地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~

かくろう

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尖兵の暴動

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 剣を収めた瞬間、広場に静寂が訪れた。
 倒れ伏す騎士たちの呻き声だけが、かすかに響く。
 血と焦げた匂いが鼻を突き、戦いの余韻がまだ生々しく残っていた。

 僕は深く息を吐き、視線を巡らせる。
 民衆は物陰から身を乗り出し、震える声で囁き合っていた。

「……勝ったのか……?」
「騎士団が……倒された……?」
「まさか、本当に……救世主……?」

 その言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。
 救世主なんて大層なものじゃない。ただ、目の前の暴力を止めたに過ぎない。

「セージ君」
 リンカがそっと近づき、僕の手を握る。
 彼女の尾がまだ緊張で震えていた。
「……怖かった。でも、あなたがいてくれたから、皆が救われたの」

 その瞳に映るのは、戦場の恐怖ではなく、確かな信頼だった。

「よくやったな、ご主人様!」
 シャミーが子供たちに混じって走り寄り、満面の笑みで飛びついてきた。

「めっちゃかっこよかった! もう完全に“英雄様”だよ!」

「……軽々しく呼ぶものではありません」
 レイシスが鋭くたしなめる。けれど、声にはわずかな誇らしさが混じっていた。

 アーリアは小さく頷き、本を胸に抱いたまま目を伏せる。
「……でも、確かに……救ってくださった」

 その控えめな言葉に、民衆の目がさらに僕へと集まっていく。

 セレスが歩み寄り、光の粒を振りまきながら倒れた老人を癒やす。
「もう大丈夫です……どうか安らいで」
 慈愛の声が広がり、人々の緊張が少しずつ和らいでいった。

 ルミナスは肩を竦め、炎を収めながら小さく呟く。
「ふぅ……これで一時は静か。でも……必ず報復は来る」

 その言葉に、空気が再び重く沈んだ。
 民衆も怯えた顔で囁き合う。

「領都に知られたら……」
「もっと大きな軍が……」
「村が焼かれる……」

 僕は一歩前に出て、村人たちを見渡した。

「確かに、報復は来るでしょう。でも――僕たちは逃げません」

 声を張ると、人々の視線が一斉に集まる。
 その瞳に恐怖と期待が入り混じっているのを、僕は真正面から受け止めた。

「僕がいる限り、この村は守ります。次に来るものがどれほど強大でも――必ず立ち向かう」

 静寂のあと、ざわめきが広がる。
 誰も完全には信じきれていない。けれど、わずかな希望が芽生えたのは分かった。

 夜。
 焚き火を囲み、僕らは戦いを終えた疲労を分かち合っていた。
 ルミナスは火を操って炎を安定させ、セレスが静かに祈りを捧げる。
 リンカは子供たちに温かなスープを振る舞い、ミレイユやアンナたちは黙々と世話を焼いていた。

 ふと、村の端で老人が涙を浮かべながら膝をつき、僕に頭を下げる。

「どうか……どうか、この村をお救いください……」

 その姿に、僕は拳を握る。
 救世主なんて柄じゃない。けれど、背を向けるわけにはいかない。

(必ず守る……それが僕の選んだ道だ)

 炎の明かりの中で、胸の奥の誓いが静かに燃え上がっていた。

 夜の帳が下りる頃、村の広場には焚き火がいくつも焚かれ、人々が肩を寄せ合っていた。
 白い湯気の立つ鍋からはスープの香りが漂い、子供の泣き声に代わって笑い声が混じる。
 ほんの数日前まで、恐怖と飢えで声も出せなかった村人たちが、少しずつ生気を取り戻し始めていた。

 僕はその光景を見ながら、剣を膝に立てて腰を下ろす。
 火の粉が舞うのを眺めていると、隣に座ったリンカが静かに囁いた。

「セージ君……みんな、少しずつ笑えるようになってきたね」
「ああ。だが、それが長く続くかどうかは分からない」

 そう答えた僕の言葉に、リンカの耳がピクリと動いた。
 銀狐族特有の鋭敏な感覚が働いたのだろう。
 彼女は表情を引き締め、遠くの闇へと視線を向けた。

「……セージ君。東の林の奥、十人以上。魔力の流れが濁ってる。隠れているつもりみたいだけど、弱点まで見えた」
 声は低いが確信に満ちていた。
 リンカがこう告げる時、誤りはない。

 僕は即座に剣の柄を握りしめた。
「……敵か」

 ルミナスが炎越しにこちらへ歩み寄り、紅い瞳を細める。
「なるほど。匂いはなかったけど、言われてみれば空気が濁ってる」

 セレスも両手を胸に当て、祈るように呟いた。
「……これは偶然の通りすがりではありません。明確な意志を持った闇です」

 焚き火の周りで談笑している村人たちは、まだ異変に気づいていない。
 だが――時間の問題だった。報復は必ず来る。恐怖に沈む領主なら、なおさら。

「……覚悟しておけ。戦いは避けられない」

 僕がそう告げると、仲間たちの顔が焚き火の炎に照らし出された。
 リンカは弓を構え、ルミナスは淡々と詠唱を繰り返し、セレスは光を手のひらに宿している。
 誰も怯えてはいない。

 彼女たちがいる限り、僕は何度でも立ち上がれる。
 けれど同時に胸の奥では、圧政と教団が動き出したことを、直感的に悟っていた。

 ――これはまだ序章にすぎない。
 本当の嵐は、もうすぐここに押し寄せる。


 リンカの警告から半日も経たないうちに、それは始まった。

 昼下がり。市場では、村人や旅商人たちがわずかな品を並べ、物々交換のような取引をしていた。
 干し魚や薬草、擦り切れた衣類。豊かさとは程遠いが、それでも人々が言葉を交わす場は希望の火を繋ぐ。

 僕たちも市場を歩いていた。
 リンカが耳を動かし、辺りを警戒しながら囁く。
「……やっぱり、まだいる。あちこちに紛れてる。表情や魔力の流れが普通じゃない」

 その言葉の直後だった。

 ――ドンッ!

 突如、屋台のひとつが爆ぜるように吹き飛び、悲鳴が市場を覆った。
 粉塵の中から現れたのは、黒い紋様を刻まれた人影。
 一見すると村人だが、眼は虚ろで、血走った瞳に人の意志はなく、口元からは黒煙のようなものが漏れていた。

「く……操られてる!」
 セレスが悲痛な声を上げる。

 次々と、群衆の中から同じような者たちが現れる。
 尖兵――ベアストリア教団が送り込んだ刺客。
 彼らは村人に紛れ、人知れず呪印を刻まれていたのだ。

「うわああっ!」
「逃げろ! 人が……人が化け物に!」

 市場は一瞬で地獄に変わった。
 逃げ惑う人々、暴れ出す尖兵。火が放たれ、木の屋台が炎に包まれる。

 僕は剣を抜き放ち、叫ぶ。
「全員、散開! 村人を守れ!」

 ルミナスが炎を纏い、矢継ぎ早に詠唱する。
「《フレイム・スパイラル》!」
 渦巻く炎が尖兵の群れを吹き飛ばし、逃げ場を作る。

 リンカは矢を番え、的確に尖兵の武器や脚を撃ち抜いていく。
「弱点は関節! そこを狙って!」

 セレスは両手を掲げ、広場全体を覆うように結界を展開した。
「《サンクチュアリ・シールド》……! どうか、操られた人々に二度と傷を負わせませんように!」

 光の壁が次々と倒れかかる屋根や火の粉を弾き、村人たちを守る。

 混乱の中でも、仲間たちの連携は確かだった。
 だが僕は直感していた。
 ――これはただの小手調べ。
 本命はまだ、この闇の奥に潜んでいる。


 炎に包まれた市場。
 叫び声と泣き声が交じり、あちこちで人影が押し潰されそうになっている。

 僕は剣を握りしめ、瓦礫の間を駆け抜けた。
「セレス! 結界を広げろ! 人を優先だ!」

「はい――!」
 彼女が祈りを捧げると、光が奔り、広場全体を包み込む半球状の結界が展開された。
 操られた人々が無理やり突進しても、透明な壁に阻まれ、村人たちは安全圏に押し込められていく。

 その間にも尖兵はさらに姿を現した。
 虚ろな瞳で叫び声を上げ、狂ったように刃を振るう。
 黒煙を吐き出しながら、次々と屋台や建物を破壊していく。

「ルミナス、あれを!」
「了解――《ノヴァ・インフェルノ》!」

 詠唱と共に、夜空をも照らすほどの巨大な火炎が市場を覆った。
 炎の渦がうねり、尖兵を飲み込み、闇色の呪印を焼き尽くしていく。
 火柱の熱気に、思わず目を細めた。

 焼き払われても、なお立ち上がる影はあった。
 僕は剣を構え、仲間の“ため”を重ねて一気に力を解放する。

「……放つ!」
 【重ね斬り】の剣閃が連なり、残った尖兵の身体をまとめて弾き飛ばした。
 その衝撃で呪印が砕け散り、操られていた人々が意識を失って地に崩れ落ちる。

 ――静寂。
 炎の音だけが耳に残った。

「……終わったのか?」
「はい。もう動く者はいません」

 セレスが確認すると、ルミナスが肩で息をしながらも、満足げに頷いた。

 結界の中にいた村人たちは恐る恐る外へ出てきた。
 怯えと驚きが混ざった目で、僕らを見つめる。

 やがて――誰かが叫んだ。
「……英雄だ! 本物の英雄だ!」

 その声に続いて、次々と声が上がる。
「命を救ってくださった!」
「セージ様……いや、あの方々こそ、私たちの救世主だ!」

 涙ながらに頭を下げる者、子供を抱えて感謝を叫ぶ母親。
 広場はやがて、歓喜と安堵の渦に変わっていった。

 ――英雄。
 その言葉に胸が締めつけられる。
 僕はただ……守りたかっただけだ。

 リンカが隣でそっと尾を揺らし、微笑む。
「セージ君、見て……みんな、やっと笑ってる」

「ああ……」
 声が震えた。
 守ると決めた。この笑顔を、もう二度と曇らせないと。













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