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第三章 長い道程
トラブルメーカー
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空中を移動していたふたりのエルフは、大森林上空を抜けた所で王都へ向かう街道へと進路を変更する。
街道上空をしばらく進むと、荷馬車を連れた緑色の巨大なオークが移動しているのを発見した。5台の荷馬車は戦犀が引いており、周りを数名の人間が歩いている。
「ふん、所詮はオーク。すでにヒューマンの隊商でも襲ったか」
エルヴィーラの嘲るような物言いに、事情を知らないフリーダも間に合わなかったかと落胆する。
ふたりは一行の前に回り込むと進路をふさぐように着地した。空から降りてくる人影に、ナナシ達も警戒して歩みを止める。
対峙するふたりのエルフとナナシたち一行。エルヴィーラがナナシを指さし口火を切る。
「下賤なオークめが! 今すぐ女たちを解放し我らに投降せよ! エルフの里にて相応の罰を与える!」
当然の事ながらエルフ語である。フリーダはその横で深くため息をつく。
「なんだてめーは! うちの皇帝になんか用があんなら共通語かオーク語でしゃべりやがれ!」
ナナシの横から197センチの長身が進み出る。褐色の肌に銀の長髪、“銀剣”キーラである。フリーダも王都で冒険者をやっていた頃何度か会話した事があった。見知った顔にややホッとするフリーダだったが、エルヴィーラのさらなる追撃が炸裂する。
「獣の鳴き声で会話する趣味は無いのでな。誰かエルフ語の解る者を連れてくるがいい」
フリーダは完全にアホを見る目でエルヴィーラを見つめる。こんなのがいるからエルフの評判が落ちるのだ。
しかも舌戦にさらなる参加者が現れる。黒髪爆乳のメガネ美女モニカだ。これにはフリーダも嫌な予感しかしない。“残念ホルスタイン”モニカの二つ名は伊達ではないと知っているからだ。
「ごめんなさいね、こんなマイナー言語知ってる人間少ないのよ。おのぼりさん相手でも会話しやすいように祝福するわね」
流ちょうなエルフ語で話すも、毒が駄々洩れである。フリーダはもう帰りたくなってきた。
モニカは知識の女神の祝福『論議の巣』を使う。これは範囲内の生物の言語が何であろうと意思疎通を可能にするという非常に有用な祝福である。翻訳による意味の変節などがないため議論には特に向いている。
荷馬車の一行を含め、全員に薄い金色の光が舞う。しかし、ひとりだけその光が霧散する人物がいた。エルヴィーラである。
モニカが眉をひそめるのを見て、慌ててフリーダが突っ込む。
「あんた何抵抗してんのよ! 馬鹿なの? 馬鹿なの!?」
しかしエルヴィーラは事もなげに答える。
「獣の鳴き声とはいえ、私は理解できるのだ。他の者がエルフ語を理解できるようになるなら、私にその祝福とやらは必要あるまい」
そういう話ではない。そういう話ではないのだ。フリーダは自分の事をトラブルメーカーだと思っていた。実際、王都で冒険者をやっていた頃はトラブルを起こす側だったはずだ。しかし本物の前ではやんちゃを誇る子供も同然だったと思い知る。見よ、これがトラブルメーカーだ。人前に出してはいけないタイプのエルフだ。里で永遠に飼い殺しにしておくべきクソエルフだ。もうおうち帰るうううううううう!
フリーダが髪の毛をかきむしりながら奇声を発していると、モニカが満面の笑みで優しく諭すように語りかける。
「あらあらまあまあ、田舎の方は祝福を受けなれてないから、うっかり抵抗しちゃたんですね。いいんですよ、ちょっとずつ人間社会の礼儀を勉強して下されば。なんでも聞く所によるとエルフは頭がよろしいらしいので」
フリーダは血走った目でモニカをにらむ。お前もお前だ。怒るんなら素直に怒れよ。忍耐力のチキンレースに周りを巻き込むんじゃない。
あまりのギスギスとした空気に、たまりかねてナナシが口をはさむ。とにかくまずは誤解を解かねば。
「あの、そもそも自分はこの人たちをオークから救い出してきたので……」
それを聞いてモニカが驚いたようにナナシを見る。
「その翻訳魔道具はこんなマイナー言語対応してないんだけど、彼女が最初に言ってたエルフ語解ったの?」
「なんというか……田舎の方言みたいな感じだけど意味は分かるっていうか。古代オーク語に慣れて来てから聞き取りやすくなった感じかな」
「古代オーク語とエルフ語の類似点は以前から指摘があったけど、原初のオークが実感としてエルフ語を理解できるとなると実に興味深いわね……」
モニカは『並列思考』によりナナシ観察日記改め原初のオーク生態録へこの事実を書き込んでゆく。
そんなモニカとナナシのやり取りをエルヴィーラが聞きとがめる。
「貴様、今原初のオークとかのたまったな? いいか、そこのオークは世界樹に湧いた寄生虫にすぎん。原初のオークなどと言う戯言を口にするんじゃない」
モニカはさも驚いたような表情を作ると、エルヴィーラに答える。
「あらら、かのエルフ大長老マイスラ・ラ・リルル様が記した貴重な論文をご存じないのかしら? エルフと原初のオークは、なんと、実は、同じ種族の雄と雌だった可能性があるのですよ! びっくりですわね!」
「あれは長く生きているだけの愚昧なエルフにすぎん。我々は長老などとは認めておらぬ。そもそもあの妄言の閲覧資格は教皇にしかないはずだぞ。なぜ貴様ごときが内容を知っている」
「いちど世に出た知識っていうのは、どうやったって秘匿できる物じゃないのよ。勉強になったわねえ長生きしてるだけのエルフさん」
エルフにとって地雷ともいえる内容だけに、互いの言葉も段々と直接的なものになって来る。
先にしびれを切らしたのはエルヴィーラだった。剣の柄に手を添えると一方的に宣言する。
「獣と問答も馬鹿馬鹿しい。そのオークはここで切り捨てる。解放してやるから貴様らヒューマンどもはどこへなりと逃げるがいい」
それを見てキーラがエルヴィーラの正面へと立ちふさがる。腕組みをし仁王立ちになると、半眼でエルヴィーラに告げる。
「おい、口喧嘩なら好きなだけやりゃあいいけどな、そいつはシャレになんねえぞ」
次の瞬間、エルヴィーラの剣の切っ先がぴたりとキーラの喉元に突きつけられていた。ほんの数ミリ喉に食い込んだ切っ先から、血がひと筋流れ落ちる。
しかし対峙するふたりの表情は全く逆だった。半眼のまま口元に薄く笑みをたたえるキーラに対し、エルヴィーラは驚愕の表情を浮かべている。すぐに何事もなかったように無表情を取り戻し冷静さを装うものの、動揺は誰の目にも明らかだった。
フリーダは唖然としてその状況を見ていた。エルヴィーラの抜刀はフリーダにも見えなかった。キーラはその抜刀に反応し、恐らく数ミリ前へ動いて自ら剣先を喉へ食い込ませたのだ。エルヴィーラにしてみれば脅すだけのつもりだった行為も、血が流れてしまえばその意味は全く変わってくる。
周りを見回すフリーダの目に、ものすごく悪い笑顔を浮かべているモニカと、いつの間にか椅子に座ってきゃっきゃと手を叩いて笑っている赤毛の少女と、自分と同じく唖然とした表情を浮かべている巨大なオークが映る。
どう考えてもいちばんトラブルメーカーであるはずの巨大なオークが、この場では数少ない振り回される側の常識人だというのがもはや喜劇である。フリーダは目が合ったオークと無言で通じ合う。お前んとこの馬鹿を何とかしろ。お互い様である。
一瞬の静寂の後に、キーラが笑みを深めて言う。
「やっちまったなァおい。こりゃあもう、ごめんなさいじゃすまねーぞ」
それを見てレジオナが手を叩いて喜ぶ。
「あははは、キーラちんってこういうのでマウント取るの上手いよね~! 戦闘民族マジこわいわ~」
モニカも胸を強調するように腕を組むと、人差し指を頬に当てキョトンとした表情で続く。
「あらあらあら、田舎の方は血の気が多くて怖いわねえ。こういうのって何て言ったかしら。ばん……ぞく? 蛮族って言うのかしらねえ? エルフって野蛮なのねえ、怖いわぁ」
エルヴィーラの透き通るような白い肌にみるみる朱がさし、目に殺気がこもる。見かねたフリーダが横から声をかけた。
「エルヴィーラ、やめて。さすがにやりすぎよ」
目線だけでちらりとフリーダに反応したエルヴィーラは、ゆっくりと目を閉じ深く息を吐きながら剣を収める。
エルヴィーラの納刀を確認したキーラは、つかつかとモニカに歩み寄ると頭に思い切り拳骨を落とした。
「おめーは煽り過ぎなんだよ! あのクソエルフ、完っ然に『もう殺すしかねえ』って目つきになってただろーが! フリーダが止めなかったらヤバかったぞ!」
頭を押さえてうずくまったモニカが、涙目でキーラを見上げて言い訳する。
「だってぇ……あのクソエルフ滅茶苦茶むかついたんだもん」
「だってぇじゃねえ! 煽りたきゃ自分の首でやれっての! あたいが死ぬだろが!」
そのやり取りを見てレジオナはけらけらと笑い、周囲の女たちの緊張感もほぐれてゆく。もはや戦いの空気は無い。
フリーダは、それほど親しかったわけでもない自分の名前を憶えていた事といい、今の空気の変え方といい、キーラがただの脳まで筋肉の人種ではなく周到に計算して行動しているのを感じ、バカの仲間扱いしていたことをそっと心の中で詫びる。そしてやはり“残念ホルスタイン”は“残念”の名にふさわしい残念さだ。
ともあれ、空気が弛緩したこの機を逃すまいとフリーダはナナシたちに話しかける。
「ホント、うちのが失礼しちゃって申し訳ない。ところでそのオークなんだけど、キーラが皇帝って言ってたの本当なの? それとも自称とか愛称なの?」
その問いかけにキーラが満面の笑みで振り返る。景気付けにナナシのケツにパーンと張り手をかますと、「ナンデ!?」というナナシの声を完全に無視してドヤ顔で説明を始めた。
「こいつは“剛腕爆裂”オーカイザーこと、ナナシ・オーカイザーだ。オークキングを倒してオークの皇帝になった!」
「違うよ!?」ナナシの声がむなしく響く。
「ウチらはナナシとかオーカイザーって呼んでる。あたいのイチオシは皇帝だな。童貞でも間違いじゃねえ」
「ヤメテ!」もはやナナシの叫びは誰にも届かない。
「まあフリーダは好きに呼べばいいけどよ、そこのクソエルフは皇帝陛下って呼びやがれ」
キーラに指差されたエルヴィーラは鼻で笑って返答する。
「下賤なオーク風情が皇帝を名乗るとは片腹痛いわ。名無しの皇帝だと? つけあがるのもいい加減にしろ」
「おいクソエルフ、今おめージルバラント王国全土を敵に回したぞ。こいつの名前はジルバラント王国第2王女ロジーナ・フォン・ルートヴィヒ殿下から賜った誉ある名前だからな!」
「獣の王がオークに帝位を授けた所で、それが我らエルフに何の関係がある? そもそもこれは我らエルフと世界樹の問題なのだ。我ら身内の問題にヒューマンごときが軽々しく口をはさむな!」
「生まれたてのナナシにいきなり攻撃かましといて今更身内面かよ、反吐が出るぜ。こいつはもうウチらの連れなんだよ。てめーらの勝手にさせてたまるかってんだ!」
キーラの啖呵に女たちが喝采を送る。レジオナがナナシの背中をポンポンと叩きながらしみじみと言う。
「キーラちんホントこういうトコ男前だよね~。ナナシたんちょっと泣きそうになってるし~」
そしてすかさず、キーラに続いて何か言おうとしたモニカに釘を刺す。
「モニカちんはやめときな~。どうせ貴重とか資料とか言ってナナシたんがマジで泣いちゃうから~」
図星をつかれたモニカはぐうの音も出ない。
「はァ~、とはいえ参ったなこりゃ」
キーラが盛大にため息をつき、空を見上げる。結局このクソエルフをどうにかしない限り堂々巡りである。いつまでもここで足止めを食らうのも馬鹿馬鹿しい。みんなさっさと王都に帰りたいのだ。
キーラはまだ話が通じそうなフリーダに相談する。
「なあフリーダ、結局おめーらエルフはナナシをどうしたいんだ? そこのクソエルフのせいでロクに説明も出来なかったけどよ、ナナシは王女殿下の命でウチらを救出に来たんだ。どう考えても人間に害をなす存在じゃねえ。それはウチらが保証する。それを踏まえた上で答えてくれよ」
フリーダはようやく話の核心にたどり着けた事にホッとひと息つく。出会って3分もあればわかる話が隣で殺気を放っているクソエルフのせいでどれだけ回り道をした事だろう。
「私たちが長老から受けた任務は世界樹から生まれたオークの監視だけよ。近隣種族に被害を及ぼすようなら討伐もって事だけど、今の話を聞く限りその必要はないみたいだし」
「だったら話は早え。どうやらナナシの誤解も解けたみてえだし、これでお開きって事でいいよな?」
「そうねえ、まあ一応監視って事で私も王都までお供するわ。せっかく路銀も貰った事だし。エルヴィーラ、後は私に任せて里に報告お願いね」
フリーダの言葉にエルヴィーラは異を唱える。
「何を世迷言を。相手は世界樹を穢した下賤なオークだぞ、いつ本性を現し暴れだすやもしれん。お前だけに監視を任せるわけにはいかん。私も監視を続けさせてもらう」
「あっそ、好きにすれば? さあ、そうと決まれば出発出発!」
フリーダはすっかり肩の荷が下りた気分で、ナナシ一行にさも当然のごとく加わる。なにせこの化け物オークを倒す必要が無くなったのだ。こんなにめでたい事はない。
さすがのキーラもこのフリーダの行動には呆れ顔である。
「おめーなあ、この流れでしれっとウチらに混ざろうって自由すぎんだろ。まあいいか、ケチが付く前にさっさと出発しちまおうぜ」
なにやら複雑な顔でこちらを睨んでいるエルヴィーラをちらりと見やり、キーラはそそくさと女たちに出発を促す。ついてくるだけなら放っておけばいい。とにかくまずは王都までだ。
動き出した荷馬車の列を、少し離れてエルヴィーラが追う。
レジオナとフリーダは最後尾の荷馬車に腰掛けて足をぶらぶらと揺らしながら、追ってくるエルヴィーラに向かってこれ見よがしに木の椀に盛ったポップコーンを頬張るのだった。
街道上空をしばらく進むと、荷馬車を連れた緑色の巨大なオークが移動しているのを発見した。5台の荷馬車は戦犀が引いており、周りを数名の人間が歩いている。
「ふん、所詮はオーク。すでにヒューマンの隊商でも襲ったか」
エルヴィーラの嘲るような物言いに、事情を知らないフリーダも間に合わなかったかと落胆する。
ふたりは一行の前に回り込むと進路をふさぐように着地した。空から降りてくる人影に、ナナシ達も警戒して歩みを止める。
対峙するふたりのエルフとナナシたち一行。エルヴィーラがナナシを指さし口火を切る。
「下賤なオークめが! 今すぐ女たちを解放し我らに投降せよ! エルフの里にて相応の罰を与える!」
当然の事ながらエルフ語である。フリーダはその横で深くため息をつく。
「なんだてめーは! うちの皇帝になんか用があんなら共通語かオーク語でしゃべりやがれ!」
ナナシの横から197センチの長身が進み出る。褐色の肌に銀の長髪、“銀剣”キーラである。フリーダも王都で冒険者をやっていた頃何度か会話した事があった。見知った顔にややホッとするフリーダだったが、エルヴィーラのさらなる追撃が炸裂する。
「獣の鳴き声で会話する趣味は無いのでな。誰かエルフ語の解る者を連れてくるがいい」
フリーダは完全にアホを見る目でエルヴィーラを見つめる。こんなのがいるからエルフの評判が落ちるのだ。
しかも舌戦にさらなる参加者が現れる。黒髪爆乳のメガネ美女モニカだ。これにはフリーダも嫌な予感しかしない。“残念ホルスタイン”モニカの二つ名は伊達ではないと知っているからだ。
「ごめんなさいね、こんなマイナー言語知ってる人間少ないのよ。おのぼりさん相手でも会話しやすいように祝福するわね」
流ちょうなエルフ語で話すも、毒が駄々洩れである。フリーダはもう帰りたくなってきた。
モニカは知識の女神の祝福『論議の巣』を使う。これは範囲内の生物の言語が何であろうと意思疎通を可能にするという非常に有用な祝福である。翻訳による意味の変節などがないため議論には特に向いている。
荷馬車の一行を含め、全員に薄い金色の光が舞う。しかし、ひとりだけその光が霧散する人物がいた。エルヴィーラである。
モニカが眉をひそめるのを見て、慌ててフリーダが突っ込む。
「あんた何抵抗してんのよ! 馬鹿なの? 馬鹿なの!?」
しかしエルヴィーラは事もなげに答える。
「獣の鳴き声とはいえ、私は理解できるのだ。他の者がエルフ語を理解できるようになるなら、私にその祝福とやらは必要あるまい」
そういう話ではない。そういう話ではないのだ。フリーダは自分の事をトラブルメーカーだと思っていた。実際、王都で冒険者をやっていた頃はトラブルを起こす側だったはずだ。しかし本物の前ではやんちゃを誇る子供も同然だったと思い知る。見よ、これがトラブルメーカーだ。人前に出してはいけないタイプのエルフだ。里で永遠に飼い殺しにしておくべきクソエルフだ。もうおうち帰るうううううううう!
フリーダが髪の毛をかきむしりながら奇声を発していると、モニカが満面の笑みで優しく諭すように語りかける。
「あらあらまあまあ、田舎の方は祝福を受けなれてないから、うっかり抵抗しちゃたんですね。いいんですよ、ちょっとずつ人間社会の礼儀を勉強して下されば。なんでも聞く所によるとエルフは頭がよろしいらしいので」
フリーダは血走った目でモニカをにらむ。お前もお前だ。怒るんなら素直に怒れよ。忍耐力のチキンレースに周りを巻き込むんじゃない。
あまりのギスギスとした空気に、たまりかねてナナシが口をはさむ。とにかくまずは誤解を解かねば。
「あの、そもそも自分はこの人たちをオークから救い出してきたので……」
それを聞いてモニカが驚いたようにナナシを見る。
「その翻訳魔道具はこんなマイナー言語対応してないんだけど、彼女が最初に言ってたエルフ語解ったの?」
「なんというか……田舎の方言みたいな感じだけど意味は分かるっていうか。古代オーク語に慣れて来てから聞き取りやすくなった感じかな」
「古代オーク語とエルフ語の類似点は以前から指摘があったけど、原初のオークが実感としてエルフ語を理解できるとなると実に興味深いわね……」
モニカは『並列思考』によりナナシ観察日記改め原初のオーク生態録へこの事実を書き込んでゆく。
そんなモニカとナナシのやり取りをエルヴィーラが聞きとがめる。
「貴様、今原初のオークとかのたまったな? いいか、そこのオークは世界樹に湧いた寄生虫にすぎん。原初のオークなどと言う戯言を口にするんじゃない」
モニカはさも驚いたような表情を作ると、エルヴィーラに答える。
「あらら、かのエルフ大長老マイスラ・ラ・リルル様が記した貴重な論文をご存じないのかしら? エルフと原初のオークは、なんと、実は、同じ種族の雄と雌だった可能性があるのですよ! びっくりですわね!」
「あれは長く生きているだけの愚昧なエルフにすぎん。我々は長老などとは認めておらぬ。そもそもあの妄言の閲覧資格は教皇にしかないはずだぞ。なぜ貴様ごときが内容を知っている」
「いちど世に出た知識っていうのは、どうやったって秘匿できる物じゃないのよ。勉強になったわねえ長生きしてるだけのエルフさん」
エルフにとって地雷ともいえる内容だけに、互いの言葉も段々と直接的なものになって来る。
先にしびれを切らしたのはエルヴィーラだった。剣の柄に手を添えると一方的に宣言する。
「獣と問答も馬鹿馬鹿しい。そのオークはここで切り捨てる。解放してやるから貴様らヒューマンどもはどこへなりと逃げるがいい」
それを見てキーラがエルヴィーラの正面へと立ちふさがる。腕組みをし仁王立ちになると、半眼でエルヴィーラに告げる。
「おい、口喧嘩なら好きなだけやりゃあいいけどな、そいつはシャレになんねえぞ」
次の瞬間、エルヴィーラの剣の切っ先がぴたりとキーラの喉元に突きつけられていた。ほんの数ミリ喉に食い込んだ切っ先から、血がひと筋流れ落ちる。
しかし対峙するふたりの表情は全く逆だった。半眼のまま口元に薄く笑みをたたえるキーラに対し、エルヴィーラは驚愕の表情を浮かべている。すぐに何事もなかったように無表情を取り戻し冷静さを装うものの、動揺は誰の目にも明らかだった。
フリーダは唖然としてその状況を見ていた。エルヴィーラの抜刀はフリーダにも見えなかった。キーラはその抜刀に反応し、恐らく数ミリ前へ動いて自ら剣先を喉へ食い込ませたのだ。エルヴィーラにしてみれば脅すだけのつもりだった行為も、血が流れてしまえばその意味は全く変わってくる。
周りを見回すフリーダの目に、ものすごく悪い笑顔を浮かべているモニカと、いつの間にか椅子に座ってきゃっきゃと手を叩いて笑っている赤毛の少女と、自分と同じく唖然とした表情を浮かべている巨大なオークが映る。
どう考えてもいちばんトラブルメーカーであるはずの巨大なオークが、この場では数少ない振り回される側の常識人だというのがもはや喜劇である。フリーダは目が合ったオークと無言で通じ合う。お前んとこの馬鹿を何とかしろ。お互い様である。
一瞬の静寂の後に、キーラが笑みを深めて言う。
「やっちまったなァおい。こりゃあもう、ごめんなさいじゃすまねーぞ」
それを見てレジオナが手を叩いて喜ぶ。
「あははは、キーラちんってこういうのでマウント取るの上手いよね~! 戦闘民族マジこわいわ~」
モニカも胸を強調するように腕を組むと、人差し指を頬に当てキョトンとした表情で続く。
「あらあらあら、田舎の方は血の気が多くて怖いわねえ。こういうのって何て言ったかしら。ばん……ぞく? 蛮族って言うのかしらねえ? エルフって野蛮なのねえ、怖いわぁ」
エルヴィーラの透き通るような白い肌にみるみる朱がさし、目に殺気がこもる。見かねたフリーダが横から声をかけた。
「エルヴィーラ、やめて。さすがにやりすぎよ」
目線だけでちらりとフリーダに反応したエルヴィーラは、ゆっくりと目を閉じ深く息を吐きながら剣を収める。
エルヴィーラの納刀を確認したキーラは、つかつかとモニカに歩み寄ると頭に思い切り拳骨を落とした。
「おめーは煽り過ぎなんだよ! あのクソエルフ、完っ然に『もう殺すしかねえ』って目つきになってただろーが! フリーダが止めなかったらヤバかったぞ!」
頭を押さえてうずくまったモニカが、涙目でキーラを見上げて言い訳する。
「だってぇ……あのクソエルフ滅茶苦茶むかついたんだもん」
「だってぇじゃねえ! 煽りたきゃ自分の首でやれっての! あたいが死ぬだろが!」
そのやり取りを見てレジオナはけらけらと笑い、周囲の女たちの緊張感もほぐれてゆく。もはや戦いの空気は無い。
フリーダは、それほど親しかったわけでもない自分の名前を憶えていた事といい、今の空気の変え方といい、キーラがただの脳まで筋肉の人種ではなく周到に計算して行動しているのを感じ、バカの仲間扱いしていたことをそっと心の中で詫びる。そしてやはり“残念ホルスタイン”は“残念”の名にふさわしい残念さだ。
ともあれ、空気が弛緩したこの機を逃すまいとフリーダはナナシたちに話しかける。
「ホント、うちのが失礼しちゃって申し訳ない。ところでそのオークなんだけど、キーラが皇帝って言ってたの本当なの? それとも自称とか愛称なの?」
その問いかけにキーラが満面の笑みで振り返る。景気付けにナナシのケツにパーンと張り手をかますと、「ナンデ!?」というナナシの声を完全に無視してドヤ顔で説明を始めた。
「こいつは“剛腕爆裂”オーカイザーこと、ナナシ・オーカイザーだ。オークキングを倒してオークの皇帝になった!」
「違うよ!?」ナナシの声がむなしく響く。
「ウチらはナナシとかオーカイザーって呼んでる。あたいのイチオシは皇帝だな。童貞でも間違いじゃねえ」
「ヤメテ!」もはやナナシの叫びは誰にも届かない。
「まあフリーダは好きに呼べばいいけどよ、そこのクソエルフは皇帝陛下って呼びやがれ」
キーラに指差されたエルヴィーラは鼻で笑って返答する。
「下賤なオーク風情が皇帝を名乗るとは片腹痛いわ。名無しの皇帝だと? つけあがるのもいい加減にしろ」
「おいクソエルフ、今おめージルバラント王国全土を敵に回したぞ。こいつの名前はジルバラント王国第2王女ロジーナ・フォン・ルートヴィヒ殿下から賜った誉ある名前だからな!」
「獣の王がオークに帝位を授けた所で、それが我らエルフに何の関係がある? そもそもこれは我らエルフと世界樹の問題なのだ。我ら身内の問題にヒューマンごときが軽々しく口をはさむな!」
「生まれたてのナナシにいきなり攻撃かましといて今更身内面かよ、反吐が出るぜ。こいつはもうウチらの連れなんだよ。てめーらの勝手にさせてたまるかってんだ!」
キーラの啖呵に女たちが喝采を送る。レジオナがナナシの背中をポンポンと叩きながらしみじみと言う。
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そしてすかさず、キーラに続いて何か言おうとしたモニカに釘を刺す。
「モニカちんはやめときな~。どうせ貴重とか資料とか言ってナナシたんがマジで泣いちゃうから~」
図星をつかれたモニカはぐうの音も出ない。
「はァ~、とはいえ参ったなこりゃ」
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キーラはまだ話が通じそうなフリーダに相談する。
「なあフリーダ、結局おめーらエルフはナナシをどうしたいんだ? そこのクソエルフのせいでロクに説明も出来なかったけどよ、ナナシは王女殿下の命でウチらを救出に来たんだ。どう考えても人間に害をなす存在じゃねえ。それはウチらが保証する。それを踏まえた上で答えてくれよ」
フリーダはようやく話の核心にたどり着けた事にホッとひと息つく。出会って3分もあればわかる話が隣で殺気を放っているクソエルフのせいでどれだけ回り道をした事だろう。
「私たちが長老から受けた任務は世界樹から生まれたオークの監視だけよ。近隣種族に被害を及ぼすようなら討伐もって事だけど、今の話を聞く限りその必要はないみたいだし」
「だったら話は早え。どうやらナナシの誤解も解けたみてえだし、これでお開きって事でいいよな?」
「そうねえ、まあ一応監視って事で私も王都までお供するわ。せっかく路銀も貰った事だし。エルヴィーラ、後は私に任せて里に報告お願いね」
フリーダの言葉にエルヴィーラは異を唱える。
「何を世迷言を。相手は世界樹を穢した下賤なオークだぞ、いつ本性を現し暴れだすやもしれん。お前だけに監視を任せるわけにはいかん。私も監視を続けさせてもらう」
「あっそ、好きにすれば? さあ、そうと決まれば出発出発!」
フリーダはすっかり肩の荷が下りた気分で、ナナシ一行にさも当然のごとく加わる。なにせこの化け物オークを倒す必要が無くなったのだ。こんなにめでたい事はない。
さすがのキーラもこのフリーダの行動には呆れ顔である。
「おめーなあ、この流れでしれっとウチらに混ざろうって自由すぎんだろ。まあいいか、ケチが付く前にさっさと出発しちまおうぜ」
なにやら複雑な顔でこちらを睨んでいるエルヴィーラをちらりと見やり、キーラはそそくさと女たちに出発を促す。ついてくるだけなら放っておけばいい。とにかくまずは王都までだ。
動き出した荷馬車の列を、少し離れてエルヴィーラが追う。
レジオナとフリーダは最後尾の荷馬車に腰掛けて足をぶらぶらと揺らしながら、追ってくるエルヴィーラに向かってこれ見よがしに木の椀に盛ったポップコーンを頬張るのだった。
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久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
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以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
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「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」
やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。
一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、
「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」
悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。
なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?
でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。
というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!
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