終わりに見えた白い明日

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10月9日(水曜日) 後編・過去と今

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「前日と同じように待ち続けていると、またあの男の子たちがやってきたの。身体中を絆創膏だらけにしてね。頭に血が昇ってはいても、骨折とかをさせていない自分は結構凄いのかもと思ったり。で、その男の子たちは何も言わずに私に襲い掛かってきたわ。今度はナイフも何も持たずにね。後は昨日の繰り返し、私はその子たちを倒して、家に帰ったわ。今度は気が削がれたと言うよりは、ほんの少し彼らに感心していたからかもね」

 須藤さんにとっては思い入れのある記憶なのだろう、留まることなく彼女は珍しく饒舌じょうぜつをふるった。俺も聞きに徹する。

「普通はあれだけボコボコにされれば、リベンジしようなんて考えないわ。しかも、武器を持って多勢でかかってあの結果だったんだから。それでもって、また次の日。最早滑稽なんだけど、またこの場所を訪れていたわ。まさかとは思ったんだけど、例の如く彼らも現れて以前の繰り返し……さすがに私は理由を訊ねることにしたの。どうしてこんなボロボロになりながらも、私のところにやってくるのか、って。そしたらね、なんて言ったと思う? 『あんただけがオレたちの相手をしてくれるから』そう言ったのよ」

 とても優しい瞳で須藤さんが言う。

「彼らは別に、私に倒されたのが悔しかったわけでも、強くなりたかったわけでもない。ただ、自分を自分として扱ってくれる他人が欲しかった、それだけだったの。彼らとはそんな形で暫く付き合いが続いたわ。本当は喧嘩の真似事みたいなことを続ける必要はなかったんだけど、彼らがそれがなければここに自分たちが来る意味がなくなると言って、どうしても聞かなかったからそれも続いていたの。もちろん、怪我をしない程度に程々に相手をしていたのだけどね」

 彼女らしい不器用な優しさだと思った。

「この時からかな、私がこういうことを続けるようになったのは。一歩間違えると、私はただの危険な人になってしまうんだけど、幸運にも彼らと同じような意味を求めて、喧嘩を挑んでくる人がいるから私は今日みたいなことをしているの。無駄に喧嘩が強いだけの私も、人の役に立てるんだな、ってね。そんなわけで気付けば、この路地裏を訪れた最初の理由は自然と消えていたのよね」

 そこで須藤さんの言葉が途切れる。
 彼女の話は終わりなのかもしれない。
 一つの話としては中途半端なところで終わっている。
 この話を始めた理由が、須藤さんの喧嘩の真似事の理由だったので目的を達成していると言えば達成している。

 それでも、どうしても気になる部分があった。
 この話には結末があるはずなのである。
 だから……聞いてはいけないこととは気付きながらも、その質問をしていた。

「彼らは今……」

 彼女は俺の言葉を予期していたのか、静かに頷いて口を開いた。

「……うん、そうだね。ここまで話したんだから、結末まで言うべきだよね」

 一度だけ須藤さんが目を瞑る。
 そして、懐かしむような悲しむような、とても優しい表情で彼女は続けた。

「彼らは『先天性の』人間だったの。先天性の人は普通の人よりも優れた何かを持っているけど、その代償として非常に短命になってしまう。先天性の人で二十歳を超えることができる人はほんの一握り。例え、超えたとしてもいずれは……」

 ……その上、先天性の人間はその異端な肉体、才能、能力故に社会的に腫れ物を扱うような扱いを受けることが多い。
 それ故に、そのことを隠して生活を行っている者もかなりの数存在しているらしい。
 しかしながら、それを隠せたとしても、短命と言う運命から逃れることはできないため、自暴自棄に走る人間も少なくはない。

 先天性の話だけで須藤さんの表情の理由が完全に理解できてしまう。

「彼らも残念ながら、その枠の中の人たちで出会ってから一年も経たないうちに全員が亡くなってしまったわ」

 少し悲しそうに声をおとして、須藤さんは言った。
 その結末は予想できたはずなのに、彼女の口からそれを聞くと酷く心が痛んだ。
 だけど、打って変わって、明るい声で彼女は言う。

「でも、彼らが先天性の人たちだったから、彼らの想いは私が引き継いでいる。それを私は誇りに思っているの」

 先天性の人間は生まれた時からある程度自身の死期を悟ることができる。
 個人差はあるが、最低でも自分の死の一年前までにはそれを悟ってしまうらしい。
 ほとんどの場合、それは負の方向へと影響してしまうらしいのだが、今回は幸運して、須藤さんに想いを残すことができたと言うことなのだろう。
 そして、おそらく今須藤さんがこの路地裏で相手にしている人々のほとんどが──。

「──とまぁ、こんな感じよ。我ながら、とんでもないことしているわよね」

 苦笑いを浮かべて須藤さんが言う。
 確かに理由を知らない人が須藤さんの行為を見れば、一方的な暴力か、柄の悪い男に絡まれている可哀想な女性のどちらかの見方しかされないだろう。
 しかし、彼女がしていることは──。

「……いや、とても立派なことをしていると思う」

「うーん、そう言われるとなんだか申し訳なくなってくるわね。私も何だかんだで楽しんでやっているところがあるし」

 恥ずかしそうに若干頬を赤らめる須藤さん。

「今度からストリートファイター・クレナイと呼びますね」

「やめてー!」

 お互いに冗談を言い合って、須藤さんの過去話が終わる。

 ……ふと思う。

 彼女は何故この話を突然してくれる気になったのだろうか。
 偶然、自分がそれをしている姿を俺に見られたから?

 違う。

 これは彼女なりの誠意だ。
 俺がした一つの過去の告白に対する、彼女の誠意。
 友人として、お互いが同じ場所にいるために必要なこと。

 彼女は俺のことを……友人と認めてくれている!

 互いに対等な関係だと認めてくれている……。

 ──その事実に、俺は、胸を締め付けられた。







「くっ、このままサボろうと思っていたのに……」

「学生の本分は勉強です」

 あの後、俺は嫌がる須藤さんを連れて学校に戻ってきていた。
 ちなみに少し寄り道をしてきたのでもう昼休みに入ってしまっている。

「おっ、帰ってきたか」

 須藤さんが諦め悪く逃走を図っていたので、ガシッと腕を掴んで巨体の元へ。

「たでぇーま」

「どこの方言だよ。あと、姫を離してやれよ」

 仕方がなく、須藤さんの腕から手を離す。
 観念したのか逃げ出すことはなかった。

 巨体はあらかたの事情を悟っていたのか、特に追求するようなことはしなかった。
 そもそも、路地裏と言ったのはこいつだから、須藤さんのああ言う事情も知っていたのだろうな。

 ん? 路地裏と言えば……。

「そうそう、ピーター君がよろしくだって」

「へぇ、あいつと会ったのか」

「ザッツライト」

「がっつらいと?」

 あはは、こいつ馬鹿だ~。

「まぁ、それはさて置き。彼は今、ファーストフード店で厨房の仕事をしているそうな」

「ほぉ、あいつがな」

 感心するように軽く唸り声を上げる巨体。
 付き合いが短ければ、それを威嚇いかくの遠吠えと捉えてしまわないだろうか。否、捉えてしまうだろう(反語表現)。

「で、なかなか良い腕でした」

「その店に寄ってきたのか?」

「オフコース」

「……英語はやめてくれ。まぁ、何となく意味合いは取れるがな」

「ピーター君は勤労少年。対して、ここに居る巨体はただのヤンキー」

「待て待て、こんな立派な勉学少年に対して何を言っている」

「少年?」

「反応するのそこかよ!」

「巨体君、少年とはどんな字を書くのか知っているかね?」

「少ないと書いて年だろ?」

「その通り。少年とは俺のように年若い者のことを言うのだよ。ふぉっふぉっふぉっ」

「てめぇと同い年だよ!」

『!?』

 今二人分の驚きが重なった。

「今、初めて知ったかのような驚き方をするな! ……あと、何で姫まで驚いているんですか」

「な、なんとなく……」

 言葉尻を濁してしまう須藤さん。

「……俺、自分を見つめなおす旅に出ることにします」

「ああ、冗談よ、冗談」

 にこっと須藤さんが素敵な笑みを見せて、巨体を引き止める。
 何が冗談で、何故笑顔なのか不明である。
 まぁ、察するところ誤魔化しているんだろうな、うん。
 あたふたしているし。
 こういう須藤さんは結構レアである。

「……俺、イメチェンしようかな」

 それを悟っていた巨体は普段は使わない英語(?)を使うほどショックだったらしい。
 寂しくルルルーと風が吹いている。

「うぅ……」

 返す言葉がないとはまさにこのことである。

「飛田先輩は居ま──ああっ! せんぱーい♪」

 ぼふっとぽちが俺の元に飛び込んでくる。

「こらっ、ぽちの助! 空気を読みなさい」

 折角、レア須藤さんを見れているのに。

「ご、ごめんなさい……」

 訳も分からなく無条件で謝るぽち。

「やあ、三和ちゃん」

 口調だけは爽やかに巨体がぽちを出迎える。
 ショックから立ち直ったように一見見えるが、実際はかなり引きずっているのだろう、口調に無理があり過ぎである。

「話しかけんな、年増」

「っ!?」

 おぉ、その言葉は今の巨体には見事にクリティカルヒットですよ。
 ぽちよ……いいぞ、もっとやれ。
 と言うか、さっきまでの巨体と須藤さんの会話を盗聴していましたか?

「…………」

 巨体三点リーダを用いて放心。
 今更だけど俺の周りには三点リーダ使いが多すぎて、テンテンテンを表現するのも大変なのである。

「ああ、何が何やら……!」

 一人あたふたする須藤さん。
 ぽちの暴言が巨体の年齢に関する話題からの派生だと気付いている様子だ。

「うぅ、せんぱい」

 そして、半べそなぽち。
 見事なまでに混沌と化した我が周辺だった。
 でも、まぁ、これが俺たちの日常なんだよな。
 爽やかな瞳で窓の外を見る。

「こんな何気ない日常がこれからも続いていくのだろうな」

 ふっ、決まった。
 これがドラマとかだったら、ここでエンディングが流れます。

『と言うか、てめぇ(あなた)が発端だろうが(でしょうが)!!』

 巨体と須藤さんにダブルで殴られました。
 えぇ、なんで!?






「そう言えば、どうして今日あなたはあそこに来たの?」

「へ?」

 学校からの帰り道、不意を突く質問がやってきた。
 思わず聞き返してしまう。

「路地裏のことよ」

 まさか、須藤さんのことが心配で探しに行ったとは言えないだろう。
 それを言ってしまえば、何故心配していたかと言うことになり、すぐにボロが出てしまう。

「あなたが学校をサボるなんて珍しいでしょう。だから、何か理由があったのかなって。……ってもしかして、私のことを捕獲するために来たの!?」

 日頃の行いが実を結んで(?)須藤さんが勝手に結論を導き出してしまう。

「ふっ、もちろんさ、ハニー」

 内心ドキドキしていたのは内緒だ。

「くっ、段々と権兵衛の魔の手がパワーアップしているわ」

 ハニーには突っ込んでくれないのですか?
 最近、突っ込みが手抜きな気がします。
 と、冗談はこのくらいにして。

「まぁ、ああ言う事情があるんじゃ、俺は何も言えません」

 路地裏での須藤さんの話を思い出して、また胸が苦しくなった。

「うん、ありがと」

「でも、それ以外の理由で学校はサボらないように」

「うっ」

 図星だったのか須藤さんが言葉を詰まらせる。
 そんな須藤さんが少し可愛らしくて、俺は知らず知らずのうちに自然な笑みを洩らしていた。






 ありふれた日常が続いていく。
 だけど、虚構はいつか破られるもので──。






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