終わりに見えた白い明日

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9月5日(木曜日) 前編・見慣れない制服姿

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「権兵衛……」

「やあやあ、須藤さん」

 昨日と同じ路地裏で須藤さんが待っていた。

「……ここで待っていれば会えると思っていたわ」

 おや、これはもしかして良い雰囲気ですか?
 告白ですか?
 で、でも、俺、心の準備が出来ていないから。

「まずは友達から始めましょう!」

 俺の精一杯の勇気が篭った告白を無視して、須藤さんがちょいちょいと手招きしてくる。
 あれ? もしかして、聞こえなかったかな?
 それじゃあ、もっと近寄りましょうか。

「権兵衛、殴っても良い?」

 開口一番そんなことを言われた。

「随分過激な愛情表現ですね」

「……私ね、昨日罪もない人を殴ってしまったの」

「暴力良くない」

「そうね。だけどね、時として許される暴力だってあると思うの。例えば正当防衛が良い例ね」

 無駄に悲壮感漂わせて、自分の右拳をにぎにぎしている須藤さん。

「あとはそう……私が殴りたいと思った時とか」

 ジャイアニズム!?

「ま、まぁ、落ち着きましょうよ」

「ええ、落ち着いてるわ。炎が赤から蒼に変わるくらい、冷静にね」

「熱そうですね」

 ちなみに炎の温度が熱い順に透明、青、赤の部分となります。

「そうね」

「もしかして、臓器ブローカーだってバレましたか?」

 ブンッ

「おおっ!」

 予告なしで須藤さんが右ストレートを放ってくる。
 拳圧を感じながら辛うじて左に避けた。凄まじくギリギリである。

「えっ……? 外れた……?」

 自分の右手を凝視しながら、須藤さんが固まっている。
 何故だか唖然としているようだが、今がチャンスだ。

「須藤さん、須藤さん。ここは落ち着いて話し合いましょう。暴力は何も生み出しません。言葉で解決、とても素敵な方法です」

「えぇ……そうね」

 須藤さんが今一つ納得のいかない表情で俺を見ています。
 まぐれで須藤さんの攻撃をかわしたのがそんなに意外だったのでしょうか?

「まずは須藤さんが怒っている原因を聞かせてください」

 おお、俺凄い冷静です。
 まるで裁判官みたい。何となく冷静のイメージ的に。

「権兵衛、私に嘘ついたでしょう?」

 質問を質問で返されました。

「そのせいで私、飛田君に……」

 申し訳なさそうに須藤さんの声がフェードアウト。
 ええと、俺がついた嘘と言いますと……俺、基本的に嘘つきませんよ、須藤さん。
 ……いや、待てよ。
 そう言えば、心当たりがあったような……。

「……あ、姫の由来ですね!」

「それよ。あなたが飛田君のせいだとか言うから、久々に容赦なく飛田君を……」

「ボコボコ?」

「ええ、そうよ! もうそれは、自分でも可哀想になるくらいボコボコにしたのよ! くっ……」

 そこまで気に病まなくても良いですって須藤さん。

「大丈夫ですよ。奴の再生力はトロール並ですから」

 *トロール:主にファンタジーなどに出てくる架空生物。再生能力に優れている。トロルなどとも言う。──以上、権兵衛さんのロールプレイングゲームで得た知識より抜粋。

「それでもよ!」

「否定はしないんですね」

「私、飛田君に申し訳なくて。だから、権兵衛を殴らないといけないの!」

「いやいや、悲壮感たっぷりにそんなことを言われても困ります」

 とても不条理に感じるのは俺だけでしょうか?
 なだめているとやがて須藤さんがガクリと肩を落とした。

「そう、そうよね……。全ては私の勘違いのせいなのよね。本当は権兵衛悪くないのに……。私なんか、私なんか……」

「あ、あの、須藤さん?」

「うわーん」

 物凄いスピードで須藤さんが去っていく。
 日の脱兎の如し走りなど比にならないほどのスピード。
 ポニーテールを引っ張る余裕すらなかった。
 漫画のような泣き方だった辺り、須藤さんのギャグキャラ化への道が進んでいる気がする。

「さて」

 須藤さんの姿はもう見えない。
 仕方がないので、大人しく学校に行きましょうか。






「……姫にボコられた」

 知ってる。
 それはもう清々しいほどのボコボコっぷりだった。
 唯一の露出している部位である顔が別人かと思えるくらい、人相が悪くなっている。
 巨体よ……。これ以上人相が悪くなってどうするつもりだい?

「姫が怒っていたのを忘れていて、普通に話しかけてしまったんだよ……。思えばこの時点で気付くべきだった」

 とても遠い目をして巨体は語る。

「手も足も出なかった。以前にやりあった時の比じゃなかったんだよ。姫は強くなっていた。それはもう強くなっていた。一撃一撃の威力が違ったんだ……。百ヒットコンボ達成と言う空耳が聞こえもした……。俺は初めて姫が怖くなったよ……」

 どうでもいいけど、格闘ゲームの英語っぽいものはこいつも普通に使えるらしい。

「巨体よ……」

「なんだ?」

「お前に巨体と言っても反応を示さない段階で、お前が弱っているのがよく分かった」

「数秒前かよっ!」

 いつもの『こいつマジかよ!?』の表情を浮かべられてしまうが、まぁ、そうだな……。

「今回は謝っておくよ。悪かったな、巨体」

「お、おぅ」

「須藤さんにも謝っておかないとな」

「お前、もしかして……」

 巨体の視線に鋭さが混じった気がするが、俺は気付かない振りをする。

「ん? どうかしたか?」

「いや、なんでもない。とりあえず、俺がボコられた件についてはここまででいいさ。それよりも、お前、姫とは何でもないって話じゃねぇか!」

 昨日の話に話題が移る流れらしい。

「須藤さん、恥ずかしがり屋だから」

「いや、姫、物凄ぇ勢いで否定していたぜ?」

「臓器ブローカー?」

「なんだよ、それ?」

「いや、実はな──あぶしっ!!」

 あまりにも唐突に、頬への衝撃がやってくる。

「黙りなさいっ!」

 若干痛む頬を押さえて、声のした方向を見ると──。

 仁王立ちする見慣れない人。
 スラッとした体格、学校指定の黒制服を着た長身の女性だった。

「ひ、姫っ!?」

「姫って呼ぶなー!」

 姫って呼ばれた人から見慣れた怒り顔が滲む。
 だけど見慣れない制服姿で……須藤さんが、そこには居ました。
 初対面がワイシャツジーンズだったから制服姿がメッチャ新鮮!
 凄い似合っている。お世辞なしに。

「姫、何故ここに?」

「……飛田君が大丈夫かなって、思って……」

 恥ずかしそうに小声で抑えて、須藤さんがボソリと告げる。
 うん、そうしていると深窓のお嬢様っぽい。中身は喧嘩上手のお姉さんだけど。

「ひ、姫……」

 巨体が感極まったように目頭を濡らす。

「か、勘違いはしないでよねっ! 昨日、私が飛田君に酷いことをしちゃったから来ただけであってそれ以上のことなんて──」

『それはお前(あなた)の台詞じゃない!!』

 おぉ!? 二人とも息ぴったしですね。
 俺のツンデレアテレコは揃ってお好きじゃない感じですか?

「…………まぁ、言っていることは間違っていないのだけどね」

 須藤さんが予知通りツンデレ(最近使われ始めた言葉)している。感情の比率的にはデレツン?
 頬を染めて、視線をソワソワしている辺りポイントが非常に高い。
 是非とも俺の幼馴染になってくれませんか? 幼馴染のツンデレってオーソドックスらしいですよ?

 一方、巨体は瞳をパチクリしている。
 男がやっても可愛くない仕草に加え、巨体がやると威嚇いかくにしか見えない。
 教室内で戦闘勃発は勘弁だぜ、巨体!

「あ、さっきのは嘘うそ。冗談よ」

 俺の心配とは裏腹に、強者の須藤さんは巨体の威嚇を誤解せずにあっさりと流す。

「それよりも飛田君、本当に大丈夫なの?」

 さっきのツンデレ台詞を誤魔化しましたね須藤さん?

「大丈夫っすよ。打たれ強いのが俺の長所ですから」

「それしか取り得がないけどね」

 何となく茶々した。

「うっせぇよ」

 俺と巨体のやり取りをジーッと見つめる須藤さん。
 観察しているのは、巨体の怪我の様子に違いない。律儀で優しい人なのだから。

「姫?」

 須藤さんは納得したのか、一度大きく頷くと。

「うん、本当に大丈夫そうね。安心したわ」

 晴れやかな表情を巨体に向けていた。
 喧嘩に慣れているだけあって、怪我の程度もある程度お手の物なのだろう。
 素人目にはボコボコな巨体だけど、本人はこうして元気そうなので彼女の目に狂いはないと思う。

「俺、姫に心配してもらって凄く幸せです」

「元はと言えば私が悪いのよ。でも、飛田君って丈夫ね。普通だったら病院送りよ?」

 サラリと怖いことを言う人だなぁ……。
 俺はブルリと身体を震わせる。痛いの反対!

「あ、俺生まれつき他の奴より身体が頑丈っすから」

「生まれつきって……もしかして、その……先天性の?」

 気まずそうに須藤さんが控え目に俺の友人に訪ねた。

「ええ。見ての通り身体がデカイのもその影響っす」

「そっか……」

 ──さて、と。

 生まれつき? 先天性?
 言葉通りの意味で取れば、どちらも同じ意味だろうけど。
 どうにも二人の間には共通の認識として意味が通じているように見える。
 はっ!? もしかして俺だけ仲間外れですか?

「あのー、非常に申し上げ辛いのですが『先天性の』って何ですか?」

「生まれつき他の人間とはどこかしらが違う奴のことだ。って言うか、前に教えただろ」

 巨体に即答された。

「巨体の言うことはいつも話し半分に聞いているからなぁ」

「おいおい」

 お馴染み『マジかよ』顔の巨体に続きを促してみる。

「で、何が違うの?」

「そうだな……俺のように身体が極端に大きかったりするのが一番分かりやすい例だろうな。あとは、異常に足が速かったり、握力がやっぱり異常に強かったりとか、か。そう言えば、子供なのに大人の人格を持っている奴が居るって言うのも聞いたことがあったな。まぁ、要するに可能性としては何でもありなわけだ」

「つまり、生まれつき他の人とは違うってこと?」

 ふむふむなるほどと、俺の解釈が合っているか答え合わせを求めてみる。
 巨体は頷き、同時に呆れたような表情を見せる。

「そうだ。言っても無駄だとは思うが、さっき俺が言ったことそのまんまだからな」

「言われてみると、俺たち前後に生まれた子供に変なのが特に多いとか聞いたことがあるような……」

 知っていることを俺は思案してみた。
 俺たちの世代から急速に先天性の人は急増している。

「変なのって……お前なぁ」

「変なの、か……」

 巨体と須藤さんの反応はほぼ同時で、後者には複雑そうな感情が宿っていた。

「須藤さん?」

 彼女の声は明らかに色を失っていたのだが、名前を呼んだら、ハッとしたように平静へと戻ってしまう。

「……・いえ、何でもないのよ。それよりも、あなた達って学校でも個性的に生活しているのね」

「個性的、それはオブラートに包んだ表現ですね」

「まぁそうね」

(巨体さんや、巨体さんや)

 小声なのでカッコで表現して、巨体に話しかける。

(なんだ?)

(須藤さん、『先天性の』に辛いトラウマがある様子ですよ)

 話題を無理やりに変えた辺りがあからさまである。

(……あのさ、お前。それ思ってても口に出すなよな。色々台無しだから)

(ふむふむ。一つ勉強になりました)

「……二人とも聞こえているのだけど」

 ジトーとした目で須藤さんから見られている。

「そ、そんな……小声だったのに!?」

 俺は驚愕した。

「こんな近くに居るのだから小声もなにもないでしょうに……」

「じゃあ、トラウマなんですか?」

 率直な質問に、今度は顔色一つ変えず須藤さんが嘆息。

「はぁ……。別にトラウマではないけどね。でも、その話はまた今度ね」

「なんてふしだらな!」

「えぇ!? ど、どうして私がふしだらなのよ」

 あ、顔色が変わった。素で驚いている。

「あの、姫。こいつ相手にまともな対応はしないほうが良いですって。マジで」

「そうだったわね。はぁ……まったく」

 疲れたようにもう一度須藤さんがため息をつく。
 そして、きびすを返し赤茶のポニーテールがふわりとなびく。甘味のある高級な紅茶の香りがした。

「それじゃあ、用が済んだから私帰るわ」

 などとのたまったため、俺は即刻質問を投げかける。

「授業は受けていかないの?」

「うーん、今更って感じじゃない?」

「そっすか」

「そっすか、じゃない!」

 だからお前は巨体なんだよ! 先に相づちを打ちやがった巨体と釣れない返事の須藤さんに、俺は怒りプンプンである。

「須藤さん、きちんと授業を受けなさい」

「いや、でもね……」

「むむっ」

 先刻のように逃げ去る気配を感じて俺は警戒。
 甘々の巨体は「ナナシノ、俺たちに強制できることじゃないぜ」とか言いやがりますので、実力行使を決断する。

「仕方がない。最終手段発動。ぽちーーー」

 ダダダッという足音がどんどん大きくなってくる。
 そして、キキーッとブレーキ音。実際には聞こえなかったけど、感覚的にはそんな感じ。

「はい、ぽちです。せんぱい、結婚してください」

 勢いよくぽちが現れでた。
 ぽちは呼ぶとすぐやって来るちっこい生き物なのだ。

「……日毎に漫画じみてくるね、三和ちゃん」

「鍛えてますから」

 全然出来ていない力こぶを巨体に見せているぽちへと向かい、俺は使命を一つ授ける。

「よし、ぽちよ。この須藤さんと一緒に授業を受けるのだ」

「了解で……ふふっ」

 ぽち、女の勘が発動した模様。
 悪い女の笑顔を浮かべている。

「あなたが須藤さんカッコ姫ですか。分かりましたせんぱい、あたしが手取り足取りご指導……もとい調教しますので」

「頼むぞ」

 俺は雄大に頷いた。
 ちなみにぽちの台詞のカッコは俺がたまに発する()括弧と同じニュアンスです。

「いやいや、今三和ちゃんの台詞に不穏な言葉があっただろ!? しかもわざわざ言い直してたし」

「俺、巨体って言う突っこみ役が居てくれてとても感謝しています」

「感謝するならせめて違うことにして欲しいけどな……」

「と言うわけで、ぽちよ。頑張ってくれ」

「はい!」

 いつも元気のぽち丸が嬉しそうに使命を受諾したようだ。

「あ、あの……私、帰りますよ?」

 ガシッという手が須藤さんの左肩に乗る。
 身長差があるのによくやるのう、ぽちよ。

「さ、行きましょう、須藤さん。ふふふ」

「え? その……」

 あれよあれよという間に、肩を掴んでいた手は須藤さんの手へ。
 仲の良い女友達同士がするように手を握って、ぽちの右手は逃げられない手錠と化した。
 流石はぽちである。

「あ、せんぱい。この人一応あたしと同じクラスになっている須藤さんと同一人物ですか?」

「そうです」

 ふっ、須藤さんと初めて出会った日に学校名簿で彼女のクラスを調べていたのさ。まぁ、全学年もとからクラスが各一つしかないけどね。
 ……あと、須藤さんが年下ってことをよく忘れがちになる俺です。だってミニマムなぽちと同じ年には見えないでしょ?

「権兵衛、私帰るけど」

「駄目」

「駄目ですよ」

 ニコッとぽちが獲物を見つけた目で須藤さんに微笑む。俺も笑顔である。

「ひ、飛田君」

「……すみません、俺三和ちゃんには逆らえないので」

 目をそらしながら巨体。
 こいつはぽちには逆らえないビビリなのだ。デカイ図体がまるっきり飾りである。

「そ、そんな……」

 孤立無援に絶望する須藤さんを、ズルズルと引きずっていくぽち。
 むっ! そろそろだ!
 俺は機を読んだ。

「ああ、ごほん。授業をそろそろ始めても良いかな?」

『あ、どうぞ』

 熟練教師の問い掛けに俺と巨体は声を揃える。
 予感的中。

「どうぞどうぞ」

 慣れたものよとぽちも返した。
 そして、教師が須藤さんを見る。

「え? あの……」

 須藤さんは状況をつかめていない様子だった。
 だが、教師の期待の篭った眼差しを滅茶苦茶強く感じたらしく。

「……どうぞ」

 と、結局はそう力なく呟いていた。
 教師は非常に満足そうであった。





 
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