半身転生

片山瑛二朗

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第2章 冒険者アラタ編

第66話 ありがとう

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 俺は一度死んで、そして生き返り、もう一度屋敷に帰ってきた。
 帰ってきたわけだけど、

「おい、帰ってきて早々こんなこと言うのもあれだと思うけど、強盗でも入ったのか?」

 何をどうしたらこんな惨状になるんだ。

 アラタは引っ越してきて早々に台所を黒焦げにされたことを思い出す。

「その、アラタがいなくて色々やってみたんだが上手くいかなくてな。だから、ね?」

「ね? じゃないわ! 何をどうしたらたった数日でこんなに荒れ放題になるんだ! 絶対おかしいだろ!」

「お、落ち着いてください。お恥ずかしい話、私たち家事はからっきしで、その……メイドを雇うのはどうでしょうか?」

 この生活力皆無の箱入り娘共が。
 まだ数えるほどしか使っていない鍋には穴が開いているし、包丁は欠けている。
 調味料は全滅、素材のまま食べられるものしか食べないなんてお猿さんか何かなのか?

「却下だ。2人とも冒険者なら自分のことは自分でしろ」

「そんなぁ。じゃあアラタが何とかしてください!」

 うーん。
 それはそれで困る。
 こいつらの面倒をいちいち見ていたら日常生活に支障が出るのが目に見えているから。
 生活能力が低いにも限界がある、大体、

「宿に住んでいた時、身の回りのことはどうしてた」

 アラタが問いただしたように、宿とは言えよほど高級なところでなければ、少なくともこの2人が宿泊していた所では身の回りのお世話なんてしてくれないはずだった。
 いくら食事は宿や外食に頼っていたとしても、洗濯や掃除は自分でしなければならない。
 そんな先入観と言うか常識がアラタの中にあり、彼はそれに囚われていたのだ。

「家事代行業の方に依頼してやってもらっていました」

「ノエルは?」

「わ、私もそうだ。……です」

 ノエルはこの手の話題になると途端に口数が激減する。
 微妙な敬語が顔を覗かせオドオドし始める。
 自分でもよくないことだと理解していながらどうにもならない様子である。
 アラタは大きなため息をついた。

「もういいから片付けは俺がやっておく。取り敢えずこのままにしといて」

「い、いってらっしゃーい」

「あ、そうだ、2人とも」

「何ですか?」

「先生と何か話したか?」

「いえ、アラタは帰ってくるから家で待っているようにとしか……」

 こいつらは知らないのか。

「分かった、少し出てくる」

 時間はおよそ夜の10時と言った所か。
 ふらふらと屋敷を出て、特に目的地もなく適当に街を歩いていく姿はカジノで負けた後のように無気力だ。
 市街地は明かりがついていたが、少し郊外に出るだけでその数は激減する。
 アラタは河川敷に出ると土手の上に座り込んだ。

 最近よくない事ばかり起こる。
 一番きついのはやっぱり先生のことだ。
 説明は適当だし、時間にはルーズだし、変な格好の人だけど凄い魔術師だと思って少しは尊敬していた。
 まあ実際あの人がどんな人でも凄腕の魔術師ってことは変わらないけど、でもあの人にとって俺は2人を守るための使い捨ての駒に過ぎなかった。
 来たる時の2人の身代わりとしての駒だ。

「あの時じゃんけんに勝っていればなぁ」

 何度思い返してもあのたった一回のじゃんけんが悔やまれる。
 たった一度のじゃんけんでここまで酷い目に遭っている。
 じゃんけんに負けたペナルティとして考えたら、ここまで最悪なものはそうそうないんじゃないか?
 何しろ本当に一度死んでいるわけだし。
 本当にこの世界に来てからついていない。
 俺の知っているフィクションの世界と言えば、転生した時に凄いチート能力を獲得して、歯向かうやつや少しでも気に入らないやつは全員ぶっ飛ばして、周りには誰もがうらやむような可愛い女の子に囲まれて、その子たちは漏れなく全員俺のことが好きで、元の世界の知識で大金持ちになって楽しく暮らせる。
 大学で知り合った友達が言っていた、異世界転生すれば人生やり直せるって。
 チートだの金持ちだのハーレムだのはそこまでして求めるものでもないと思ったけど、人生をやり直せるっていうのには正直少し惹かれた。
 誰も俺のことを知らない場所で、もう一回俺は俺のやりたいことを出来る、そんな世界なら異世界っていうのもそんなに悪いところじゃないのかもってどこかで考えていた。
 ……けど現実はそんなものじゃなかった。
 理想は理想、というより妄想は妄想、現実は現実だった。
 初めて出会った異性、あの汚い盗賊達は除外したら初めて出会ったのは可愛いか可愛くないかで聞かれたら間違いなく可愛い2人だった。
 でもそこからがおかしい。
 盗賊に負け、野菜に負け、姐さんに負け、フレディに負け、極めつけはダンジョンで死亡。
 普段のクエストは順調にこなせていると思うけど重要なところで全戦全敗。
 こうして振り返るとマジでろくな異世界生活を送っていない。
 しかもこの中で唯一といってもいいアドバンデージである美少女たちはただの美少女じゃなくて残念な美少女たちだ。
 本当についていない。

「そっか。……俺は、自惚れていたんだな」

 自分は人より優れていると、そう本気で思っていた。
 別に周りの人間を見下すとかランク付けするとかそんなつもりはなかった。
 でも、勝敗と言う形で優劣がはっきりと決まり、我武者羅に生きていたら天才や怪物と言われてきた俺は人より恵まれていて、その恩恵を生かして人より凄くなったと思っていた。
 実際一つの分野では確かに優れていたんだろう。
 同世代で現役の時の俺より野球がうまいやつはほぼいない。
 それこそ数えられるくらいしかいないはずだ。
 故障でプロになれなかったけど俺は凄いという自信があった。
 だけど過去は過去だ。
 過去の俺はそれはそれは凄かった。
 でもそれだけだ。
 今凄いわけでも何でもない。
 それにその分野で一番になったわけでもない。
 今までの俺はそんなちっぽけで無価値なプライドに縋って生きていた。
 でもこの世界はそんななけなしのプライドさえも粉々に粉砕して吹き飛ばしていった。
 もう俺には何もない。
 目的も、理想も、野望も、希望も、何かをしたいと考えることすら面倒くさい。
 過去からは逃げられない。
 野球から逃げた過去も、肘を失った過去も、全部捨てて普通の大学生としてダラダラ生きていた過去も、全部今と繋がっている。
 無かったことにはできない、異世界に来て人生やり直せるわけじゃなかった。

「このまま川の水になって流れていけたらな~」

 リリーさんに言われて屋敷に帰ったけど、こんなことならさっさと転生してしまえばよかった。

「アラター」

 上から声をかけられて見上げると、そこにはノエルが立っていた。

「ここで何をしているんだ?」

「いや、まあ色々あって。なんかボーっとしてた。ノエルは?」

「アラタが変だったから心配してついてきた。やっぱりアラタは変だ」

 ノエルはアラタの隣に腰掛ける。
 ダンジョンで負った首元の傷は跡形もなく消えており、後遺症もない。
 それはリーゼとタリアが全力で治療したおかげもあるが、2人が治療に専念できる状況を作り出したアラタのおかげでもある。

「俺は嘘をついていた」

「何が?」

「お前は覚えていないかもしれないけど、帰りたいのかと聞かれてあの時は帰れなくてもいいって言った」

「そんなことも……あったか?」

 どうやらノエルの記憶は曖昧になっているようで、アラタのランクアップを祝して開いた酒の席での会話は忘れているようだった。

「俺は……やっぱり俺は元の世界に帰りたい」

 夜の河川敷を夏の生暖かい風が吹き抜けた。
 アラタが屋敷へ帰ってくる途中に吹いていた風とは違い、ねっとりとした湿気を含んだ風はアラタにじんわりと汗をかかせる。

「…………そうか」

 帰りたいというアラタの言葉を聞いたノエルは、どこか寂しそうで、それでいてどこか嬉しそうだった。
 彼女の心中を窺い知ることはできないが、アラタの本音を聞くことが出来て嬉しかったのかもしれない。

「でも、多分俺は向こうに帰ることができない。ならこの世界で、そう思ったけどやりたいこととか成し遂げたいことが無いんだ」

 少しの間無言の時間が流れた。
 今は月が大きい時期だが雲に隠れてしまっているのか辺りは闇に包まれている。

「ねえ」

「うん?」

「アラタは私の夢を知っているか?」

「いや、知らないけど」

 夢とか理想とか、日頃から口にしているようには思えなかった。
 多くの人はそんなこと口にしないし、それを気にすることも無かった。

「私の夢はな、リーゼとアラタ、他の皆と冒険者として一緒に過ごしたい、だ」

「それ夢っていうの?」

「いいから聞け。でもその前、私は冒険者になりたかった。貴族の子女なんてやめて、普通の冒険者になりたかった」

「贅沢だな」

「そうだ、凄く贅沢だ。でもそれが私の夢だった。クラスが発現して、無理を押して冒険者になって、貴族の責務から逃れることはできないと知って、でも冒険者になる夢は叶った」

「良かったじゃん」

「そう、それで良かった。だから冒険者になってしばらく、夢だの理想と言ったものは考えたことすらなかった。さっき言った夢を持つようになったのはつい最近だ」

 まだいまいち何が言いたいのか分からないけれど、ノエルが何をしたいのかは何となくわかる。
 こいつは俺のことを励まそうとしてくれているのかな。
 夢なんてなくてもいいと、そんなもの無くても俺は俺だと。

「アラタとパーティーを組んで、このみんなで一緒に冒険者としてあり続けたいと明確に思えた。アラタに夢とかやりたいことが無くても、私に夢を与えてくれた。夢なんてなくても、私たちが仲間であることに変わりはないだろう? もしどうしてもやりたいことが無いと生きていけないというのなら、私が探してあげよう! なんて言っても私たちは仲間なんだから!」

 冒険者冒険者、仲間仲間って何回言えば気が済むんだ、言葉を覚えたての幼稚園児か。
 正直こいつの単純さが羨ましい。
 仲間だから、か。
 そうか……そうだな。
 先生の思惑がどうであれ、俺たちは仲間だ。
 仲間を守るのは当たり前だ。
 夢があっても無くても守るのは当たり前だ、生きていくのは当たり前だ。
 夢がなくちゃ生きていけないわけじゃない、夢があったら多少生きやすくなるだけだ。

「……帰るか」

「うん! 明日からクエストだ!」

「片付け」

「はぃ…………」

 いつの間にか雲は晴れ、満月ではない、十三夜くらいの大きさの月が夜のカナンを照らしている。
 上機嫌で屋敷への道を歩く剣聖の少女と、その仲間の異世界人。

 俺が死んだのは俺が弱かったからだ。
 だからあそこで死んだ、生きて帰れなかった。
 強くなろう、その為にあいつに新しいスキルをもらったのだから。

「………………ありがとう」

「ん? 何か言ったか?」

「だから……ありがとう。少し元気もらった」

ノエルの気質が伝染したのか、アラタの心の底からするりと出た言葉を聞いてノエルは口をパクパクさせている。

「ア、アラタがありがとう⁉︎ 私に?」

「だからそうだって言ってんだろ」

「も、ももも、もう一回言って」

「ありがとう」

「もっかい」

「ありがとう」

「エヘヘ、もう一回!」

「ありがとう。……って何回言わすんだよ、もういいでしょ」

「えー、最後にもう一回だけ! お願い!」

「はー。ありがとう、感謝してる」

「エヘヘ! どういたしまして!」

 何回も感謝の言葉を言わされて、いつもなら恩着せがましいと思うところだったかもしれないけど、今回は不思議と悪い気はしなかった。
 きっと心の底から感謝していたからだろう、そうに違いない。
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