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1巻
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しおりを挟む第一部 異世界で奴隷を買うことにした
(おい、どういうことだよこれ……)
見たことのない道、知らない風景。
それだけならまだよかった。
おかしなものが頭の上に生えている。ついでに尻までもぞもぞする……
視界の端にモカブラウンの兎の耳がチラついた。鬱陶しいそれをむんずと掴む。
「いてっ」
痛いだと……? 神経が通っているのか。どういうことなんだ、身体改造でもされちまったのか?
道行く人が俺のほうを怪訝そうに見ながら通り過ぎていく。通り過ぎたオッサンには犬の垂れ耳と、ついでに細い尻尾もついていた。
荒く敷かれた石畳、レンガでできた家の群れ。道行く人は猫耳やら熊耳やら、なにかしら動物の耳がついている。周りを見渡すとヤツらも俺を見てくる、大通りにいると視線がうるさい。
静かな路地に隠れて一人になると、混乱からか独り言が口をついて出た。
「獣人の国ってやつか……はは、笑えねえ」
笑えないが、どうやらそれが一番真実に近い気がする。映画の中でしか見たことのない世界が眼前に広がっていて、動物特有の臭いまで漂ってきているのだから。
道を歩いていたら突然落ちたのだ。なにか穴があったわけじゃない。気がついたら地面が消えていて、次の瞬間にはここに立っていた。
「とにかくこういう時はパニックになるのが一番まずいな。確認するか……」
まさか記憶までおかしなことになっちゃいねえだろうなと、これまでのことを振り返る。
俺は鏑木樹、二十六歳の元SE。先日あまりのブラック企業ぶりにブチギレて、会社を辞めてニートになり、実家へ帰ろうとしていたところだ。
あいつら人のことをなんだと思ってんだ、要望をコロコロ変えやがって。挙げ句、そのくらいすぐにできるでしょ? 一日あればできるよね? だと? 人の仕事を舐め腐ってやがる……と、それは今はどうでもいいな。
湧いてきた怒りは一旦置いといて、耳と尻尾のほかに異常がないか確認する。
着ている服は俺のもので間違いない。大量生産された、どこにでもある綿の長袖シャツとカーゴパンツだ。
荷物は……ある。中身も変わらない。黒のゴツめのリュックには、久しぶりに実家に顔を出すために仕入れたご機嫌伺いの品、もとい土産が詰められていた。
実家の住人はみんな口うるさいから、変な物を持っていったら文句をつけられて面倒だからな。もっとも、こんな場所に来た上に耳まで生えちまった以上、無事に帰れるかどうかもわかんねえが。
ほかに異常は……体の中心になにか違和感がある。腹の中が熱い。
もっと感覚を研ぎ澄ますためリュックを背負いなおそうとした時、誰かがぶつかってきた。
「っと」
あぶね、チャックを閉めていたから中身を落とさずに済んだな。素早くリュックを背負う。
「チッ」
ぶつかってきたのは人相の悪い猫耳の男だ。今の手の動き、怪しかった気がする。まさか俺の荷物をとろうとしたのか?
にらみつけると男は踵を返して去っていった。あまり治安がいいところじゃなさそうだ。日本と比べるのが間違っているのかもしれないが。
「これは早急に安全な宿を探すべきだな」
体の違和感を探りつつ大通りに戻る。
さっきから続く、熱いなにかが腹ん中をグルグル駆けめぐる感覚に眉をひそめるが、止まれと命じた瞬間大人しくなった。いったいなんなんだ。
首をかしげながらも賑やかなほうへ足を向けた。
少々肌寒いので早足で歩く。空を見上げると太陽は真上にあった。
おかしいよなあ、さっきまで俺は夕暮れの町を歩いていたはずなんだが。
前を歩く熊耳と狐耳の男二人の会話を、聞くともなしに聞く。
「今日は久々に休みがとれたな」
「ゆっくりしようぜ。お前また火傷したんじゃないだろうな」
「してねえよ、もう炉の扱いを任されるくらいにはうまくなったんだ」
「おっ、ならこの前言ってた店行くか!? かわいい子紹介するぜ」
「兎か? リスか?」
「兎っ娘だ」
「行く」
……こんな昼間から元気だなあ、お前ら。よりによって兎か。
距離を空けつつ、気をとりなおして道行く人を観察する。
ここは庶民街っぽいな。髪や目は色とりどり、服もかなり色彩豊かだ。雰囲気は中世ヨーロッパのようだが、それよりは染色技術やその他諸々が発達してるのか。
顔立ちや服装はアジアよりヨーロッパ寄りだな。老若男女問わず耳と尻尾が生えている。一人だけ角が生えていて耳のない少年がいたが、身につけた首輪が鎖で繋がれていた。
(なんだあれ。奴隷ってやつか?)
そう思って見てみると、ほかにも首輪をしている獣人とすれ違った。鎖に繋がれちゃいないが、主人らしきヤツにつき従うようにして歩いている。
(ふうん、奴隷ねえ……まずは金を手に入れないと話にならねえが、一考の余地アリだな)
やたらとよく聞こえるようになった耳から情報を仕入れつつ、素知らぬフリで歩き続ける。
「やはりこんな辺境都市より王都に向かうほうがよかったのでは……」
「マーシャルは領主が真面目だし悪くはないよ、息子は変わり者だって聞くが……」
「カジュ村の住人が一夜にしていなくなった話、もう聞いた? なんでも魔物の襲撃で……」
「気の毒ね、兎族の村でしょう? 生き残りはもう……」
ああ、いろいろ聞こえすぎてうるせえ。
様々な話を聞きすぎても訳がわからなくなるので、途中から兎耳をひっぱって音をシャットアウトした。
店を探し歩き、人通りの多いほうへ足を進めると、ほどなくして露店が見えてきた。様々な商品を置く店が雑多に並んでいる。
「いらっしゃい兄さん、芋はいらんかね?」
「うちの織物は丈夫だよ!」
店ごとに商品のカテゴリー分けなどがされているわけではないようで、酒屋で果物を売っていたりもした。
賑わっている店で順番待ちするフリをして、硬貨のやりとりを盗み見る。酒を買うために小袋をとりだす猿の獣人が、赤や緑の金属で造られたお金をやりとりするのが確認できた。
「ありがとさん、また来てくれ!」
支払いを終えた猿は、彼の背丈ほどあるタルを余裕で担ぐ。俺より背が高いとはいえ屈強だな?
(そうか、俺はここでは背が低いほうになるのか。日本じゃ平均以上あるのに)
ますます宿を探さねえとマズイ気がしてきた。こんなところで夜に路上で寝たらなにをされるかわかったもんじゃない。人がはけたタイミングで、気さくそうな酒屋の店主に話しかけた。
「よく売れているみたいだな。ここの酒はそんなに美味いのか?」
ネズミっぽいがそれより短い耳の、イタチ顔のおっちゃんはニカッと笑った。
「そりゃもう、丹精こめて作ってるしな。今年のは特に出来がいいんだ!」
「へえ、あのタル一つでこの値段なのか?」
値札らしき木の板には赤い線で棒が二本、緑の線で棒が三本引いてある。
さっきの猿が出していた硬貨の色と対応しているんだろうとわかったが、あえて聞いてみた。
「ああ、言っておくがかなり利益を抑えているからな。二ピン三ブェン、これ以上は値切れねえぞ?」
へえ。てことはピンが赤、ブェンが緑の硬貨なわけだ。
「二タル買うと四ピン五ブェンになったりはしねえの?」
店主は一瞬悩む素振りを見せたが、首を横に振った。
「四ピン五ブェン八ヘンなら考えなくもないが」
俺は店主と会話をして、この世界の通貨をざっくりと理解した。おそらくピンは万、ブェンは千、ヘンは百の単位っぽい。腕を組んで考えこんでいると、おっちゃんも同じポーズをとった。
「そんなかわいい顔でお願いされても、これ以上は負けられねえぞ」
「悪いな、値段交渉までしといてなんだが、金持ってねえんだ。売り物ならあるんだが」
「なにい!? 先にそれを言え」
おっちゃんは露骨に嫌そうな顔をした。俺はにっこりと笑いかけてやる。日本じゃ言われたことねえのに、かわいい顔なんて称されたってことは、俺の容姿はここでの交渉に有利に働くような気配がしたのだ。
「おっちゃん、買ってくれねえ? 珍しい掘り出し物があるんだけど」
彼はうっ、とたじろいで、頬を染めつつ視線を逸らした。
「馬鹿言うな、勝手に買って衛兵に見つかりでもしたら、ここで商売できなくなっちまう。売りたいならあの赤のテントの隣に行け。看板が見えるだろ」
親切なイタチ顔のおっちゃんに別れを告げて、教えられた通りに看板まで急ぐ。簡素な木の板には見たことのない曲がりくねった文字が綴られていた。
うーん、読めねえな。残念だ。
読めたら便利だったのにと思った瞬間、腹の中の熱が目を焼く。混乱して目をつぶると、熱さはすぐに引いていった。痛みもなにもない。
「……なんだ? えっ」
目を見開くと、先ほどまで読めなかった看板の文字が読めるようになっていた。
どういうことなんだこれは。魔法ってやつか?
わからねえが助かった。早速文字を読んでみる。店の上にある看板には、『旅人歓迎! 公認買取店、ダンジョン素材高価買取中』と書かれていた。
(ダンジョン……はは、ここは剣と魔法と獣人のファンタジー世界なわけだな? 冗談キツいぜ)
しばらくのあいだ腹の熱の正体を探ったり、近くの露店の店主と客のやりとりを聞いたりして気持ちを落ち着けた後、改めて店に入る。木の扉は建てつけがよくないのか、押すと軋んだ。
骨董品店っぽいような雑然とした倉庫のような佇まいの店を奥に進むと、古い木でできたカウンターに突きあたる。カウンターの向こう側で、黒いローブのひょろっとした獣人が逆さまのまま俺を出迎えた。
……なんで天井にぶら下がってんだ、こいつは。
木の棒に巻きついていたソイツはヒラリと床におりる。ローブが風でめくれて、やたらと大きい耳が見えた。兎のように長く幅広の耳はすぐにローブで隠されてしまったが、シルエットはそのままなので、めちゃくちゃ頭がでかい人みたいになってる。
目元を隠した店主らしきその人は、ニヤリと口の端をつりあげた。
「いらっしゃいお客人……売りたい? 買いたい?」
「……売るほうだ」
今が夜じゃなくてよかった。夜にこんな不審者に遭遇したら、反射的に殴ってしまいそうだ。
「商品はどこ?」
売るべき物はもう決めてある。露店の商品を見比べて厳選してきた、買い取ってもらえそうな物をテーブルの上に置く。瓶詰めの琥珀糖、缶入りクッキー、竹で作られた扇子、シルクと綿混のスカーフ、赤白ワインセット桐箱入りの、計五点だ。
親父、母さん、姉貴、すまんな。あんたらに用意した手土産は、俺が生きのびるために売っぱらうことにしたわ。久々に大枚はたいて買った、気合いの入った贈り物だったんだが。命あっての物種って言うだろ?
店主は見知らぬ品々を見て困惑した様子だったが、中身を説明するとすごい勢いで食いついてきた。
「これが砂糖? 宝石じゃなくて? それにこの缶、いったいどんな技術が使われて……こっちのは風で涼をとるだって? 貴族のお嬢様用ではないの?」
あらかた説明した後、琥珀糖とクッキーの試食をさせてみると、手に抱えて離さなくなった。どんだけ気に入ったんだよ。
「食べたからには買うよな?」
圧をかけながら微笑むと、店主はフヒィと変な声を上げた。
「買う、買いたい! ぜひ買わせていただきます! ちなみに在庫はいかほどで……」
「今はないな」
琥珀糖やクッキーなんかは作れなくはない。寒天や小麦粉があれば……そもそも砂糖がすげえ高級品だとしたら、買えないかもしれないが。
扇子の和柄に感嘆のため息をつき、スカーフの肌触りに恍惚とし、ワインを一口飲んで唸り声が止まらなくなった店主は、かなり悩んだ末に金額を口にした。
「……六十ピン八ブェンでどう?」
だいたい六十一万か……悪くはないが、もう一声欲しい。ここにしかない一点物なんだぞ。
「それじゃ売れねえなあ」
「え……で、では、八十ピンで……」
おいおい、こいつ舐めてるのか? いきなり二十ピンも上げてきたってことは、相当な安値で買い叩こうとしたんじゃねえの?
「あ、そう。じゃあほか当たるわ」
「まっ! 待って、待ってください! 百ピン!」
「ん? なんだって?」
「……二百ピンです! それ以上はご勘弁を……!」
二百万か、そんだけあれば半年はもつか。ここらで手打ちとしよう。
「それで売ろう」
「あ、ありがとうございます……」
すっかりしょぼくれた店主は、俺のほうを物言いたげに見つめて一言漏らした。
「全然、兎獣人らしくない……顔はとびきりかわいいのに」
「悪かったな」
「ヒェ!? き、聞こえちゃいましたか」
「あいにく耳がいいもんでね」
兎の耳が生えてからというもの、やたらと音がよく聞こえるんだ。今日通りを歩いただけでも隣の家の晩御飯の献立から、ここの領主の息子が物好きだって噂まで耳に飛びこんできた。
少しばかりうるせえが、悪いことばかりじゃない。今晩の宿にも当たりがつけられたしな。旅人らしき家族連れの商人が、白枝のせせらぎ亭は子ども連れでも安全だと言っていたから、後で当たってみるつもりだ。
金を抱えて持ってきた店主に、小銭入れを買うからその分を引くように申しつけると、白い硬貨も渡された。これがヘン、百円単位の硬貨だな。
コインを数えているあいだ、ビクビク震える店主に鼻白む。
別にとって食いやしねえよ? タイプじゃねえし。俺はどうせなら、頼り甲斐のある男に抱かれたい派だ。なぜかネコ側希望者が擦り寄ってくることが多いのが困り物だがな……と、今はそんなこと考えている場合じゃないな。
「いい取引だったよ。もし次に同じ物を手に入れたら、ここで売ってもいい」
「あ、ありがとうございます! お待ちしてます」
コウモリ獣人がペコリと頭を下げる。俺は背を向けて店を後にした。
まだ日の位置は高く、宿にこもるには少し早そうだ。宿の予約だけして腹ごしらえをしながら、奴隷の購入について考えるか。
一歩路地裏に入っただけでスリにあうようなところだ。俺よりガタイのいいヤツがほとんどだし、大金を持ち歩いていると知られたらまずい。それにまだこの世界について知らないことだらけだ。
多少値が張ったとしても、護衛代わりに奴隷を連れ歩くのが安全だろう。ここの常識を得るための助けにもなる。
まずは白枝のせせらぎ亭を探すぞ。
俺は努めて普段通りの足どりで、露店が並ぶ通りから離れた。
無事に宿はとれた。一泊二ピンだった。一泊二万とか高級ホテルかよ、高くね?
いやいや、高いってことはそれだけ安全ってことだろう。俺の判断に間違いはないはずだ……
だが手持ちに限りがある以上、どうにかして稼がないとな。
また外に出かけて露店で紫がかった肉の串焼きを購入し、話し好きそうな店主から情報収集する。
「なあ、マーシャルにはダンジョンがあるんだろ? やっぱ儲かるのか?」
マーシャルというのは、この都市の名前だ。ダンジョンがあることも道行く人の噂話から聞いたが、一攫千金がどうの、行方不明者がどうのという話ばかりで要領を得なかった。
やはり直接聞くのが一番だろうと、質問代金を兼ねてファンタジックな色の肉の串焼きに挑戦してみたのだ。おそらく魔物の肉でも使っているのだろう。狼っぽい灰色耳の兄さんは、チラッと俺の耳を見て小馬鹿にしたように笑った。
「肉食獣人や大型獣人なら儲かるかもしれないが、君じゃなあ……兎ちゃんが稼ぐなら、やっぱり娼館じゃない?」
おいおい、マジで言ってんのか? ジロリとガンを飛ばすと、店主はおお怖いとおおげさに腕をさすってみせた。
「気が強いんだね、怖いなあ。そんなににらまないでよ。俺は君を心配しているだけなのに」
兎獣人がダンジョンに行くのは、そんなにナシな話なのか。
店主はちょっと困ったように眉尻を下げた。同情するかのような視線が鬱陶しい。
「君は旅人かな? 真面目な話、町で暮らしたいんだったら市民権を得たほうがいいよ。最低でも七年かかるけど、ここの領主様ならちゃんと拾ってくれるさ」
「市民権か……」
住みたいって言って住めるもんでもないのか。
彼の話によると、市民権は都市公認の安月給の仕事を七年こなすか、二ハンという大金を払うことで得られるらしい。
安月給のほうは本当に安月給で、これはそもそも親戚などを頼ってほかの土地から来た、というような住む場所がある者が前提で、ギリギリ暮らせるか暮らせないか程度の金額しかもらえないらしい。しかも肉体労働が多いので、小型獣人にはつらいときた。
ネズミや兎、リスっぽい獣人は小型獣人の括りに入るっぽいが、俺くらいの背かそれより少し低いくらいの小柄な者が多かった。そういうヤツらは仕事に困ったら、男でも女でも娼館で春を売るのが通例で、そう恥ずべき仕事という感覚でもないようだ。
だからこの兄さんも軽い調子で勧めてくるんだな。俺はお断りだが。仕事だからって趣味でもない男どもに抱かれたくはねえ。
二ハンはだいたい二千万らしい。それプラス住む場所を買わなきゃいけないので、即金で都会に家を買える値段をポンと出せないと市民権は得られないときた。
無理ゲーかよ。
「市民権がないとまともな町の仕事につけないし、大変だよねえ。旅人扱いのままだと有事の際は町から追い出されたりするし」
町の外には魔物がいるらしい。定期的に魔物避けをしながら暮らす者もそこそこいるが、噂に聞いたカジュ村のように滅ぼされることもあると。
そりゃ誰でも町の外より、中で暮らせるようになりたいと思うよな。
「男娼として稼いで市民権を買うって道もアリだと思うよ? なんなら俺も客として協力するし」
「ごちそうさま」
「あっ、どうもー」
だから男娼はやらねえってば。でも、そうか……市民権は魅力的だな。自然の中とか閉鎖的な村よりそれなりの都会に住んで、美味い飯をダチと食べ歩く毎日を過ごしたいんだよな。
この世界の食べ物はまあまあ美味いし、マーシャルで家を買って暮らすのも面白そうだ。
ごく自然とここで暮らしていく思考になっているが、やっぱまずは飯や住む場所の心配をせず、生計を立てられる状態になりたい。
日本に……なぜかそこまで積極的に帰りたくならないが、帰る方法を見つけるために行動するとしても、先立つものはいる。
まずは将来の心配がなくなるくらいに稼いで、この世界で生きていくことを目標にしよう。
「やっぱ買うか、奴隷」
安全を確保するためには絶対に必要だ。一人より二人のほうが遥かに安全度が高い。この際人道がどうのなんて言っちゃいられない。
あのよさげなランクの宿にすら、金庫の類いはなかった。銀行は信用がない者、つまり市民権のない者は使えないらしいし、あの二百ピンはさっさと奴隷購入資金として使ってしまおう。
これまで噂話などで仕入れた知識を総動員して、どのような奴隷を買えばいいのか考える。
つっても、奴隷について話題にしている者はほとんどいなかった。
宿で奴隷連れでも泊まれるか聞いた時にも、わざわざ声を潜めて可能だと教えてくれたくらいだ。奴隷について公共の場所で話すのはタブーなのだろう。
奴隷商の店が町の西側にあるという情報を小耳に挟んだだけじゃ、ぶっちゃけどんな奴隷を買えばいいのかなんて全然わからん。
最低限、移動が不自由になるような欠損がなく、生きる気力を失っていないヤツにしようってことは決めているが。
『奴隷、買い方』ってスマホでググりてえな……念のため宿でスマホを確認したが、もちろん電波は繋がっちゃいなかった。そりゃそうだ。
細く曲がりくねった路地を、西に向かってさまよい歩いた。
(奴隷売り場はどこなんだよ、おい……)
娼館やら謎の薬屋やらがある通りに目を凝らすが、一向にそれらしき店は見当たらない。町の西側っていうざっくりした情報だけで探すのは、無理があったか……
町の外壁が間近に見えてくると、いよいよ店すら見当たらなくなってきた。
(どうしたもんかな……俺の新たに目覚めた能力、こういう時に使えねえのかな?)
集中しながら目を閉じる。腹の熱が体の中をグルグル回り、頭が熱くなる。
すると、知らないはずの知識が頭の中に浮かんできた。この腹の熱には、やっぱり不思議な力があるらしい。ここが剣と魔法のファンタジー世界だとしたら、多分これが魔力ってやつなんだろう。
腹の底にたゆたう熱に意識を寄せていると、気がついた時には柄の悪い男たちに囲まれていた。
「お嬢ちゃん、ここは危ないぜ? お家の人とはぐれたのかなー?」
「重そうな荷物持ってどこ行くんだよ、俺が持ってやろうか」
「へへっ、イイ声で鳴きそうだなあ?」
ああ、油断した。緊張の糸が切れたとでも言うべきか。このけったいな世界に飛ばされてから、体感で三時間は経っている。もう少し宿で休憩をとるべきだった。
冷静なつもりでいたが、俺も混乱しているってことか。
「おい、なんか言えよ」
「ビビりすぎだろ」
「かわいいうさちゃん、こっちにおいでー」
……どうなるかよくわかんねえが、試すしかないな。
無遠慮に距離を詰めてくる眼前の無頼漢に、腹の中の力を解放しようとした瞬間。
「ふげっ」
「おごっ!?」
「なんだお前!?」
建物の二階の窓から出てきた誰かが、流れるような動きで男たちの一人を目がけて飛び蹴りし、もう一人に蹴りを放った。残された一人がナイフを構える中、華やかに装飾された片マントをひるがえし、豹柄の耳の青年が俺に向かって微笑む。
「やあ、待たせたね。怪我はない?」
は? 誰だお前。俺はお前のことなんぞ一ミリも知らねえし、待ってもいないぞ?
「お、おい! 誰だって聞いてるんだ!」
俺の心の声を代弁したチンピラがナイフを持って彼に襲いかかる。ヒラリと余裕でかわした青年は、やれやれと言いたげに肩をすくめた。
「無粋だなあ。デートの邪魔をすると馬に蹴られるよ?」
その言い回し、この世界にもあるんだな。デートじゃねえけど。
彼はチンピラの腹に重い蹴りを放つ。ヤツはいとも簡単に地に伏せた。
金の髪が印象的な長身の青年は、くるりと芝居がかった仕草で振り向いた。ヘーゼルの瞳が爛々と輝いている。
「いやあ、危ないところだったね。間一髪ってヤツ?」
「誰だお前」
「嫌だなあ、君まで同じことを言うの? 俺はずっと君みたいな人を待っていたのに」
「新手のナンパか」
「そうとも言うね」
一難去ってまた一難ってとこか? 警戒し身構えると、彼は困ったように苦笑いをした。
「ああ、別に君が嫌ならつきまとったりしないよ。見ての通り俺はモテるし」
「あっそ。じゃあな」
謎の人物を避けて通り過ぎようとすると、スッと目の前に回りこまれる。
「待ってよ。せっかく助けたんだし、用件くらい聞いてくれてもいいじゃないか?」
「俺一人でなんとかなったところに、アンタが横槍入れただけだろうが」
「手厳しいねえ。じゃ、前置きは省こうか。君みたいに裏社会に縁遠そうな人がこんなところにいるその訳は、ズバリ奴隷を買いに来たんだろ? それ、手伝ってあげるよ」
胡乱げに睨めつけると、ヤツはニコリと完璧な笑みを作った。
「俺みたいに身元がしっかりしてる高身長な肉食獣人イケメンを連れていけば、ナメられずに済むよ?」
すげえ自信家だなあオイ。言うだけあって確かに整った顔をしている。
上品で貴族的な印象……本当に貴族って可能性もあるか。
だとしたら、見ず知らずの旅人に声をかける理由はなんなんだ? 厄介事は勘弁だぜ。
「おあいにくと交渉は得意なんでね。アンタの手を借りずともうまくやるさ」
俺が断り文句を口にすると、彼は水仕事をしていなそうな美しい手をゆっくりと動かし、余裕たっぷりに腕を組んだ。
「そううまくいくかな? 奴隷を買うのは初めてなんだろう? あの業界は暗黙の了解ってのが多くてね。わかっていないヤツはカモにされるよ」
彼はサッと俺の全身に視線を走らせた。そんな珍妙な服装で行くと相手にされないぞ、とでも言いたげだ。しょうがねえだろ、布屋はあっても服屋は見つからなかったんだ。
こいつは正論を説いており、なおかつ奴隷の買い方も心得ているのだろう。連れていけば役立つのは間違いなさそうだが、どうにもうさんくさい。
「信用ならないな。俺に協力してアンタになんの得がある」
そう尋ねると、彼は形のいい眉をひょいと上げて意外そうな顔をした。
「君は俺のことを知らないのか、旅人だもんなあ。じゃあ白状するけど、俺って兎フェチなんだよね」
頬を指先でかきながら、恥ずかしそうに打ち明けられたが……なんだそりゃ? 理解が及ばず真顔で黙りこんでいると、彼は急激にテンションを上げて高らかに宣言する。
「特に垂れ耳でふわふわ茶色の耳のコが大好き。そう! まさに君みたいな見た目のね!」
俺に指先を向けながら、バチッとウインクを飛ばしてくる。間髪容れず正直な感想を口にした。
「気持ち悪いな」
「ひどい! 俺なんてせいぜい恩を売って仲良くなれたら、ちょっとだけうさ耳を撫でさせてくれないかなーっ、くらいしか思ってないのに~」
「キモい」
「ちょっと、もう少し歯に衣着せてくれない? さすがに傷つくんだけど」
泣きマネをする金髪野郎に白けた視線で応える。
(いや、考えようによっては悪くない取引か)
彼の言っていることが本当であれば、たかだか耳を撫でさせるだけで、質のいい奴隷を手に入れられる可能性が高まる。
顔の横で揺れるモカブラウンが鬱陶しくて、手で払う。別に尻とかじゃねえし許容範囲だ。
こういうヤツは、腹の底ではなにを考えているかわからねえことが多いが……今までの経験を踏まえると、そう危ない気配は感じられない。
たっぷり三十秒は迷って、最終的にこのうさんくさい野郎の提案を受け入れることにした。
「……いいだろう。耳は奴隷購入後に少しだけ触らせてやるよ。ただし、アンタの仕事ぶりに問題がなかったらだ。ついてきてくれ」
「えっ、ほんとに? やった!」
即座に泣きマネをやめてパッと笑顔を見せる優男。やっぱり曲者だな。
「交渉成立だね。俺はクインシー。見ての通り豹の獣人だ。クインって呼んでくれてもいいよ」
「樹だ」
「イツキ、イツキ……不思議な響きの名前だね、もしかしてカジュ村出身?」
カジュ村? どこかで聞いたような……ああ、最近滅びたらしき兎獣人の集落だっけか。
異世界から来たと知られるよりはいいかと、思わせぶりに言葉を濁した。
「さあな。俺がどこから来たかなんて重要じゃないだろ」
「まあ、そうだね。俺は君の出身地の話よりも、君自身のことが知りたいし。ねえ、マーシャルには来たばかり? 宿はもう決めた?」
「そんなに詮索するなよ、心の壁がどんどん厚くなっちまう」
「えー、そんなあ」
クインシーは唇を尖らせた後、しょうがないなあと言いたげに笑って、細い路地を歩きはじめた。俺も無言でそれに続く。
「結構入り組んだ路地の奥まで行かなきゃならないから、初見だと迷うよね。君は運がいいよ。なんたって俺に出会えて道案内してもらえる上に、奴隷の買い方まで伝授されるんだから」
ペラペラと口を動かすクインシーに、適当な相槌を打つ。
やがて道の行き止まりにある暗い路地に入ると、ひっそりと佇む金属製の扉の前につく。クインシーが扉のノッカーをリズミカルに五回叩くと、中からガチャリと施錠を解く音がした。
「さあどうぞイツキ」
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重たい扉を開けて先に通してくれるクインシーにお礼を告げて、店内に足を踏み入れる。
(動物臭が濃いな……)
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「久しいね。今日は彼のための奴隷を買いに来たんだ」
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「ははあ……かしこまりました。どのような奴隷をお求めですかな?」
「ダンジョンで戦えるヤツがいい」
俺は金を稼いで市民権を買うと決めた。町の中は治安が悪いが、命をおびやかす魔物が出る外よかマシには違いない。金を稼ぐためには春を売るか、ダンジョン探索者になるしかねえ。
男娼かダンジョンかだったら、俺はダンジョンを選ぶ。
安全に暮らすために市民権を買いたいって言ってるのに、ダンジョンに潜るのは我ながら矛盾してると思うけどな……ほかに手段がなさそうだから仕方がない。
「かしこまりました。少々お待ちください」
……あいつ予算もなにも聞かずに行ったが、大丈夫なのか?
クインシーを見上げると、ニコリと微笑まれた。
「まずは店のオススメを連れてくるだろうから、気に入った者がいれば購入すればいい。そうでなければ、希望の能力や種族を伝えるといいよ」
「まだるっこしいな。直接見てまわれないのか」
「それでも気に入る者がいなければ、希望すれば見せてくれる。手順を踏まないと売り渋られることもあるから、行儀よくするんだよ?」
(郷に入っては郷に従えってか。しょうがねえな、大人しくしていよう)
奴隷商はほどなくして戻ってきた。首輪に繋いだ三対の鎖を持ち、三人の奴隷を引き連れている。
「お待たせいたしました。お客様の希望される商品はございますかな?」
三人とも大柄で筋肉質だ。耳から推測するに犬、猿、象かな。
残念、一匹種族が違うから鬼退治はできそうにない。そもそも俺の手持ちのきび団子で仲間にできるのかが問題か。
「いくらだ?」
奴隷商は七と指でジェスチャーした。
なんだそれは、単位がわかんねえ。新規客にとことん優しくない店だな。
クインシーが呑気な口調で感想を呟く。
「結構するね、全員七百ピン?」
「おおよそそうですな。気になる者がいれば詳細な値段をお伝えしますが」
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2023/04/06 後日談追加
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ほじにほじほじ
BL
牛獣人のモノアの一族は代々牛乳売りの仕事を生業としてきた。
牛乳には2種類ある、家畜の牛から出る牛乳と牛獣人から出る牛乳だ。
牛獣人の女性は一定の年齢になると自らの意思てお乳を出すことが出来る。
そして、僕たち家族普段は家畜の牛の牛乳を売っているが母と姉達の牛乳は濃厚で喉越しや舌触りが良いお貴族様に高値で売っていた。
ある日僕たち一家を呼んだお貴族様のご子息様がお乳を呑まないと相談を受けたのが全ての始まりー
母や姉達の牛乳を詰めた哺乳瓶を与えてみても、母や姉達のお乳を直接与えてみても飲んでくれない赤子。
そんな時ふと赤子と目が合うと僕を見て何かを訴えてくるー
「え?僕のお乳が飲みたいの?」
「僕はまだ子供でしかも男だからでないよ。」
「え?何言ってるの姉さん達!僕のお乳に牛乳を垂らして飲ませてみろだなんて!そんなの上手くいくわけ…え、飲んでるよ?え?」
そんなこんなで、お乳を呑まない赤子が飲んだ噂は広がり他のお貴族様達にもうちの子がお乳を飲んでくれないの!と言う相談を受けて、他のほとんどの子は母や姉達のお乳で飲んでくれる子だったけど何故か数人には僕のお乳がお気に召したようでー
昔お乳をあたえた子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!
「僕はお乳を貸しただけで牛乳は母さんと姉さん達のなのに!どうしてこうなった!?」
*
総受けで、固定カプを決めるかはまだまだ不明です。
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【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
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悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで
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「これでやっと安心して退場できる」
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目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
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「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
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