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第十章 勇者と皇帝

求婚

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 ここは聖龍連峰、黄金龍の居城のサロン。人間サイズの種族をもてなすための場所である。
 城のあるじたる黄金龍を前に、イーダスハイム候ヴォルフガング・フォン・ザイフリート辺境伯とロジーナ姫、そして人化した黒龍が並んで座っている。その後ろには、護衛騎士カレンと侍女長アヤメ、そしてジルバラント王国軍西方面隊司令官クラウス・フォン・シュタイナー中将が並んで立っていた。
 この錚々そうそうたる面々に給仕するのは聖龍連峰ナンバー2である白銀龍と、人化したメイド姿の龍種たちである。香り高い紅茶と絶品の茶菓子を堪能しながら、ひとしきり世間話に花を咲かせた後、ロジーナ姫が本題を切り出した。
「先日の魔獣暴走スタンピードと混沌浸食を撃退した折のご助力、まこと感謝の極みですのじゃ。古今東西の宝をお持ちのクゲーラ陛下に贈り物もはばかられますが、心ばかりの品、何卒なにとぞお納めいただきますようお願い申し上げる」
 そう言って差し出されたのは、最初期ロットのゴーレムファイター獣王丸と椿姫セット、未開封品である。これには所詮しょせん人間の贈り物と高をくくっていた黄金龍も目の色が変わった。
「きゃあああ! まってまってこれまさか最初期ロットじゃないの? はあああああああヤバいヤバい未開封美品……ッ! こんなのが残ってたなんて、さすがはゴーレムファイト元締めロジーナちゃんね!」
 黄金龍が今ハマっているマストアイテム情報は、ブルスラ先生ことレジオナからリサーチ済みであった。うっとりと箱をめつすがめつ堪能する黄金龍に、ロジーナ姫が追撃をかます。
「クゲーラ陛下、それを開封できない心情よ~く分かりますぞ。そこでコレ! ジャンク品リペアなれど動作確認済み、最初期ロット獣王丸と椿姫ア~ンド武器セット! いかがかな!」
「はあああああん! ロジーナちゃんったら……大好きよッ! コレクターの心が理解わかってるゥ!」
 もはや世界最強種たる龍種の女王の威厳などどこにも感じられぬ、限界コレクターと化した黄金龍を、その場の皆が生温かく見守る。ひとしきりフィギュアを愛でた黄金龍は、ようやくその視線に気づくと、ひとつ咳払いをして何事もなかったかのように居住まいを正す。
 黄金龍が落ち着いたのを見計らい、ロジーナ姫が再び口を開いた。
「今日訪問した用事は他にもあってのう。むしろこっちが本題なんじゃが、わらわはこの度こちらのイーダスハイム候ヴォルフガング辺境伯へ嫁ぐ事になっての」
「あらまあ、それはおめでとう! 人間の王族がわざわざ結婚の報告なんて、初代ジルバラント王以来かしら」
「祝いの言葉、本当に感謝の限りじゃ。それともうひとつ話があってのう……」
 ロジーナ姫がちらりと隣を見た。その視線を受け、ヴォルフガング侯爵が話を進める。
「紹介に預かりましたヴォルフガング・ザイフリートと申します。黄金に輝くハガールキュラ・麗しき太陽のドゥオェー・グァ・化身クゲーラ陛下におかれましては、此度の訪問をお受けいただき、恐悦至極に存じ上げます」
「あらあらまあまあ、さすがはロジーナちゃんのお婿さんね、しっかりしてるわぁ。いいのよ、あなたにはクゲーラと呼ぶ事を許します」
「ありがとうございます、クゲーラ陛下。本日私めが参上いたしましたのは、こちらの漆黒の夜にギュークルゴォ・潜みし大いなるガーラグ・ギィ・狩人シューグオ様を是非とも我がきさきとしてお迎えいたしたく、お願いにあがった所存でございます」
 突然の嫁取り宣言に、のんきに追加の菓子を頬張っていた黒龍がフォークを取り落とし、なにそれ聞いてないといった表情でロジーナ姫とヴォルフガング侯爵を凝視する。まさしく寝耳に水であった。
 菓子の咀嚼で喋れぬ黒龍を尻目に、黄金龍と侯爵の会話は続く。
「ふうん、ヒューマンの婚姻には詳しくないけれど、それはうちの漆黒シューグオめかけにしたいという事かしら」
「いえ、ギュークルゴォ・ガーラグ・ギィ・シューグオ様を、ロジーナ殿下と同等の正室としてお迎えいたしたく」
「なにやら思惑があるようね。いいわ、続けて」
「ここから先は王家も絡む話故、ロジーナ殿下より説明いたします」
 ヴォルフガングに話を振られたロジーナ姫が先を続ける。
「婚姻に関しては、ジルバラントの慣例は関係なくなるのじゃ。なにせ、婚礼と同時にイーダスハイムはジルバラント王国から独立を宣言するからのう」
 ロジーナ姫の発言を聞いても、背後に立つ側近たちに動揺は無い。すでに箱推し(すなわちロジーナ姫とその家族、やがて生まれるかわいい子供たちである)をキメているカレンは蕩けた笑顔でロジーナ姫とヴォルフガングを見つめているし、アヤメとクラウス中将は誇らしげにふたりを見守っている。
 そもイーダスハイム出身のクラウス中将は、ヴォルフガングから内密に計画を打ち明けられた時、ついにこの時が来たかと男泣きした程であった。魔族との最前線であり、血と命で築いたイーダスハイム領の支配権は、イーダスハイムに住む者にとって最早独立国としての矜持きょうじを持つほどのものである。中央の腑抜け共、笑わば笑え。我ら辺境の守護者ここにあらん。
 面白そうな成り行きに、黄金龍も興味が湧いたようである。
「シューグオをめとって独立するという事は、ついに王都を火の海にするってわけね! 私も参加していいかしら!」
「いやいやいや、王都は焼かんから! この事はすでに国王陛下とも密約が出来ておるんじゃ。疲弊したジルバラント王国からイーダスハイム領を切り離し、ジルバラントは復興に専念、周辺国への牽制をイーダスハイムが一手に引き受けるという形じゃな」
「なあんだ、つまらない。反旗をひるがえすのでなければ、独立する必要があるのかしら」
「そこは父上との話し合いでも悩んだところじゃな。ただでさえ兄上たちに反感を持たれているわらわが、辺境で王都以上の戦力を保持するのは、結局のところ国を割るきっかけになるじゃろうと。ならばいっその事、この機に独立してしまうのがよかろうという結論に達したのよ。今ならばジルバラント王国も動くに動けんじゃろうからの」
 ロジーナ姫は父である国王フィリップとの密談で、転生恩寵『王の器』についても明かしていた。イーダスハイムが独立する事でロジーナが王妃となれば、恐らく『王の器』による試練は達成されたと見なされるであろう。そうなれば、『王の器』に影響され、試練として敵対していると思われる王子たちとの関係も改善されるのではないかと期待したのだ。
 さて、王都を焼かぬとなれば、龍種にとっては何の楽しみもない。ただ人間に利用されるだけの話となってしまう。黄金龍はじっとりとした視線を向けながら、ロジーナ姫に言う。
「龍種を抑止力に利用しようという度胸は大したものだけれど、肝心のシューグオが何というかしらねえ?」
 もちろん、ロジーナ姫も無策ではない。おもむろにスパイダーシルク製の手袋をはめると、内部拡張収納袋マジックバッグから純白の宝石箱のようなものを取り出した。金の縁取りがされた50センチメートル四方の箱は、厚みが20センチメートル程の平たい形状である。
「これは結納の品じゃ。クゲーラ陛下のお眼鏡にかなえばよろしいがの」
 厳かな手つきで蓋を開くロジーナ姫。そこに収められていたのは、灰色に艶めく2体の塑像そぞうであった。
 それを見た黄金龍の目つきが変わる。自らも懐から取り出した純白の手袋をはめ、慎重に塑像を手に取った。龍種の女王たる黄金龍の手が、心なしか震えている様にも見える。
「これは……まさか……マイスラ様の?」
「そう、正真正銘マイスラ・ラ・リルル作のゴーレムファイター原型じゃ」
「シューグオ、すぐに婚礼の準備をなさい。くれぐれも粗相のないように」
 即決であった。
「ちょまっ! クーねえ!? 売るの? 私を!?」
 いくら世界屈指の名彫刻家マイスラ作とはいえ、フィギュア原型2体で売られそうになった黒龍渾身の抗議に、黄金龍はしれっとした態度で返す。
「心づくしの贈り物に対して、売るだなんてはしたない物言いはおやめなさい。全くこの子は、何が不満なの? 人間相手とはいえ王家に望まれて嫁ぐなんて、素敵なご縁談じゃないの」
「まあまあまあ、突然の話に戸惑うのも無理はなかろう。のうノワ先生?」
 あんぐりと口を開けて固まる黒龍に、ロジーナ姫が悪い笑みを向ける。その笑顔に聖龍連峰ナンバー7の黒龍がヒッと小さく悲鳴を上げた。
「もちろん、ノワ先生には大きなメリットを用意しておるとも。三食昼寝付きで漫画を描き放題、さらに新刊は全て対価なしで即日手に入る! もちろん、地下本もじゃ!」
 ロジーナ姫の言葉に黒龍は揺れる。三食昼寝付きで漫画を描き放題なのは今と変わらないが、新刊が対価なしで即日手に入るのは大きい。さらに貴重な地下本までとあっては、いかに龍種であっても心が動かされてしまう。
「でっ、でも、王妃っていったら色々めんどくさいんじゃ……舞踏会とか晩餐会とか……マナーも厳しそうだし……」
 引きこもり体質の黒龍にとってこれらは看過できない不安材料であった。しかしロジーナ姫は事もなく答える。
「なあに、その辺は影武者に任せればよかろ。女性向けの新雑誌も創刊するゆえ、何名か作家に興味のある龍種を連れてくるがよい。人化の際に工夫すれば姿も似せられるじゃろ」
 確かに、ひとりで見知らぬ場所に嫁ぐのは不安がある。ならば知り合いを連れて行けば良いのだ。幸い、姉妹(龍種もエルフと同じく、同じ場所で生まれた龍は血のつながり抜きに兄弟姉妹という感覚である)の中には本好きも、それが高じて仲間内だけで見せ合ってる作品を書いている者もいる。声をかければ一緒に来てくれる子はいるはずだ。
「それにのう、ノワ先生、人間のアレにも興味あるじゃろ?」
 いきなりの下ネタに、背後からアヤメとクラウス中将が咳払いでロジーナ姫をたしなめる。しかし当のヴォルフガング伯は苦笑いで事の成り行きを見守っていた。恐るべき龍種相手にが交渉材料になるというなら是非もない。
 いっぽうの黒龍も満更まんざらではなさそうだ。なるほどヴォルフガング卿は顔が良い。異種族とはいえ美醜は分かるものである。端正な顔立ちの中に光る眼は単なる優男のものではない。龍種をも乗りこなしてやろうという(2重の意味で!)気概にあふれている。そしてとにかく顔が良い。
 3千歳の黒龍はいまだ処女であった。龍種はエルフと同じくほとんどが雌である。ごく稀に生まれる雄ともそうそうつがえるものではない。同じ場所で生まれた雄は姉弟同然なので、最初からそういう対象にならないとあってはなおさらと言えよう。
 龍種の生殖器は、雄のものも普段は体内に隠れている。そのため、黒龍が趣味でBLボーイズラブを描く時の参考資料と言えば、人間の彫刻や絵画、そしてレジオナたちの描くBLであった。
 本物を見て体験すれば、描写にも説得力が出よう。しかしそれは諸刃の剣でもある。現実に引きずられて自由な発想が出来なくなる恐れもあった。
 それよりなにより、3千歳にもなって処女と侮られる事だけは出来ない。世界最強たる龍種が、たかが人間ごときに、こんな事で後れを取る訳にはいかないのだ。ともかく早急にどこかの雄と事を済ませて、話はそれからである。
 もはや服を買いに行く服が無いから、とりあえずゴミ捨て場から拾ってくるがごとき発想であった。婚姻が前提になってしまっている事にすら気付かず、煩悶はんもんする黒龍。それを見て何かを察したか、ヴォルフガング卿が優しい笑みを浮かべて話しかける。
「人間相手ではご不満もあるかと存じますが、どうかご容赦を。私も偉大な龍種のご相手は初めてゆえ、緊張の限りではございますが、精いっぱい務めさせていただきとうございます。至らぬ点は寛大なお心でお導きいただければ幸いに存じます」
 要するに「お互い異種族相手は初めてなんだから気楽にいきましょう」と言われ、黒龍は己の小心を恥じる。この先数百、数千、あるいは数万年を生きる龍種にとって、ほんのひと時の戯れをどうしてそこまで過大評価する必要があるだろうか。
 あるいはこの体験がそれほどまでに心に残るとすれば、飛び込む甲斐もあるというものだろう。なるようになれだ。何といっても自分は世界最強たる龍種なのだから。いざとなれば全てを焼き尽くし、この翼でどこへでも飛んでいけばいい。
 龍種の自覚を取り戻し、ほっと心が軽くなった黒龍は、改めてヴォルフガング卿に向き合う。なるほど見れば見るほど顔が良い。これほどの人間ならば同じひと時を過ごすのも悪くないだろう。
 黒龍はにちゃりとした笑みを浮かべ、誇り高く宣言する。
「フヒッ。ふっふつつつかものではありましゅが、なにとじょよしにゃに……デュフフ」
 よわい3千にして初めて意識した異性を前に、黒龍のコミュ障が遺憾無いかんなく発揮された。
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