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第三章 長い道程
死の影
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今週の『姫様うきうき半生放送』はロジーナ姫のイーダスハイム領訪問により、第3王女ティアナ姫が代役として司会進行を務めていた。今年10歳になるティアナ姫のちょっと噛みがちな進行に視聴者の心もほっこりと癒される。
1時間の番組は録画が多めな事を除けばいつも通りの内容であった。『護衛騎士カレンのロジーナ浪漫流講座』は、新技『大切断』が発表されており、カレンの「さて、皆さんはいつも武器に魔力を流して攻撃力をアップさせていると思いますが」という導入に、キーラが「いつもじゃねーし皆さんでもねーよ!」とツッコミを入れつつ、その場で練習を開始する。
そして、エンディング直前にその映像がスタジオに届けられた。ティアナ姫が「えっと今、黒龍配達便で来週の告知映像が届きました」と慌てた様子で紹介する。
画面が切り替わると、怯えるロジーナ姫のアップから始まり、迫りくるオークの群れ、逃げ惑う商人たちのカットが次々と映し出される。そして危機感を煽るナレーションが入った後、轟音と共に巨大なオークが、皆様お馴染みの片膝をつき拳を地面に打ち付けたポーズで上空から舞い降りた。ちなみにテイク30でようやくロジーナ姫のOKが出た渾身のポーズである。
そしてカットが切り替わり、ロジーナ姫と巨大なオークが並んで「剛腕! 爆裂! オオオォォカイザーアァ!」とポーズを決めると、背後で合成映像の爆発が起こり、「襲い来るオークの軍団! ロジーナ姫の危機に謎のオークが立ち上がる! 敵か味方か、次週、剛腕爆裂オーカイザーお楽しみに!」というナレーションで映像が終わり、そのままエンディングが始まった。
ナナシはポカーンと口を開けてその映像を見ていた。確かに30回くらい飛び降りポーズを取らされた。そのせいでオークの拠点に現れた時もついうっかりそのポーズを取ってしまったほどである。しかしまさか剛腕爆裂オーカイザーのシーンまで使われているとは。そもそも異世界においてこんな放送がある事自体ナナシは想像すらしていなかった。
「なんだおめー、ノリノリじゃねえか」
その声にナナシが振り向くと、キーラが満面の笑みでナナシを見ていた。
「見てえなあ、生の剛腕爆裂オーカイザー」
寝所からもわらわらと女たちが集まり始めている。話で聞いただけでは半信半疑だったが、番組のおかげでナナシが姫の要請で救助に来た事が完全に証明されたのだ。
女たちに囲まれて、膝を抱えたままもにょもにょと言い訳を始めるナナシ。
「いや、あれはなんていうかその場の勢いでやっただけであって、決めポーズというわけでは……」
「いいからさっさとやれよ! 生剛腕爆裂ポーズよォ!」
キーラのケリがナナシの背中にクリーンヒットする。
その様子を見てレジオナがモニカと目線を交わし言う。
「キーラちんってホンっと怖いもの知らずというか、すごいよねえ~」
「まあ、オークキングにも最後まで抵抗して、結局足首折られたまま治癒させられてたから。バカはバカなりに筋が通ってるんじゃないのアレでも」
「あっ、ナナシたんが根負けした~」
しぶしぶ立ち上がりへにょへにょと剛腕爆裂ポーズを取るナナシに、再びキーラのローキックが炸裂する。
「もっとこうだろ! 剛腕! 爆裂!」
そう言いながら、キレのある剛腕爆裂ポーズを取ってみせるキーラ。本当に生の剛腕爆裂ポーズが見たかっただけのようだ。
十数回も剛腕爆裂ポーズを取らされたナナシの呼び名がすっかりオーカイザーで定着してしまったのは仕方のない事であった。
血のように赤い夕暮れの空を背景に黒々と浮かび上がる大森林の影。その大森林を滑るように漂う、豪華な法衣をまとった上半身のみの骸骨が1体。その後ろには、人型から魔獣のものまで、数百体のスケルトンウォリアーが付き従う。
死霊王バイロン・ベイリーは、深紅の布地に金糸の刺繍が施された法衣を翻しながら、オークの拠点である神殿跡へ向かっていた。予定ではオーク遠征隊による隊商への襲撃も終わり、上手くいけば特級冒険者の死体も追加されているはずである。
「生まれて20年にも満たぬ小僧が魔王だと? いくら魔王種とはいえそんな小童に我が従う道理があろうか!」
死霊王バイロンは憤慨する。魔王が魔族の勢力を取り込み、大陸の西端を魔王領として統一しようと動いている事は聞き及んでいたが、死霊王たる己には少なくとも何らかの事前交渉があるものと思っていた。魔王軍に重鎮として招かれるなら協力もやぶさかでなしとさえ思っていたのだ。
しかし実際には、ある日突然バイロンが拠点としていた死の沼へと魔王軍が侵攻し、バイロンは抵抗むなしく追い立てられたのだ。
「我が力を侮りおって。ならば目にもの見せてくれようぞ。西方諸国をあまねく我が死霊都市と化し、魔王領なぞ捻り潰してくれる!」
死体さえあれば無限に兵士を作り出せる死霊王の能力は、戦火が広がれば広がるほど有効に作用する。まずはジルバラントの王都クリンゲルを蹂躙し、その住民15万人をすべて死霊兵とする。それだけの死霊兵がいれば、あとは鼠算式に死霊兵は増えていくだろう。ひと月とかからずジルバラント王国全土が死霊に覆われ、2千万の死霊兵による国家が誕生するのだ。
イーダスハイムを残しておくのは魔王軍に対する防波堤として時間を稼いでもらうためである。時間が立てば立つほど死霊の軍勢は盤石になってゆくのだから。
「放逐されたオークどもも蛮族なりに使い勝手がよい。オークキングなどは死んだら死んだで良い死霊兵の素材になるであろう。王都の戦力を大きく削いだ今こそ好機。オークどもと合流次第、進撃を開始するとしよう」
昏い笑い声を発しながら、死霊王は大森林を進んでゆく。その後を数百体のスケルトンウォリアーたちが声もなく追随してゆくのであった。
やがて、月明かりが照らす神殿跡に到着した死霊王バイロンは、人気のなさに警戒心を抱く。
雨では拭いきれなかった血や戦いの跡を見るに、オークどもは討伐隊に殲滅されたのだろうか。オークどもが不甲斐ないのか人間どもが強かったのか。
ともあれ、どうやら死体だけは大量に埋まっている様子である。ならば死霊兵の素材には事欠くまい。死霊王バイロンは土魔法を使い埋葬された死体をことごとく掘り出すと、死霊兵たちに命じて神殿跡に死体を綺麗に並べさせる。混沌の中に秩序あり、何事も整然とやるべき所は整然とやらねばならぬ。
「オークキングの上半身が無いな……冒険者どもは特級の者が何人かいるようだが……めぼしい装備も残っておらぬか」
死霊王であるバイロンには物理的な攻撃が一切無効である。本体のように見える骸骨や法衣も霊体の影であり実体ではない。そして元々は高位の魔術師であったバイロンには高い魔法抵抗力があるため、魔力をまとった武器での攻撃や魔法による攻撃もほとんどダメージを与えない。
オークキングは人間にとってみれば災害レベルの怪物だが、バイロンにとっては多少頑丈なだけの定命の者であり、もし協力関係になければこの拠点のオークごと死霊兵にする事は容易かった。
「人間風情にオークキングは手に余ると思っていたが、勇者でも動いたのかも知れんな」
死体はご丁寧にも浄化されており魂は残っていない。死霊化しないための処置であろう。しかし死霊王バイロンにとっては全く問題なかった。魂ならばいくらでもストックがある。
「オークどもと人間合わせて死体が150少々といった所か。比較的損傷が少ない死体もわざわざ首を落としてあるとはな。いちいち繋げてゾンビにするより、まとめてスケルトンウォリアーにしてしまうか」
そう言って死霊王は『魂の牢獄』を開放し、今までに殺して呪縛してきた魂を死体へ憑依させる。死霊王の詠唱に伴い巨大な魔法陣が神殿跡に広がり、横たわる死体の肉が泡立ち溶け崩れ、残った骨が組み合わさりスケルトンウォリアーへと変成してゆく。
こうして、死霊王バイロンの軍勢に新たな死霊兵が加わった。
「では行くとしよう、人間どもの都へ」
眠りも休息も必要ない不死の軍団はすぐに進軍を再開し、夜の大森林を黙々と動き始めるのであった。
雨上がりの神殿跡を早朝に出発したナナシと囚われていた女たちは、オークたちが遠征するために切り開いた荷馬車が通れるほどの道を進み、日が暮れる直前に大森林を抜けた。
一行は手軽に野営の準備をすると、さっさと夕食をすませ、風呂がない事に不満を垂れ流しつつ体をふいて思い思いに就寝する。
ナナシは女たちが体をふき始めたのを見て、慌てて「みんなが不安がると悪いから向こうで寝る」と言い残し遠くへ離れていった。キーラとレジオナはそれを見て「あいつホントにオークか?」「だよねえ~」と呆れ、モニカはメガネをきらりと光らせる。
そして深夜。
人気のない大森林で、巨大なオークが押し殺した荒い息をつく。
それを木陰から黒髪メガネの爆乳美女が覗いている。
「オークの自慰……興味深い」
その気になれば自由にできる女が何人も手元にいる状態で、オークがひとり自慰を選ぶなどありうるのか。オークの軍団に囚われていた間は、順番待ちのオークが自分の手で達したのは見た事がある。しかし女たちを放っておいて自慰をするオークは見た事がない。女の手が空いていたら必ず女で性欲処理をするのがオークという種族だった。
世界樹から生まれる原初のオークは、他種族の雌を犯すという生態で生まれて来る現在のオークと比べて雌に対する感性そのものが違っている可能性は大きい。
モニカは『知識の座』への書き込みと同時に、本気になった恐るべきサイズの一物を一心不乱に慰めるナナシの様子を克明に記録してゆく。大司教の中でも『知識の座』の記憶容量の大きさでは他の追随を許さないモニカは、動画で約30分もの長さを記録できる。
ちなみに普通の信徒でも2秒から5秒程度の動画は記録可能であり、近年それらの動画を専門に書き込むための動画専門虚空録、通称『動空録』が立ち上げられ、知識の女神の教団内でも物議を醸している。
やがて、ついに限界を迎えたナナシが果て、大量の白濁液があたりに飛び散った。
右手を見つめため息をつくナナシを撮り終えたモニカの後ろから、いつの間にか覗いていたキーラがささやく。
「すげえなアレ、森を妊娠させる気かよ」
さらにモニカの横へレジオナがひょっこり顔を出す。
「野営の見張りは私たちがやってるからだいじょうぶだよん。それよりモニカちん、今の録画してたでしょ」
「ええ、原初のオークの自慰シーンなんて貴重な映像、『虚空録』に載せないでどうするの」
事も無げに答えるモニカを驚愕の目でキーラが見る。
「ちょ、おめー鬼畜かよ! いくらなんでもそれはカンベンしてやれって!」
「大丈夫よ、閲覧資格は教皇のみに限定するから」
これで本当に大丈夫だと思っているあたりが、知識の女神の信者の恐ろしい所である。これにはさすがのレジオナもドン引きだ。いつもの「汚い! さすが人間汚い!」のフレーズさえ出てこない。
「まあ、モニカちんに悟られた時点で詰んでたよね~ナナシたんも」
「それよりおめーら、皇帝に気付かれる前にずらかるぞ!」
そう言ってもう一度ナナシに目線をやったキーラと、ナナシの目が合う。
鳥獣の鳴き声や虫の音があるとはいえ、夜の大森林でのひそひそ声程度、賢者タイムのナナシに聞こえないわけがなかった。
みるみる涙目になるナナシに、キーラは危機感を感じとっさに木陰から飛び出す。
「おいまて! 覗いたのは悪かった! 絶対誰にも言わないと約束するから! このとおりだ!」
その場で土下座するキーラ。放っておけばナナシはこのまま逃げ出して、にどと人前には現れないかもしれない。このお人好しで馬鹿みたいに強いオークをこんな事で人間不信におちいらせてたまるものか。
「でも、録画って……」
「あのバカは後で殺すから! 頼む! どうかウチらを許してくれ!」
「ホントごめんにょ~。ついつい好奇心に負けちゃってさぁ~」
レジオナも木陰から現れふにゃふにゃと謝罪する。
「ナナシたん、とりあえず両手だしなよ、洗ったげるからさぁ~」
レジオナと初めて言葉を交わした時のやり取りを思い出し、ナナシは素直に両手を差し出す。レジオナはナナシの両手と股間めがけて『水流』の魔法を発動した。レジオナの両手から噴出した大量の水がナナシの白濁液を洗い流してゆく。
モニカも観念して姿を現す。当事者の自分がいつまでも隠れているわけにもいくまい。
「悪かったわね、ナナシ。でもごめんなさいね、録画は消せないから」
モニカの宣言にキーラが殺気立つ。
「おいてめー! いいかげんにしろよ! マジで殺すぞ!」
「残念、もう『虚空録』に書き込んだから、私を殺しても意味ないわよ」
「てめえ……ホンッとそういうトコは最悪だよな! そんなだから“残念”とか言われんだよ!」
特級冒険者同士の、一触即発の気配にナナシが慌てて口をはさむ。
「いやいや、もういいから! 怒ってないから!」
「も~、覗かれた本人が気を使ってるじゃない~。やめなよ~」
レジオナもふたりをたしなめる。しかしモニカがさらに爆弾発言をする。
「なんなら今から相手してあげましょうか? 入れるのは無理でも楽しみ方は色々あるでしょ。そうすれば恥ずかしさも消えるんじゃない」
突然の申し出に緑の顔を青黒くしてしまうナナシ。布で覆っただけの一物が反応しそうになってしまい、慌てて股間を抑える。
「またまた~、それもどうせ録画するんでしょ~。鬼畜すぎるよねモニカちん、引くわ~」
レジオナがふにゃふにゃと指摘する。何も言い返さないという事はどうやら図星である。
「てめええええええええ!」
さすがにブチ切れたキーラが殴りかかる。それを『思考加速』によって見切ったモニカがかわす。しかし1発目をかわされた事で完全に戦闘態勢に入ったキーラは、そのまま流れるように水面蹴りからの飛びつきでモニカを抑え込むと首筋に左手をぴたりとあてがう。その手首には魔力による刃が形成されていた。ロジーナ浪漫流『大切断』である。
しかしモニカも抑え込まれながら『並列思考』により魔法を発動待機状態まで持ってきている。キーラが左手を動かした瞬間に『雷撃』を頭に叩き込める状況である。密着した体勢では避ける事は不可能だろう。
「は~い、やめやめ~! ナナシたんが本気でこまっちゃってるでしょ~」
レジオナがパンパンと手を叩いてふたりの注意を引く。その後ろでは片手で股間を隠したままおろおろと立ちすくむナナシの姿があった。
キーラはチッと舌打ちすると、魔力の刃を解消し立ち上がる。そしてナナシに近づいて背中をポンポンと叩き、言う。
「今夜はホントに悪かったな。その……許してもらえるなら、このまま黙って消えたりしないでくれよ。いつか必ずこの償いはするから」
そして振り向くと、モニカを指さす。
「おめーはちったあ人の心ってもんを勉強しやがれ! 次はねえぞマジで!」
そう言い放ちキーラは足音荒く野営へと戻っていった。
「まあ今回は全面的にモニカちんが悪いよね~。いっしょに覗いてた私たちが言えた義理じゃないけども、それはそれとしてさ~」
レジオナがふにゃふにゃとそう言って、ナナシに「ごめんねぇ~」と手を振りながらキーラの後を追う。
モニカはナナシをじっと見つめた後、ふっと目をそらし謝罪する。
「自慰を覗いた事自体は倫理的に許されないとわかってる。それについては本当にごめんなさい。でも記録に関しては、私はこういう生き物だからもうどうしようもないの。生きてる限りあなたの事を記録し続けるわ。いい事も悪い事も全て」
そして、もういちどナナシと視線を合わせ、告げる。
「もし私が気に入らないならこの場で殺して。そうしないなら記録を許可されたものと解釈するから」
ナナシはそんなモニカを見てほとほと困り果てる。記録を許可する気はないがそれで殺すとかとんでもない話である。いっそ逃げるかと思うも、キーラの言葉に思いとどまる。
確かにキーラは傍若無人であるが、嫌味な所がない。ナナシは出会って間もないこの女性を結構気に入っていた。一方のモニカはどうであろうか。人を人とも思わないこの女性は、悪人というわけではない。ただ価値観がずれすぎていて対処に困るというだけである。
ナナシは自慰行為を記録されるよりひどい事は最早そうそうあるまいと諦めの心境に達する。
「記録は許可しないけど殺さないよ。あとは自己責任で」
そう言ってこの場を離れるナナシにモニカが声をかける。
「ふふっ、また迷惑かけたらごめんなさいね」
この女、全く懲りていない。ナナシは無言で肩をすくめ、その声に答えるのだった。
世界樹から点々と続く巨大オークの跳躍の跡をふたりのエルフが追う。旅装のフリーダとエルヴィーラである。
跳躍はほぼ1キロメートル間隔で行われており、追跡自体は楽なものであった。森の中の移動もエルフにとっては街道を行くのとそう変わりは無い。
初日は真面目に歩いていたフリーダも、2日目ともなると面倒くさくなって『浮遊』の魔法と風の精霊を組み合わせて、疑似的な『飛行』のように大森林の上を空中移動していた。周囲の魔素を自分の魔力として使えるエルフならではの贅沢な旅である。
跳躍の跡は上空からでも上昇と着地の際に折れた枝などで判別できる。自分の周囲に防御壁を展開したフリーダは、うつぶせに寝転んだ体勢で、王都で買って積みっぱなしにしていた小説を読みながらたまに干した果実をかじっている。
そんなフリーダの様子を苦々しげに見ながらエルヴィーラが言う。
「おい、我々は公務で来ているのだ。なのに何だその不真面目な態度は。もっと真剣に捜索しないか!」
フリーダはエルヴィーラの方を見向きもせず答える。
「だったら地上の捜索はあなたがやればいいんじゃない。私の位置は追跡魔法で把握できるんだから離れても問題ないでしょ」
自分も飛んでるくせに何を偉そうに言ってるのだこの馬鹿エルフと思っても、さすがに口にしないだけの分別はフリーダにもあった。
エルヴィーラはフリーダの態度に増々業を煮やし、続ける。
「万が一にでも奴の痕跡を見落として追跡できなくなったらどうするつもりだ」
「跳躍間隔から考えてあいつの移動速度は時速300キロを超えてんのに、追いつけるかどうかの心配が先なんじゃないの? こっちは飛んでるって言ったって時速25キロも出てないんだから」
「これほどの跳躍をいつまでも続けられるわけがない。どこかで大森林に身を潜めている可能性は大いにあるだろう」
「あっちは大森林にどう考えてもいいイメージ無いんだから、人間の街まで移動してる可能性の方が高いと思うけど」
実際には人間の街へ到達していたら大惨事が起きているだろう。向きからすると王都か、途中にある農村や小さな町に接触する事になる。人間に攻撃された場合、あの巨大なオークは反撃するだろうか、それともエルフの里の時のように逃げ出すだろうか。フリーダは後者であって欲しいと願う。
「見ろ、跳躍が途切れたぞ」
エルヴィーラの声にフリーダも森林を見下ろす。だが明らかに途切れ方がおかしい。
「飛び出して終わってるじゃない」
「着地の跡がないという事は、最後の跳躍は足取りを隠すための工作と見て間違いないだろう。獣のように後戻りして方向転換したのかもしれん。やはり地上を丁寧に追うべきだったのだ」
エルヴィーラのそれ見た事かといった口ぶりに、フリーダは鼻で笑って返す。
「世界樹から生まれたオークよ? 私たちのように飛んだっておかしくないでしょ。なんなら、ふた手に分かれましょ。あなたは地上、私はこのまま人間の街へ」
「オーク風情にそんな真似が出来るわけないだろう。まあ大森林に潜んでいるならば、とりあえずは他種族に被害も及ぶまい。先にヒューマンどもの村で目撃者がいないか探してみるか」
「いえいえ、存分に地上を捜索してくださいませ。聞き込みはやっとくから」
「馬鹿な事を言ってないで先を急ぐぞ」
そう言い放ち風の精霊に命じて速度を上げたエルヴィーラに、大きなため息をひとつ吐いてフリーダも続く。このまま速度を上げれば1時間ほどで大森林上空を抜ける。その後は街道沿いに王都へ向かいながら道中の村や町で情報を集める事になるだろう。
村人や町人にエルヴィーラがどんな態度で接するかを考えると、今から気が重くなるフリーダであった。
1時間の番組は録画が多めな事を除けばいつも通りの内容であった。『護衛騎士カレンのロジーナ浪漫流講座』は、新技『大切断』が発表されており、カレンの「さて、皆さんはいつも武器に魔力を流して攻撃力をアップさせていると思いますが」という導入に、キーラが「いつもじゃねーし皆さんでもねーよ!」とツッコミを入れつつ、その場で練習を開始する。
そして、エンディング直前にその映像がスタジオに届けられた。ティアナ姫が「えっと今、黒龍配達便で来週の告知映像が届きました」と慌てた様子で紹介する。
画面が切り替わると、怯えるロジーナ姫のアップから始まり、迫りくるオークの群れ、逃げ惑う商人たちのカットが次々と映し出される。そして危機感を煽るナレーションが入った後、轟音と共に巨大なオークが、皆様お馴染みの片膝をつき拳を地面に打ち付けたポーズで上空から舞い降りた。ちなみにテイク30でようやくロジーナ姫のOKが出た渾身のポーズである。
そしてカットが切り替わり、ロジーナ姫と巨大なオークが並んで「剛腕! 爆裂! オオオォォカイザーアァ!」とポーズを決めると、背後で合成映像の爆発が起こり、「襲い来るオークの軍団! ロジーナ姫の危機に謎のオークが立ち上がる! 敵か味方か、次週、剛腕爆裂オーカイザーお楽しみに!」というナレーションで映像が終わり、そのままエンディングが始まった。
ナナシはポカーンと口を開けてその映像を見ていた。確かに30回くらい飛び降りポーズを取らされた。そのせいでオークの拠点に現れた時もついうっかりそのポーズを取ってしまったほどである。しかしまさか剛腕爆裂オーカイザーのシーンまで使われているとは。そもそも異世界においてこんな放送がある事自体ナナシは想像すらしていなかった。
「なんだおめー、ノリノリじゃねえか」
その声にナナシが振り向くと、キーラが満面の笑みでナナシを見ていた。
「見てえなあ、生の剛腕爆裂オーカイザー」
寝所からもわらわらと女たちが集まり始めている。話で聞いただけでは半信半疑だったが、番組のおかげでナナシが姫の要請で救助に来た事が完全に証明されたのだ。
女たちに囲まれて、膝を抱えたままもにょもにょと言い訳を始めるナナシ。
「いや、あれはなんていうかその場の勢いでやっただけであって、決めポーズというわけでは……」
「いいからさっさとやれよ! 生剛腕爆裂ポーズよォ!」
キーラのケリがナナシの背中にクリーンヒットする。
その様子を見てレジオナがモニカと目線を交わし言う。
「キーラちんってホンっと怖いもの知らずというか、すごいよねえ~」
「まあ、オークキングにも最後まで抵抗して、結局足首折られたまま治癒させられてたから。バカはバカなりに筋が通ってるんじゃないのアレでも」
「あっ、ナナシたんが根負けした~」
しぶしぶ立ち上がりへにょへにょと剛腕爆裂ポーズを取るナナシに、再びキーラのローキックが炸裂する。
「もっとこうだろ! 剛腕! 爆裂!」
そう言いながら、キレのある剛腕爆裂ポーズを取ってみせるキーラ。本当に生の剛腕爆裂ポーズが見たかっただけのようだ。
十数回も剛腕爆裂ポーズを取らされたナナシの呼び名がすっかりオーカイザーで定着してしまったのは仕方のない事であった。
血のように赤い夕暮れの空を背景に黒々と浮かび上がる大森林の影。その大森林を滑るように漂う、豪華な法衣をまとった上半身のみの骸骨が1体。その後ろには、人型から魔獣のものまで、数百体のスケルトンウォリアーが付き従う。
死霊王バイロン・ベイリーは、深紅の布地に金糸の刺繍が施された法衣を翻しながら、オークの拠点である神殿跡へ向かっていた。予定ではオーク遠征隊による隊商への襲撃も終わり、上手くいけば特級冒険者の死体も追加されているはずである。
「生まれて20年にも満たぬ小僧が魔王だと? いくら魔王種とはいえそんな小童に我が従う道理があろうか!」
死霊王バイロンは憤慨する。魔王が魔族の勢力を取り込み、大陸の西端を魔王領として統一しようと動いている事は聞き及んでいたが、死霊王たる己には少なくとも何らかの事前交渉があるものと思っていた。魔王軍に重鎮として招かれるなら協力もやぶさかでなしとさえ思っていたのだ。
しかし実際には、ある日突然バイロンが拠点としていた死の沼へと魔王軍が侵攻し、バイロンは抵抗むなしく追い立てられたのだ。
「我が力を侮りおって。ならば目にもの見せてくれようぞ。西方諸国をあまねく我が死霊都市と化し、魔王領なぞ捻り潰してくれる!」
死体さえあれば無限に兵士を作り出せる死霊王の能力は、戦火が広がれば広がるほど有効に作用する。まずはジルバラントの王都クリンゲルを蹂躙し、その住民15万人をすべて死霊兵とする。それだけの死霊兵がいれば、あとは鼠算式に死霊兵は増えていくだろう。ひと月とかからずジルバラント王国全土が死霊に覆われ、2千万の死霊兵による国家が誕生するのだ。
イーダスハイムを残しておくのは魔王軍に対する防波堤として時間を稼いでもらうためである。時間が立てば立つほど死霊の軍勢は盤石になってゆくのだから。
「放逐されたオークどもも蛮族なりに使い勝手がよい。オークキングなどは死んだら死んだで良い死霊兵の素材になるであろう。王都の戦力を大きく削いだ今こそ好機。オークどもと合流次第、進撃を開始するとしよう」
昏い笑い声を発しながら、死霊王は大森林を進んでゆく。その後を数百体のスケルトンウォリアーたちが声もなく追随してゆくのであった。
やがて、月明かりが照らす神殿跡に到着した死霊王バイロンは、人気のなさに警戒心を抱く。
雨では拭いきれなかった血や戦いの跡を見るに、オークどもは討伐隊に殲滅されたのだろうか。オークどもが不甲斐ないのか人間どもが強かったのか。
ともあれ、どうやら死体だけは大量に埋まっている様子である。ならば死霊兵の素材には事欠くまい。死霊王バイロンは土魔法を使い埋葬された死体をことごとく掘り出すと、死霊兵たちに命じて神殿跡に死体を綺麗に並べさせる。混沌の中に秩序あり、何事も整然とやるべき所は整然とやらねばならぬ。
「オークキングの上半身が無いな……冒険者どもは特級の者が何人かいるようだが……めぼしい装備も残っておらぬか」
死霊王であるバイロンには物理的な攻撃が一切無効である。本体のように見える骸骨や法衣も霊体の影であり実体ではない。そして元々は高位の魔術師であったバイロンには高い魔法抵抗力があるため、魔力をまとった武器での攻撃や魔法による攻撃もほとんどダメージを与えない。
オークキングは人間にとってみれば災害レベルの怪物だが、バイロンにとっては多少頑丈なだけの定命の者であり、もし協力関係になければこの拠点のオークごと死霊兵にする事は容易かった。
「人間風情にオークキングは手に余ると思っていたが、勇者でも動いたのかも知れんな」
死体はご丁寧にも浄化されており魂は残っていない。死霊化しないための処置であろう。しかし死霊王バイロンにとっては全く問題なかった。魂ならばいくらでもストックがある。
「オークどもと人間合わせて死体が150少々といった所か。比較的損傷が少ない死体もわざわざ首を落としてあるとはな。いちいち繋げてゾンビにするより、まとめてスケルトンウォリアーにしてしまうか」
そう言って死霊王は『魂の牢獄』を開放し、今までに殺して呪縛してきた魂を死体へ憑依させる。死霊王の詠唱に伴い巨大な魔法陣が神殿跡に広がり、横たわる死体の肉が泡立ち溶け崩れ、残った骨が組み合わさりスケルトンウォリアーへと変成してゆく。
こうして、死霊王バイロンの軍勢に新たな死霊兵が加わった。
「では行くとしよう、人間どもの都へ」
眠りも休息も必要ない不死の軍団はすぐに進軍を再開し、夜の大森林を黙々と動き始めるのであった。
雨上がりの神殿跡を早朝に出発したナナシと囚われていた女たちは、オークたちが遠征するために切り開いた荷馬車が通れるほどの道を進み、日が暮れる直前に大森林を抜けた。
一行は手軽に野営の準備をすると、さっさと夕食をすませ、風呂がない事に不満を垂れ流しつつ体をふいて思い思いに就寝する。
ナナシは女たちが体をふき始めたのを見て、慌てて「みんなが不安がると悪いから向こうで寝る」と言い残し遠くへ離れていった。キーラとレジオナはそれを見て「あいつホントにオークか?」「だよねえ~」と呆れ、モニカはメガネをきらりと光らせる。
そして深夜。
人気のない大森林で、巨大なオークが押し殺した荒い息をつく。
それを木陰から黒髪メガネの爆乳美女が覗いている。
「オークの自慰……興味深い」
その気になれば自由にできる女が何人も手元にいる状態で、オークがひとり自慰を選ぶなどありうるのか。オークの軍団に囚われていた間は、順番待ちのオークが自分の手で達したのは見た事がある。しかし女たちを放っておいて自慰をするオークは見た事がない。女の手が空いていたら必ず女で性欲処理をするのがオークという種族だった。
世界樹から生まれる原初のオークは、他種族の雌を犯すという生態で生まれて来る現在のオークと比べて雌に対する感性そのものが違っている可能性は大きい。
モニカは『知識の座』への書き込みと同時に、本気になった恐るべきサイズの一物を一心不乱に慰めるナナシの様子を克明に記録してゆく。大司教の中でも『知識の座』の記憶容量の大きさでは他の追随を許さないモニカは、動画で約30分もの長さを記録できる。
ちなみに普通の信徒でも2秒から5秒程度の動画は記録可能であり、近年それらの動画を専門に書き込むための動画専門虚空録、通称『動空録』が立ち上げられ、知識の女神の教団内でも物議を醸している。
やがて、ついに限界を迎えたナナシが果て、大量の白濁液があたりに飛び散った。
右手を見つめため息をつくナナシを撮り終えたモニカの後ろから、いつの間にか覗いていたキーラがささやく。
「すげえなアレ、森を妊娠させる気かよ」
さらにモニカの横へレジオナがひょっこり顔を出す。
「野営の見張りは私たちがやってるからだいじょうぶだよん。それよりモニカちん、今の録画してたでしょ」
「ええ、原初のオークの自慰シーンなんて貴重な映像、『虚空録』に載せないでどうするの」
事も無げに答えるモニカを驚愕の目でキーラが見る。
「ちょ、おめー鬼畜かよ! いくらなんでもそれはカンベンしてやれって!」
「大丈夫よ、閲覧資格は教皇のみに限定するから」
これで本当に大丈夫だと思っているあたりが、知識の女神の信者の恐ろしい所である。これにはさすがのレジオナもドン引きだ。いつもの「汚い! さすが人間汚い!」のフレーズさえ出てこない。
「まあ、モニカちんに悟られた時点で詰んでたよね~ナナシたんも」
「それよりおめーら、皇帝に気付かれる前にずらかるぞ!」
そう言ってもう一度ナナシに目線をやったキーラと、ナナシの目が合う。
鳥獣の鳴き声や虫の音があるとはいえ、夜の大森林でのひそひそ声程度、賢者タイムのナナシに聞こえないわけがなかった。
みるみる涙目になるナナシに、キーラは危機感を感じとっさに木陰から飛び出す。
「おいまて! 覗いたのは悪かった! 絶対誰にも言わないと約束するから! このとおりだ!」
その場で土下座するキーラ。放っておけばナナシはこのまま逃げ出して、にどと人前には現れないかもしれない。このお人好しで馬鹿みたいに強いオークをこんな事で人間不信におちいらせてたまるものか。
「でも、録画って……」
「あのバカは後で殺すから! 頼む! どうかウチらを許してくれ!」
「ホントごめんにょ~。ついつい好奇心に負けちゃってさぁ~」
レジオナも木陰から現れふにゃふにゃと謝罪する。
「ナナシたん、とりあえず両手だしなよ、洗ったげるからさぁ~」
レジオナと初めて言葉を交わした時のやり取りを思い出し、ナナシは素直に両手を差し出す。レジオナはナナシの両手と股間めがけて『水流』の魔法を発動した。レジオナの両手から噴出した大量の水がナナシの白濁液を洗い流してゆく。
モニカも観念して姿を現す。当事者の自分がいつまでも隠れているわけにもいくまい。
「悪かったわね、ナナシ。でもごめんなさいね、録画は消せないから」
モニカの宣言にキーラが殺気立つ。
「おいてめー! いいかげんにしろよ! マジで殺すぞ!」
「残念、もう『虚空録』に書き込んだから、私を殺しても意味ないわよ」
「てめえ……ホンッとそういうトコは最悪だよな! そんなだから“残念”とか言われんだよ!」
特級冒険者同士の、一触即発の気配にナナシが慌てて口をはさむ。
「いやいや、もういいから! 怒ってないから!」
「も~、覗かれた本人が気を使ってるじゃない~。やめなよ~」
レジオナもふたりをたしなめる。しかしモニカがさらに爆弾発言をする。
「なんなら今から相手してあげましょうか? 入れるのは無理でも楽しみ方は色々あるでしょ。そうすれば恥ずかしさも消えるんじゃない」
突然の申し出に緑の顔を青黒くしてしまうナナシ。布で覆っただけの一物が反応しそうになってしまい、慌てて股間を抑える。
「またまた~、それもどうせ録画するんでしょ~。鬼畜すぎるよねモニカちん、引くわ~」
レジオナがふにゃふにゃと指摘する。何も言い返さないという事はどうやら図星である。
「てめええええええええ!」
さすがにブチ切れたキーラが殴りかかる。それを『思考加速』によって見切ったモニカがかわす。しかし1発目をかわされた事で完全に戦闘態勢に入ったキーラは、そのまま流れるように水面蹴りからの飛びつきでモニカを抑え込むと首筋に左手をぴたりとあてがう。その手首には魔力による刃が形成されていた。ロジーナ浪漫流『大切断』である。
しかしモニカも抑え込まれながら『並列思考』により魔法を発動待機状態まで持ってきている。キーラが左手を動かした瞬間に『雷撃』を頭に叩き込める状況である。密着した体勢では避ける事は不可能だろう。
「は~い、やめやめ~! ナナシたんが本気でこまっちゃってるでしょ~」
レジオナがパンパンと手を叩いてふたりの注意を引く。その後ろでは片手で股間を隠したままおろおろと立ちすくむナナシの姿があった。
キーラはチッと舌打ちすると、魔力の刃を解消し立ち上がる。そしてナナシに近づいて背中をポンポンと叩き、言う。
「今夜はホントに悪かったな。その……許してもらえるなら、このまま黙って消えたりしないでくれよ。いつか必ずこの償いはするから」
そして振り向くと、モニカを指さす。
「おめーはちったあ人の心ってもんを勉強しやがれ! 次はねえぞマジで!」
そう言い放ちキーラは足音荒く野営へと戻っていった。
「まあ今回は全面的にモニカちんが悪いよね~。いっしょに覗いてた私たちが言えた義理じゃないけども、それはそれとしてさ~」
レジオナがふにゃふにゃとそう言って、ナナシに「ごめんねぇ~」と手を振りながらキーラの後を追う。
モニカはナナシをじっと見つめた後、ふっと目をそらし謝罪する。
「自慰を覗いた事自体は倫理的に許されないとわかってる。それについては本当にごめんなさい。でも記録に関しては、私はこういう生き物だからもうどうしようもないの。生きてる限りあなたの事を記録し続けるわ。いい事も悪い事も全て」
そして、もういちどナナシと視線を合わせ、告げる。
「もし私が気に入らないならこの場で殺して。そうしないなら記録を許可されたものと解釈するから」
ナナシはそんなモニカを見てほとほと困り果てる。記録を許可する気はないがそれで殺すとかとんでもない話である。いっそ逃げるかと思うも、キーラの言葉に思いとどまる。
確かにキーラは傍若無人であるが、嫌味な所がない。ナナシは出会って間もないこの女性を結構気に入っていた。一方のモニカはどうであろうか。人を人とも思わないこの女性は、悪人というわけではない。ただ価値観がずれすぎていて対処に困るというだけである。
ナナシは自慰行為を記録されるよりひどい事は最早そうそうあるまいと諦めの心境に達する。
「記録は許可しないけど殺さないよ。あとは自己責任で」
そう言ってこの場を離れるナナシにモニカが声をかける。
「ふふっ、また迷惑かけたらごめんなさいね」
この女、全く懲りていない。ナナシは無言で肩をすくめ、その声に答えるのだった。
世界樹から点々と続く巨大オークの跳躍の跡をふたりのエルフが追う。旅装のフリーダとエルヴィーラである。
跳躍はほぼ1キロメートル間隔で行われており、追跡自体は楽なものであった。森の中の移動もエルフにとっては街道を行くのとそう変わりは無い。
初日は真面目に歩いていたフリーダも、2日目ともなると面倒くさくなって『浮遊』の魔法と風の精霊を組み合わせて、疑似的な『飛行』のように大森林の上を空中移動していた。周囲の魔素を自分の魔力として使えるエルフならではの贅沢な旅である。
跳躍の跡は上空からでも上昇と着地の際に折れた枝などで判別できる。自分の周囲に防御壁を展開したフリーダは、うつぶせに寝転んだ体勢で、王都で買って積みっぱなしにしていた小説を読みながらたまに干した果実をかじっている。
そんなフリーダの様子を苦々しげに見ながらエルヴィーラが言う。
「おい、我々は公務で来ているのだ。なのに何だその不真面目な態度は。もっと真剣に捜索しないか!」
フリーダはエルヴィーラの方を見向きもせず答える。
「だったら地上の捜索はあなたがやればいいんじゃない。私の位置は追跡魔法で把握できるんだから離れても問題ないでしょ」
自分も飛んでるくせに何を偉そうに言ってるのだこの馬鹿エルフと思っても、さすがに口にしないだけの分別はフリーダにもあった。
エルヴィーラはフリーダの態度に増々業を煮やし、続ける。
「万が一にでも奴の痕跡を見落として追跡できなくなったらどうするつもりだ」
「跳躍間隔から考えてあいつの移動速度は時速300キロを超えてんのに、追いつけるかどうかの心配が先なんじゃないの? こっちは飛んでるって言ったって時速25キロも出てないんだから」
「これほどの跳躍をいつまでも続けられるわけがない。どこかで大森林に身を潜めている可能性は大いにあるだろう」
「あっちは大森林にどう考えてもいいイメージ無いんだから、人間の街まで移動してる可能性の方が高いと思うけど」
実際には人間の街へ到達していたら大惨事が起きているだろう。向きからすると王都か、途中にある農村や小さな町に接触する事になる。人間に攻撃された場合、あの巨大なオークは反撃するだろうか、それともエルフの里の時のように逃げ出すだろうか。フリーダは後者であって欲しいと願う。
「見ろ、跳躍が途切れたぞ」
エルヴィーラの声にフリーダも森林を見下ろす。だが明らかに途切れ方がおかしい。
「飛び出して終わってるじゃない」
「着地の跡がないという事は、最後の跳躍は足取りを隠すための工作と見て間違いないだろう。獣のように後戻りして方向転換したのかもしれん。やはり地上を丁寧に追うべきだったのだ」
エルヴィーラのそれ見た事かといった口ぶりに、フリーダは鼻で笑って返す。
「世界樹から生まれたオークよ? 私たちのように飛んだっておかしくないでしょ。なんなら、ふた手に分かれましょ。あなたは地上、私はこのまま人間の街へ」
「オーク風情にそんな真似が出来るわけないだろう。まあ大森林に潜んでいるならば、とりあえずは他種族に被害も及ぶまい。先にヒューマンどもの村で目撃者がいないか探してみるか」
「いえいえ、存分に地上を捜索してくださいませ。聞き込みはやっとくから」
「馬鹿な事を言ってないで先を急ぐぞ」
そう言い放ち風の精霊に命じて速度を上げたエルヴィーラに、大きなため息をひとつ吐いてフリーダも続く。このまま速度を上げれば1時間ほどで大森林上空を抜ける。その後は街道沿いに王都へ向かいながら道中の村や町で情報を集める事になるだろう。
村人や町人にエルヴィーラがどんな態度で接するかを考えると、今から気が重くなるフリーダであった。
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