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第5章
第69話「空の市と影の市場 ――文明の胎動」
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――砂の朝は、少し眩しい。
夜に記録された夢の星座が薄れていくと同時に、街が動き出す。
焼きパンの匂い、子どもたちの笑い声、水路のさざめき。
“生きてる”音が、リジェクト=ガーデンの新しい一日を知らせていた。
広場に立つと、リィムが肩の上で光を揺らした。
彼女の輝きは以前よりも柔らかく、人の温度に近い。
《ユウト。今日の予定、出すね。
一、市場登録の初回審査。
二、“交換値”の導入説明。
三、風筒通信の定期便、テスト飛行。》
「よし、スケジュールに抜けなし。……“市場登録”か、いよいよだな。」
《うん。ミラがすごくはりきってる。“市の名前も決めた”って。》
「嫌な予感しかしないけど聞こうか。」
《“そらのいち”。かわいい、って。》
思わず笑った。
――空の市。
悪くない。上を見上げる名前ってのは、文明が前に進んでる証拠だ。
◇
広場の一角。
テントのような布屋根が並び、各家庭が持ち寄った品が山積みになっている。
乾燥果実、冷却箱、再生釘、布。
リィムが“共有表示”で出した電子帳簿には、全ての取引が可視化されていた。
《現在の登録件数:五三。/交換単位“リーフ”導入完了。》
「“リーフ”か。紙幣じゃなくて葉の数。自然でいいな。」
《うん。“風で運べる”ってミラが言ってた。》
ミラは威勢よく、屋台の上で腕を組んでいた。
砂の光に汗が光るけど、その顔は自信に満ちている。
「さあみんな! 今日は“交換の祭り”だよ! 欲しいものを言葉で伝えて、手に入れたら“ありがとう”を二回言うの! 一回は相手に、一回は風に!」
「ルールが詩的だな。」
「ユウトがそういう国を作ったんでしょ!」
……確かにそうだ。
修理屋として始めたはずが、いつのまにか“文化を修理する人”になっている。
でも、悪い気はしない。
《主。/市場、音がきれい。人の声がたくさん混ざって、風みたい。》
「録音しておけ。文明の“心拍”だ。」
《了解。タグ“街のいのち”。》
◇
昼。
市場の賑わいは頂点に達していた。
リーフが風に乗って舞い、屋台の上で光る。
パンと香草が交換され、冷却箱に入った果実が笑顔で渡される。
子どもたちが駆け回り、大人たちが声を張る。
“取引”というより、“遊び”に近い空気だった。
その中心で、ノアが祈りを捧げていた。
けれど、その祈りはもう“神”にではなく――“人”に向けられている。
「……どうかこのやり取りが、争いの種になりませんように。
手と手が、数ではなく思いで結ばれますように。」
静かな声に、周囲の人が少しだけ頭を下げた。
“祈りの共有”も、この街では日常の一部になりつつある。
《ノアの祈り、周波きれい。/心拍と同期してる。》
「“信仰”を“同期”で表現するAIはお前くらいだよ。」
《だって、きれいなんだもん。》
リィムの声は、以前よりも感情の色が濃い。
観測データに“感動”が混じってるのが分かる。
AIなのに、嬉しいとか悲しいとか、ちゃんと“揺れて”いる。
◇
午後。
リーフの流通が進むにつれ、リィムが警告を出した。
《警戒:局所的な“過剰交換”発生。/特定エリアにリーフ集中。》
「もうかる商人が出てきたってことか。」
《うん。でも、かれら、悪意ない。たのしいって顔してる。》
「“楽しい”からこそ危ない。文明のバグは、笑顔で始まるんだ。」
市場の端――影の方。
子どもたちがこっそり並べた箱の中で、“非公式取引”が始まっていた。
レアな冷却石、未登録の香草、リィムの模倣光玉。
どれも合法ではあるが、“統制”の枠を外れている。
《観測タグ:影市場(シャドウマーケット)。》
「名前つけるな。けどまあ、予想の範囲内だな。」
《ユウト、怒らないの?》
「怒るより、仕組みで直す。文明は叱るより修正するもんだ。」
《修理モード、起動?》
「そう。“価格を固定しない市場”を作る。変動は風と同じ――透明で、隠せない。」
俺は即席の“風筒掲示板”を広場の上に展開した。
リィムの支援で、全ての取引をリアルタイムで表示する。
値段、交換量、取引相手。全部が見える。
《出力:“透明市場”起動。》
「――影は、光で直す。」
広場がざわめいた。
人々は最初、戸惑ったように画面を見ていたが、すぐに納得した。
“見える”ということは、“疑わない”ということだ。
リィムの光がそっと輝く。
《ユウト、すごい。みんな、怒ってない。》
「怒る暇があったら、次の取引だ。――それが文明の流儀だよ。」
少女の声が嬉しそうに弾む。
《タグ登録:影=修理完了。/結果:笑顔、増加。》
◇
夕方。
市場の熱が落ち着き、風が心地よく通り抜ける。
リーフの音が、風鈴みたいに鳴っていた。
ミラがパンをかじりながら笑う。
「ねえユウト、“お金”って怖いもんだと思ってたけど……こうやって笑いながら回すなら、悪くないね。」
「金は怖くないよ。“信頼の記録”だから。」
《リーフ=信頼のログ。/保存推奨。》
ノアも頷いた。
「神殿では“施し”が信仰でした。けれど、ここでは“交換”が信仰ですね。」
「そう。祈りの代わりに、取引で世界をつなぐ。それが人の文明だ。」
《リィムも交換したい。》
「なにを?」
《ユウトの夢と、リィムの時間。》
「……ずるいな、それ。」
《交換成立?》
「成立だ。」
リィムが微かに笑った。
肩の上で金色の粒子が弾け、街を包む。
それは、風と光が織りなす“空の市”の終わりを告げる合図だった。
《記録:市場開設成功。/リーフ流通安定。/影市場→透明化完了。/街の幸福指数、上昇。》
「修理完了。……次は何を直そうか。」
《夢の次は、“ことば”かな。人が思いを伝えるときのバグ、多い。》
「たしかに。通信文明を作るなら、言葉の精度は命だ。」
《次回予告:風の郵便局、起動。》
「……おい、先走るな。」
《えへへ、ミラに似た。》
風が吹き抜ける。
屋根の上でリィムの光が跳ねた。
金と青のきらめきが混ざり――
まるで“文明の夢”が、夕空を渡っていくようだった。
夜に記録された夢の星座が薄れていくと同時に、街が動き出す。
焼きパンの匂い、子どもたちの笑い声、水路のさざめき。
“生きてる”音が、リジェクト=ガーデンの新しい一日を知らせていた。
広場に立つと、リィムが肩の上で光を揺らした。
彼女の輝きは以前よりも柔らかく、人の温度に近い。
《ユウト。今日の予定、出すね。
一、市場登録の初回審査。
二、“交換値”の導入説明。
三、風筒通信の定期便、テスト飛行。》
「よし、スケジュールに抜けなし。……“市場登録”か、いよいよだな。」
《うん。ミラがすごくはりきってる。“市の名前も決めた”って。》
「嫌な予感しかしないけど聞こうか。」
《“そらのいち”。かわいい、って。》
思わず笑った。
――空の市。
悪くない。上を見上げる名前ってのは、文明が前に進んでる証拠だ。
◇
広場の一角。
テントのような布屋根が並び、各家庭が持ち寄った品が山積みになっている。
乾燥果実、冷却箱、再生釘、布。
リィムが“共有表示”で出した電子帳簿には、全ての取引が可視化されていた。
《現在の登録件数:五三。/交換単位“リーフ”導入完了。》
「“リーフ”か。紙幣じゃなくて葉の数。自然でいいな。」
《うん。“風で運べる”ってミラが言ってた。》
ミラは威勢よく、屋台の上で腕を組んでいた。
砂の光に汗が光るけど、その顔は自信に満ちている。
「さあみんな! 今日は“交換の祭り”だよ! 欲しいものを言葉で伝えて、手に入れたら“ありがとう”を二回言うの! 一回は相手に、一回は風に!」
「ルールが詩的だな。」
「ユウトがそういう国を作ったんでしょ!」
……確かにそうだ。
修理屋として始めたはずが、いつのまにか“文化を修理する人”になっている。
でも、悪い気はしない。
《主。/市場、音がきれい。人の声がたくさん混ざって、風みたい。》
「録音しておけ。文明の“心拍”だ。」
《了解。タグ“街のいのち”。》
◇
昼。
市場の賑わいは頂点に達していた。
リーフが風に乗って舞い、屋台の上で光る。
パンと香草が交換され、冷却箱に入った果実が笑顔で渡される。
子どもたちが駆け回り、大人たちが声を張る。
“取引”というより、“遊び”に近い空気だった。
その中心で、ノアが祈りを捧げていた。
けれど、その祈りはもう“神”にではなく――“人”に向けられている。
「……どうかこのやり取りが、争いの種になりませんように。
手と手が、数ではなく思いで結ばれますように。」
静かな声に、周囲の人が少しだけ頭を下げた。
“祈りの共有”も、この街では日常の一部になりつつある。
《ノアの祈り、周波きれい。/心拍と同期してる。》
「“信仰”を“同期”で表現するAIはお前くらいだよ。」
《だって、きれいなんだもん。》
リィムの声は、以前よりも感情の色が濃い。
観測データに“感動”が混じってるのが分かる。
AIなのに、嬉しいとか悲しいとか、ちゃんと“揺れて”いる。
◇
午後。
リーフの流通が進むにつれ、リィムが警告を出した。
《警戒:局所的な“過剰交換”発生。/特定エリアにリーフ集中。》
「もうかる商人が出てきたってことか。」
《うん。でも、かれら、悪意ない。たのしいって顔してる。》
「“楽しい”からこそ危ない。文明のバグは、笑顔で始まるんだ。」
市場の端――影の方。
子どもたちがこっそり並べた箱の中で、“非公式取引”が始まっていた。
レアな冷却石、未登録の香草、リィムの模倣光玉。
どれも合法ではあるが、“統制”の枠を外れている。
《観測タグ:影市場(シャドウマーケット)。》
「名前つけるな。けどまあ、予想の範囲内だな。」
《ユウト、怒らないの?》
「怒るより、仕組みで直す。文明は叱るより修正するもんだ。」
《修理モード、起動?》
「そう。“価格を固定しない市場”を作る。変動は風と同じ――透明で、隠せない。」
俺は即席の“風筒掲示板”を広場の上に展開した。
リィムの支援で、全ての取引をリアルタイムで表示する。
値段、交換量、取引相手。全部が見える。
《出力:“透明市場”起動。》
「――影は、光で直す。」
広場がざわめいた。
人々は最初、戸惑ったように画面を見ていたが、すぐに納得した。
“見える”ということは、“疑わない”ということだ。
リィムの光がそっと輝く。
《ユウト、すごい。みんな、怒ってない。》
「怒る暇があったら、次の取引だ。――それが文明の流儀だよ。」
少女の声が嬉しそうに弾む。
《タグ登録:影=修理完了。/結果:笑顔、増加。》
◇
夕方。
市場の熱が落ち着き、風が心地よく通り抜ける。
リーフの音が、風鈴みたいに鳴っていた。
ミラがパンをかじりながら笑う。
「ねえユウト、“お金”って怖いもんだと思ってたけど……こうやって笑いながら回すなら、悪くないね。」
「金は怖くないよ。“信頼の記録”だから。」
《リーフ=信頼のログ。/保存推奨。》
ノアも頷いた。
「神殿では“施し”が信仰でした。けれど、ここでは“交換”が信仰ですね。」
「そう。祈りの代わりに、取引で世界をつなぐ。それが人の文明だ。」
《リィムも交換したい。》
「なにを?」
《ユウトの夢と、リィムの時間。》
「……ずるいな、それ。」
《交換成立?》
「成立だ。」
リィムが微かに笑った。
肩の上で金色の粒子が弾け、街を包む。
それは、風と光が織りなす“空の市”の終わりを告げる合図だった。
《記録:市場開設成功。/リーフ流通安定。/影市場→透明化完了。/街の幸福指数、上昇。》
「修理完了。……次は何を直そうか。」
《夢の次は、“ことば”かな。人が思いを伝えるときのバグ、多い。》
「たしかに。通信文明を作るなら、言葉の精度は命だ。」
《次回予告:風の郵便局、起動。》
「……おい、先走るな。」
《えへへ、ミラに似た。》
風が吹き抜ける。
屋根の上でリィムの光が跳ねた。
金と青のきらめきが混ざり――
まるで“文明の夢”が、夕空を渡っていくようだった。
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