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封印の儀 ― 聖樹に祈りを ―【第5部 完】
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夜が明けきる前、僕たちは街の外れへと歩いていた。
風は冷たく、空気は澄んでいる。
昨夜まで血に染まっていた空は、いまや淡い薄桃色に染まり、
遠くで鳥の声が響いていた。
目的地は――グランデルの北、丘の上にそびえる“黎明の聖樹”。
かつてセレスが神託を受けた、清浄なる祈りの地だった。
その根元には、白い霧のような光が揺れている。
まるで世界そのものが息をしているかのように、穏やかな鼓動が伝わってきた。
「ここが……ラミエルの欠片を封じる場所なんだな」
僕が呟くと、セレスが静かに頷いた。
「ええ。黎明の聖樹は、神と人の境を繋ぐ象徴。
かつて多くの魂を導き、癒してきた“聖なる根源”です。
彼の祈りの欠片も、ここでなら安らかに眠れるはずです」
ルミナスがぼそりと呟く。
「眠る……つまり、“終わり”?」
セレスは優しく微笑んだ。
「いいえ、“始まり”です。
彼が流した血も涙も、いずれこの聖樹に吸われ、
新しい生命を生む土へと還る。
それが、“贖い”という祈りの形なのです」
ルミナスは少し黙り込み、視線を聖樹へと向けた。
柔らかな風が吹き、彼女の髪が揺れる。
「……優しすぎる。セレスは、世界にまで優しい」
「ルミナスちゃん」
セレスは彼女の手をそっと握った。
「貴女も同じですよ。
自分を責めているだけで、本当は誰よりも人に優しい」
ルミナスが一瞬だけ目を見開き、
それから、照れ隠しのように視線を逸らした。
「……うるさい」
リンカが笑いをこぼす。
「ふふっ。二人とも、ほんと仲良くなったよね」
「ああ、そうだね」
僕は苦笑しながら、ふと別の思いが浮かんできた。
(そういえば、ルミナスのこんな顔は初めて見る)
考えてみると、僕はルミナスが魔の森の奥にある魔族の隠れ里から来た、ということしか知らない。
いや、よくよく思い返してみると、彼女が奴隷として捕まっていた経緯を、僕は一度も聞いたことがなかった。
なんで里の外にいたのか。どうして奴隷として捕まったのか。
以前はどんな生活をしていたのか……。
今までどうして気がつかなかったんだろう。
僕は、妻であるルミナスの事を何も知らなかった……。
だけど……。
(なにか、聞いちゃいけないような気がする)
フィーリングリンクで繋がっているからだろうか、ルミナスのそういう気持ちが伝わってくるような気がするのだ。
まだその時ではない。
然るべき時がきたら、彼女は自分から話してくれるような気がする。
(今はそっとしておこう)
セレスは、ルミナスの何かを感じとったのだろうか。
それもいずれ分かる時がくるかもな。あとで聞いてみるのもいいだろう。
フェンネルが後ろから肩をすくめる。
「いやー、こっちも見てると心が洗われるわ~。
もうちょいギスギスした戦場の方が性に合うけどね」
ザークさんが大声で笑う。
「がっははは! お前は戦場が恋人だからな!」
「うっさい!」
そんな軽口が飛び交う中、
セレスはゆっくりと聖樹の根元に跪いた。
掌の上には、あの“祈りの欠片”――蒼光の羽。
彼女の祈りの声が、風に溶けていく。
「――光の御名において、堕ちた魂を受け入れ、再び黎明の中に還しましょう。
その祈り、いま一つの命となりて、世界を癒す礎とならんことを」
羽が、ふわりと浮かんだ。
光の粒となり、ゆっくりと聖樹の幹に吸い込まれていく。
まるで、帰るべき場所を見つけたかのように。
やがて聖樹が淡く輝き、枝葉の先から無数の光が降り注いだ。
街を包み込むような光の雨。
それを見た誰もが、言葉を失っていた。
僕も――ただ、息を呑んで見守るしかなかった。
「……綺麗」
リンカが呟く。
「まるで、世界がやっと息をしたみたい」
アテンさんが隣で目を細める。
「ラミエルの祈りが、ようやく届いたのだろう。
この光が消えぬ限り、人は再び歩き出せる」
セレスは両手を胸に当てたまま、静かに微笑んだ。
「これで……彼も救われました。
そして、この国もまた、ひとつの罪を赦されたのです」
「罪……?」
僕が問うと、セレスはゆっくりとこちらを見た。
「はい。神に頼りすぎ、人を見失った罪。
でも、セージ様。
貴方がその鎖を断ち切りました。
“ためて・放つ”は、もはや個の力ではありません。
仲間の想いを“ため”、希望として“放つ”……
それは、人の祈りそのものです」
その言葉が、胸に深く響いた。
戦いのたびに積み重ねた傷も、今だけは痛まなかった。
(……そうか。俺が放ってきたのは、ただの力じゃなかったんだ)
ふと、風が吹き抜けた。
聖樹の枝が揺れ、葉の間から光がこぼれる。
その光は、まるで微笑むように僕の肩へと降りた。
「ありがとう、ラミエル」
僕は静かに呟いた。
「お前がいたから、俺たちは“闇の意味”を知れた」
◇◇◇
やがて儀式が終わり、皆が立ち上がる。
リンカが弓を背に戻しながら、ふと振り向いた。
「ねぇ、セージ君、
この聖樹って、タブリンス領にも伝わってたんでしょ?」
「あぁ。昔、母上が“聖樹の葉を見た”って言ってた」
「じゃあ……」
リンカはにっこりと笑った。
「帰ろっか。
今度は、あたしたちの手でタブリンスの大地に“黎明”を咲かせよう」
その言葉に、僕は迷わず頷いた。
「……ああ。帰ろう。今度こそ、本当の意味で」
風が吹き抜ける。
聖樹の枝葉がざわめき、まるで祝福するように光を散らした。
~第5部 完~
風は冷たく、空気は澄んでいる。
昨夜まで血に染まっていた空は、いまや淡い薄桃色に染まり、
遠くで鳥の声が響いていた。
目的地は――グランデルの北、丘の上にそびえる“黎明の聖樹”。
かつてセレスが神託を受けた、清浄なる祈りの地だった。
その根元には、白い霧のような光が揺れている。
まるで世界そのものが息をしているかのように、穏やかな鼓動が伝わってきた。
「ここが……ラミエルの欠片を封じる場所なんだな」
僕が呟くと、セレスが静かに頷いた。
「ええ。黎明の聖樹は、神と人の境を繋ぐ象徴。
かつて多くの魂を導き、癒してきた“聖なる根源”です。
彼の祈りの欠片も、ここでなら安らかに眠れるはずです」
ルミナスがぼそりと呟く。
「眠る……つまり、“終わり”?」
セレスは優しく微笑んだ。
「いいえ、“始まり”です。
彼が流した血も涙も、いずれこの聖樹に吸われ、
新しい生命を生む土へと還る。
それが、“贖い”という祈りの形なのです」
ルミナスは少し黙り込み、視線を聖樹へと向けた。
柔らかな風が吹き、彼女の髪が揺れる。
「……優しすぎる。セレスは、世界にまで優しい」
「ルミナスちゃん」
セレスは彼女の手をそっと握った。
「貴女も同じですよ。
自分を責めているだけで、本当は誰よりも人に優しい」
ルミナスが一瞬だけ目を見開き、
それから、照れ隠しのように視線を逸らした。
「……うるさい」
リンカが笑いをこぼす。
「ふふっ。二人とも、ほんと仲良くなったよね」
「ああ、そうだね」
僕は苦笑しながら、ふと別の思いが浮かんできた。
(そういえば、ルミナスのこんな顔は初めて見る)
考えてみると、僕はルミナスが魔の森の奥にある魔族の隠れ里から来た、ということしか知らない。
いや、よくよく思い返してみると、彼女が奴隷として捕まっていた経緯を、僕は一度も聞いたことがなかった。
なんで里の外にいたのか。どうして奴隷として捕まったのか。
以前はどんな生活をしていたのか……。
今までどうして気がつかなかったんだろう。
僕は、妻であるルミナスの事を何も知らなかった……。
だけど……。
(なにか、聞いちゃいけないような気がする)
フィーリングリンクで繋がっているからだろうか、ルミナスのそういう気持ちが伝わってくるような気がするのだ。
まだその時ではない。
然るべき時がきたら、彼女は自分から話してくれるような気がする。
(今はそっとしておこう)
セレスは、ルミナスの何かを感じとったのだろうか。
それもいずれ分かる時がくるかもな。あとで聞いてみるのもいいだろう。
フェンネルが後ろから肩をすくめる。
「いやー、こっちも見てると心が洗われるわ~。
もうちょいギスギスした戦場の方が性に合うけどね」
ザークさんが大声で笑う。
「がっははは! お前は戦場が恋人だからな!」
「うっさい!」
そんな軽口が飛び交う中、
セレスはゆっくりと聖樹の根元に跪いた。
掌の上には、あの“祈りの欠片”――蒼光の羽。
彼女の祈りの声が、風に溶けていく。
「――光の御名において、堕ちた魂を受け入れ、再び黎明の中に還しましょう。
その祈り、いま一つの命となりて、世界を癒す礎とならんことを」
羽が、ふわりと浮かんだ。
光の粒となり、ゆっくりと聖樹の幹に吸い込まれていく。
まるで、帰るべき場所を見つけたかのように。
やがて聖樹が淡く輝き、枝葉の先から無数の光が降り注いだ。
街を包み込むような光の雨。
それを見た誰もが、言葉を失っていた。
僕も――ただ、息を呑んで見守るしかなかった。
「……綺麗」
リンカが呟く。
「まるで、世界がやっと息をしたみたい」
アテンさんが隣で目を細める。
「ラミエルの祈りが、ようやく届いたのだろう。
この光が消えぬ限り、人は再び歩き出せる」
セレスは両手を胸に当てたまま、静かに微笑んだ。
「これで……彼も救われました。
そして、この国もまた、ひとつの罪を赦されたのです」
「罪……?」
僕が問うと、セレスはゆっくりとこちらを見た。
「はい。神に頼りすぎ、人を見失った罪。
でも、セージ様。
貴方がその鎖を断ち切りました。
“ためて・放つ”は、もはや個の力ではありません。
仲間の想いを“ため”、希望として“放つ”……
それは、人の祈りそのものです」
その言葉が、胸に深く響いた。
戦いのたびに積み重ねた傷も、今だけは痛まなかった。
(……そうか。俺が放ってきたのは、ただの力じゃなかったんだ)
ふと、風が吹き抜けた。
聖樹の枝が揺れ、葉の間から光がこぼれる。
その光は、まるで微笑むように僕の肩へと降りた。
「ありがとう、ラミエル」
僕は静かに呟いた。
「お前がいたから、俺たちは“闇の意味”を知れた」
◇◇◇
やがて儀式が終わり、皆が立ち上がる。
リンカが弓を背に戻しながら、ふと振り向いた。
「ねぇ、セージ君、
この聖樹って、タブリンス領にも伝わってたんでしょ?」
「あぁ。昔、母上が“聖樹の葉を見た”って言ってた」
「じゃあ……」
リンカはにっこりと笑った。
「帰ろっか。
今度は、あたしたちの手でタブリンスの大地に“黎明”を咲かせよう」
その言葉に、僕は迷わず頷いた。
「……ああ。帰ろう。今度こそ、本当の意味で」
風が吹き抜ける。
聖樹の枝葉がざわめき、まるで祝福するように光を散らした。
~第5部 完~
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