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第14話・月明かりの下で
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ティアの調子が戻った翌日の、陽が沈んだ直後の夜。
俺達はこの街の滞在中に行う最後の依頼をモンスタースレイヤー協会から直に受け、街の結界外にある旧市街へと向かっていた。現在のエオスにある街は全て過去にあったモンスターとの壮絶な大戦後に作られた物で、それ以前にあった旧市街はほぼ結界外の遠く離れた場所にある。
そんな旧市街のほとんどは当時の大戦により大きく崩壊し、その当時の名残はほとんど無いと聞く。
「やっぱり夜は苦手だなあ……」
「私も夜は好きになれないわね」
「ティアが夜が嫌いな理由は知ってるけど、ユキは何で?」
「……夜の闇はあの日の事を思い出させるからよ」
ユキの言うあの日の事と言えば、ユキの義兄が頭部に傷のあるダークカラーのドラゴンに殺された事に間違い無い。
以前からユキは黒という色に対して凄まじい嫌悪や憎悪を示していた。それは間違い無く、義兄の敵であるダークカラーのドラゴンの事があるからだろう。
「えっと……ごめんな、ユキ」
「別に気にしなくていいわ。あくまでも私にとっての憎悪の対象は、頭部に傷のあるダークカラーのドラゴンであって、夜の闇に罪は無いから。それに夜の闇は人に恐怖心をもたらしもするけど、同時に多くの人に安らぎを与える素晴らしいものでもあるから」
そう言ったユキの言葉にはとても共感するものがある。
確かに俺も幼い頃は夜の静けさや闇が怖かった覚えがあるし、時にはその静けさと闇が心を落ち着けてくれる事もあった。そう考えると、夜の闇とは本当に不思議なものだと思える。
「ところで、ティアは何で夜が嫌いなのかしら?」
「き、嫌いなわけじゃないもんっ! 苦手なだけだもんっ!」
「そうなの? でもエリオスは、ティアが夜が嫌い――って言ってたわよ?」
「もうっ! お兄ちゃんが変な事を言うから、ユキに勘違いされちゃったよっ!」
「ええっ!? でも、昔っからティアは夜が怖いって言ってたじゃないか。お化けが出るからとか言ってさ」
「お化け? あなた、モンスタースレイヤーのくせにお化けなんて怖がってるの?」
「お、お兄ちゃん!? その事は言わない約束だったでしょ!?」
「あっ、悪い……」
「ふふっ。そう、ティアはお化けが苦手なのね。良い事を知ったわ」
「もうっ! お兄ちゃんのバカ――――ッ!」
夜の平原にティアの声が響く。
俺は機嫌を損ねたティアの頭を撫でつつ歩き、目的の旧市街へと向かった。
今回ティアとユキがモンスタースレイヤー協会から直に受けた依頼は、深夜になると旧市街に現れるという正体不明の集団の調査だ。
エオスに存在する旧市街は廃墟と言う事もあり、様々な犯罪集団、時にはモンスターの巣窟となっている場合がある。そして今回は正体不明の集団の調査との事だがら、おそらくは罪を犯して街を追われたならず者や、それに準ずる者達が廃墟を縄張りとして何かをしている可能性が高い。
そんな者達が悪事を働く前に調査をし、それを未然に防ぐのもモンスタースレイヤーの大事な仕事だ。
闇夜に浮かぶ月だけが世界を照らす中、俺達は目的の旧市街へと向かい、何度かのモンスターとの遭遇戦を経て無事に旧市街へと辿り着いた。
「本当に見事なまでの廃墟だな……」
かつては賑わいを見せていたであろう旧市街の外からその姿を見ると、荒れに荒れた様子の廃墟が月の光に照らされていた。建物の外観は既にその原型を留めておらず、街の中と外を繋ぐ門だったと思われる場所も外壁も、伸びに伸びきった植物の蔦や苔などで被われている。
そんな廃墟の不気味な姿や雰囲気を見れば、ティアが恐怖しているお化けでも出て来そうだと思えてしまう。
「確か情報では、旧市街の中心部に謎の集団が居るって話だったわね」
「うん。集団の規模はよく分からないけど、結構な数が居たって話だったね」
「お、お化けの集団だったりしないよね?」
俺の背中に隠れて服を両手で掴みながら、恐々とそんな事を言うティア。モンスタースレイヤーとして凄まじい強さを持つティアがこんな風にお化けに怯えているのを見るのは、歳相応の少女らしくてちょっと安心する。
「ははっ。まあ多分だけど、街から逃げ出した犯罪者集団とかだと思うよ?」
「だったらいいけど……」
「とりあえず集団の正体については未確認だから、慎重に行きましょう」
「だね。ほら、ティア。いつまでも背中に隠れてないで、ちゃんと出て歩いて。そんなんじゃ、モンスタースレイヤーの名が泣くよ?」
「その前に私が泣きそうだから、このままで進んで、お兄ちゃん……」
「まったく。しょうがないなあ、ティアは」
口ではしょうがないと言いつつも、俺は思わず顔を綻ばせてしまう。一つくらいティアよりも強い面があるのは、素直に嬉しいと思ってしまうからだ。
こうして俺はお化けが出て来ないかと怯えるティアを背に、ユキと3人で廃墟になった旧市街へと足を踏み入れた。
「本当にボロボロだな……」
旧市街は本当に廃墟と呼ぶに相応しい様相を見せ、かつてここに何があったのかを窺い知る事はできない。
モンスターの出現によって当時の街は全て崩壊し、その名残を残す場所は無いと聞くが、この廃墟を見ているとそうなんだろうなと思えてしまう。
でも、昔ブライアンからモンスター出現前のエオスについて書かれた貴重な書物を見せてもらった事があったけど、当時のエオスの街にはとても高い建造物が立ち並んでいたらしい。
本当かどうかは分からないけど、空に浮かぶ雲の高さにまで伸びる建造物もあったとかなんとか。もしもそんな物が本当に存在していたのなら、一度くらいは見てみたかった。
在りし日の街の姿が想像できず、思わずヤキモキしてしまう。だって今のエオスには雲まで伸びる様な建造物は一切無く、だいたいは高くても二階建ての建造物ばかりだからだ。
しかし廃墟に積み重なった瓦礫の多さなどを見ると、今のエオスにある建造物よりも、高かく大きかった物が沢山あっただろう事は何となく分かる。
「それにしても静かね。虫の音しか聞こえてこない」
朽ちた廃墟を月明かりだけを頼りにゆっくりと進んで行く中、隣に居たユキが小さくそう呟いた。
「確かに静か過ぎるね。もしも犯罪者の集団が居るんだったら、何かしらの生活臭と言うか、人が居る雰囲気みたいなのがあるはずなのに」
「てことは、やっぱりお化け……」
俺の言葉がティアの不安を煽ってしまったのか、ティアは俺の背中でそう言いながら更に身体を密着させて震え始めた。
「いやいや。別に人の気配がしないからって、お化けが居るわけじゃないと思うよ? もしかしたらモンスターかもしれないし」
「確かにエリオスの言う通りだけど、モンスターが居る様な気配も感じないのよね」
「やっぱりお化けが居るんだよ……お兄ちゃん、今日は帰ろう? ねっ? ねっ?」
震える声でそんな事を言うティアだが、依頼を受けて来た以上はそれを達成せずに帰るわけにはいかない。ちょっと可哀相には思うけど、最低でもその集団が何なのかは確かめておかなければいけないのだ。
「ティア。気持ちは分かるけど、俺もユキも居るからそんなに怖がらないで」
「う、うん……でも、絶対に離れないでね? お兄ちゃん」
「分かってるよ」
背中で震えるティアに優しくそう言いながら、俺達は更に廃墟の中を歩いてその中心部へと向かう。
そしてしばらくしてから街の中心部だろうと思われる場所の近くまで来ると、その周辺にゆらりと動く影を見つけた。
「誰か居るね。しかも複数」
「ええ。あの影は人だと思うけど、何か動きがおかしいわね」
「ど、どうおかしいの?」
「瓦礫が邪魔でよく見えないけど、なんだか歩き方がフラフラしてるのよね」
「や、やっぱりお化けなんだよ……怖いよぅ、お兄ちゃん……」
「ティ、ティア。気持ちは分かるけど、そんなに力強く両手で腰を締め付けないでくれる?」
「で、でも……」
「少し落ち着きなさい。お化けって確か足が無いって聞いてるから、アレはお化けじゃないわよ。ちゃんと足があるもの」
「ほ、本当に?」
「この状況であなたに嘘をついて何の得があるの? とりあえず一度見てみなさい」
「わ、分かった……」
そう言うとティアは恐る恐ると言った感じで身体を横にずらし、俺達が見ていた方へと視線を向けた。
「あっ、本当だ。ちゃんと足がある」
「だからそう言ったでしょ?」
「なーんだ……お化けじゃなかったんだ。これなら安心だよ」
集団の正体がとりあえずお化けではなかった事に安心したのか、ティアはふうっと息を吐いてから俺達の間に立った。
「さてと。とりあえずあの集団がお化けじゃない事は分かったけど、どうやって正体を探ろっか?」
「そうね……どこかここよりも高い場所から様子を探るのがいいと思うけど」
「それだったら、あそこはどうかな?」
そう言ってティアが指さしたのは、この廃墟の中でもまだ比較的原型を留めている家らしき建物だった。
他に高台になっている様な場所も無かったので、俺達はティアの指さした場所へと向かい、建物の崩壊に気を付けながら高所から集団の様子を見た。
空高く浮かぶ月が世界を淡く照らす中、その集団は不気味に静かにゆっくりと動いていた。そしてさっき見ていた場所よりも月明かりではっきりとその姿が分かったので、俺達はその集団の正体が何なのかが分かった。
「あれって魔物だよね?」
「そうだね。最近はあんまり見かけなかったけど、こんな集団で居るのは初めて見たよ」
このエオスにおいて人類最大の脅威は間違い無くカラー特性を持ったモンスターだけど、そのモンスターがエオスに出現する前からも人類の脅威は存在していた。その一つが今俺達が目の当たりにしている魔物だ。
魔物は生命の定義から外れたサイクルで出現する者の総称で、主にアンデッドの事を示すが、それ以外でも生命の定義から外れていれば魔物となる。
そしてこのエオスにおける人類の脅威を大分類すると、カラー特性を持つモンスター、人を襲い害を与える獣の魔獣、生命の定義から外れし人を襲う魔物の3種類となる。ちなみにだが、カラー特性を持つモンスターと魔獣はその生物的性質や外見がよく似ていて、モンスターの出現当初はその魔獣が変質したものだと考えられてきた。
しかし、長年の研究によってモンスターと魔獣は身体的特徴の一致点こそ多いものの、元来の魔獣とは大きく異なる場所に特殊で頑丈な急所がある事が分かり、それによってモンスターと魔獣はまったくの別ものだと定義付けがされたのだ。
「それにしも、相手がモンスターや魔獣ではなくて魔物となると、ちょっと面倒ね」
「ふふん。それはどうかな~?」
「『どうかな~?』って、あなただってモンスタースレイヤーだから知ってるでしょ? 魔物の退治がどれだけ難しいか。言ってみればアレは、物理的に討伐する事ができない相手なのよ?」
「もちろん知ってるよ」
「だったら私達に出来るのが、一時的な妨害と気休めにしかならない事も知ってるでしょ?」
「うん。普通ならそうだね」
「普通なら――って。何か現状で良い手でもあるの?」
「もちろん!」
ユキに対して自信満々にそう断言しながら俺を見るティア。
そんな視線を見てティアの言いたい事はなんとなく分かったけど、そんなに力強く言われるとプレッシャーを感じる。
「どういう事?」
「えっと。実は俺、多少だけど浄化の能力を持ってるんだよ」
「へえ。エオスでもそんなに数は居ないって言われている浄化能力を持ってたなんて、それは凄いわね」
「でしょっ!!」
「……どうしてエリオスじゃなくてあなたが自慢げにするの?」
「だって、私のお兄ちゃんだもん」
「はいはい、分かったわよ。それじゃあエリオス、あの集団をどうにかする方法を教えてちょうだい。私はそれに従うから」
「もちろん私もお兄ちゃんに協力するよっ!」
「ははっ。正直あんな数の浄化をした事は無いけど、やるだけの事はやってみるよ」
「安心なさい。私がしっかりとエリオスをフォローをしてあげるから」
「何言ってるの!? お兄ちゃんのフォローは私の役目なんだからねっ!?」
「あら? お化けを怖がっていたあなたに、ちゃんとエリオスのフォローができるの? 言ってみればアレは、お化けが取り憑いた者なのよ?」
「で、できるもん! お兄ちゃんの為ならお化けの100や200くらいぶっ飛ばしてやるんだからっ!」
力強くそう言いながらも、お化けと言うワードを聞いて身体を震わせ始めるティア。こんな時にどうかとは思うけど、そんな強がりなところも昔っから可愛いところだ。
「言ってる事は立派だけど、その前に怖さで震えてる身体をどうにかしなさい。そんなんじゃ、あなたのフォローまで私がしなくちゃいけなくなるから」
「これは怖くて震えてるんじゃないんですぅー。ちょっと寒いから震えてるだけなんですぅー。それに、ユキのフォローなんて私にはいらないんですぅー」
「本当に大丈夫なの? 魔物に囲まれて動けなくなっても、私は知らないわよ?」
「ユキが助けてくれなくても、お兄ちゃんが助けてくれるもん!」
「……あなた、エリオスが今回の作戦の要だって分かってるの?」
「分かってるもん!」
「本当かしら?」
――あー、これは少し続くかな……。
時と場所を選ばずに始まるティアとユキの言い合いがこんな所で始まってしまい、俺は小さく溜息を漏らした。こうなるとしばらくの間は言い合いが続く。
いつもは冷静なユキも、なぜかティアと言い合いが始まるとムキになって、歳相応の子供染みた一面を見せる。これはこれで良いとは思うんだけど、せめてこんな時くらいは言い合いをすぐに終わらせてほしいと思ってしまう。
月明かりの下で魔物の集団がゆっくりと廃墟の中を彷徨うのを見つめながら、俺は2人の言い争いが終わるのを待った。
俺達はこの街の滞在中に行う最後の依頼をモンスタースレイヤー協会から直に受け、街の結界外にある旧市街へと向かっていた。現在のエオスにある街は全て過去にあったモンスターとの壮絶な大戦後に作られた物で、それ以前にあった旧市街はほぼ結界外の遠く離れた場所にある。
そんな旧市街のほとんどは当時の大戦により大きく崩壊し、その当時の名残はほとんど無いと聞く。
「やっぱり夜は苦手だなあ……」
「私も夜は好きになれないわね」
「ティアが夜が嫌いな理由は知ってるけど、ユキは何で?」
「……夜の闇はあの日の事を思い出させるからよ」
ユキの言うあの日の事と言えば、ユキの義兄が頭部に傷のあるダークカラーのドラゴンに殺された事に間違い無い。
以前からユキは黒という色に対して凄まじい嫌悪や憎悪を示していた。それは間違い無く、義兄の敵であるダークカラーのドラゴンの事があるからだろう。
「えっと……ごめんな、ユキ」
「別に気にしなくていいわ。あくまでも私にとっての憎悪の対象は、頭部に傷のあるダークカラーのドラゴンであって、夜の闇に罪は無いから。それに夜の闇は人に恐怖心をもたらしもするけど、同時に多くの人に安らぎを与える素晴らしいものでもあるから」
そう言ったユキの言葉にはとても共感するものがある。
確かに俺も幼い頃は夜の静けさや闇が怖かった覚えがあるし、時にはその静けさと闇が心を落ち着けてくれる事もあった。そう考えると、夜の闇とは本当に不思議なものだと思える。
「ところで、ティアは何で夜が嫌いなのかしら?」
「き、嫌いなわけじゃないもんっ! 苦手なだけだもんっ!」
「そうなの? でもエリオスは、ティアが夜が嫌い――って言ってたわよ?」
「もうっ! お兄ちゃんが変な事を言うから、ユキに勘違いされちゃったよっ!」
「ええっ!? でも、昔っからティアは夜が怖いって言ってたじゃないか。お化けが出るからとか言ってさ」
「お化け? あなた、モンスタースレイヤーのくせにお化けなんて怖がってるの?」
「お、お兄ちゃん!? その事は言わない約束だったでしょ!?」
「あっ、悪い……」
「ふふっ。そう、ティアはお化けが苦手なのね。良い事を知ったわ」
「もうっ! お兄ちゃんのバカ――――ッ!」
夜の平原にティアの声が響く。
俺は機嫌を損ねたティアの頭を撫でつつ歩き、目的の旧市街へと向かった。
今回ティアとユキがモンスタースレイヤー協会から直に受けた依頼は、深夜になると旧市街に現れるという正体不明の集団の調査だ。
エオスに存在する旧市街は廃墟と言う事もあり、様々な犯罪集団、時にはモンスターの巣窟となっている場合がある。そして今回は正体不明の集団の調査との事だがら、おそらくは罪を犯して街を追われたならず者や、それに準ずる者達が廃墟を縄張りとして何かをしている可能性が高い。
そんな者達が悪事を働く前に調査をし、それを未然に防ぐのもモンスタースレイヤーの大事な仕事だ。
闇夜に浮かぶ月だけが世界を照らす中、俺達は目的の旧市街へと向かい、何度かのモンスターとの遭遇戦を経て無事に旧市街へと辿り着いた。
「本当に見事なまでの廃墟だな……」
かつては賑わいを見せていたであろう旧市街の外からその姿を見ると、荒れに荒れた様子の廃墟が月の光に照らされていた。建物の外観は既にその原型を留めておらず、街の中と外を繋ぐ門だったと思われる場所も外壁も、伸びに伸びきった植物の蔦や苔などで被われている。
そんな廃墟の不気味な姿や雰囲気を見れば、ティアが恐怖しているお化けでも出て来そうだと思えてしまう。
「確か情報では、旧市街の中心部に謎の集団が居るって話だったわね」
「うん。集団の規模はよく分からないけど、結構な数が居たって話だったね」
「お、お化けの集団だったりしないよね?」
俺の背中に隠れて服を両手で掴みながら、恐々とそんな事を言うティア。モンスタースレイヤーとして凄まじい強さを持つティアがこんな風にお化けに怯えているのを見るのは、歳相応の少女らしくてちょっと安心する。
「ははっ。まあ多分だけど、街から逃げ出した犯罪者集団とかだと思うよ?」
「だったらいいけど……」
「とりあえず集団の正体については未確認だから、慎重に行きましょう」
「だね。ほら、ティア。いつまでも背中に隠れてないで、ちゃんと出て歩いて。そんなんじゃ、モンスタースレイヤーの名が泣くよ?」
「その前に私が泣きそうだから、このままで進んで、お兄ちゃん……」
「まったく。しょうがないなあ、ティアは」
口ではしょうがないと言いつつも、俺は思わず顔を綻ばせてしまう。一つくらいティアよりも強い面があるのは、素直に嬉しいと思ってしまうからだ。
こうして俺はお化けが出て来ないかと怯えるティアを背に、ユキと3人で廃墟になった旧市街へと足を踏み入れた。
「本当にボロボロだな……」
旧市街は本当に廃墟と呼ぶに相応しい様相を見せ、かつてここに何があったのかを窺い知る事はできない。
モンスターの出現によって当時の街は全て崩壊し、その名残を残す場所は無いと聞くが、この廃墟を見ているとそうなんだろうなと思えてしまう。
でも、昔ブライアンからモンスター出現前のエオスについて書かれた貴重な書物を見せてもらった事があったけど、当時のエオスの街にはとても高い建造物が立ち並んでいたらしい。
本当かどうかは分からないけど、空に浮かぶ雲の高さにまで伸びる建造物もあったとかなんとか。もしもそんな物が本当に存在していたのなら、一度くらいは見てみたかった。
在りし日の街の姿が想像できず、思わずヤキモキしてしまう。だって今のエオスには雲まで伸びる様な建造物は一切無く、だいたいは高くても二階建ての建造物ばかりだからだ。
しかし廃墟に積み重なった瓦礫の多さなどを見ると、今のエオスにある建造物よりも、高かく大きかった物が沢山あっただろう事は何となく分かる。
「それにしても静かね。虫の音しか聞こえてこない」
朽ちた廃墟を月明かりだけを頼りにゆっくりと進んで行く中、隣に居たユキが小さくそう呟いた。
「確かに静か過ぎるね。もしも犯罪者の集団が居るんだったら、何かしらの生活臭と言うか、人が居る雰囲気みたいなのがあるはずなのに」
「てことは、やっぱりお化け……」
俺の言葉がティアの不安を煽ってしまったのか、ティアは俺の背中でそう言いながら更に身体を密着させて震え始めた。
「いやいや。別に人の気配がしないからって、お化けが居るわけじゃないと思うよ? もしかしたらモンスターかもしれないし」
「確かにエリオスの言う通りだけど、モンスターが居る様な気配も感じないのよね」
「やっぱりお化けが居るんだよ……お兄ちゃん、今日は帰ろう? ねっ? ねっ?」
震える声でそんな事を言うティアだが、依頼を受けて来た以上はそれを達成せずに帰るわけにはいかない。ちょっと可哀相には思うけど、最低でもその集団が何なのかは確かめておかなければいけないのだ。
「ティア。気持ちは分かるけど、俺もユキも居るからそんなに怖がらないで」
「う、うん……でも、絶対に離れないでね? お兄ちゃん」
「分かってるよ」
背中で震えるティアに優しくそう言いながら、俺達は更に廃墟の中を歩いてその中心部へと向かう。
そしてしばらくしてから街の中心部だろうと思われる場所の近くまで来ると、その周辺にゆらりと動く影を見つけた。
「誰か居るね。しかも複数」
「ええ。あの影は人だと思うけど、何か動きがおかしいわね」
「ど、どうおかしいの?」
「瓦礫が邪魔でよく見えないけど、なんだか歩き方がフラフラしてるのよね」
「や、やっぱりお化けなんだよ……怖いよぅ、お兄ちゃん……」
「ティ、ティア。気持ちは分かるけど、そんなに力強く両手で腰を締め付けないでくれる?」
「で、でも……」
「少し落ち着きなさい。お化けって確か足が無いって聞いてるから、アレはお化けじゃないわよ。ちゃんと足があるもの」
「ほ、本当に?」
「この状況であなたに嘘をついて何の得があるの? とりあえず一度見てみなさい」
「わ、分かった……」
そう言うとティアは恐る恐ると言った感じで身体を横にずらし、俺達が見ていた方へと視線を向けた。
「あっ、本当だ。ちゃんと足がある」
「だからそう言ったでしょ?」
「なーんだ……お化けじゃなかったんだ。これなら安心だよ」
集団の正体がとりあえずお化けではなかった事に安心したのか、ティアはふうっと息を吐いてから俺達の間に立った。
「さてと。とりあえずあの集団がお化けじゃない事は分かったけど、どうやって正体を探ろっか?」
「そうね……どこかここよりも高い場所から様子を探るのがいいと思うけど」
「それだったら、あそこはどうかな?」
そう言ってティアが指さしたのは、この廃墟の中でもまだ比較的原型を留めている家らしき建物だった。
他に高台になっている様な場所も無かったので、俺達はティアの指さした場所へと向かい、建物の崩壊に気を付けながら高所から集団の様子を見た。
空高く浮かぶ月が世界を淡く照らす中、その集団は不気味に静かにゆっくりと動いていた。そしてさっき見ていた場所よりも月明かりではっきりとその姿が分かったので、俺達はその集団の正体が何なのかが分かった。
「あれって魔物だよね?」
「そうだね。最近はあんまり見かけなかったけど、こんな集団で居るのは初めて見たよ」
このエオスにおいて人類最大の脅威は間違い無くカラー特性を持ったモンスターだけど、そのモンスターがエオスに出現する前からも人類の脅威は存在していた。その一つが今俺達が目の当たりにしている魔物だ。
魔物は生命の定義から外れたサイクルで出現する者の総称で、主にアンデッドの事を示すが、それ以外でも生命の定義から外れていれば魔物となる。
そしてこのエオスにおける人類の脅威を大分類すると、カラー特性を持つモンスター、人を襲い害を与える獣の魔獣、生命の定義から外れし人を襲う魔物の3種類となる。ちなみにだが、カラー特性を持つモンスターと魔獣はその生物的性質や外見がよく似ていて、モンスターの出現当初はその魔獣が変質したものだと考えられてきた。
しかし、長年の研究によってモンスターと魔獣は身体的特徴の一致点こそ多いものの、元来の魔獣とは大きく異なる場所に特殊で頑丈な急所がある事が分かり、それによってモンスターと魔獣はまったくの別ものだと定義付けがされたのだ。
「それにしも、相手がモンスターや魔獣ではなくて魔物となると、ちょっと面倒ね」
「ふふん。それはどうかな~?」
「『どうかな~?』って、あなただってモンスタースレイヤーだから知ってるでしょ? 魔物の退治がどれだけ難しいか。言ってみればアレは、物理的に討伐する事ができない相手なのよ?」
「もちろん知ってるよ」
「だったら私達に出来るのが、一時的な妨害と気休めにしかならない事も知ってるでしょ?」
「うん。普通ならそうだね」
「普通なら――って。何か現状で良い手でもあるの?」
「もちろん!」
ユキに対して自信満々にそう断言しながら俺を見るティア。
そんな視線を見てティアの言いたい事はなんとなく分かったけど、そんなに力強く言われるとプレッシャーを感じる。
「どういう事?」
「えっと。実は俺、多少だけど浄化の能力を持ってるんだよ」
「へえ。エオスでもそんなに数は居ないって言われている浄化能力を持ってたなんて、それは凄いわね」
「でしょっ!!」
「……どうしてエリオスじゃなくてあなたが自慢げにするの?」
「だって、私のお兄ちゃんだもん」
「はいはい、分かったわよ。それじゃあエリオス、あの集団をどうにかする方法を教えてちょうだい。私はそれに従うから」
「もちろん私もお兄ちゃんに協力するよっ!」
「ははっ。正直あんな数の浄化をした事は無いけど、やるだけの事はやってみるよ」
「安心なさい。私がしっかりとエリオスをフォローをしてあげるから」
「何言ってるの!? お兄ちゃんのフォローは私の役目なんだからねっ!?」
「あら? お化けを怖がっていたあなたに、ちゃんとエリオスのフォローができるの? 言ってみればアレは、お化けが取り憑いた者なのよ?」
「で、できるもん! お兄ちゃんの為ならお化けの100や200くらいぶっ飛ばしてやるんだからっ!」
力強くそう言いながらも、お化けと言うワードを聞いて身体を震わせ始めるティア。こんな時にどうかとは思うけど、そんな強がりなところも昔っから可愛いところだ。
「言ってる事は立派だけど、その前に怖さで震えてる身体をどうにかしなさい。そんなんじゃ、あなたのフォローまで私がしなくちゃいけなくなるから」
「これは怖くて震えてるんじゃないんですぅー。ちょっと寒いから震えてるだけなんですぅー。それに、ユキのフォローなんて私にはいらないんですぅー」
「本当に大丈夫なの? 魔物に囲まれて動けなくなっても、私は知らないわよ?」
「ユキが助けてくれなくても、お兄ちゃんが助けてくれるもん!」
「……あなた、エリオスが今回の作戦の要だって分かってるの?」
「分かってるもん!」
「本当かしら?」
――あー、これは少し続くかな……。
時と場所を選ばずに始まるティアとユキの言い合いがこんな所で始まってしまい、俺は小さく溜息を漏らした。こうなるとしばらくの間は言い合いが続く。
いつもは冷静なユキも、なぜかティアと言い合いが始まるとムキになって、歳相応の子供染みた一面を見せる。これはこれで良いとは思うんだけど、せめてこんな時くらいは言い合いをすぐに終わらせてほしいと思ってしまう。
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「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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