロン!
身体中の毛穴が逆立ったような気がした。絶対に鳥肌が立っている。
新しい選択肢が出て来た音だ。目が画面に釘付けになる。
『隠しヒロイン“メルシル・フサロアス”が解放されました。ゲームを続けますか?』
→ はい
いいえ
震える指で“はい”を選んだ。目がギラギラとしている自覚がある。知らず口角が上がる。やっと、目的への第一歩が踏み出せる。画面に文字が浮かんだ。
『選択肢を決定しました。隠しルートを解放します』
初めて会ったのに、預言者は俺しか知らないようなことを言い当てた。ルメルの秘密を伝えると驚きもしなかった。ただ、自分はルメルに関しては詳しくないとも教えてくれた。分かるのは、俺の目的を達成するための一つ目の条件はすでに終わっていることと、出陣式がタイムリミットだということだった。
「分かった。確かに出陣式までは大人しくしてもらっていた方が助かるのは確かだ……」
この男が言うには、まだ俺が知らない方がいいことがいくつかあるらしい。教えるのは簡単だけど、それがいい方向に向かうかどうかは分からないから言えないそうだ。
「ありがとうございます」
男が頭を下げる。
俺は入れてもらったお茶を一口飲んだ。毒の心配はない。俺の体はこの世界のどんな物でも見事に分解する力を持っている。
「ダンスパーティーは妹二人を誘うことにした」
「それは“その他”に当たる“選択肢”ですね?」
「そうだ。以前そこでルメルを選んで失敗した」
「そうでしたか……」
「正直これが正しいかどうかは分からないけど、やるしかない。多分、今回か、精々次回が最後のチャンスだ」
俺が人生をやり直す力――タイムリープと言うらしい――を使ったのは四回。出陣式前のダンスパーティーをするのは、これで五回目になる。
一回目は全てが終わってからルメルの事情を知った。何もかも手遅れだった。だからやり直すことにした。
二回目はエルゥたちと出会った頃に戻った。ルメルを構いすぎて失敗した。不振がったロレンゼンさんに引き離された。
三回目は仲間たちと平穏な毎日を過ごしていた頃だった。敢えてルメルを避けたら距離が開いただけだった。すぐにやり直した。
四回目はあの事件の少し前だった。正直、焦りすぎて失敗した。ダンスパーティー直後にルメルが死んだ。
最悪の気分のまま目覚めたら、同じベッドの端っこでルメルが眠っていた。
スラオーリを信用してはいないけど、初めて神に感謝した。本当に忘れられない。何度抱きしめて確認しようとしたか分からない。
少し様子のおかしい俺に、あいつは変な顔をしながら相手をしてくれた。あの事件のことがあったから、気を遣ってくれたんだろう。
そう言えば、あの事件はやっぱり起こっていた。ルメルも気に病むし、できれば避けたかったけど預言者の言うところの“強制イベント”ってやつらしい。
“強制イベント”だから起こるのか、あの事件が仕組まれたものだから起こるのかは分からない。
そう。あれは俺に殺人をさせるためだけの西の国による茶番だった。
まさか、希少種の精霊族まで使うとは思わなかった。
いや、今はそんなことはどうでもいい。もう時間がないんだ。やり直すたびに時間は進んでいるんだから。
「スラオーリは何故、このような制約を課したのでしょうね」
「分からない。あのとき、神試合を制したとき。いつか役に立つからと“アイテム”を受け取っただけだからな……」
俺はお茶を飲み干すと席を立つ。
「今回も色々と助かった。できれば凱旋していい報告をしたい。……どうなるかは、分からないけどな」
「きっと、前回もその前も、私は勇者様が凱旋されるのを待っていたと思います。――ご武運を」
「ありがとう。じゃあな」
「いえ、こちらこそ大変楽しい時間でした。またのお起こしをお待ちしております」
***
ダンスパーティーは盛況の内に幕を閉じた。
ルメルの二人の妹には終わりのダンスのことで少しだけ拗ねられたけど、それ以外の人から賞賛の声をたくさんもらうことができた。
ダンスパーティーで魔法を披露するだけでなく、剣の手合わせを見せるなど前代未聞だと言われるかと思っていたので少し拍子抜けした。裏で何を言われているかは知らないけど、行動されない限り意味がないしな。
それだけ俺の評価が高いということだろ。
そうなるように立ち回った。残された時間は少なかったけど、それでもやらないよりは効果があったらしい。自信なんてない。選択肢が出るだけで、俺だけやり直しができるだけで、これは実在する本物の世界なんだから。
必死に話しかけて引き留めようとする二人には悪いけど、帰りの時間はあっという間だった。フサロアスの家の中へ入っていく妹たちを見届ける。
振り向いた先に一台の魔導車が見えて、帰ろうとしていた心がざわめいた。
まさか。でも、もしかしたら……。
魔導車へ乗り込もうとしていた足を下ろして、ジッと見つめる。
その一台は俺の乗ってきた魔導車の後ろに止まると、運転手が扉を開く。
「ルメル……」
「ヒダカ……?」
果たして、降りて来たのはルメルだった。
驚いたような顔をしているのが純粋に可愛い。
俺は嬉しくて笑顔を抑えるのに必死だった。会えて嬉しい。もちろんだ。だけど、それだけじゃない。ダンスパーティーの後にこうやってルメルに会えたのは、今までで一回もなかったからだ。期待に心臓が早くなる。
「あー……、その、今日はあの子たちをありがとう。今、帰り?」
「ああ、魔導車が見えたから。もしかしたらお前かなって思って待っていた」
こういう言い方はよくルメルに注意されるけど仕方ない。昔から、こいつのことが好きだという気持ちは大なり小なり隠せていなかったんだから。
「そ、そっか……。でも、今日はさすがに疲れたでしょ? もう休みなよ」
「ああ、そうだな。……ルメルもしっかり休めよ」
目が合わない。なんだかよそよそしい。相当に疲れているのかもしれない。
あれだけの人に囲まれたら誰だって疲れる。
悪いことをしたと思うけど、じゃあ止めるなんてことはできない。
名残り惜しかったけど、俺自身何かが変わることを期待して焦っている。潔く別れの挨拶をして魔導車に乗り込む。
その瞬間、パッと視界の隅に新しい通知を知らせるアイコンが浮かぶ。
ドッと心臓が大きく動いた。ゆっくりと指で触れて画面を開く。
『アイテム“回帰の石”を使用しますか?』
→ はい
いいえ
これは“選択肢”が変わったときや増えたときに必ず聞かれる質問だ。当然“いいえ”を選ぶ。
ピロン!
身体中の毛穴が逆立ったような気がした。絶対に鳥肌が立っている。
新しい選択肢が出て来た音だ。目が画面に釘付けになる。
『隠しヒロイン“メルシル・フサロアス”が解放されました。ゲームを続けますか?』
→ はい
いいえ
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