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第四章 ダンジョン騒動編
27 必死
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闇が空間いっぱいにひしめきあっている。取り込まれたら二度と戻れない。
そんな錯覚を起こさせるような、深い深い絶望を想起させる光景に、一瞬立ち竦んでしまった。
黒い玉はお互いにくっつきながら、じわじわと確実に向かってくる。
背後を振り返ると、部屋の扉は閉じられていた。開けられるか試してみるかっ? だが敵に背中を向けたら相手の思う壺かもしれない。
どうする、どうすれば……蜘蛛と、その奥に潜む黒幕を睨みつけていると、カイルが前へと踊り出た。
「イツキ、下がれ!」
カイルは炎のシールドを張った。最初のひと玉が燃えはじめ、炎が激しくなる。
闇と炎は相性が悪いのか、なかなか相殺できないようだ。カイルはますます炎を大きくした。
「おい、そんな大がかりな魔法を使ったら!」
「問題ない、魔力は今までほとんど使っていない」
だからといって、この量の攻撃を防ぎきれば……そうだ、カイルもミスリルの温泉に浸かってただろ⁉︎ まずいって!
ふらつきながらもカイルの肩に手をかけた。
「カイル、やっぱり俺が」
「そんな顔色でなにを言っている」
「そ、そうですイツキ殿下……! ここは私が!」
フェナンも寄ってきて光魔法を使う。もはや黒い空間となって近づいてくる闇の中に、一筋の光が差すが焼石に水のようだ。
開いた闇の隙間から、蜘蛛の足が這い寄るのが見える。フェナンはひぃと情けない声を上げた。
「くっ! 邪魔だ!」
「カイル、右から二番目の瞳だ!」
飛び出してきた蜘蛛の弱点を伝えると、カイルは炎の壁を消して、的確に蜘蛛の目を狙い剣を振るった。モンスターの体が硬直する。
「うっ、そこですね……微力ながら、私も加勢します!」
蜘蛛が止まったことで勇気を得たフェナンが、カイルが傷を作った場所に、光魔法の小さな玉を当てた。
闇色のモンスターは激しく痙攣して、めちゃくちゃに足を振り回して暴れる。
「いい加減に……っ倒れろ!」
カイルが再び飛び上がり剣を突きたてると、ついに蜘蛛は動かなくなる。
しかしその間も、闇の空間はどんどん部屋を侵食してきていた。カイルは剣を構えたまま、今度は部屋の出口にむかって走りだす。
「扉を確認してくる。おいお前、イツキに無理をさせるな」
「は、はいぃ!」
消えていく蜘蛛の影も闇と混じりあい、空間を覆う黒色はいっそう濃度を増している。
フェナンは光の筋を放出しながら、一歩、また一歩と後ずさった。
俺もこけないように注意しながら、重い体を引きずって、フェナンと共にじりじりと後ろへ下がる。
「くそっ! 開け!」
カイルが扉に向かって剣を振り下ろすが、ダンジョンの壁判定のようでびくともしない。もちろん鍵も開いたりしなかった。
とうとう扉前まで追い詰められてしまった。闇の向こう側にいるやつらは、俺たちが闇に飲みこまれるのを今か今かと待ちわびていることだろう。
ああくそ、体が怠くてたまらねえけど、どうにかしなきゃならねえと頭を捻る。転移に使える魔力はもう残っちゃいない。
「……二人とも、魔力量は」
「俺はまだ半分ある」
「私も同じくらいです」
フェナンの力じゃ全力を出しても防ぎきれないし、光魔法を使えないカイルだと防戦一方になるだろう。
一か八か、シールドで体を包み込んで、敵の元まで一気に駆けるしかないか?
試しに残った魔力を絞りだし、手のひらの前に光の壁を出現させるが、一瞬で闇に飲まれてしまった。
「やっぱ、正攻法で払うしかねえみたいだな」
「イツキ、それ以上魔力を使うな」
それはこっちのセリフだっての。俺は気絶するだけで済むが、魔人の二人は魔力がなくなったら、生命活動すらおぼつかなくなるんだからな。
カイルの顔を見上げて、無理矢理微笑んでみせた。心配で寄った眉も、揺れる赤紫の瞳も、こんな時ですら美しい。
「カイル、それからフェムも。あとは任せた」
「イツキ!」
ふらつきながらも二人の前に立って、俺は体に残ったありったけの魔力を光へと変換し、闇の壁へと叩きつけた。
いっけえ! と声に出したつもりだったが、舌が回らない。膝から崩れ落ちて、慌てて背後のカイルに体を抱き寄せられる。
「イツキ! おい、イツキ!」
もう目を開く気力もなかったが、まぶたの裏で光がバチバチと弾けて、闇を払っているのがわかる。
ほんの少し口角を上げられたと思った矢先、俺の意識はプツリと途切れた。
*
気がついたら、目の前にはフェナンの背中……というよりも、腰があった。
いててと声を出しながら立ちあがろうとして、体が自由にならないことに気づく。
『あれ、どうしたんだ俺』
たしか、魔力の使いすぎで倒れたんじゃなかったか? ってことは副作用で動けない感じだろうか。
どうやら目だけは動かせるようで、ぐるりと辺りを見渡した。
『……は?』
俺は見覚えのある兎獣人が、すぐ隣で横向きに倒れているのに気づいて目を見開く。
モカブラウンの垂れ耳に、いつものラフなチェニック、尻部分は尻尾の膨らみが服を押し上げていて……
『俺じゃん』
顔色を蒼白にして、苦しそうな顔で倒れているのは、間違いなく異世界での俺の体だった。
ってことは、今の俺は一体? 髪の色はと、思いきり瞳を上に逸らし、黒色をしていると気づく。
『俺じゃん! え、どういうことだ⁉︎』
元に戻っちまったってことなのかっ? だがそれにしちゃ様子がおかしい、音も聞こえないし体も動かせない。
音と意識した途端、ザクっと剣が肉を切り裂く音が耳に飛びこんできた。
「ぐおぉ!」
「お前では役不足だ。引っ込んでいろ」
「……っ!」
目の前のフェナンの肩が、びくりと震える。おそらくフェナンの親父さんが切られたのだろう。
フェナンは一歩二歩と歩み寄ったがそこで足を止め、拳をグッと握り締めていた。
そんな錯覚を起こさせるような、深い深い絶望を想起させる光景に、一瞬立ち竦んでしまった。
黒い玉はお互いにくっつきながら、じわじわと確実に向かってくる。
背後を振り返ると、部屋の扉は閉じられていた。開けられるか試してみるかっ? だが敵に背中を向けたら相手の思う壺かもしれない。
どうする、どうすれば……蜘蛛と、その奥に潜む黒幕を睨みつけていると、カイルが前へと踊り出た。
「イツキ、下がれ!」
カイルは炎のシールドを張った。最初のひと玉が燃えはじめ、炎が激しくなる。
闇と炎は相性が悪いのか、なかなか相殺できないようだ。カイルはますます炎を大きくした。
「おい、そんな大がかりな魔法を使ったら!」
「問題ない、魔力は今までほとんど使っていない」
だからといって、この量の攻撃を防ぎきれば……そうだ、カイルもミスリルの温泉に浸かってただろ⁉︎ まずいって!
ふらつきながらもカイルの肩に手をかけた。
「カイル、やっぱり俺が」
「そんな顔色でなにを言っている」
「そ、そうですイツキ殿下……! ここは私が!」
フェナンも寄ってきて光魔法を使う。もはや黒い空間となって近づいてくる闇の中に、一筋の光が差すが焼石に水のようだ。
開いた闇の隙間から、蜘蛛の足が這い寄るのが見える。フェナンはひぃと情けない声を上げた。
「くっ! 邪魔だ!」
「カイル、右から二番目の瞳だ!」
飛び出してきた蜘蛛の弱点を伝えると、カイルは炎の壁を消して、的確に蜘蛛の目を狙い剣を振るった。モンスターの体が硬直する。
「うっ、そこですね……微力ながら、私も加勢します!」
蜘蛛が止まったことで勇気を得たフェナンが、カイルが傷を作った場所に、光魔法の小さな玉を当てた。
闇色のモンスターは激しく痙攣して、めちゃくちゃに足を振り回して暴れる。
「いい加減に……っ倒れろ!」
カイルが再び飛び上がり剣を突きたてると、ついに蜘蛛は動かなくなる。
しかしその間も、闇の空間はどんどん部屋を侵食してきていた。カイルは剣を構えたまま、今度は部屋の出口にむかって走りだす。
「扉を確認してくる。おいお前、イツキに無理をさせるな」
「は、はいぃ!」
消えていく蜘蛛の影も闇と混じりあい、空間を覆う黒色はいっそう濃度を増している。
フェナンは光の筋を放出しながら、一歩、また一歩と後ずさった。
俺もこけないように注意しながら、重い体を引きずって、フェナンと共にじりじりと後ろへ下がる。
「くそっ! 開け!」
カイルが扉に向かって剣を振り下ろすが、ダンジョンの壁判定のようでびくともしない。もちろん鍵も開いたりしなかった。
とうとう扉前まで追い詰められてしまった。闇の向こう側にいるやつらは、俺たちが闇に飲みこまれるのを今か今かと待ちわびていることだろう。
ああくそ、体が怠くてたまらねえけど、どうにかしなきゃならねえと頭を捻る。転移に使える魔力はもう残っちゃいない。
「……二人とも、魔力量は」
「俺はまだ半分ある」
「私も同じくらいです」
フェナンの力じゃ全力を出しても防ぎきれないし、光魔法を使えないカイルだと防戦一方になるだろう。
一か八か、シールドで体を包み込んで、敵の元まで一気に駆けるしかないか?
試しに残った魔力を絞りだし、手のひらの前に光の壁を出現させるが、一瞬で闇に飲まれてしまった。
「やっぱ、正攻法で払うしかねえみたいだな」
「イツキ、それ以上魔力を使うな」
それはこっちのセリフだっての。俺は気絶するだけで済むが、魔人の二人は魔力がなくなったら、生命活動すらおぼつかなくなるんだからな。
カイルの顔を見上げて、無理矢理微笑んでみせた。心配で寄った眉も、揺れる赤紫の瞳も、こんな時ですら美しい。
「カイル、それからフェムも。あとは任せた」
「イツキ!」
ふらつきながらも二人の前に立って、俺は体に残ったありったけの魔力を光へと変換し、闇の壁へと叩きつけた。
いっけえ! と声に出したつもりだったが、舌が回らない。膝から崩れ落ちて、慌てて背後のカイルに体を抱き寄せられる。
「イツキ! おい、イツキ!」
もう目を開く気力もなかったが、まぶたの裏で光がバチバチと弾けて、闇を払っているのがわかる。
ほんの少し口角を上げられたと思った矢先、俺の意識はプツリと途切れた。
*
気がついたら、目の前にはフェナンの背中……というよりも、腰があった。
いててと声を出しながら立ちあがろうとして、体が自由にならないことに気づく。
『あれ、どうしたんだ俺』
たしか、魔力の使いすぎで倒れたんじゃなかったか? ってことは副作用で動けない感じだろうか。
どうやら目だけは動かせるようで、ぐるりと辺りを見渡した。
『……は?』
俺は見覚えのある兎獣人が、すぐ隣で横向きに倒れているのに気づいて目を見開く。
モカブラウンの垂れ耳に、いつものラフなチェニック、尻部分は尻尾の膨らみが服を押し上げていて……
『俺じゃん』
顔色を蒼白にして、苦しそうな顔で倒れているのは、間違いなく異世界での俺の体だった。
ってことは、今の俺は一体? 髪の色はと、思いきり瞳を上に逸らし、黒色をしていると気づく。
『俺じゃん! え、どういうことだ⁉︎』
元に戻っちまったってことなのかっ? だがそれにしちゃ様子がおかしい、音も聞こえないし体も動かせない。
音と意識した途端、ザクっと剣が肉を切り裂く音が耳に飛びこんできた。
「ぐおぉ!」
「お前では役不足だ。引っ込んでいろ」
「……っ!」
目の前のフェナンの肩が、びくりと震える。おそらくフェナンの親父さんが切られたのだろう。
フェナンは一歩二歩と歩み寄ったがそこで足を止め、拳をグッと握り締めていた。
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