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9月3日(火曜日) 後編・臓器ブローカーと巨体
しおりを挟む「まったく、変な目で見られたじゃないの!」
人気のない公園に俺は連れて来られました。
ここで俺は売られていくのでしょうか?
はっ! 他の人の気配がないと言うことは!?
「臓器ですか、臓器なんですね? うぅうぅ」
「だから、何の話よ!」
「まさか、臓器ブローカーがこんなにも若く美しい女性だなんて……」
普通は黒尽くめの怪しい男と相場が決まっているはずなのに、予想の斜め上をいってくれました。
「えっ、美しい? 私が?」
目の前でお姉様は少し嬉しそうな顔をしています。……もしかして、おだてられるのに弱い?
「……ごほん、そうじゃなくて、臓器ブローカーじゃないわよ、私は!」
否定されました。
やはり俺は売られていくのでしょうか?
「で、出来れば生暖かい国が良いです。寒いと死にます」
売られていくのなら主張はしっかりしておくべきです。後の待遇改善が見込まれる可能性が小数点以下で発生するかもしれません。
「あぁ、もう! 何を誤解しているのか分からないけど、私は普通の、女の……子よ。分かった!?」
「でも、貸し借りはなしって……」
頬を染めたり照れたりしていたお姉様がキリっと初対面時の表情に切り替わります。
「さっき助けてもらったお礼よ。ほんとは助けなんていらなかったけど、結果的に助かったのは事実だから。それより、どう曲解すれば臓器ブローカーとかが出てくるのよ?」
「『ジャンプしてみろよ』→『利子は一日十倍な』→『売られていく羊』→『臓器』」
「……とてもユニークな頭の構造ね」
「よく言われます」
お前の頭の中って宇宙だな、とは友人の談。
「はぁ、なんだか疲れたわ」
お姉様が瞑目してため息を洩らします。
「途中で出てきちゃったけど、とりあえず奢ったのは事実だから、これで貸し借りはなしね。じゃあ、私は行くから」
右手を振って『あばよ』みたいなポーズで足早に去ろうとしていたお姉様。俺は純粋な気持ちで後背に問いかけます。
「どこへ行くのですか、お姉様?」
「……そのお姉様ってやめて、マジで」
足をピタリと止めて、振り返り、ツカツカと戻ってきたお姉様が頭を抱えています。
「ええと、どこへ行くのですか、女の子よ(初期状態)」
「……あのさ、喧嘩売っているの? カッコとか意味分からないのだけど」
お姉様の声のトーンが一つ低くなりました。
今更ですけど、以前からカッコの部分も全部発声していましたよ、俺。
「そ、そんなことは滅相もありませんことよ」
「…………」
くっ、またしても三点リーダによる沈黙が心に痛い!
「あ、あの……?」
諦めたように吐息を洩らした女性は、平静を浮かべて俺の目前へと寄って来る。
目線がほとんど同じのため、互いの身長差はほとんどないと今気付く。
「普通に話しなさい、普通に。あと、私の名前は須藤紅よ」
「……え?」
いきなりの自己紹介に俺はビックリです。
「名前を言っておかないと、ずっとお姉様って言われそうで嫌なの」
ええと、今までの話を総合するとお姉様改め須藤さんは別段怖い人ではなく、むしろ良い人? と考えても良いのでしょうか。
妙に義理堅いようですし、おだてられると弱い様子も見て取れました。
……うむうむ。
よしっ、普通に話せば良いんだな、普通に。俺は即座に切り替える。
「よっ、紅、遊びに行こうぜ」
あ、人がガクッと膝折れたのを初めて目撃したよ。
「ふ、フランク過ぎるわよ! さっきと言っていることが違うし」
「俺のことは名無しの権兵衛で良いぜ」
「聞いていないし……。まぁ、良いわ。それで権兵衛、私に聞きたいことがあったんじゃないの?」
えっ? 突っこんでくれないの?
俺の本名、名無しの権兵衛じゃないよ?
仲間内じゃナナシノで通っているから別に良いけどね。
再度の質問を許されたようなので、俺はもう一度彼女に訊ねる。
「須藤さん、どこ行くの?」
「……ここまで来るのに、どれだけ無駄な時間を費やしたのだろう……」
須藤さんが疲れたような声でぼそっと呟いた気がする。
不良達との戦いで疲れていたのだろう。
「はぁ。返答としては、あなたには関係のないことよ、と言ってあげるわ」
「そ、そんな! 俺と須藤さんとの仲じゃないか!」
「どういう仲よ、どういう!?」
「羊と臓器ブローカー?」
「まだ引っ張るか! あと疑問系で聞かないで、お願いだから」
「須藤さんが臓器ブローカーでも俺は良いのです」
「良くないわよ!」
うん、須藤さんの突っ込みが中々にキレキレだ。
初対面でこの感じなら、多少の深入りも出来そうかな?
「それよりも、須藤さんがどこに行くのかが気になります」
「何でよ? 私とあなたは初対面、会ってすぐさようならの関係よ。もしかして、私が食事を奢ったから勘違いしている? あれは借りを返しただけで、それ以外の意味なんて一切ないわよ」
「須藤さん、歳はいくつ?」
「はぁ?」
「いいから、いくつ?」
渋々ながら、須藤さんが自分の年齢を教えてくれる。
この律儀さ、やっぱり良い人で間違いない。
けれど、聞き間違いだろうか? 伝えられた年齢だと……。
「俺の一つ下!? えっ、えっ?」
「な、何よっ。私が老けているとでも言いたいわけ?」
「いやいや、年上かなって思っていただけだから」
キリっとした表情に茶赤のポニーテール、上はラフな白のワイシャツに、下はスラリとしたインディゴのジーンズ。女性としては大分高めの身長のモデル体型。どう考えても、カッコいい系な年上のお姉さんだった。
「……年上って結局老けているってことじゃないの。で、私の歳が何だって言うのよ?」
「俺の一つ下ってことは、学校に通っているか、働いているかだよね?」
義務教育は終わっている年齢なので大体はこの二択に当てはまるだろう。
「そうね」
「で、どっち?」
「どっちでも良いでしょ。あなたには関係のないことなのだから」
プイッとされるけど、俺はめげない。
「そうもいきません。人生の先輩として、俺は須藤さんを放っておけません」
もちろん大体の答えを察した上での台詞である。
「何? もしかして、昔流行のストーカーって奴になるつもり?」
「すとーかー?」
「いや、良いわ。あなた変な人だけど、ストーカーにはなれそうにないし。そもそもストーカーする前に捕まりそうよね」
俺は頭にハテナマークを二つ浮かべる。
ストーカーって確か……とか考えていると、無言の圧力を掛けていると誤解したのか、須藤さんは観念した様子で、またまた律儀にも俺の質問に答えてくれた。ほんと素直で優しい人である。
「……一応、学校には通っているわよ」
この地区に学校は一つしかないわけで、自然と須藤さんの通う学校は絞られる。
そう、俺の通う学校である。
「ふむふむ、それじゃあ学校に行きましょうか」
「行かないわよ」
「何と言うことでしょう……学生が学校に行かないと言うのです!」
俺は天に告発しました。身振りで祈りも捧げます。
「大袈裟に言わないっ! 今の学校なんて、全然行かなくても卒業できるから良いのよ」
どこかで聞いた台詞である。具体的には今日の起床時あたりに。
なのであまり強く言えなくなってしまった俺は、とりあえず彼女の言い分を聞いてみることにする。
「むむっ。それで須藤さんは学校に行かないで、どこに行くの?」
「だから、関係ないでしょう」
「えぇー」
「はぁ……私、もう行くから」
「どうしても行くのかい?」
「何でシリアスな顔しているのよ」
人の良さから釣られてくれるかと思ったが存外意思は固いようだ。
律儀な人ではあるけど、信念を曲げないタイプかもしれない。
「仕方がない。ここは引きましょう」
「はいはい、さようなら」
先ほどと同じように「あばよ」とか「じゃあね」のポーズで須藤さんが去って行く。
あ、そうだった。
「須藤さん、オレンジジュースごちそうさまでした」
俺のお礼に「いえいえ」と彼女は返してくれて、今度こそ須藤さんの姿は街中へと消えていった。
……さて。
それじゃあ、俺も学校に行くとしますか。とっくに一時限目は始まっているけどね。
「よう、ナナシノ。重役出勤だな」
教室に入ると、巨体がいつものように声をかけてくる。
俺の一つ前の席に座っているので黒板が見え辛いことこの上ない。
だが、俺は寛大な心でこの毛先とげとげミディアムヘア男のことを許してやっているのだ。
「うむ、よきにはからえ」
「態度でけぇよ、こいつ。で、寝坊か?」
大発見。俺の二倍近い身長の人にデカイと言われると逆に気分が良いかもしれない。
上機嫌になり俺は巨体に先ほどのことを伝える。
「いやいや、朝に素敵な出会いをしてしまってね」
「食パンくわえた転校生とでもぶつかったか?」
「惜しい!」
「惜しいのか!?」
恰幅の良い学ラン姿の友人が「マジか!?」という顔をする。
俺はうんうん頷き、朝のサプライズな出会いを要約した。
「ぐらっぷらーなお姉様にオレンジジュースを奢ってもらった」
「なんだよ、それ?」
「素敵な出会いだろ?」
「意味分かんねぇし。ま、いつものことか」
「それでさ、それでさ」
「それでさは一回な」
あ、一回多かった? それでさー。
「ここら辺で暴れている不良のお兄様方の詳細って分かる?」
「おいおい、そんな奴、山のように居るだろ」
「おいは一回な」
折角指摘してやったのに巨体は黙殺しやがった。何たる失礼! ぷんぷん。
てか、山のように居るの? 強面さんたちって? チョー怖くね?
「何、からまれでもしたか?」
「イエス、オフコース」
「俺、英語苦手だから」
「俺も。でさ、そいつら、気絶はしたけど結構無傷っぽいわけよ。どうよ?」
見た目は死屍累々だったけど、絶妙に手加減していた感じなんだよね須藤さん。
「色々過程がぶっとんでいるが、伸したんだったら、そりゃ後で仕返しに来るな。って、お前がやっつけたのかよ!?」
「ふむふむ」
「ふむふむじゃねえよ」
「この巨体の名前は飛田透。身長約三メートル(過少申告)、体重数百キロの巨体だ。こいつはこう見えてこの辺でも名の知れた元ヤン(古めかしい表現が嫌いな人は元不良でも可)で、この街の裏っぽいところに顔が利く。で、俺とは妙に馬が合って、こうして友達をやってやっている」
「誰に言ってんだよ。あと、巨体って二回言うな。ついでに、何様だてめぇ」
「実は俺、昔こいつに一緒に登下校しよう(ハート)って言ったら、キモイとか言われて断られたと言う悲しい過去を持っていたりします」
「何、遠い目して語ってんだよ」
「ブロークンハート」
「俺、英語苦手だから」
「俺も。でだ、巨体、頼みがある」
「どういう流れか分かんねぇよ。あと、巨体って言うな。それで、何だ?」
「実はな──」
旨を伝える。
「おつけい、引き受けたぜ」
「おぉ、すんなり。あと、お前、英語苦手だな」
「うるせぃ」
だが、これで依頼は完了した。頼んだぜ、巨体。
「……あぁー君たち? 授業を進めても良いかな?」
『あ、どうぞ』
熟練教師のゴホンという台詞に、俺と巨体はぴったり声を合わせる。
何事もなかったかのように二時限目の授業は再開されたのだった。
こんな感じで一日はアッという間に過ぎ去り、夜の自室。
明日に備えて、いつもよりも早めにベッドに入る。
「さてさて、明日は早めに起きてと……」
早い時間に目覚ましをセットして、俺は深い眠りへと落ちていくのだった。
【路地裏と少年】
悲しい瞳をした少年だった。
あらゆるものに絶望して、行き着く先を見失った者。それが彼だった。
狂犬じみていた彼の気性に面影はなく、ただ哀しさだけが残っていた。
思えば、元の気性だけが彼を支えていたのかもしれない。
誰もが成し遂げていないことを実現し、あらゆるものをひれ伏せさせ、彼には羨望のみが集まった。
けれど、彼は羨望が集まる度に絶望を覚えていたのだろう。
満たされる度に哀しさを覚えていたのだろう。
結末がここにあった。
決して癒されることのない心だけを道連れにして。
私は彼に話しかける。
彼は答えない。
おそらく、今の彼に何を話しかけても無駄なのだろう。
それならば、と私は一つの質問を投げかけてみた。
後悔しているのか、と。
少年は無言だった。
しかし、『ああ』と言う声を確かに聞いたような気がした。
応援ありがとうございます!
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