地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~

かくろう

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広がる噂

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 市街戦の炎がようやく鎮まり、灰と焦げた木の匂いが漂う夜の広場。
 人々はまだ怯えきっていたが、それでも「生き延びた」という事実が、わずかな光となって心に差し込んでいた。

「剣を振るう旅人が、怪物を一閃で斬ったんだ」
「青髪の弓の娘が、矢で仲間を守った」
「炎を操る少女と、祈りを捧げる娘……」

 僕たちのことを、そんなふうに囁く声が耳に届く。
 だが名前は出ない。ただ「誰かが戦った」という形のない英雄譚として、人々の口から口へと伝わっていた。

 ……それでいい。
 正体を明かすつもりはない。僕は追放された身だし、今ここで「セージ」と名乗れば、領民を余計に混乱させる。

「……噂、すごい速さで広まってる」
 青い髪を風になびかせながら、リンカが小声で告げてくる。狐の耳は伏せ気味で、尾もそわそわと揺れていた。

「僕のじゃない。俺たち全員の噂だよ」
「ふふ……そうだね」
 彼女は少し安心したように笑い、矢筒を背負い直した。その仕草を見ていると、不思議と心が落ち着いた。

◇◇◇

 夕暮れの村に、焚き火の明かりが点々と揺れていた。
 僕たちは救出した人々と共に、小さな広場に腰を下ろしていた。
 かすかな煙と香ばしい匂い――ミレイユが炊き出しの鍋を見守り、シャミーとアーリアが子供たちを手伝っている。
 腹をすかせた村人たちは、行列を作って器を手に並び、その顔にわずかな安堵が浮かんでいた。

 ふと耳を澄ますと、焚き火の向こうで老人たちがひそひそと語り合っているのが聞こえた。

「……あの剣の振り方……若き日のセージ様を思い出さぬか」
「馬鹿を言うな、セージ様はずっと前に……。だが……面影が、確かに」
「領主殿やマハル様とは違った。あの方だけは、領民に声をかけ、子供にまで笑みを見せてくださった……」

 言葉が胸を刺す。
 僕は表情を崩さず火を見つめたが、心臓の鼓動が速まっていた。

(……僕のことを覚えている人が、まだ……)

 隣に座っていたリンカが、そっと僕の袖を引いた。
 青に染めた髪が焚き火に照らされ、かすかに揺れる。
「セージ君……気にしなくていい。あなたはあなたの選んだ道を進んでる。それだけで充分」
 その声は、焚き火の温もりよりも優しかった。

 反対側にいたルミナスも、火の粉を見つめながらぽつりと呟く。
「旅人。英雄。呼び方はどうでもいい。……セージは、もう皆を守る人になってる」
 彼女なりの不器用な励ましに、思わず苦笑が漏れた。

◇◇◇

 やがて炊き出しが配られると、痩せた子供たちが嬉しそうにスープを啜り、母親たちが涙を浮かべながら頭を下げた。
「ありがとうございます……。生きてて、こんな日が来るなんて……」

 その光景を見ていた一人の若者が、拳を強く握った。
「俺たちは……ずっと耐えてきた。税に搾られ、兵に殴られ……。けど、今日、やっと分かった。立ち上がらなきゃ何も変わらないって」

 その言葉に、広場の空気が震える。
 誰かが小さく呟いた。
「もし……あの旅人が、本当にセージ様のようなお方なら……」
「真の後継者が帰ってきたのだとしたら……」

 囁きが波のように広がり、人々の瞳に熱が宿っていく。
 それは恐怖に支配された領地に、初めて灯る「希望の火」だった。

 僕は焚き火を見つめたまま、静かに拳を握った。
 名乗るつもりはない。けれど――この声に応えなければならない。

(必ず、この地を……取り戻す)

 夜空に立ち上る煙は、まるで決意を告げる狼煙のように、暗闇へと昇っていった。



 夜が深まり、村の広場には炊き出しの香りと人々のざわめきが残っていた。
 疲れ切った顔に温かい食事の湯気が差し込むと、次第に張りつめていた空気が緩み――そして、言葉が漏れ始めた。

「……もう、耐えられない」
 痩せこけた男が拳を握りしめる。
「税に苦しんで、奴隷に売られて……今度は尖兵までだ。こんな生活、もう嫌だ……!」

 その声に応じるように、母親がすすり泣きながら子を抱きしめた。
「子供に……未来を残したいんです。どうか、この子だけは……」

 震える声は、次々と人々の胸を揺さぶった。
 誰もが恐れて口にできなかった思いが、ようやく形になり始める。

 だが同時に、不安も広がっていた。

「領都に知られたら、皆殺しにされるぞ」
「反乱なんて起こしたら……一族ごと処刑だ」

 重苦しい声が広場に覆いかぶさる。
 そのとき――。

「それは違う」
 リンカが一歩前に出て、冷静に声を放った。
「【分析】で調べたけど、領都から兵が来るには時間がかかる。ここから動くなら、今しかない」

 青い髪を揺らしながら、彼女は人々を見渡す。
「恐怖に屈したら、未来は絶対に来ない。……戦うしか、生き残る道はないの」

 その言葉に、怯えていた人々の視線がわずかに持ち上がる。
 セレスも前に進み出て、胸に手を当てて祈るように告げた。
「勇気を示す者に、必ず神は寄り添います。どうか、ご自分を諦めないでください」

 静かな声だったが、確かに人々の胸に染み込んでいった。

 やがて、視線が僕に集まった。
 広場を囲む村人たちが、無言のまま期待を押しつけるように見つめている。

 ――僕は、ただの追放者だ。
 けれど、今ここで背を向けるわけにはいかない。

「僕は旅人だ。……だけど、共に立ち上がる。民を見捨てたりはしない」

 はっきりとそう告げると、人々の間でざわめきが走った。
「旅人が……ここまで……」
「いや、でも……やっぱり、セージ様に似ている……」
 確信には至らない。だが、その囁きは希望と同じ響きを帯びていた。


 そのとき、若い男が農具を掲げて叫んだ。
「だったら、これを武器にして戦う! 俺たちも加わる!」

 僕は静かに歩み寄り、その鍬に手を添えた。
 力を【ためて・放つ】――瞬間、鍬の刃が青白い光を帯び、鋼のような輝きを放った。

「見てくれ。農具だって、戦える武器になる」

 光を浴びた村人たちの瞳が一斉に見開かれる。
 そして次々と農具を掲げ、声を合わせた。
「俺もだ!」
「私も戦う!」
「未来を守るんだ!」

 夜明け前の空に、うねるような叫びが響いた。
 拳を突き上げる村人たち。震えていた心が、今は決意に燃えている。

 その光景を胸に刻みながら、僕は剣を握りしめた。

(これが……始まりだ)

 まだ小さな火種だ。だが、確かに燃え始めている。
 圧政に立ち向かう反乱の炎が――この夜に、灯されたのだった。





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