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第1章
第34話 バーソン商会
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両開きの玄関を通って中に入ると大きな部屋があり、そこは食堂になっていた。
奥には厨房と10以上の個室。トイレは外で風呂はなし。行商仲間やその護衛、使用人なども寝泊まりしているらしい。
「行商人なのに、家を持っているってことは、この村の出身?」
「俺の家じゃない。ここはバーソン商会の持ち物でね」
理希とグラヴィスは、食堂の片隅で木のテーブルを挟み、向かい合って椅子に座っていた。
ミケはフードの中で寝息を立てているから、昼寝中なのだろう。ハチは入ると床が抜けそうなので、馬たちと一緒に外で待機してもらっている。
「ちなみに俺は王都『ウィステリア』の出身だ」
「バーソン商会って?」
「俺の雇い主さ。レメディウム王国内だけじゃなく、クリーメン帝国やプリンキピア神聖教国とも取引している、まぁ、この世界で知らない奴はいないってくらい有名な商業組織だ」
理希の顔を見ながら、グラヴィスは口角を上げた。
「……、そうなんだろうね」
僕が何者なのか探っているみたいだけど、説明してよいのか分からないから困る。転生者って他にもいるのか?
「レメディウム王国にクリーメン帝国、プリンキピア神聖教国…」
指を折って確認する。この村はレメディウム王国領で首都がウィステリア…、なのかな。
「その他に、アグライア・オドラータ辺境連合の都市国家とも商売してるぞ」
「……」
固有名詞がいっぱい出てきて頭が追いつかないから、後で整理したほうがいいかも。
「ところで僕のことを貴族のボンボンと思った理由を聞いてもいい?」
自慢じゃないけど、これまで高貴さとは無縁な生活を送ってきたから、なぜなのか気になった。
「二点ほどある」
ブイの字に左手の指を二本立てた。
「一つは、こんな僻地の寒村に来るような酔狂な奴は、冒険者にもいないってことさ」
「グラヴィス…、さんも、そんな村に来てるじゃないか」
「俺は商売人だからな」
ため息を吐き、鼻の頭を掻いた。
「呼び捨てでいい。俺もそうするから」
「採算とれてます?」
「……、なかなか鋭いな。来れば来るほど赤字さ」
「じゃあ、なんで?」
「俺は雇われの身だからな。詳しい理由はしらん」
両手の平を上にして左右に軽く上げ、首を振った。わざとらしい大げさなジャスチャーだ。
「ボランティアってわけでもなさそうだね」
なにか隠してそうだけど、深入りすることでもないし。これ以上追及するのはよそう。
「後2、3ヵ月もしたら、行商も難しくなるだろうがな」
「それはまたどうして?」
「……、秘密なんだが、まぁ、いいか。神の力が弱まってるからさ」
「神の力?」
「弱まったり強まったり、数百年単位で周期があるらしいが、各国の動きがなにかおかしい」
グラヴィスは中腰になって顔を近づけ、声を潜めた。
食堂には他に人がいないから、そんなことする必要はないと思うけど、重大なことを話しているという演出をしているのかも。
「え~と、で、弱まるとどうなるの?」
「……、魔物が増加する」
グラヴィスは苦笑して椅子に座り直した。
「なるほど。だからこの村周辺でも、キラー・ラクーンが増えているのか…」
「いや、それはまた別の理由だよ」
「ややこしいなぁ…」
ミケを起こして、一緒に聞いてもらった方がいいような気がしてきた。
「この地域の守り神だった神鳥が、ここ数日姿を見せないらしい」
「へぇ…、守り神なんていたんだ」
「俺に言わせれば、ただの大喰いの化け物だけどな。領域を侵したら人間も襲うし」
「化け物…」
「毎日魔物を喰い散らかしてたから、漆黒の森が近いこんな場所でも人間が住めたのさ」
「いなくなって数日で影響がでるほどの大食漢か」
漆黒の森ってのは、魔王と関係があるのかな…。
「神の御使いとして祀ってる社が西の丘にあるから、気になるなら今度案内しよう」
「別にいいや」
理希は無下に断った。いや、ほんとに興味ないし。
「それで、二つ目は?」
「ボンボンと思った理由を話している途中だったな。お前さんが着ているそのローブと、ウェインにあげたマントさ」
「あぁ…、これかぁ…」
家の中も外と気温はたいして変わらないので、脱がずに着ていたベンヌ・ローブを触り、改めて確認した。
レアアイテムだとは思っていたけど、『装備者』=『金持ち』と認識される、という考えは、これまで浮かばなかった。
「価値を知っている奴なんてそうそういないが、気をつけることだ」
「気をつける? なにを?」
「世の中、悪い奴が多いってことさ。盗まれるだけならまだいいが、命を奪われることもある」
「……」
「いやぁ、なんの躊躇いもなくあのマントをあげちまったときは驚いたね」
「見てたの?」
「俺の一番嫌いなタイプだからな。どこの坊ちゃんだか知らないが、いっちょ騙して身ぐるみはがしてやろうかと思ったんだが…」
豪快に笑いながらテーブルを叩いた。
「酷いこと言うなぁ…」
本気なのか嘘なのか表情からは分からないが、多分本音を話している気がする。
「怒るなよ。話してみたら気が変わった。今は親切にしてるだろ」
そう言ってグラヴィスは鼻の頭を掻いた。
「じゃあ、親切ついでにあのマント、他の村人には内緒でウェインさんから買い取ってあげてくれない?」
「阿漕な商売人の俺に頼んでいいのか?」
「適正価格じゃなくていいから」
「まぁ、それがいいだろうな。いきなり大金持ちになったら妬みの対象にもなりかねんし」
「……」
ここは日本じゃないと分かっていたつもりだったけど、ちょっと軽率すぎたようだ。早い段階で指摘してもらえてよかった。
「交渉はしてみるが、きっと買取は無理だな」
「え? なんで?」
「お前さん、もう少し人の心というか、社会を勉強したほうがいい」
グラヴィスはため息を吐いた。
「うニャ~。ご主人をバカにするニャ」
フードから這い出ると、理希の肩の上で眠た気な目をこすりながらミケが抗議した。
「ミケ。この人は警告してくれているんだよ。僕が世間知らずなのは本当のことだし」
人差し指でノドを撫でながら、小声で諭した。
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