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第十章 勇者と皇帝
救命
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魔王城最奥部に設置された転移魔法陣を、城に残った文官たちが不安げに取り囲んでいる。やがて、魔法陣が眩く発光すると、ジュリエットをはじめとした使節団3人が転移を終えた。見守る一同から歓声が上がる。
しかし喜びは束の間であった。大役を果たし、安堵したジュリエットの目の前で、振り向いたマチルダの右半身が斜めにずり落ちる。
「マチルダ!」
落下する右半身を受け止めたジュリエットの反応は、まさに歴戦の猛者と言えよう。しかし血を吹き出すその右半身はすでにこと切れていた。左肩から袈裟懸けに入ったゴーモンの斬撃は、心臓を斜めに切断し、肝臓と腎臓までをも切断している。即死であった。
「おのれ剣聖! やってくれたわね……っ! ああ……マチルダ……」
ジュリエットは血まみれになりながらマチルダの右半身を抱きしめ、嗚咽する。その背中にブレイクがそっと手を置く。敵地に乗り込む以上覚悟はしていたが、いざこうなっては言葉も無い。
蘇生が祈念できる春の女神の大司教は、50万人都市であるフォートマルシャンやクリンゲルですら通常はひとりしかいない。国家全体でも片手で数えられる程度である。勇者パーティの一員であるラビなどはまさに例外と言えよう。
ナナシの冒険を追う読者諸兄にとって、大司教は見慣れた存在かもしれない。しかし『残念ホルスタイン』モニカでさえ、この世界の人々から見れば、オークキング討伐から生還した特級冒険者であり、混沌の使徒を何度も退けた救国の英雄である。大司教とは本来それほどまでに特別な存在なのだ。
そして、ルビオナ王国において季節の女神への信仰は一般的ではない上、数少ない大司教は全て従軍しており国内にはひとりも残っていなかった。
快活で恐れを知らぬ美しき王女の最期に、その場の人々が悲嘆に暮れる中、ヨレヨレのマントを纏ったひとりの少女が歩み出る。
「心肺停止からいっぷん以内の救命そちなら、きゅ~じゅ~ごぱ~せんとが助かるんよ~」
ふにゃふにゃと喋りながら、ぎゅっとした表情を作ってみせる黒髪の少女は、スーパーな医者の雰囲気を漂わせながらマチルダへと駆け寄った。
「レジ……オナ?」
ふにゃふにゃとした喋り方から、ジュリエットはその少女がレジオナと察する。レジオナはマチルダの右半身を抱き取ると、どろりと溶け出し、大量の透明な粘液状態となって広がってゆく。そして倒れているマチルダの左半身の断面をも包み込んだ。
さらにレジオナは地面に溜まった大量の血液も取り込み、体内で濾過、精製してゆく。同時に擬態で心臓を形成し、マチルダの大動脈へと接続、血液の循環を開始した。
みるみる内に、蒼白だったマチルダの頬に赤みが差し、呼吸が再開する。欠損した横隔膜の代わりに、レジオナが肺を動かしているのだ。
思いもよらぬ展開にあっけにとられていた文官たちも、息を吹き返したマチルダを見て歓喜の声を上げた。日頃、魔王城を我が物顔でうろついている厄介な居候が、ここへ来てまさかの大活躍である。先日の魔王ロックの影武者の件といい、実は魔王の腹心なのかもしれない。文官たちのレジオナに対する評価はうなぎ上りであった。ただし、全ては彼らの思い込みに過ぎない。
透明なぷよぷよとした塊から飛び出しているマチルダの頭を、ジュリエットはそっと膝枕した。血色の戻った顔を慈しむように撫で、乱れた髪を優しく梳く。
「ありがとう……レジオナ……ありがとう……」
感極まるジュリエットの声に、透明な塊の中央付近が盛り上がり、黒髪の少女の頭部を形作る。
「ど~いたしまして~。ま~ね~、マチルダちんもともだちだからさ~、とくべつなんよ~? 王太后陛下の泣き顔もみれたしね~。レアひょ~じょ~ゲットだぜぇ~!」
ふにゃふにゃと答えるレジオナに、思わず笑みがこぼれるジュリエット。そんなやり取りの最中、マチルダが意識を取り戻した。
「う……ここは……? 私は……剣聖に斬られて……」
「マチルダ! 良かった……」
「母上……私んなっ! なんじゃこりゃあああああ!」
視界に飛び込んで来た己の状況に、思わずはしたない叫び声をあげてしまうマチルダ。臓物など見慣れたものであるが、自分からまろび出ているそれはまた別物である。謎の透明な物体の上に生えたレジオナの生首と目が合ったマチルダは、さらに混乱しつつ叫ぶ。
「はああああ? なんなのこれ⁉︎ 私……生きてる……のよね? どういうことなの?」
「ま~ま~おちついて~マチルダちん。じぶんの中身なんてそ~そ~見る機会ないんだしさ~。エンジョイ!」
「いやまって、レジ……オナ?」
魔王城でうろついているレジオナは数人いるが、マチルダにとって今回のは初めて見るタイプであった。とはいえ顔のつくり自体は似ているのでそこまで違和感は無い。
マチルダはレジオナがスライムである事を、様々な怒られ案件で知ってはいた。しかし改めてこういう能力を見せられると、なんとも言えない畏怖の念も湧き上がってくる。というか、なんでこのスライムはわざわざ透明になって私の中身を見せびらかしているのか。こっちは花も恥じらう乙女だというのに。
レジオナへの様々な感情が湧き上がるにつれ、マチルダも段々と落ち着いてきた。そうして良く観察してみれば、剣聖の技の冴えが己の断面に見て取れる。我ながらよくぞあの斬撃に反応できたものだ。
もう少し観察を続けたい気持ちもあったが、それよりも自分の中身を衆目にさらされている恥ずかしさがつのって来た。これは裸を見られるより恥ずかしい。そもそも腸からちょっと漏れてるあれは排泄物と言っても過言ではないのでは。ダメダメダメダメ! 何やってんのレジオナ!
「ちょっ! レジオナ! なんであなた透明になってんのよ! 普段はスライムになってもなんかこうピンク色じゃない! 早く色変えてよ! 早く!」
「え~、みんなに救命してるとこみせて安心させたげよ~とおもったんよ~。ね~、みんなもみたかったよねぇ~?」
レジオナにふにゃふにゃと話を振られて、集った文官たちはマチルダが頬を染めてプルプルと震えている事に気づく。彼らは無言でレジオナとマチルダから目線を逸らす。
「うわ~、でたよ~汚ったな~! さすがじんるい! 汚い!」
「どうでもいいからさっさと隠してったら! ブチ殺すわよレジオナ!」
「うひゃひゃ、半死人にころされる~。ま~かわいそ~だからかくしてしんぜよ~。うんこもみられてるし~」
「いうなあああああああああ!」
殺されたショックもどこへやら、すっかり元気が出たマチルダを、ジュリエットが微笑ましく見つめる。その視線が、ふとマチルダの右腕へと動いた。まるで標本のごとき断面が、透明なスライム内部でゆらめいて見える。その視線に気付いたマチルダが、右腕をスライムの中から引き抜いた。
「いたたたたたた! ヤバっ!」
切断面が空気に触れた途端に、傷口から激痛が走る。マチルダは慌ててレジオナの中に腕を突っ込んだ。
「ば~っかで~。せ~っかく痛くないよ~ほごしてあげてんのにさ~」
「それはどうも! それよりホントお願いだから隠して、頼むから」
マチルダの懇願に、ようやく体表をピンク色に変えるレジオナ。
「ま~、あとで縫ってあげるからさ~、とりあえずおとなしくしとくんよ~。腕もってかえってれば~つないであげたんだけどね~」
ふにゃふにゃと残念がるレジオナに、マチルダが答える。
「腕1本で済んだのは幸運だったわ。上半身が向こうに残ってたら終わってたでしょ」
「それはそう~。むこ~で『蘇生』でもやられたらヤバかったよねぇ~。きっと、あ~んなことやこ~んなことされちゃってたんよ~。怖わっ!」
ふにゃふにゃとしたレジオナの言葉に、ジュリエットがはっとした表情で言う。
「王女ならば人質として使えると?」
「むこ~からしたら、こっちは野蛮な魔族なんよ~。そこまで甘くみてないでしょ~」
「だったらなぜ……まさか鬱憤を晴らすためだけに、貴重な『蘇生』を使うなんて、そんな、馬鹿な」
「ま~ほら、メンツのためならやりかねないでしょ~。特にふれっち~りはさ~、お国柄として~、魔族にだけはなめられたくね~ってタイプだし~。ありうるありうる~」
まともに考えれば、何の戦略価値もない小娘をそうまでして『蘇生』するなど馬鹿げている。確かに、拷問すれば魔王軍の内情や、上手くいけば作戦内容までわかるかもしれない。しかし敵地に乗り込む人員に、そこまでの情報を与えるだろうか。
そこには強迫観念にも似た、フレッチーリ王国の魔族に対する恐怖と憎しみがあった。過去から連綿と続く争いと、流された血がそうさせるのかも知れない。フレッチーリ王国での亜人に対する扱いも、それに端を発しているのだろう。
いずれは大規模な衝突を起こす運命の両国であった。そしてそれがついに始まるのだ。
しかし喜びは束の間であった。大役を果たし、安堵したジュリエットの目の前で、振り向いたマチルダの右半身が斜めにずり落ちる。
「マチルダ!」
落下する右半身を受け止めたジュリエットの反応は、まさに歴戦の猛者と言えよう。しかし血を吹き出すその右半身はすでにこと切れていた。左肩から袈裟懸けに入ったゴーモンの斬撃は、心臓を斜めに切断し、肝臓と腎臓までをも切断している。即死であった。
「おのれ剣聖! やってくれたわね……っ! ああ……マチルダ……」
ジュリエットは血まみれになりながらマチルダの右半身を抱きしめ、嗚咽する。その背中にブレイクがそっと手を置く。敵地に乗り込む以上覚悟はしていたが、いざこうなっては言葉も無い。
蘇生が祈念できる春の女神の大司教は、50万人都市であるフォートマルシャンやクリンゲルですら通常はひとりしかいない。国家全体でも片手で数えられる程度である。勇者パーティの一員であるラビなどはまさに例外と言えよう。
ナナシの冒険を追う読者諸兄にとって、大司教は見慣れた存在かもしれない。しかし『残念ホルスタイン』モニカでさえ、この世界の人々から見れば、オークキング討伐から生還した特級冒険者であり、混沌の使徒を何度も退けた救国の英雄である。大司教とは本来それほどまでに特別な存在なのだ。
そして、ルビオナ王国において季節の女神への信仰は一般的ではない上、数少ない大司教は全て従軍しており国内にはひとりも残っていなかった。
快活で恐れを知らぬ美しき王女の最期に、その場の人々が悲嘆に暮れる中、ヨレヨレのマントを纏ったひとりの少女が歩み出る。
「心肺停止からいっぷん以内の救命そちなら、きゅ~じゅ~ごぱ~せんとが助かるんよ~」
ふにゃふにゃと喋りながら、ぎゅっとした表情を作ってみせる黒髪の少女は、スーパーな医者の雰囲気を漂わせながらマチルダへと駆け寄った。
「レジ……オナ?」
ふにゃふにゃとした喋り方から、ジュリエットはその少女がレジオナと察する。レジオナはマチルダの右半身を抱き取ると、どろりと溶け出し、大量の透明な粘液状態となって広がってゆく。そして倒れているマチルダの左半身の断面をも包み込んだ。
さらにレジオナは地面に溜まった大量の血液も取り込み、体内で濾過、精製してゆく。同時に擬態で心臓を形成し、マチルダの大動脈へと接続、血液の循環を開始した。
みるみる内に、蒼白だったマチルダの頬に赤みが差し、呼吸が再開する。欠損した横隔膜の代わりに、レジオナが肺を動かしているのだ。
思いもよらぬ展開にあっけにとられていた文官たちも、息を吹き返したマチルダを見て歓喜の声を上げた。日頃、魔王城を我が物顔でうろついている厄介な居候が、ここへ来てまさかの大活躍である。先日の魔王ロックの影武者の件といい、実は魔王の腹心なのかもしれない。文官たちのレジオナに対する評価はうなぎ上りであった。ただし、全ては彼らの思い込みに過ぎない。
透明なぷよぷよとした塊から飛び出しているマチルダの頭を、ジュリエットはそっと膝枕した。血色の戻った顔を慈しむように撫で、乱れた髪を優しく梳く。
「ありがとう……レジオナ……ありがとう……」
感極まるジュリエットの声に、透明な塊の中央付近が盛り上がり、黒髪の少女の頭部を形作る。
「ど~いたしまして~。ま~ね~、マチルダちんもともだちだからさ~、とくべつなんよ~? 王太后陛下の泣き顔もみれたしね~。レアひょ~じょ~ゲットだぜぇ~!」
ふにゃふにゃと答えるレジオナに、思わず笑みがこぼれるジュリエット。そんなやり取りの最中、マチルダが意識を取り戻した。
「う……ここは……? 私は……剣聖に斬られて……」
「マチルダ! 良かった……」
「母上……私んなっ! なんじゃこりゃあああああ!」
視界に飛び込んで来た己の状況に、思わずはしたない叫び声をあげてしまうマチルダ。臓物など見慣れたものであるが、自分からまろび出ているそれはまた別物である。謎の透明な物体の上に生えたレジオナの生首と目が合ったマチルダは、さらに混乱しつつ叫ぶ。
「はああああ? なんなのこれ⁉︎ 私……生きてる……のよね? どういうことなの?」
「ま~ま~おちついて~マチルダちん。じぶんの中身なんてそ~そ~見る機会ないんだしさ~。エンジョイ!」
「いやまって、レジ……オナ?」
魔王城でうろついているレジオナは数人いるが、マチルダにとって今回のは初めて見るタイプであった。とはいえ顔のつくり自体は似ているのでそこまで違和感は無い。
マチルダはレジオナがスライムである事を、様々な怒られ案件で知ってはいた。しかし改めてこういう能力を見せられると、なんとも言えない畏怖の念も湧き上がってくる。というか、なんでこのスライムはわざわざ透明になって私の中身を見せびらかしているのか。こっちは花も恥じらう乙女だというのに。
レジオナへの様々な感情が湧き上がるにつれ、マチルダも段々と落ち着いてきた。そうして良く観察してみれば、剣聖の技の冴えが己の断面に見て取れる。我ながらよくぞあの斬撃に反応できたものだ。
もう少し観察を続けたい気持ちもあったが、それよりも自分の中身を衆目にさらされている恥ずかしさがつのって来た。これは裸を見られるより恥ずかしい。そもそも腸からちょっと漏れてるあれは排泄物と言っても過言ではないのでは。ダメダメダメダメ! 何やってんのレジオナ!
「ちょっ! レジオナ! なんであなた透明になってんのよ! 普段はスライムになってもなんかこうピンク色じゃない! 早く色変えてよ! 早く!」
「え~、みんなに救命してるとこみせて安心させたげよ~とおもったんよ~。ね~、みんなもみたかったよねぇ~?」
レジオナにふにゃふにゃと話を振られて、集った文官たちはマチルダが頬を染めてプルプルと震えている事に気づく。彼らは無言でレジオナとマチルダから目線を逸らす。
「うわ~、でたよ~汚ったな~! さすがじんるい! 汚い!」
「どうでもいいからさっさと隠してったら! ブチ殺すわよレジオナ!」
「うひゃひゃ、半死人にころされる~。ま~かわいそ~だからかくしてしんぜよ~。うんこもみられてるし~」
「いうなあああああああああ!」
殺されたショックもどこへやら、すっかり元気が出たマチルダを、ジュリエットが微笑ましく見つめる。その視線が、ふとマチルダの右腕へと動いた。まるで標本のごとき断面が、透明なスライム内部でゆらめいて見える。その視線に気付いたマチルダが、右腕をスライムの中から引き抜いた。
「いたたたたたた! ヤバっ!」
切断面が空気に触れた途端に、傷口から激痛が走る。マチルダは慌ててレジオナの中に腕を突っ込んだ。
「ば~っかで~。せ~っかく痛くないよ~ほごしてあげてんのにさ~」
「それはどうも! それよりホントお願いだから隠して、頼むから」
マチルダの懇願に、ようやく体表をピンク色に変えるレジオナ。
「ま~、あとで縫ってあげるからさ~、とりあえずおとなしくしとくんよ~。腕もってかえってれば~つないであげたんだけどね~」
ふにゃふにゃと残念がるレジオナに、マチルダが答える。
「腕1本で済んだのは幸運だったわ。上半身が向こうに残ってたら終わってたでしょ」
「それはそう~。むこ~で『蘇生』でもやられたらヤバかったよねぇ~。きっと、あ~んなことやこ~んなことされちゃってたんよ~。怖わっ!」
ふにゃふにゃとしたレジオナの言葉に、ジュリエットがはっとした表情で言う。
「王女ならば人質として使えると?」
「むこ~からしたら、こっちは野蛮な魔族なんよ~。そこまで甘くみてないでしょ~」
「だったらなぜ……まさか鬱憤を晴らすためだけに、貴重な『蘇生』を使うなんて、そんな、馬鹿な」
「ま~ほら、メンツのためならやりかねないでしょ~。特にふれっち~りはさ~、お国柄として~、魔族にだけはなめられたくね~ってタイプだし~。ありうるありうる~」
まともに考えれば、何の戦略価値もない小娘をそうまでして『蘇生』するなど馬鹿げている。確かに、拷問すれば魔王軍の内情や、上手くいけば作戦内容までわかるかもしれない。しかし敵地に乗り込む人員に、そこまでの情報を与えるだろうか。
そこには強迫観念にも似た、フレッチーリ王国の魔族に対する恐怖と憎しみがあった。過去から連綿と続く争いと、流された血がそうさせるのかも知れない。フレッチーリ王国での亜人に対する扱いも、それに端を発しているのだろう。
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