35 / 91
第一章 奴隷護衛編
カイル視点(マーシャル出発直前、ネタバレあり)
しおりを挟む
マーシャルともしばらくお別れだ。いろいろあったな……俺は魔人國プルテリオンを出てからの様々な出来事を、頭の中で反芻した。
俺の右腕だったあいつが死んでからというものの、世界は色褪せ何もかもがどうでもよくなった。
親友の言葉を守るために国を飛びだしたというのに、あれほど侮っていた獣人に奴隷に堕とされた。
家畜ではないとわかっていても、どうせ魔人ほどの知能をもたない蛮族なのだろうと、心のどこかで獣人のことをそう思いこんでいたのに。
そうしておかないと、叔父の言葉を信じてしまうと、俺の今までの考えが根底から覆されそうで、都合が悪かったから……
だからきっと、真実を知っていたのに知らないふりをしていた、何もできなかったその罰が下ったのだろう。
宮殿の奥深くに守られ、傅かれて生きてきた俺の末路がこれとは、おかしすぎて涙が出そうだ。
もうこのまま死のうがどうでもいいと思いながらも、どうせ死ぬなら最期に美味いものを腹いっぱい食べたいと、そう願っていた矢先のことだった。
あいつが、イツキが現れたのは。
あまりにもいい匂いがした。あまりにも鮮烈で、強烈な飢餓感を刺激する極上の魔力香が、家畜小屋のような牢屋全体に広がって。
目があった時にはもう、すでに囚われていたのかもしれない。
回想から現実に思考を戻して、女将と何やら熱心に話しこむ、イツキの横顔を確認する。ああ、また笑った。
そんなに笑顔を安売りするな。自分のかわいさを自覚しているはずなのに、なんでそう無防備なんだ。
お前に惚れるものがまた現れたら、俺が排除してやらなきゃならないだろう。
無闇に愛想を振りまくな。今も他の客に見惚れられているのに、気づいてもいない。
名前だって、気軽に誰にでも真名を呼ばせようとするなんて、奔放すぎる行いだと思ってしまう。
真名を明かし呼び捨てで呼ばせる行為は、本来は生涯の友と認めた相手か伴侶、家族にしかさせないものだ。
獣人にも異世界人にも、そのような文化はないのだろうが……誰にでも気軽に呼び捨てさせるイツキの態度を見ていると、気に触るんだ。
お前は俺を相棒にしたいと思ったのだろう、俺に集中しろ、よそ見をするなと、胸倉を掴んで揺さぶりたくなる。
そうでなくとも、あいつに惹かれる者は多いというのに。
自分がどれほど魅力的なのか、本当の意味では理解していないのだろう。
手触りのよすぎる耳と尻尾も、あどけないくせに勝ち気な瞳も、笑うとかわいくなりすぎるところも、全てが男を誘う造形をしている。
ブラッシングの時の悩ましげな声も、肌と尻尾の扇情的なコントラストも魅惑的すぎて、俺じゃなきゃ理性が焼き切れていたことだろう。
俺が側で守ってやらないと、こいつはすぐに食いものにされそうだ。獣人の雄共の手によって、なぐさみ者にされてしまうかもしれない。
それなりに交渉ができるのは知っているが、そんなものは純粋な暴力の前では役に立たない。
いくら魔法が使えても、それをためらいなく人相手に向けられるかどうかは、経験が物を言う。
更に指摘するなら、イツキは一度懐に入れた者には甘くなる傾向があるようだ。
どこに裏切りの種や、見えない悪意が潜んでいるかわからないのだから、あいつが警戒しない分俺が見張っていてやらないと。
特にあの豹野郎は、うさん臭いことこの上ない。俺に向けるあのわざとらしい笑顔、絶対になにか企んでいるに決まっている。
イツキが冬の間生き残るためには金が必要だろうからと、あの豹野郎の申し出に反対しなかったが、本音を言えば近づけさせたくなかった。
イツキの持つ、素晴らしくコクと旨味に満ちた魔力や、知性を感じさせる小気味のいい会話、そして人を鮮やかに魅了する笑顔。
俺はそれらを、かなり気に入っているんだ。誰かに踏みにじられたり横取りされたくないと、本気でそう思うくらいには。
だから側にいて、近づく虫は排除すると決めた。特にあの豹野郎とは仕事相手以上の関係を築かないよう、しっかりと見張っておこう。
イツキは飽きもせず女将と会話を続けている。なにか図星を指されたような表情をしているな、何の話をしているんだ。
会話が聞こえないかと耳を研ぎ澄ませると、聞き覚えのある足音が宿に向かってくるのがわかった。豹野郎の手下の犬がやってきたようだ。
「おいイツキ、迎えがきた」
「今行く! 女将さん、またな!」
女将に手を振って別れたイツキは、姿を見せた犬っころに向かって駆けていく。
俺はイツキと二人でいる方が、気楽でいいんだがな……イツキには市民権を買うために、金を貯めるという目的があるらしい。
それにつきあってやろうと思う程度には、好感を抱いているからな。少々窮屈だが我慢してやるとしよう。
俺にもやるべきことがあるが……今は打つ手立てがなにもない。この先、見つかるかどうかもわからない。
いずれどうにかしなくてはならないが、まずは生きのびることを優先する。
一つため息をつくとゆっくりと宿から出て、イツキ達を追いかけた。
俺の右腕だったあいつが死んでからというものの、世界は色褪せ何もかもがどうでもよくなった。
親友の言葉を守るために国を飛びだしたというのに、あれほど侮っていた獣人に奴隷に堕とされた。
家畜ではないとわかっていても、どうせ魔人ほどの知能をもたない蛮族なのだろうと、心のどこかで獣人のことをそう思いこんでいたのに。
そうしておかないと、叔父の言葉を信じてしまうと、俺の今までの考えが根底から覆されそうで、都合が悪かったから……
だからきっと、真実を知っていたのに知らないふりをしていた、何もできなかったその罰が下ったのだろう。
宮殿の奥深くに守られ、傅かれて生きてきた俺の末路がこれとは、おかしすぎて涙が出そうだ。
もうこのまま死のうがどうでもいいと思いながらも、どうせ死ぬなら最期に美味いものを腹いっぱい食べたいと、そう願っていた矢先のことだった。
あいつが、イツキが現れたのは。
あまりにもいい匂いがした。あまりにも鮮烈で、強烈な飢餓感を刺激する極上の魔力香が、家畜小屋のような牢屋全体に広がって。
目があった時にはもう、すでに囚われていたのかもしれない。
回想から現実に思考を戻して、女将と何やら熱心に話しこむ、イツキの横顔を確認する。ああ、また笑った。
そんなに笑顔を安売りするな。自分のかわいさを自覚しているはずなのに、なんでそう無防備なんだ。
お前に惚れるものがまた現れたら、俺が排除してやらなきゃならないだろう。
無闇に愛想を振りまくな。今も他の客に見惚れられているのに、気づいてもいない。
名前だって、気軽に誰にでも真名を呼ばせようとするなんて、奔放すぎる行いだと思ってしまう。
真名を明かし呼び捨てで呼ばせる行為は、本来は生涯の友と認めた相手か伴侶、家族にしかさせないものだ。
獣人にも異世界人にも、そのような文化はないのだろうが……誰にでも気軽に呼び捨てさせるイツキの態度を見ていると、気に触るんだ。
お前は俺を相棒にしたいと思ったのだろう、俺に集中しろ、よそ見をするなと、胸倉を掴んで揺さぶりたくなる。
そうでなくとも、あいつに惹かれる者は多いというのに。
自分がどれほど魅力的なのか、本当の意味では理解していないのだろう。
手触りのよすぎる耳と尻尾も、あどけないくせに勝ち気な瞳も、笑うとかわいくなりすぎるところも、全てが男を誘う造形をしている。
ブラッシングの時の悩ましげな声も、肌と尻尾の扇情的なコントラストも魅惑的すぎて、俺じゃなきゃ理性が焼き切れていたことだろう。
俺が側で守ってやらないと、こいつはすぐに食いものにされそうだ。獣人の雄共の手によって、なぐさみ者にされてしまうかもしれない。
それなりに交渉ができるのは知っているが、そんなものは純粋な暴力の前では役に立たない。
いくら魔法が使えても、それをためらいなく人相手に向けられるかどうかは、経験が物を言う。
更に指摘するなら、イツキは一度懐に入れた者には甘くなる傾向があるようだ。
どこに裏切りの種や、見えない悪意が潜んでいるかわからないのだから、あいつが警戒しない分俺が見張っていてやらないと。
特にあの豹野郎は、うさん臭いことこの上ない。俺に向けるあのわざとらしい笑顔、絶対になにか企んでいるに決まっている。
イツキが冬の間生き残るためには金が必要だろうからと、あの豹野郎の申し出に反対しなかったが、本音を言えば近づけさせたくなかった。
イツキの持つ、素晴らしくコクと旨味に満ちた魔力や、知性を感じさせる小気味のいい会話、そして人を鮮やかに魅了する笑顔。
俺はそれらを、かなり気に入っているんだ。誰かに踏みにじられたり横取りされたくないと、本気でそう思うくらいには。
だから側にいて、近づく虫は排除すると決めた。特にあの豹野郎とは仕事相手以上の関係を築かないよう、しっかりと見張っておこう。
イツキは飽きもせず女将と会話を続けている。なにか図星を指されたような表情をしているな、何の話をしているんだ。
会話が聞こえないかと耳を研ぎ澄ませると、聞き覚えのある足音が宿に向かってくるのがわかった。豹野郎の手下の犬がやってきたようだ。
「おいイツキ、迎えがきた」
「今行く! 女将さん、またな!」
女将に手を振って別れたイツキは、姿を見せた犬っころに向かって駆けていく。
俺はイツキと二人でいる方が、気楽でいいんだがな……イツキには市民権を買うために、金を貯めるという目的があるらしい。
それにつきあってやろうと思う程度には、好感を抱いているからな。少々窮屈だが我慢してやるとしよう。
俺にもやるべきことがあるが……今は打つ手立てがなにもない。この先、見つかるかどうかもわからない。
いずれどうにかしなくてはならないが、まずは生きのびることを優先する。
一つため息をつくとゆっくりと宿から出て、イツキ達を追いかけた。
219
あなたにおすすめの小説
獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。
牛獣人の僕のお乳で育った子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!
ほじにほじほじ
BL
牛獣人のモノアの一族は代々牛乳売りの仕事を生業としてきた。
牛乳には2種類ある、家畜の牛から出る牛乳と牛獣人から出る牛乳だ。
牛獣人の女性は一定の年齢になると自らの意思てお乳を出すことが出来る。
そして、僕たち家族普段は家畜の牛の牛乳を売っているが母と姉達の牛乳は濃厚で喉越しや舌触りが良いお貴族様に高値で売っていた。
ある日僕たち一家を呼んだお貴族様のご子息様がお乳を呑まないと相談を受けたのが全ての始まりー
母や姉達の牛乳を詰めた哺乳瓶を与えてみても、母や姉達のお乳を直接与えてみても飲んでくれない赤子。
そんな時ふと赤子と目が合うと僕を見て何かを訴えてくるー
「え?僕のお乳が飲みたいの?」
「僕はまだ子供でしかも男だからでないよ。」
「え?何言ってるの姉さん達!僕のお乳に牛乳を垂らして飲ませてみろだなんて!そんなの上手くいくわけ…え、飲んでるよ?え?」
そんなこんなで、お乳を呑まない赤子が飲んだ噂は広がり他のお貴族様達にもうちの子がお乳を飲んでくれないの!と言う相談を受けて、他のほとんどの子は母や姉達のお乳で飲んでくれる子だったけど何故か数人には僕のお乳がお気に召したようでー
昔お乳をあたえた子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!
「僕はお乳を貸しただけで牛乳は母さんと姉さん達のなのに!どうしてこうなった!?」
*
総受けで、固定カプを決めるかはまだまだ不明です。
いいね♡やお気に入り登録☆をしてくださいますと励みになります(><)
誤字脱字、言葉使いが変な所がありましたら脳内変換して頂けますと幸いです。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。
猫宮乾
BL
異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。