終わりに見えた白い明日

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10月7日(月曜日) 前編・穏やかな日常

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「いやー、悪いっすねー」

 今日も須藤さんのお婆さんに、食事へと誘われてしまった俺。
 もちろん、慎みと礼節を持って、二つ返事でオーケーしました。

「ふふふ、良いのよ」

「…………」

 三点リーダな須藤さんにジト目で見られている気がする。
 いやいや、自意識過剰だな。気のせいだと思うので、今は箸を動かそう。
 うん、美味い!

「やっぱり美味いですね。お婆さんの作るこの煮っ転がしは」

 これがお袋の味ってやつですか?
 食卓には茶色系のおかずが他にも並んでおり、どれを口に入れてもホッと心が和やかになる。自宅ではあまり食べることのない和風料理に、俺の食欲は爆発していた。バクバクバク。

「いっぱい食べて頂戴ね」

 ありがとうございます! 了解です!

「…………」

 須藤さんにまた睨まれた気がしたけど、うん、気のせいだよね。






「それじゃ、いってきます」

「いってらっしゃい」

 ニコニコと俺を送り出してくれる須藤さんのお婆さん。
 よーし、今日も一日頑張るぞー。

「……いってきます」

 何故だか、須藤さんにそっぽを向かれました。
 内心首を傾げながらも、俺は最近歩きなれてきた通学路を須藤さんと歩く。

 遠目でもお婆さんの姿が見えなくなる曲がり角を越えてすぐのこと。

「権兵衛!」

「ん? 何かな、須藤さん」

 今日もビューティフルですね。
 目がつり上がって、詰め寄られる俺としては内心ドキドキです。
 久方ぶりに臓器ブローカーされるかもしれない。

「『何かな、須藤さん』じゃない!」

「あんまり怒ると、身体に良くないよ」

 売られていく羊になるのは勘弁なので、俺はニコリと須藤さんに返す。
 出荷されないためには平常心が大事なのである。

「うるさい! そんなことはどうでも良いのよ!」

「牛乳はおいしいよ?」

 カルシウム、それは骨を作る大切な栄養素。

「ああー、もうっ! 話が進まないわよ! 黙りなさい!」

「うぅ……、須藤さん怖い」

 何だかんだで目の前の彼女とのやりとりにも慣れてきた俺は、しなを作り涙目で訴える。
 『きもっ!?』という巨体の戯言が聞こえた気がしたので、俺は憤慨した。幻聴です。

「で、権兵衛。なんであなた、うちで朝食食べているのよ?」

 俺のこびをうる仕草をいともたやすくスルーする須藤さん。
 流石だと感心しながら俺は質問の回答をする。

「お婆さんが良かったら食べていってと言っていました。サー」

「だからってね、毎朝食べにくるなーーーっ!!」

 めっちゃ怒鳴られた!

「うぅ……『そこはサーじゃなくて、マムよ!』と須藤さんが突っ込んでくれません」

 ちなみに軍事関係のお話だと、大抵の場合は女性の上官へもサーと呼ぶのが一般的だそうなので、ここは突っ込みどころではないと言う話もあったりする。

「私の話を聞けー!」

「いや、だって、須藤さんを迎えに行くついでに、ねぇ?」

 ふっ、青空が目に痛いぜ。
 俺は澄み渡る空を見上げて青春を感じていた。

「どこ見て、誰に話しかけてんのよ!」

「巨体あたりかな?」

「疑問系で返すな! あと、飛田君はここに居ないでしょ! ……はぁはぁ」

「須藤さん、グッジョブ」

 『はぁ』は一回ね、とか言おうかとも思ったけど、前にそのネタは使っているので、率直に褒めてみた。須藤さんほど律儀に突っ込みを入れてくれる人は貴重だ。
 俺は親指をぐっと立てる。
 須藤さんの突っ込みのキレはあの巨体に勝るとも劣らないぜ!
 精一杯の称賛である。

「……権兵衛にまともな返答を求めた私が馬鹿だったわ。冷静になりなさい、紅。大人になりなさい、紅。すぅ、はぁ……」

 何やら須藤さんが深呼吸をしている。
 有酸素運動ですか? 最低に十分くらいは動いておくと良いらしいですよ?

「……何というか、やっぱり家を教えたのがまずかったわよね」

 何やらブツブツ呟いてから、頭をブンブン振っている須藤さん。
 相変わらず須藤さんは面白いな♪
 音符マークを浮かべるくらいには、須藤さんとのやり取りは楽しい。本人には内緒だけどね。

「とにかくよ……なんであなたは毎朝うちまで迎えにくるのよ!」

「迎えに行かないと須藤さん、学校に行かないでしょうに」

「ぐっ……」

 即答には一応理由もあって、実は須藤さんのお婆さんにお孫さんを学校に誘って欲しいと頼まれていたりする。俺の意思にも沿っていたため、利害一致の結果が先ほどの須藤さん宅での食卓風景なんだよね。このことは俺とお婆さんとの秘密だ。
 秘密、なんて甘美な響きだろう……うっとり。

「で、でも、この一ヶ月毎日のように来なくたって……」

 窮する須藤さん。人が良いので正論っぽいことには反論しづらいらしい。
 そして、何だかんだで須藤さんと出会ってから一ヶ月も経っていたりする。
 それにしては二人の恋に進展が見られないけど……なんちゃってね。
 とりあえず、置いておくとして。

「ふっ、須藤さん分かっていないな」

「な、何がよ」

「俺が須藤さんの家に毎朝行くのは──」

「権兵衛がうちに毎朝来るのは……?」

 俺は真剣な顔でその理由を述べた。

「食費の軽減」

 バゴン

 言い放った瞬間、思いっきりカバンで後頭部をぶたれてしまう。
 ああ、なんて可哀想な俺。誰もが納得できる理由を折角考えたというのに、ご納得いただけなかった様子。
 どうでも良いけど、焼きそば食べたいですね。

「殴るわよ! もう殴ったけど」

 そんなこんながありましたけど、俺と須藤さんはいつものように学校へと向かいます。
 ええ、そうです。これが最近の日常なのです。
 ぐふふ。
 友達(?)と一緒に登校♪
 女の子と一緒に登校♪
 グッジョブだ俺。
 幼馴染じゃないけど、学校の友達と一緒に俺は今登校をしているぞー!

「学生生活ばんざーい! 俺最高!」

 心の叫びを口にしたら、須藤さんにそっと額を触られたのだけど、なんでだろう?






 ──空々しい。
 そんな自分を意識し始めたのは、いつからだったのだろうか。






「うっす」

「よぉ」

 須藤さんと途中で別れて教室までやってくると、「うっす」とか言いやがったムサイ男の姿が真っ先に目に入った。返答はしてやったが、朝一の教室で出会う相手としては、ウゲー。

「お前今、失礼なこと考えただろ?」

「気のせいダロ」

「そうかぁ?」

「し、親友の巨体クンにそんな失礼なことなんて、とてもとても」

「きもっ」

 図らずとも登校中に聞こえた幻聴が現実になってしまったらしい。
 俺の心に二十五のダメージ。
 俺はレベル二前後なので瀕死です。

「きょ、巨体よ……。俺はまだ復活の呪文をメモっていないんだ……」

「そう言えば、今日も姫と一緒に登校してきたのか?」

 無視!?
 まぁ、いいけど。

「ふっふっふ、羨ましいだろう?」

「……ふっ、そうだな」

 きょ、巨体のくせに少しカッコつけやがって。
 俺も真似してやる。

「ふっ、そうだべ?」

 って、違うから。
 微妙にどっかの方言入っていますからね。

「なぁ、ナナシノ。少し真面目な話をするが良いか?」

「えー、シリアス嫌いー」

「女子校生みたいなしゃべり方をするな、きもいから」

 俺の心に二十五のダメージ。
 おお、権兵衛よ芯でしまうとは情け──

「で、本題だが姫に関してのことだ」

 …………。

「やっぱり、お前にはその表情の方が似合っていると思うぜ」

 ……茶化すなよ。
 それで、本題は?

「ああ。今朝、三和ちゃんに聞いた話だが──」

 …………。

「なるほど、教えてくれてサンキュウな」

「なぁ、ナナシノ。最近のお前、俺は良い傾向だと思うぜ」

 張り詰めていた空気が途端で霧散していた。

「俺は巨体が何を言っているのか分かりません」

「とにかく頑張れよってことだ」

 ……ったく。相変わらずお節介な奴だよ、お前は。






「せんぱい、せんぱい」

「おっ、ぽちか。久しぶり」

 昨日は祝日だったのだ。

「はい! お会いしとうございました」

 お昼休みの時間。いつものようにぽちがやって来る。須藤さんも腕を勿論引っ張られてこの教室に居た。

「久しぶりって、昨日会わなかっただけでしょうに」

 突っ込みを入れた須藤さんを、ぽちがキッと睨む。

「うっ」

 即座にたじろぐ辺り、相変わらず須藤さんはぽちのことが苦手のようです。

「あ、どもっす、姫」

「えぇ……はぁ、最近、無駄に身に付いてきた突っ込みが恨めしいわ」

 苦手なぽちにさえ突っ込みを入れてしまうくらいだからね。

「まぁ、奴と一緒に居れば自然とそうなりますかね」

「飛田君もその口?」

「ははっ……」

「……同士がこんなところに居たのね」

 巨体が須藤さんの言葉に何やら感銘を受けた様子で……ほんと何で感動しているんだろう、こいつは? そんで、巨体は目の前のお姫様の名前を割かし大き目の声で叫んだ。

「姫!」

「飛田君!」

 ……まさか共感して抱きしめ合う気じゃないよな?
 俺は何となくムスっとした。

「こんな感じで最近、須藤さんはボケもできるようになってきたんですよ」

「ほうほう」

「はっ!」

 須藤さんが何かに気付いたかのように、ぴたりと動きを止める。
 ぽちの口出しがなかったら、ノリで巨体に抱きつこうとしていましたよね?
 あと、ぽちよ、褒めてつかわすぞ。

「朱に交われば赤くなる、か」

「ちょ、ちょっと飛田君! 何他人事みたいに呟いているのよ!」

「俺はもう手遅れですから……」

 はははっ、と巨体が力なく笑ったので、俺は奴の心の内を代わりに述べてみた。

「飛田君のその表情で私は全てを悟ったような気がした。私は飛田君を超える突っ込みプレイヤーになれる、その素質が……えうっ!」

「勝手に人のモノローグを作るな!」

「うぅ……痛いよ」

 須藤さんに殴られた。あんまり力が入っていなかったので、実のところ痛くはない。気分的な問題である。

「せんぱいに手を挙げたな。須藤紅! あたしはお前を赦さない!」

「ご、ごめんなさい。つい……」

 ぽちが糸目を止めて狂犬にジョブチェンジしてしまったので、本当のところを告げておこう。須藤さんも弱気だし。

「まぁ、冗談だけどね」

 険悪な雰囲気になる前にフォローを入れる俺。素晴らしいね。

「なんだぁー。あたし、つい本気になっちゃいましたよ」

「このうっかりさん♪」

「てへ♪」

 すっかりいつもの笑顔しかない糸目なぽちに戻っている。
 めでたし、めでたし。

「……ねぇ、飛田君。私のこの怒り、どこにぶつければ良いのかな?」

「さ、さあ……」






 いつもの帰り道。要するに朝とは逆ルートの須藤さん家への通学路。

「るんるん♪ らんらん♪ きゅるる~ん♪ えへへ♪」

「──と夢見る乙女のような言動を発しながら、俺の隣を須藤さんが歩いています」

「ま、待ちなさいっ!! 権兵衛が変なことを言うのはいつものことだけど、私への誤解を招く発言はしないで、お願いだから」

「えー」

 確かに冒頭の台詞は俺だけどさ。

「えー、じゃない!」

「相変わらず素敵な突っ込みありがとう」

 俺は突っ込みの的確さを称えた。称賛である。多分本日二度目の称賛。

「……はぁ。相変わらず訳分からないわね、権兵衛は」

「え? 俺ほど分かり易い人もいませんって、マジで」

 俺は体現するように、キリっとした。

「真剣な顔して、そんな大嘘をつくのはやめなさい」

「うぅ、須藤さんが冷た~い」

「はぁ」

 最近須藤さんため息多くない? あ、ため息は出会った頃からか。

「で、須藤さん」

「話の前後が繋がっていないけど、何?」

 大分、須藤さんも俺のノリに慣れてきている気がする。

「俺、クッキーって結構好きなんですよ」

 チョコチップとか良いよね。

「ふーん、それで?」

「今日のおやつはクッキーで決まりですね」

「そう、良かったわね」

「やっぱり手作りが良いですよね」

「そうね。料理の腕が達者な権兵衛なら、クッキーぐらいわけもないわよね?」

「あ、実は材料を用意してあるんですよ」

「それじゃ、あとは作るだけね」

 ふーん、な感じで軽く話しを流している須藤さん。
 上手く想いが伝わっていないようなので、端的に述べることにしよう。

「今朝、須藤さんの家に寄った時、お婆さんも楽しみ」

「はぁ!? ねぇ、今の発言はどこの言葉にかかるの?」

 いきなり現実世界に戻された異世界の勇者みたいな顔をして、須藤さんが詰め寄って来る。
 うん、この例え分かりづらい。

「『あ、実は材料を用意してあるんですよ』のところかな」

「今日も家に来る気満々じゃないのよ……」

 須藤さんの肩をガックシと下ろした様子に、俺は純粋にハテナマークを浮かべた。

「何、その当たり前でしょう? って顔は!?」

「お婆さんも楽しみ、楽しみ♪」

 朝、須藤さんのお婆さんは快くクッキーの材料を受け取ってくれました。
 なので皆でクッキーを食べるのは確定事項なのです。

「くっ……」

 俺のトドメの一言に言葉を返すことができないお婆さんっ子の須藤さん。
 何と言うことでしょう! 須藤さんはお婆さんに弱かったのです。

「最近、うちのお婆ちゃんと権兵衛が同盟を結んでいる気がするのは、私の気のせいかしら……」

 ギクリとしたが素知らぬ顔を俺は浮かべて。

「と言うわけで、須藤さん楽しみにしています」

「……結局、私が作るのね……」

 須藤さんが喜びのあまり涙を流していました。






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